黄前久美子には同い年の妹がいる。ただし、不貞で生まれた腹違いの   作:小林優

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第6話

翌日の昼休み。

四つの机がパズルのように組み合わされ、その中央には各々の家庭環境を如実に表す弁当箱が並んでいた。

 

「ねえねえ」

 

唐突に、卵焼きを頬張っていた葉月ちゃんが、お箸を持ったままグイッと身を乗り出して、私の弁当箱を覗き込んできた。

 

「白理のお弁当って、中身いつも大体同じだよね。……もしかして、手抜き?」

 

「ぶっ!」

 

直球すぎる言葉に、私は危うく飲んでいたお茶を吹き出しそうになった。

加藤葉月という少女は、時として悪意のない凶器を無自覚に振り回す傾向がある。

 

「あー……それはね。私が自分で作ってるから、まだあんまり料理に手慣れてなくて」

 

「えっ! 自分で作ってるの!? 凄いなぁ!」

 

彼女はパァッと目を輝かせた。その純粋な感嘆に嘘はない。

 

「全然凄くないよ。お母さんが仕事で夜遅く帰ってくるから、朝は私が作ってるだけで……あーあ、栄養満点な給食が恋しいー」

 

私が大げさに肩を落として冷凍食品のハンバーグをつつきながらぼやくと、葉月ちゃんも激しく同意して首を縦に振った。

 

「わかるー! 中学の時は、今日の給食ハズレだー、とか言って嫌いだったのに、いざ毎日お弁当になると『給食ってあんなに色々おかずあったっけ!?』ってなるよね。あ、でも野菜とかサラダは別ね!」

 

「わかるわかる。……久美子お姉ちゃんとかみどりちゃんは、中学の給食どうだった?」

 

私が視線を移すと、みどりちゃんが上品にふんわりと微笑んだ。

 

「聖女では、学期ごとに給食かお弁当かを選択できるシステムでした。やむを得ずお弁当が用意できない時は、購買でパンを買うこともできましたし……」

 

「「……お嬢様学校、こわっ」」

 

私と葉月ちゃんは顔を見合わせ、綺麗に声をハモらせた。

公立校出身の私たちとは、根本的に見ている世界が違うらしい。

 

そんな他愛のない話をしている中、ふと葉月ちゃんが思い出したように話題を切り出した。

 

「そういえばさ、聞いてなかったけど、白理ってどこ中なの?」

 

「佐竹中だよ」

 

「……さ、た、け??」

 

葉月ちゃんがポカンと口を開け、コテンと首を傾げる。

当然の反応だ。京都の人間がその名を知っているなど、ほぼないだろう、戦国史に目をつけていれば違っただろうが。

 

「茨城県の、常陸太田市立佐竹中学校。……まあ、知ってるわけないよね」

 

「ま、まさかの府外かあー!」

 

「あれ、言ってなかったっけ?」 

 

「どこにあるんですか?」

 

みどりちゃんが興味津々に身を乗り出してくる。

 

「茨城県の北部にある中学でね。関東平野と山の間にある、ほーんとになんにもない中学だよ」

 

私が両手を大きく広げて何もないことを視覚的にアピールすると、葉月ちゃんは目を丸くした。

 

「じゃあ白理は、茨城の人ってわけだ。茨城ってなにがあるの?」

 

――ピシリ。

 

その純粋な疑問は、見えない刃となって私の喉元に突きつけられた。

この瞬間、私を取り巻く空気が、スッと絶対零度に凍りつく。

 

私はピタッと動きを止め、箸を机に置いて、静かに考えた。

ここからは、茨城県民としての矜持を懸けた戦いだ。

 

「……今、茨城県民に言ってはいけないことトップ10に入るだろうセリフの、一つを言ったよ」

 

私が両手でドンッと机を叩いて身を乗り出すと、隣の久美子お姉ちゃんがビクッと肩を跳ねさせた。

 

「ちょっと白理、急に空気が違わない……?」

 

「他には、なにがあるんですか……?」

 

恐る恐る尋ねてくるみどりちゃんに、私はビシッと指を突きつけて冷徹な事実を告げた。

 

「まず、茨城(いばらき)を『いばらぎ』って濁って発音すること。それから、『納豆しかない県』扱いすること。……久美子お姉ちゃんは、まさか違うよね?」

 

私が鋭い視線を向けると、久美子お姉ちゃんはスッと盛大に目を逸らした。

明白な有罪のサインだ。

 

「やっぱりそう思ってるじゃん!!」

 

「ご、ごめん! だって茨城って言ったら納豆じゃん!」

 

お姉ちゃんが両手を顔の前に出して防御姿勢をとる。

私はすかさず、用意していた反証のカードを切った。

 

「茨城はね! メロンの生産量日本一だし、琵琶湖に次ぐ二番目の大きさの『霞ヶ浦』があるんだよ!」

 

私が右手で1を、左手で2を作りながら力説すると、葉月ちゃんが感心したように手を叩いた。

 

「じゃあ、白理はメロンとか納豆食べるの?」

 

「…………」

 

