魂を人形に移す魔法を使ってくるタイプの魔王軍幹部 作:新人ブラック
――僕は異世界転生をしてしまった。しかも、TS転生というおまけ付きで。
ちなみに転生先の世界は、剣と魔法が主流で、勇者と魔王が代替わりをしつつ、何百年と争い続ける定番の世界観だった。
ラノベやアニメで流行りのそれを、自分自身が体験するとは思いもしなかった。そもそも死んだという記憶自体がないので、僕の主観では『性癖』を解消する為のアニメを視聴した後。翌日の為にベッドに潜り込んで目を閉じて、次に開けた瞬間――全く知らない少女の肉体に意識が宿っていたのだ。
訳も分からず大声を出してしまい、近くにいた男性と女性――この少女の両親を大いに心配させてしまった。すぐに少女――アゼリアの記憶が蘇ってくれたお陰で冷静(?)に対処することができた。危ない、危ない。
しかし、一気に十年分の
というか、現在進行形で苦戦している。
「……本当に大丈夫なの? アゼリア」
「うん、大丈夫。変な夢を見ただけだから」
「それなら良いけど……何かあったら、すぐに言うのよ」
「分かっているよ。おやすみなさい、お母さん。お父さん」
両親が出ていって部屋に一人になった後、僕はベッドに横たわり気持ち悪さを落ち着けるのに精一杯で、碌に眠れず、目に深い隈を作ってしまい。余計に心配をかけてしまった。
アゼリアとしての良心が痛むなあ、ただでさえ彼らからは一人娘。本来のアゼリアを奪った。いや、自我を殺してしまったようなものだ。僕という不純物が混じったのだから。
この事実は僕一人の中に仕舞い込み、墓の奥まで持っていこう。ちょっと他人には言えない『性癖』を含めてね。それが僕にできる、唯一の親孝行。罪滅ぼし。
魔法が存在する世界観なので、その『性癖』というか『欲望』を叶えられなくはないかもしれないが、
村で唯一魔法を使える友人の母親が、太鼓判を押してくれた。
まあ、そもそも件の『性癖』――『可愛い■の子の■を■■に■して、コレクションにしたい』という『欲望』など叶えられるべきではない。
むしろ、それ向けの才能がなくて助かった。人間の理性って、ふとした拍子に壊れることがあるのは創作や現実でも少なくないから。
もしもそんな外道に堕ちたとしたら、人間ではなく
そういうのは、前世で散々嗜んできたフィクションの類で充分だ。
「――リア。アゼリア! 聞いているの!?」
「え……あ、ごめんごめん。アストレア。ちょっとだけ、ぼうっとしてみたい」
「昨日の晩、何かあったの?」
「特にない。……強いて言うなら、眠れなかったことぐらい?」
「ふーん」
淡い金髪の少女――アストレアは口をへの字に曲げながら、僕の咄嗟の答えに微妙な反応を示す。そんなアストレアに対して――。
「頭痛や熱はない? 辛かったら、すぐにでも言ってね?」
「大丈夫、大丈夫。問題ない……と言いたいけど、今日は言葉に甘えておくよ。ありがとうね、エレノア」
心底心配したような声色と表情な、プラチナブロンドの少女――エレノア。彼女の労りの言葉に、素直に頷いておく。
だが、そんな僕の様子にアストレアは不満そうに言った。
「もうー、エレノアの言うことは素直に聞く癖に、私には適当な返事をして……」
「べ、別にそういうつもりは全くないから!? 意識がぼんやりとしてただけだから!?」
両手を振りながら慌てて弁明するも、アストレアは機嫌を損ねてしまい、視線を全く合わそうとしてくれない。僕にとっては胃が痛く、第三者にとっては微笑ましいやり取りをエレノアは生温かい目で見守っていた。
アストレアは全然機嫌を直してくれず、僕が若干涙目になっていると、流石に見兼ねたのかエレノアは小さく微笑みながら助け船を出してくれた。
「駄目よ、アストレア。アゼリアを困らせたら」
「むぅ……分かったわ。今日は早く帰って、しっかりと休んでちょうだい。だけど、明日からはもっと働いてもらうから!」
「……ありがとうね、アストレア。エレノア。また明日」
そう言って、僕は二人と別れた。彼女達は、今日も年長の子供の仕事――年下の子供達の面倒を見たり、薬草の採集や畑仕事、家事の手伝い等――だ。
こちらの調子が悪いとはいえ、一人だけ先に帰ってしまうのは非常に申し訳ない。だが、ここは大人しく甘えるべきだろう。彼女達の為にも。
時折
アストレアとエレノア、二人とも
『――私達三人はずっと友達! 何があっても。約束』
『もちろんだよ、アストレア。ね、エレノア』
『うふふ、当然よ。二人とも。こっちこそ、よろしくね』
その記憶の中でも、一番大切な『宝物』。
もう何度目か分からない、罪悪感の流出。不意の吐き気が足が止める。両手で口を押さえ込んだ。
(……このまま帰ったら、またお母さん達に余計な心配をかけちゃうよね。寄り道でもしよう)
鏡かその代わりになる物がないので分からないが、きっと今僕は酷い顔色をしているだろう。そんなものを両親に見せれるはずがない。
そう考えた僕は、トボトボと人気が無い場所に向かい始めた。
(……ここなら一休みぐらいはできるかな?)
