黄前久美子には同い年の妹がいる。ただし、不貞で生まれた腹違いの   作:小林優

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久美子視点(仮)

「学校が一緒じゃなければ」という私のささやかな防衛線は、入学初日にして木っ端微塵に粉砕されていた。

 

同じクラスになった「自称・妹」の白理。

元気な加藤葉月ちゃんと、チューバくんオタクの川島緑輝(サファイア)ちゃん。

そして、控えめに言っても惨状としか言いようがなかった北宇治高校吹奏楽部の演奏。

 

私の高校生活、初日から前途多難すぎる……。

 

放課後、白理たちと駅で別れた私は、まっすぐ家に帰る気になれず、宇治川沿いにあるいつものベンチに腰を下ろしていた。

川のせせらぎを聞きながら、夕暮れの空に向かって盛大なため息をつく。

 

「よっ」

 

不意に、横から声がかかった。

振り返ると、幼馴染の塚本秀一が立っていた。

同じ中学から北宇治に進学した、数少ない知り合いだ。

 

「……秀一か」

「あれ? おい。幼馴染にあいさつ無しですか? 同じ学校だというのに」

「んーーー」

 

私が気だるそうにうめき声を漏らすと、秀一は呆れたように笑いながら、少し距離を空けてベンチの端に座った。

 

「なんだよその気の抜けた返事は。ああ、あ、お前さ、部活どうすんの?」

「まだ決めてないよ」

「俺? 俺はまあ他にやりたいこともないし。吹部、かな」

「……ふーん」

 

私は適当に相槌を打つ。あんな強烈な爆弾(白理)を抱えて、さらに吹奏楽部なんていう人間関係が面倒くさい場所に入る気力なんて、今の私にはない。

すると、秀一がふと思い出したように口を開いた。

 

「そういやさ、驚いたよな。高坂麗奈も同じ高校にいるなんてさ」

 

ピクッ、と私の肩が跳ねた。

高坂麗奈。中学最後のコンクールで、私が決定的な失言をしてしまった相手。あの子が同じ北宇治にいると知った時の胃の痛さは、今日一日ずっと引きずっている。

「……そうだね」

「あいつもまた吹部入るのかな。まあ、あいつは入るか」

 

(高坂さん……それに、吹奏楽部……)

 

秀一の言葉を聞いて、私の頭に、先ほど駅の改札前で別れたばかりのもう一人の厄介な存在がよぎった。

 

(そういえば……白理も中学は吹部だったんだっけ。しかもマイ楽器のトランペット持ってるって言ってたし)

 

親の不祥事の結晶。でも、葉月ちゃんの前ではニコニコと愛想よく笑い、私が困らないように『親戚なんだ』と咄嗟に完璧な嘘をついてみせた白理。

そんな彼女が、なぜか「音楽室に見学に行く」という誘いだけは、顔を少し強張らせて頑なに拒否したのだ。

 

 

「あのさ、秀一」

「ん?」

「私、妹ができたんだよね」

「……は?」

 

秀一の動きがピタリと止まった。振り返ると、彼の目がこれ以上ないくらいに見開かれている。

「い、妹!? え、マジで!? 明子おばさん、妊娠してたの!? いや、ていうかあの年齢で!? すげえな黄前のおっさん!」

「バカッ! 声がデカい!」

私は慌てて秀一の背中をバシッと叩いた。

「違うわよ! お母さんじゃない!」

「え? じゃあ誰の妹だよ。お前、一人っ子……じゃなくて麻美子ちゃんの下の次女だろ?」

「だから、その……親戚の子!」

 

私は、今日白理が葉月ちゃんについたのと同じ嘘を、とっさに口にしていた。

親の不倫の隠し子だなんて、いくら幼馴染の秀一にだって言えるわけがない。

 

「親戚の子が、うちの近くに引っ越してきて……。しかもその子、私と同い年の高校一年生なのに、やたらと私になついて『久美子お姉ちゃん!』って呼んでくるのよ」

「なんだそれ。同い年でお姉ちゃんって、ちょっと面白えじゃん。で? お前、お姉ちゃんって呼ばれてどうしたんだよ?」

秀一がニヤニヤしながら聞いてくる。

 

