血まみれヒーロー   作:であーね

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プロローグ 血田万利主税:オリジン

 

 陽気はのどかで、ちょうど先ほど歌った歌にもあるようにうららかな春の日に、気温はまだ春を感じない冷たい風の吹く日のことだった。

 今日は卒業式。といっても僕のではない。中学2年生の僕――『血田万利 主税(ちだまり ちから)』は、誰もいない空き教室に来ていた。

 

「来てくれてありがとうなのです。血田万利くん…ですよね」

 

 遅れてきたのは、今日卒業したことになる一度も言葉を交わしたことがない先輩。

 凛とした立ち姿、少し影のある横顔。あまり笑わないが男子生徒の間では密かに人気のある、僕もなぜかずっと目が離せなかった彼女――『渡我 被身子(とが ひみこ)』先輩。彼女が卒業式の後に僕を呼び出していた。

 胸の鼓動が速まる。全身の血が巡る。僕はもしかしなくても、どう考えても「告白」のシチュエーションに全身の血液が沸き立つような感覚を得ていた。

 

 興奮に頬を熱くする僕に、先輩はゆっくりと近づき――その手に隠し持っていたのであろう、ナイフを僕の喉元へ突き立てた。

 

 

 鋭い痛みが走ったのは一瞬。次の瞬間には、興奮で血が激っていた僕から、噴水のように血が吹き出していた。

 先輩は吹き出す血を全身に浴びて一瞬呆けた顔をしたが、すぐにその口角を上げた。真っ赤に染まった顔で、目を、口を、ぐにゃりと歪ませた、十人が十人異常だと評するような笑顔を浮かべていた。そのまま血を吹き出す僕を押し倒してその傷口に貪りつくように唇を寄せた。

 

「っ……、はぁ、……カァイイ、カァイイねえ…血で真っ赤に染まって…ちゃんと飲んであげますね…いただきます」

 

 喉を鳴らし、僕の血を飲む先輩。

 普通なら絶望する場面だろう。いや、そもそももう死んでいるものだろう。けれど、僕の心にあったのは絶望でも、死の恐怖でもなかった。

 

 世界の総人口の八割が『個性』と呼ばれる超常の力を持つ超人社会。ご多分に漏れず僕にも僕の個性が宿っていた。

 僕の個性は『増血』。

文字通り、体内で無尽蔵に血液を生成し続ける力だ。どれだけ血を流そうと僕の命に別状はない。むしろ、普段から体内にパンパンに詰まった血が外へ逃げ出していく感覚は、溜まった膿を出すような、抗いがたい「快感」を伴っていた。

 

 

(ああ……気持ちいい……)

僕は幼い頃から、藪の中でわざと肌を切り、血を流すことに悦びを感じる悪癖があった。

だから、この状況に戸惑いはあっても、ダメージはゼロだった。ゼロどころか、役得とさえ思っていた。血を出すのは気持ち良い。増血の個性を持たないクラスメートとは共有できない感覚だ。しかし気持ち良い。下品に聞こえるかもしれないが、なんなら射精みたいなものだった。いや放尿…?ダメだ。おそらく僕は突然の(僕にとっては)ご褒美プレイに混乱している。つまり、そう、生理的な睡眠とか食欲とか、生物の三大欲求とも呼ばれるような、そんな抗いがたい欲求が出血にはあるのだ。つまり性欲だった。いや違います。制欲に頭を支配されている。気になっていた先輩から卒業式後に呼び出されて突然(血を)抜いてくれるサービスなんてあっていいものだろうか?恐らく先輩も血を飲むのが好きなのかな?相性抜群で僕の運命の人なのでは?彼女の笑顔は世界で一番可愛かった。噴水のように血が吹き出しているのに体内の血の生産がそれを上回っていた。興奮に血が全身を駆け巡っている。

 

 僕は勃起していた。

 

「美味しい……美味しいよぉ…ごめんなさい、でも、止まらないです……!」

 