移動すること十数分。村外れに位置する、小さな湖。温かな陽光を反射して、煌めいていた。ちょうどいい木陰を見繕うと、木の幹を支えにして座り込み、瞼を閉じる。
小鳥の囀りやそよ風が心地良く、気分の悪さが和らいでいく。穏やかな木漏れ日が眠気を誘う。意識が途切れ途切れになっていく。
(時間には余裕があるし、一眠りでも……ん? 誰か来たような気がしたけど)
しかし眠りへの誘いは、何者かの気配によって妨げられる。一瞬だけ野生動物の可能性を考えたが、この辺りは村外れと言っても、それほど距離が離れている訳ではなく、その線はまずない。だったら、
その人物へのちょっとした不満を抱きつつも、確認する為に薄目を開けて伺う。さて、一体誰だろうと。
「――あら、お嬢さん。こんにちは」
凛とした、鈴の音を転がしたように透き通った声。それに違わず、非常に容姿の整った少女であった。年齢は今の僕よりも、少し上のように見える。
黒と白色のゴシックドレス姿の少女は、背景も相まって凄く幻想的であった。
絹のような白銀の長髪が風で舞う。淡い金色の瞳が、まだ若干寝ぼけ眼の、
その美しさに目を奪われる。酩酊感のようなものに襲われる。無意識の内に息をするのも止めていた――が、明らかに今の僕は異常だ。
そう理性が訴えてきて、麻痺していた思考を強制的に再開させた。思わず咳き込んでしまう。
そんな僕のみっともない様子を、銀髪の少女は片手を口元にあてて可笑しそうに笑う。その一動作すら、上品に感じられた。
「うふふ、面白い子ね……貴女。普通の人間だったら、私の完成された美を見たら、男女に関係なく正気は保てなくものだけど、まさか抵抗してみせるなんて。……そうだ、良いこと思いついた。
僕によく分からないことを、少女は話し続ける。まだ完全に夢心地のような状態から抜け出せていないのに。
少女の小さな、蠱惑的な唇が言の葉を紡ぐ。
「私の名前は、リリエル・ノクス。魔法使いなの。貴女の名前も――いえ、全部を教えてくれる? そうすれば、『条件』が整うから」
■
――私はリリエル・ノクス。全ての魔族の頂点に立つ御方、『魔王』様に仕える九人の大魔族で構成された『九魔天』。その内の一人に連なる者。
魔王様から直々の『特命』を受けて、私は人間領にある辺鄙な田舎の村の近くまで立ち寄っていた。当然ながら、人間共を皆殺しにする。
そんな下らない内容ではない。
魔王様が掴まれた情報では、この辺りで今代の勇者と聖女が番ったらしい。魔王様が先代とは違い、ここ最近の活動を小規模にしていたことで、どうやら気でも緩んでいるのか。前線から退いて、基本的に穏やかに暮らしているようだ。
気配をなるべく隠しているとはいえ、私の存在に気づかないのが何よりの証拠。お陰で、私達は仕事がしやすいので助かるけど。
勇者と聖女が番ってから、はや数年。もう子供ができていてもおかしくない。魔王様の『特命』の内容は、その子供を利用して今代の勇者達を抹殺しろというもの。
いくら前線を退いたとはいえ、真正面からぶつかれば同数以上の『九魔天』が屠られてもおかしくない。少なくとも、今代の勇者達と私達のパワーバランスはそのぐらい。
だから魔王様は、搦手が一番得意な私にこの『特命』を任せてくれたのだ。
どの人間を『駒』として使おうかと、見繕いに来たのだ。そして私は幸先が良く、その村人の子供らしき人間を一人見つけた。
しかも面白いことに、私の姿を見ても完全には呑まれなかった。それに見目も中々に愛らしく、魂の色も私好み。この『特命』が終わったら、聖女やその子供含めて『コレクション』に加えてあげよう。
「私の名前は、リリエル・ノクス。魔法使いなの。貴女の名前も――いえ、全部を教えてくれる? そうすれば、