「どうしたって……そういえば、あの後あんまり話してないかも」

「は? なんで?」

「いや、そのあとお父さんとお母さんが、その子のお母さんの話……『お母さんは元気にしてるか』とか『息災か』とか聞き始めてさ。なんか大人の話っていうか、居づらくなっちゃって、私、途中で自分の部屋に逃げたから」

 

事実、あの地獄のリビングでの会話は、私にとって針のむしろでしかなかった。親の不倫相手の近況を聞くお母さんと、気まずそうに目を泳がせるお父さん。思い出すだけでも胃が痛くなる。

 

「おまけにさ」

私は大きくため息をついて、ベンチの背もたれに寄りかかった。

「その子が帰ったあと、両親にわざわざリビングに呼び戻されてさ。『あの子を絶対にイジメないように』って、ものすごく真剣な顔で釘を刺されたのよ。なんなの? 私がいつ誰をイジメたっていうのよ。過保護すぎない?」

 

「あっはっは! そりゃ災難だな! 久美子がイジメっ子扱いかよ」

「笑い事じゃないってば。ただでさえ面倒くさいのに……しかも、今日学校行ったら同じクラスだったし」

「マジか! 運命だな、それ」

 

秀一はケラケラと笑っている。何も知らないって、本当に気楽でいい。

親の不祥事、それを許している謎のお母さん、激怒している麻美子、そして同じクラスになってしまった「自称・妹」の白理。

 

「あたしも、ちょっと考えさせて」

 

駅の改札で見せた、あの妙に自信のない、少し怯えたような白理の顔が頭から離れない。お母さんに買ってもらったというトランペット。中学での吹奏楽経験。

なぜあの子は、音楽室に行くことだけをあんなに避けたのだろう。

 

「そうだ、用事を思い出した帰るわ」

 

そういい秀一を置き去りにして家路を急ぐ

 

 

秀一と別れ、マンションに帰った。

重い足取りで玄関のドアを開け、靴を脱いでリビングに向かうと、ソファで雑誌をめくっているお姉ちゃん――麻美子の姿があった。

 

「ただいま」

「おかえり。初日から遅かったじゃない」

雑誌から目を離さず、お姉ちゃんが気だるげに言った。

 

「ん……帰りに、秀一とちょっと会ってて」

「ふーん。で? 高校はどうだったの。……吹部、またやるの?、それとも北宇治だから辞めるの?」

ページをめくりながら尋ねてくるお姉ちゃん。

 

小さい頃、お姉ちゃんが吹く姿に憧れて始めた吹奏楽。その本人は辞めてしまったけれど、私のことは少し気にかけているらしい。

「んーー、まだ決めてない」

私は冷蔵庫から麦茶を取り出しながら、曖昧に答えた。

「北宇治の吹部、今日歓迎の演奏聞いたけど……正直、あんまり上手くなかったし。それに……」

 

麦茶をコップに注ぐ手が、少しだけ止まる。

「それよりさ、お姉ちゃん。今日、びっくりしたことがあったんだけど」

「何よ」

私のトーンダウンした声に、お姉ちゃんが怪訝な顔で眉をひそめる。

 

「……あの子、川治白理。同じ北宇治だった。しかも、同じクラス」

 

「……はぁ!?」

お姉ちゃんがバンッ!と音を立てて雑誌をテーブルに置いた。

「ちょっと待って。同じ高校ってだけでも信じられないのに、同じクラス!? お母さんたち、それを知っててあの子を家に上げたわけ!?」

「いや、どうだろ……」

私が首を傾げていると、ちょうどキッチンの奥から、夕飯の準備をしていたお母さん(明子)が顔を出した。

「どうかしたの? 二人とも大きな声出して」

「お母さん! あの子……白理が久美子と同じ北宇治なんだって! もしかして、知っててこっちに引っ越させたの!?」

お姉ちゃんが食ってかかると、お母さんはパチクリと目を丸くした。

 