先輩は泣いていた。僕は正気に戻った。

先輩はすがるように僕の首筋に舌を這わせ、許しを乞いながら、それでも啜ることを止めない。

 その姿を見て、僕は察した。混乱した頭でも一瞬考えたことだ。きっと先輩も僕と同じなのだ。

 個性の代償。

 抗えない衝動。

 人を傷つけ、血を啜らずにはいられない呪い。

 それは実の両親すら疎んだかもしれない。彼女が人を害した話は聞いたことがない。この中学を卒業するまで、衝動を必死に耐えていたのだろう。もしかしたら、彼女のタガが緩んでしまったのは僕のせいかもしれない。いつも藪で生傷を作り、血の匂いをさせていたのは僕だ。

 

「いいんですよ、先輩」

 

僕は、自分に抱きついている彼女の肩越しに、囁くように声を掛けた。

 

「僕の個性、『増血』と言って、いくらでも血が出せるんです。……それで怪我して血を出すのも好きで……いつも血の匂いをさせていた僕が、先輩を追い詰めちゃったんですよね。……ど、どんどん飲んでいいですよ」

 

 僕の言葉に、先輩はビクリと肩を震わせ、僕の喉元から顔を離した。その口元は僕の血で赤く汚れ、目は弧を描くのをやめて僕をジッと睨め付けていた。

 

「……何、言ってるんですか。血田万利くん」

 

彼女の声はひどく平坦だった。それは拒絶であり、同時に激しい非難でもあるのだろう。

 

「私は我慢してきました。ずっと普通になりたくて、我慢して我慢して生きてきました。アナタは……なんなんですか? 喉を刺されて、血を流して……のうのうと衝動に身を任せているアナタが私はキライです。大キライです」

 

 どすっ、と言い終わるやまた心臓にナイフを突き立てられた訳だが、そんなご褒美にも関わらず、ことここに至っては僕の勃起は完全におさまっていた。

 

 彼女にとって、血を求めることは普通のことだ。しかし、その周囲の人間にとっては、彼女の人生を侵す呪いであり、異常であり。「敵」だった。それなのに、目の前の後輩は、僕は、自身の『増血』という個性からくる「出血の快感」に、罪悪感もなく身を委ねている。それを周囲は平然と受け入れている。僕の姿は、自分を律してきた彼女の努力を嘲笑っているだろう。

 

 先輩に拒絶され、非難されたこと。そして何より、彼女がこれまでどれほどの孤独と苦しみの中で、その衝動を押し殺してきたかを想い、僕の目からは涙が溢れ出ていた。

 

 この個性社会においても、他者を害したい彼女の衝動は異常として忌み嫌われ非難される。誰も彼女の本当の苦しみを知ろうとせず、両親からすら悪魔の子だと吐き捨てられる世界。僕は目の前の少女へ深い憐憫を感じていた。

 

 けれど同時に、僕の心には、それを上回るほどの歓喜、そして薄暗い欲望が込み上げていた。

 

 彼女には僕しかいない。自分だけが彼女の味方になる『個性』を持っている。

 

僕は彼女を抱きしめる腕に力を込めました。僕の『増血』は無尽蔵です。どれだけ彼女が僕を傷つけ、血を飲み干そうとしても、僕が死ぬことはない。彼女に血を捧げることは、僕にとって至上の快感だ。

 

「先輩、聞いてください」

 

 僕は彼女の耳元で、まるで愛の告白――いや、まさに一世一代のプロポーズを宣誓した。

 

「僕が、ヒーローになります。……ただのヒーローじゃない。先輩が、ありのままの姿で、普通に笑って生きられる社会を作る……そんなヒーローに、僕がなってみせます」

 

世間の常識や、個性の解釈、社会の認識。それらすべてを、僕が塗り替えてみせる。僕が有名になり、力を持ち、血を流す僕と血を飲む彼女の関係を「正解」だと世界に認めさせてみせる。

 

「だから、もう一人で苦しまないでください。あなたの衝動も、その呪いも、僕なら完璧に受け止めきれる。僕の血は、あなたのために流れるんです」

 

 最後の一言を言うには流石に緊張をした。それを思えば喉に流れ込む出血など大したものではない。

 

「僕は、貴女が好きです」

 

 

「……ハァ?」

 

 噴水のように溢れ続ける僕の血が、彼女の制服を、そして僕たちの未来を真っ赤に染めていった。教室の中央の真っ赤な噴水に、突き刺したナイフだけを残して、彼女は去っていった。

 

 

 ……これは、僕が最高のヒーローになり、彼女から告白の返事を貰うための物語だ。

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