魂を人形に移す魔法を使ってくるタイプの魔王軍幹部 作:新人ブラック
自室のタンスの奥に仕舞ってある昔――聖女時代の一張羅、戦闘服を引っ張り出す。白色を基調とした修道服。足元までの長衣と、頭にかける薄いヴェールが印象深い。
まるで下ろしたてのような、色褪せない神秘性がそれには宿っていた。思わず過去のトラウマ――助けられなかった人達のことが蘇る。
――どうして、私達を助けてくれなかったんですか!?
――もっと早くに助けに来てくれたら、あの子は死なずに済んだのに。
幻聴を振り払う。村の近くには、強大な魔族がいるのだ。こんな所で油を売っている暇はない。普段着を脱いで下着姿を晒すも、すぐに修道服に袖を通す。
意識が聖女時代のものに切り替わっていく。
ふとそのタイミングで、タンスの上に飾っている物に視線が止まる。それは、少々不細工な三体の人形。人間の男一人、女二人を模していることが分かる。
私はその内の一体、一番小さな人形に触れる。金髪の少女――愛娘であるアストレアに似せて作られている。私が彼女の誕生日にプレゼントとして贈った物。
その際の記憶が蘇る。不器用ながらも一生懸命時間を費やして、愛情をたっぷりと込めた贈り物をアストレアは満面の笑みで喜んでくれた。
それだけで充分であるのに、笑顔のままアストレアはこう言ってくれた。
『――私も、お母さんやお父さんの、お友達のお人形さんを作りたい! 作り方を教えて!』
正直に言えばもう作るつもりはなかったのだが、アストレアのおねだりに屈してしまい、二人三脚のような形で合間を見つけて、人形作りを続けた。
途中から多少のコツを掴みはしたが、計四体の人形を完成させるのには、大分時間を要してしまった。
だが、かけた時間は無駄にはならない。アストレアとの絆はより一層深まり、人形を贈った
友人達も喜んでくれたという話も聞けたので、苦労した甲斐があった大事な思い出の一欠片。
そっと手を隣の自分の人形の方に移して、それを手に取って修道服の懐に仕舞う。
(……お母さん、頑張るから。アストレア、シグルド、勇気をちょうだいね?)
心が温かくなっていく。お守りとして入れた自力の人形が、愛しの家族との記憶が活力を与えてくれる。
体の震えは収まっていた。
なるべく村人達の視線を避けて、魔力の気配が濃い場所へと向かっていく。下手に騒ぎを大きくしたら、件の魔族がどのような行動に出るか一切読めないからだ。
その願いが聞き届けられたからか分からないが、昼間であるにも関わらず、村人達とすれ違うことはなかった。
魔族の方も第三者の介入をあまり望んでいないのか、気配の出どころに近づくにつれて、さらに人気が少なくなっていく。
移動すること数分後。村外れの湖の傍であった。普段であれば心安らぐ憩いの空間も、空気が重苦しく張り詰めていた。
しかし、どれだけ肝心の魔族の姿が見当たらない。反応は間違いなく、この辺りからするのだが。警戒を怠らずに見渡していると、どこからともなく声がかけられた。
「――どうも、お誘いに乗ってくれて。美しい御婦人様。……それとも、聖女様と呼んだ方が良いかしら?」
「――っ!? 貴女は……!?」
反射的に声の方向に、視線を向ける。そこには、先ほどまでいなかった少女の姿があった。日光を浴びて淡く輝く銀髪の長髪と、嗜虐性を内包した金色の瞳が印象的である。
少女は、黒と白のコントラストの貴族令嬢のようなドレスを身に纏っていた。
それこそお貴族様の屋敷で出会ったら、違和感は
少女はそのあくどい笑みを深めて、口を開く。
「……まあ、聖女様は察しているでしょうけど、私は魔族よ。しかも、そんじゃそこらの雑魚ではなくて、魔王軍最高幹部の『九魔天』の一人、リリエル・ノクス。よろしくね?」
「『九魔天』……っ!?」
驚きのあまり、声が漏れ出る。
まさかとは思っていたが、本当にこんな辺境の村に『九魔天』のような大魔族がやって来るとは。
もしかしたら虚偽の可能性はあるが、魔力量からしてソレに準ずる大魔族であることには間違いない。
(……一体どんな目的があってここに?)
強いてあげるなら、
私達の隠居先を知っているのは、極一部の人間しかいないはずなのに。もしかして人間側に、魔族の裏切り者がいる可能性が?
疑心暗鬼に囚われそうになってしまう。
(……いえ、それについて考えるのは後。今はこの魔族を何としてでも倒す。最低でも村から撤退させないと、村人達が危険だわ……!)