「えっ? 白理ちゃん、北宇治なの?」

「……お母さん、知らなかったの?」

「うん、知らなかったわ。京都の公立を受けるってことまでは聞いてたけど、へえ、そうなんだ。すごい偶然ね」

お母さんは、お父さんの不倫相手の子供が自分の娘と同じクラスになったというのに、どこか呑気なトーンで呟いた。その態度に、お姉ちゃんの苛立ちが爆発する。

「なにそれ……! なんでお母さんはそんなに平気なの!? いくらなんでもお人好しすぎるでしょ! 自分の家庭を壊しかけた女の子供なのよ!?」

 

「麻美子」

 

お母さんの声が、スッと一段低くなった。

いつもは穏やかなお母さんの、冷たく、静かな声。私とお姉ちゃんは思わず口を閉ざした。

 

「……白理ちゃんのお母さんの雪(ゆき)さんはね。昔、私とお父さんの『共通の友人』だったのよ」

「え……友人?」

「そう。私たちが結婚する前からの、大切な後輩で、友人だった」

 

お母さんはふうっと短く息を吐き、静かに首を振った。

「私は、雪さんのしたことを許してはいないわ。親友に裏切られたあの時の絶望は、今でも忘れていない。……たぶん、一生許すことはないと思う」

 

その言葉には、確かな怒りと悲しみの温度があった。お母さんは決して、お花畑な善人なんかじゃない。一人の女性として、深く傷つき、怒っているのだ。

「でもね」

お母さんは、私とお姉ちゃんを真っ直ぐに見つめ返した。

 

「それは私たち『大人』の因縁よ。白理ちゃん自身は、何も悪いことはしていない。親の罪を、子供が背負う必要なんてないの」

お母さんは少しだけ表情を和らげ、私に向かって言った。

 

「せっかく同じクラスになったんだし、久美子。大人の事情は気にしないで、向こうではただのクラスメイトとして、普通に接してあげなさい」

 

(……はぁ?)

 

私はコップを持ったまま、内心で盛大に呆れ返った。

お母さんの言っていることは、大人としては立派だ。正論だと思う。

でも、こっちは高校生なのだ。『親の不倫相手の子供(しかも同い年)』なんていう劇物みたいな存在と、ただのクラスメイトとして普通に接するなんて、そんな器用なことできるわけがない。

 

「お母さんがどう思おうと勝手だけど、私は絶対に認めないからね!」

お姉ちゃんは怒ったまま立ち上がり、自室へと戻っていった。バタン、と強めにドアが閉まる音が響く。

「もう、麻美子は相変わらず気が短いんだから……。久美子、白理ちゃん、学校ではどうだった?」

お母さんが気を取り直したように聞いてくる。

「……どうって。普通だったよ。私の友達に『親戚なんだ』ってうまく嘘ついて、話を合わせてくれたし」

「そう」

 

「それに、あの子……中学でトランペットやってたらしいよ。マイトランペットも持ってるんだって」

「あら、そうなの。じゃあ、久美子も吹奏楽部に入ったら、また一緒になるかもしれないわね」

 

(……だから、それが一番面倒くさいんだけど)

 

私は声に出さず、心の中で深いため息をついて麦茶を飲み干した。

ただでさえ、人間関係のリセットをしたくて北宇治を選んだのに。なんで初日から、こんなドロドロの因縁を持った子と高校生活をスタートさせなきゃいけないのだろう。

 

空になったコップをシンクに置くと、お母さんがこちらを振り向いた。

 

「久美子、悪いけどご飯の支度手伝ってくれる?」

「はーい。制服、着替えてから行くね」

 

気の抜けた返事をして、私は自分の部屋へと向かった。

着替えてから手伝うとお母さんには言ったものの、クローゼットを開ける気力すら、今の私には残っていなかった。

私はスカートがシワになるのも構わず、制服のまま、吸い込まれるようにベッドへとドサリと仰向けに寝転がった。

ぼんやりと天井を見つめていると、今日一日の重すぎる疲労感がどっと全身に押し寄せてくるのを感じる。

この複雑な糸が、これ以上絡まらないことだけを祈りたい。

 

「はあ……」




原作から文章を大幅にコピーしていたり、大方のセリフがそのままだった場合は利用規約の禁止事項「原作の大幅コピー」で対処します。

この禁止事項を気にしながら書くの難しすぎる

白理の母の雪と言う名前は適当に名付けました。
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