致命的な問いだった。

私は大きく深呼吸をして、京都に住む三人を順番に指差しながらゆっくりと見回した。

こうなれば、論点をすり替えるしかない。

 

「……逆に聞くけど。みんなは宇治抹茶、と八ツ橋毎日食べると思う?」

 

「「「…………」」」

 

三人揃って、見事なまでに沈黙した。

完全な勝利だった。

 

「……うん、それが答えだよ」

 

私は呆れたように両手を広げ、肩をすくめた。

 

「それにさ、メロンとか霞ヶ浦って県南の方で、私の居た県北じゃ作られてないし……」

 

「怒らせてごめん、でも、地元に本当に何もなかったの?」

 

葉月ちゃんの言葉に、私は腕を組んで少しだけ自身の記憶を探った。

 

「うーん……りんごとか、ぶどうとかは作ってたかな。あ、そういえば、水戸黄門の家? とか、助さんの墓が近くにあったはず。西山荘って名前の場所」

 

「「水戸黄門っていたの!?」」

 

葉月ちゃんと久美子お姉ちゃんが、今日一番の大きな声を出してガバッと身を乗り出してきた。

 

「うん。時代劇の元になった人はいたらしいよ。……まあ、具体的に何した人かは知らないけど」

 

「あ、地元なのに知らないんだ……」

ポロリと。

久美子お姉ちゃんが、無自覚に言葉を口からこぼした。

 

「あっ、いや、今のは……!」

ハッとして慌てて口元を押さえるお姉ちゃん。

彼女のこの『思ったことがそのまま口に出てしまう』悪癖は、私に絶好の反撃の糸口を与えてしまった。

 

「へえ」

 

私は口角を上げ、不敵な笑みを浮かべた。

「じゃあ、ずっと朝廷があった京都に住んでるお姉ちゃんは、明治より前の歴代天皇が具体的にどんな偉業を成し遂げたか、言えるんだよね?」

 

「なっ……!?」

 

完全に論理の罠に嵌まったお姉ちゃんは、ぐうの音も出ないというように口をパクパクさせた。

地元民だからといって、その土地の歴史をすべて網羅しているわけではない。当たり前の理屈だ。

反論の余地を完全に塞がれたお姉ちゃんは、非常に分かりやすく視線を泳がせ、強引に話題を切り替えてきた。

 

「そ、そういえば! 白理って中学の時も吹奏楽部だったんでしょ? トランペット持ってたし。……中学の時の実力って、どれくらいだったの?」

 

見事なまでの話題逸らしだ。しかし、吹奏楽の話題を出された以上、乗らないわけにはいかない。

 

「うーん……基本的には弱小だよ」

 

私は記憶を遡りながら、淡々と事実だけを並べた。

 

「1年の時は、県北地区大会で、優秀次点賞。2年の時は、県大会で、銀賞。……で、3年の時は地区大会で優良賞」

 

「優良賞? 銀賞?」

 

吹奏楽初心者の葉月ちゃんが、頭の上にハテナマークを浮かべて聞き返してくる。

 

「あー、ちょっとややこしいんだけどね。地区大会の評価って、基本は優秀と優良の二つに分かれるの。優秀だと上の大会に行けるんだけど、そのどっちつかずのギリギリのラインが優秀次点って感じ」

 

私は箸の先で、見えないピラミッドの階層を描くようにジェスチャーを交えた。

「で、そこを抜けて県大会から上に行くと、金・銀・銅の評価に変わるんだよね」

 

「なるほどー! じゃあ、2年生の時の県大会銀賞って結構凄かったんだ!」

 

「まあ、その年だけね、それでも全国なんて夢のまた夢だけど。3年の時は地区大会で優良……つまり一番下の評価で終わっちゃったし」

 

「そうなんだ。でも白理って、なんだかんだ地元大好きなんだね」

 

葉月ちゃんがニコニコしながら、この一連のトークに無邪気な終止符を打った。

 

その言葉に、私は図星を突かれたように肩をビクッと揺らした。

 

「……えっ。そ、そんなことないよ……」

 

私は慌てて顔の前で両手をブンブンと振り回した。

 

「大嫌いだけど……でも、茨城県自体は悪くないし!」

 

私が顔を赤くしてムキになって言い返すと、敗北から立ち直った久美子お姉ちゃんがプッと吹き出した。

 

「ふふっ、なにそのツンデレ」

 

「ツンデレじゃないし!」

 

「はいはい。とりあえず、白理の前で『いばらぎ』って言うのと、納豆いじりは禁止ね。葉月ちゃん、みどりちゃん」

 

「了解です!」

「アイコピー!」

 

みどりちゃんが、ビシッと可愛らしく語で答えた。

 

お姉ちゃんが楽しそうに笑い、葉月ちゃんとみどりちゃんもそれに続く。

 

みんなの明るい笑い声を聞きながら、私は「もう……」と口をとがらせつつも、なんだかおかしくなって、一緒に笑いながらハンバーグを口に運んだ。

 

こんな楽しくて緩いい学校生活が続けばいいなあと思ってた。

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