「あらあら、色々と考えごとをしているみたいね。聖女様のそんな表情を見るなんて、
「初めて……? それに、普段から?」
リリエルの発言に、違和感を抱く。前線を離れて久しく、聖女時代にもリリエルという魔族に出会った記憶はない。
もしも会っていたとしたら、『九魔天』という大物を忘れるはずがない。
己の失言に気づいたのか、リリエルは調子を崩すことなく微笑む。
「ああ……そこは気にしないで。そろそろ本題に入りましょうか。
「あの子って、まさか貴女っ!? 村の人達に手を出したのっ!?」
リリエルは心底、不思議そうに首を傾ける。
「もしかして聖女様に会うというのに、何の対策もしてないって考えたの? やっぱり子供ができると変わるのかしら?」
その言い方に不安を覚える。リリエルが用意してきたという
私の心理的動揺を見抜いたのか、リリエルは目を細める。獲物を狙う肉食獣のように。
「――じゃあ、新しいゲストに来てもらいましょうか」
そう言って、リリエルは芝居がかった仕草で指を鳴らす。傍の草むらから、何か――小さな人影を取り出した。
その人物は、嫌という程に見慣れた少女であった。私の愛娘であるアストレア――ではなく。その友人の一人、アゼリアだった。
アストレアではなかったのは、不幸中の幸い。そう一瞬でも思考してしまった私は、聖女としても。一人の娘を持つ母親としても失格だろう。
そんな自己嫌悪に囚われてしまう。それを振り切って、アゼリアの方に目を向ける。
リリエルに片手で支えられているアゼリア。彼女は拘束はされていないものの、意識はないようでその瞼は閉じられている。
意識を失う前に一体何をされていたのか、アゼリアの表情は苦痛に歪んでいた。罪悪感で胸がチクリと痛む。
そんな私の様子を見て、リリエルは嘲笑う。
「その反応は『外れ』……寄りの『当たり』かしら? 知り合いではあるんでしょう? そんなに大きな村でもないし」
「その子に、アゼリアちゃんに何を……!?」
「別に? まだ本当に何もしていないわよ。……でも、これから私が言いたいことは分かるでしょう?」
眠らされているアゼリアの細い首元に、空いているリリエルの片手が蛇のように絡みつく。人外の握力を以てすれば、瞬く間にアゼリアの首は手折られてしまうだろう。
そんな最悪な未来が幻視される。
「――月並みの台詞だけど、この子を助けたかったら、私の言うことを大人しく聞いてくれないかしら?」
だが、目の前の一人の少女を見捨てる行為は、聖女としても、母親としても正しくはない。
だからと言って、リリエルの要求を呑んだ後、アゼリアやアストレア――他の村人達に危害を加えないという保証もない。
そんな考えが頭の中をぐるぐると巡り、マトモな判断を下すことができなかった。思考が麻痺していくのが分かる。
「あらー、良いの聖女様? 早くしないと、もしかしたら私の手が滑っちゃうかもしれないわよー?」
焦らせるように、茶々を入れてくるリリエル。アゼリアの姿が、
ならば、
両手を拳の状態で、ぎゅっと握りしめる。悔しさに歪みそうになる顔も、歯を噛みしめることで可能な限り誤魔化す。
リリエルの表情を見る限り、あまり意味はなさそうだが。
「……ええ、分かったわ。だけど、絶対に約束して。アゼリアちゃんには……村の人達には手を出さないで。私を排除できれば、魔王軍としては充分な戦果でしょう?」
「まあ、そうね。確かに聖女様一人の価値は、そこら辺の有象無象を積み重ねても比較にならない。私も無意味な殺戮は趣味じゃないし、約束は守るわ」
そう宣言するリリエルだが、相変わらず何の保証もない。精々声の調子から、遊びの色が抜けたぐらいだ。それが本音であると信じたいが、この程度の演技など『九魔天』の彼女なら余裕だろう。
だから、せめてもの抵抗を試みる。
「……なら、先にアゼリアちゃんを解放してあげて」
「もちろん良いわよ……って言いたいけど、それこそ貴女が私に不意打ちをしてこない保証がないから駄目よ。――安心して、貴女は殺したりしないし、この子の
先ほどに続いて、リリエルはまた引っかかるような言い方をしてくる。
「待って、それってどういう意味?」
「さあさあ、気にしている余裕はないわよー」
咄嗟に聞き返そうとしたが、取り合う様子は見せずに、リリエルは私に近づいてきた。身構えそうになるが、相変わらずアゼリアを抱えたままなので、手の出しようがない。
そのまま私の正面に来ると、アゼリアが地面に転がされる。ようやく隙を晒したと思ったのも束の間、リリエルに「貴女が何かするよりも、私の方が動くのが早いわよ?」と釘を刺される。
寸での所で、動きを止めるしかなかった。
クスクスと笑い声を上げて、リリエルは「両手を上げてね」と指示を出してきた。何をするのかと訝しみながら、私はリリエルを睨みつけた。全く意に介した様子は見られないが。
リリエルは持ち物検査と宣いながら、私の体を無遠慮に触ってくる。生理的嫌悪感で魔法をぶっ放したくなったが、その度に人質の存在をチラつかせられて踏みとどまる。
苦痛な時間が五分程過ぎた頃、リリエルは懐に仕舞っていた『お守り』の存在に気づいてしまう。勝手に取り出すと、片手で弄びながら、舐め回すように眺め始めた。
私の大事な記憶を汚されるような不快感に、顔を歪めてしまう。
「ん? ……これは、これは。良いお人形さんね。聖女様
いよいよリリエルの発言に混じる『違和感』を見逃せそうになかった。だが、それを追求することは私にはできなかった。
何故なら――。
「仮の『入れ物』としては及第点ね。――『魂匣蒐集』」
「え、何をして――」
いきなりリリエルが魔法を発動したと思った次の瞬間には、心臓を鷲掴みされるような違和感。急激に体から力が抜けてしまい。強制的に私の意識は奪われてしまった。暗くなる視界の端で、アゼリアが口角を僅かに持ち上げているのを見た気がした――。