雄英高校の入試は、僕にとってさほど難しいものではなかった。
入試内容は、仮想ヴィランである種々のロボットとの市街地戦だった。ポイントのついたロボを血圧ポンプによる怪力で叩き潰し、あるいは指先に作った小さな傷口から高圧で放出した血液の刃で切断する。スタミナも無尽蔵な僕は息切れすることもなく、試験中休むことなくヴィランを打倒し続けた。
0ポイントの巨大ロボを同じように倒せるかは分からない。試験で倒す必要もないし、僕はあまり暴力的な性格ではないからだ。実は暴力を振るうことには慣れていない。本来は血生臭い世界とは無縁の性格だと自負している。
ある程度は血液ブッパでなんとかなる気もするが、試験が対人戦であったならば苦戦していたかもしれない。雄英に入学出来たならば対人戦の機会は増えるはずだ。今後訓練を積むことになるだろう。これも先輩のための最高のヒーローになるためだ。精進するしかない。
0ポイントヴィランから撤退する際、僕は一緒に逃げる他の受験者を救助する余裕があった。瓦礫に挟まれ動けなかった受験者を僕が引きずり出していく。しかし、僕の体から常時溢れ出させている大量の血が彼らを真っ赤に染め上げていった。
「……うわぁぁ!だ、大丈夫か!? どこを怪我したんだ!」
近くの他の受験者が悲鳴を上げ、助けられた本人は服にべっとりとついた僕の返り血を見て、顔を引き攣らせていた。
試験後。リカバリーガールが受験者を治癒してまわった。
「はいはい治癒が必要な子は集まりなさい……おやあんた血まみれじゃないか!?ちゆ〜!…っと怪我してない?なんだい紛らわしいねえ」
ヒーローとして救助活動はメインの活動と言って良いだろう。救助者血まみれ問題は今後の課題としたい。
入試の帰り道、夕暮れ時の静かな通りを歩いている時だった。
前兆は何もなかった。気付いた時には鋭利な刃物が僕の背中を突き抜け、心臓を一突きにしていた。
「――っ……あ、が……っ」
ドクン、と心臓が跳ね、口から熱い血が溢れる。全身に奔る快感と共にあの卒業式の思い出が蘇る。
「……あ、ひ……、せん、ぱ……い……?」
振り返る間もなくナイフは引き抜かれ、今度は僕の足の腱を切り裂いてくれた。抵抗する気もないが、一瞬のうちに身動きを封じられ路地裏に引き摺り込まれる。
そこには一年間、夢にまで見た彼女――渡我被身子先輩が立っていた。彼女は僕の血に濡れたナイフを握ったまま、あの時と同じ、ぐにゃりと歪んだ可愛らしい笑顔で引き倒された僕を見下ろしていた。
このタイミングでの逢瀬である。彼女が僕の入試のことを知っていたのだろう。僕の頭は一瞬でピンク色に染まった。ずっと僕のことを見ていてくれていたのだ。これは、間違い無いだろう……。
(……すわ、結婚……!?)
「あはっ、血田万利くん、やっぱり死なないねえ。今日は入試だったんでしょ? 個性をたくさん使って疲れてる後なら、今度こそ殺せるかなって思ったんですけど」
彼女の口から出たのは明確な殺意の言葉だった。彼女は僕が喋れる余裕があるのを見て取ると、ナイフを、今度は僕の口の中へ、ゆっくりと、愛おしむようにその刃を飲み込ませてきた。
「……んぐっ、……ぅ……」
「私は君のことが嫌いなので喋らないでくださいね?」
鉄の味が舌の上で広がる。熱烈なディープキスに心臓が跳ねる。彼女は僕の喉の奥をナイフで弄びながら、語り始めた。
あの日、彼女は僕を刺して血を啜った後、衝動的に家を飛び出したのだという。僕が被害を届け出なかったおかげで警察に追われることはなかったが、彼女は抑圧されたまま過ごすことをやめ、「普通」に、個性の衝動のままに生きようと決めたのだ。
「でもね、君を見てると、すっごくムカつくのです。……私、君みたいになりたくないもん」
彼女にとって、血への衝動は苦しみであり、呪いだった。それなのに、僕はその衝動を「快感」として受け入れ、挙句の果てにそれを「正義」に変換してヒーローになろうとしている。それがゆくゆくは彼女の衝動が肯定される世の中を目指していたとしても、その個性に身を委ねたのうのうとした生き方が、自分を抑圧し続けてきた彼女には我慢ならなかったのだ。
「だから、まず殺そうと思ったの。でも君、全然死なないんだもん。だからずっと、チャンスを伺ってたんだよ?」
喉元に突き立てられた刃の感触。彼女の指を、手を濡らす僕の血液。
どこを切り取っても官能的だった。
「……せ、……あが……っ!?」
「まだ、喋っちゃダメだよ」
僕は口の中のナイフを舌で押し戻し彼女に愛を伝えようとするも、ナイフは喉の奥で捻られ、言葉は刃ごと喉の奥に押し戻された。
渡我先輩は、僕の喉元にナイフを挿れたまま、もう片方の手で二本目のナイフを取り出した。その刃先が、僕の腕や胸の皮膚をなぞるように滑る。