私は魔法を発動させる為の『条件』を満たす為に、少女に向けて軽い自己紹介を行う。
――『魂縛傀儡』。他者の魂を支配し、術者である私の『操り人形』にする魔法。その発動『条件』は、対象が私に気を許し、親しい間柄になること。
家族、友人、恋人、生涯の伴侶。どんな関係でも良い、どうせ一時的なものに過ぎず、皆んな仲良く最後は『コレクション』になるだけなのだから。
その為の第一歩として、この少女の名前を聞き出そうとした。
「わ、私の……の名前は……」
「そうそう、まずは貴女のお名前を。仲良くなるには、きちんと段階を踏んでいかないと」
「……
「アゼリア。良い響きね。貴女とお友達になりたいのけれど、良いかしら?」
「……うん」
「良い子ね、アゼリア」
呆けた様子の少女――アゼリアの頭を、片手で優しく撫でる。気持ちが良いのか、私の方に身を預けようとしてくる。
思ったよりも早く陥落したが、別に良い。これならば、『魂縛傀儡』の発動『条件』をクリアしているだろう。
アゼリアの頭を撫でつつ、最後のトリガーを紡ぐ。
「――『魂縛傀儡』」
私の魔力がアゼリアを包み込み、『人形』に変えようとする。私とアゼリアの間に、魔力の
「ん? 何かしら、これは――!?」
しかし、この日は違った。その経路から、得体の知れない『何か』が私の魔力を吸い出そうとしてきた。まるで、逆に私の自我を食い殺さんと言わんばかりに。
違和感は瞬時に危機感に変わる。すぐに魔法の発動を中断しようとしたが、一歩遅く。私の意識は、泥のように粘っこい『何か』に呑み込まれていった――。
■
「――さん!? リリエルさん!? ……駄目だ、完全に気を意識を失ってる」
自らを魔法使いと自称し、僕と友達になりたいと言ったリリエルさんは何故かいきなり倒れ込んでしまった。その予兆なのか、僕とリリエルさんの間に『見えない何か』ができて
だけど、それは体調不良による錯覚だと解釈している。だったら、リリエルさんに起きた異変の正体は。それについて思考を巡らせる前に、リリエルさんの安否を確認しないと!?
声を何度もかけても反応はないので、若干の申し訳なさを思いつつも、脈を測ってみたり、胸の鼓動を確かめてみる――そのどれもが感じられなかった。完全に止まっていた。
「し、死んで――」
突然話しかけてきた少女が死亡した。その衝撃な出来事を上回るショックが、僕に襲いかかった。
――魔王様には仕える大幹部『九魔天』の一角、リリエル・ノクス。その数百年間の記憶。異常な『性癖』、『コレクション』への執着。それらに起因する固有魔法『魂縛傀儡』。
魔王様からの『特命』、その詳細。勇者と聖女の排除――。
「――――っ!?」
その『記憶』と膨大な力の奔流――魔力をゆっくりと受け止める。不思議と不快感はなく、むしろ心地良ささえ感じられる。僅かにあった罪悪感の欠片など、とうに甘い魔力の波に溶けて消えてしまっている。
『コレ』を全部咀嚼すれば、
僕は口角を歪めながら、全身に広がる淀んだ魔力、脳に同化していくリリエル・ノクスの『記憶』を優しく受け止めた。
「はあ……はあ……」
一体、どのくらいの時間が経ったのか。もう既に体内時計は、まともに機能していない。でも、
今の僕はアゼリアでもあり、そうでもない。もちろん『九魔天』のリリエル・ノクスでもあり、そうでもなく、前世の平均な一般人でもあり、そうでもない。
それらが全て絶妙なバランスで成り立っている、ただの『性癖』に忠実なだけ
魂の形が変質し、固有魔法の効果が変わってしまったり。
「――今は、ただ感謝を。これで僕は自分に正直で生きていける。ありがとうね、リリエル・ノクス」