「どうやったら、君は死ぬのかな? 喉を突いても、心臓を刺しても、とっても嬉しそうです。ねえ、教えてよ。どうすれば、君は死ぬんですか?」
そう問いかける彼女も満面の笑みを浮かべていて、僕の目には彼女も個性の衝動を解き放ち、興奮しているように見えた。和姦が成立している。二本目のナイフが僕の肉を深く切り裂いた。
噴き出す鮮血。オーラルセックス。薄皮をなぞる彼女のナイフが僕を至福の絶頂へと向かわせていた。個性の発動に伴う多幸感と、愛する人から与えられる痛み。全身の血が激しく巡り、血管の圧力が極限まで高まっていく。
その生理的な反応は、隠しようもなく僕の股間に現れていた。血圧を上げれば、肉体の構造上、どうしても起きてしまう現象だ。僕の肉体をくまなく傷付けていた彼女がそれに気付くのは必然だろう。
「……あはっ。……ひどい、本当に変態(ヘンタイ)ですね、血田万利君」
僕の身体の反応に気づいた先輩の瞳は、侮蔑と嫌悪で覆われていた。しかし、僕は奥底に眠る彼女の興奮を感じずにはいられなかった。
「そんなに気持ちいいなら、こうすると、もっと気持ちいいですか?」
嗜虐的な言葉と共に、彼女のナイフが一閃した。
熱い衝撃。僕の身体で今、最も血液が集まっていた場所が根本から切り落とされた。吹き出したものが本当に血液だけだったのか、迸る快感で僕には何も分からなかったが、ただ吹き出す液体を全身に浴びる彼女がひたすら綺麗だった。可愛かった。えっちだった。結婚しよう。
彼女が侮蔑の裏でひどく興奮していたことはその後彼女が切り取ったそれから滴る血液を舐めようと舌を伸ばそうとした姿が証明していた。舌を伸ばし、口を付けようとしたその瞬間に何かに気付き、顔を赤らめ、それを路地の奥に投げ捨て、両手のナイフで僕を一瞬のうちに九度刺していた。九頭龍閃が決まった。挙式はいつにする?
その時、遠くから足音が聞こえてきた。
「……ちっ、時間切れ。またね、血田万利君」
彼女は吐き捨てるように言うと、僕の返り血で真っ赤に染まったまま、夕闇の中に溶けるように消えていった。
残された僕は、再び「個性の制御不能による事故」として処理された 。
現場にいたのは僕一人。傷跡は僕の異常な修復力によって、発見される頃には跡形もなく消え去っていた 。警察も学校も、僕がまた一人で血を流して悦に浸っていたのだと呆れ、厳重注意を重ねるだけで終わった。
切り取られた身体だが…再生した。彼女が去り、ひと時の思考の時間を得た僕は流石に自身の惨状について考えた。自身の回復能力には自信があった。しかしだからと言って自ら身体を切断し実験するほど頭のイカれた奴ではない。自身の自身が、このままであれば流石に困る。また先輩に弄んでもらうこともできない。事後の気怠い思考で考えていると僕の切断面から流れる血は切り取られたそのモノの形で固まり瘡蓋のようなものを形成した。え、と不思議に思ってる中人が来てしまい、てんやわんやののち、自宅で一息つく頃には瘡蓋が剥がれ新しい快感の象徴が姿を表したのである。
自身の個性の力とはいえ…少し引いた。いや、愛の力だと思うことにしよう。これは今日の逢瀬が産んだ僕と先輩の息子である。新しいこの子は昨日までの子より敏感だった。その夜、僕は先輩を想い、彼をひたすら撫で慰め、彼は少し涙を流した。僕は好きな子で抜けるタイプの中学生だ。
後日、僕の元に一通の封筒が届いた。雄英高校からの合格通知だ。
合格を伝えるホログラム映像は平和の象徴オールマイトだった。かなり驚いたが、来年度よりオールマイトも雄英で教鞭を取るらしい。オールマイトは僕の戦いぶりを高く評価してくれた。
「文句無しで合格だ血田万利少年!敵ポイント49pt!近接戦闘能力に遠距離攻撃もある!それに最後までスタミナバッチリだった!これだけでも合格間違いなしだが〜…それだけじゃない!君は他の受験生も救助を行なっていた!実はこれも加点ポイント!21ptの救助ポイントが加算される!だが、君にはちょっとだけ救助ポイントにマイナスが付いていたよ。入試での君の行動は、救助活動としては成立していたが、被救助者を血まみれにしていた点は、ヒーローとして大きな課題だ。ホントの現場では『怪我人の状態を分からなくなる』という混乱を招いちゃうからね!」
「それでも合計70pt!合格だ。来いよ雄英。ここが君のヒーローアカデミアだ。……あ、あと君にはブラドキング先生からも伝言を預かっているよ!君ブラドキング君と友達なんだって?良いねえ献血仲間!社会貢献!ヒーロー志望らしいぞ!えーとね、『雄英で待っている』……だってさ!」
ブラドキングの「雄英で待っている」を聞いたのはこれで五度目くらいだろうか。
そして僕は、雄英高校一年A組に編入されることになる。