魂を人形に移す魔法を使ってくるタイプの魔王軍幹部 作:新人ブラック
「ふう……何とか成功した」
僕は『作戦』の第一段階が終了したことで、リリエルの空っぽの肉体から自分の魂を元の体に戻す。それと同時に、『中身』が不在になったリリエルの体が、糸の切れた人形のように崩れ落ちるのを横目で見る。
その片手から、一体の人形が地面に投げ出された。
数十分振りの肉体で思いっきり伸びをしてから、僕は安堵の息を吐く。
僕が先ほどまで実行していた『作戦』の第一段階――魔王が納得させられる程の『成果』を持ち帰るという内容。その『成果』の正体とは、魔王軍の最重要の排除対象であった聖女の無力化と、それを証明する現物。
僕はちらりと視線を、リリエルの近くで同じように倒れ伏す聖女――エリシアさん。
僕自身も、彼女には普段から色々とお世話になっていた。そんな人を、僕は自分勝手な理由で一時的に友人から引き離そうとしている。
今のエリシアさんの肉体には、本来在るべき魂が存在しない。だから死んでいないが、どれだけ呼びかけようとも目覚めることもない死体同然の状態。
コレを『成果』の証明品として持ち帰るには、現在切れる僕の手札では少々厳しい。
なので、僕はエリシアさんの魂を別の『器』に。もっと小さくて、持ち運びモノに移し替える。そんな通常ではあり得ないことを可能にするのが、僕の魔法――『魂匣蒐集』。
変質前のリリエルの魔法――『魂縛傀儡』と違い、別の『器』に移し替えた後の肉体に干渉できるのは、二つの現象のみ。その一つとは、魔法の使用を解除する時だけ。
よっぽどのことがない限り、それをするつもりはないので、エリシアさんの肉体は放置するしかない。
もう一つは、魂がない肉体を人形と定義して、僕自身の魂を入れて操るというもの。他人同士の魂で行うことはできない。
見てくれはただの少女でしかない僕が暗躍するには、うってつけの使い方だが、これはこれで僕の本体が無防備になる弱点も存在するので多用も厳禁。
しかし、今回は想定以上に上手くハマってくれた。
僕がリリエルを演じて、魂のない
何故か持ち歩いていた人形に、彼女自身の魂を置換して無力化は成功。後に残ったのは、傷一つないエリシアさんの肉体だけ。
エリシアさんの優しさにつけ込んだ完璧な作戦だった。普段からエリシアさんと接する機会がある僕には、彼女が何を嫌がるかよく理解できている。
そこに聖女といった肩書きは関係ない。
もしも
しかも、そうなる可能性はまだ残っている。僕がこのまま村にいれば、戻ってきたシグルドさんはエリシアさんの異常を見てすぐに、その下手人が僕であることを見抜いてくるだろう。
勇者とは、前世持ちの僕もそう思うぐらいには理不尽な存在らしい。人類と敵対する魔族にとっては。
そもそもエリシアさんの魂が入った『器』を、リリエルの体で魔王の所まで持って行かなければ、『作戦』は完全には終わらない。
僕が姿を晦まし、人気が無い場所に放置されたエリシアさんの肉体。辺りに漂う、隠し切れない魔族の魔力跡。
それを見たシグルドさんは、きっとこう解釈してくれるだろう。
――辺境の村を大魔族が襲撃し、聖女の奮闘のお陰で大魔族は撤退にまで追い込んだ。聖女自身が犠牲となり、一人の無辜の少女が攫われるという代償を持って。
シグルドさんを怒らせてしまうし、何よりも
しかし、これは仕方のないことなのだ。僕がアストレア達の友人であろうとする限りは。でも、大丈夫。
「――何れはアストレアの魂もお人形さんに移して、
そう独りごちる。達成感と、これからの『未来』を想って火照った体を冷やすそよ風が気持ち良い。
僕はリリエルの掌に握られている人形を拾う。少々細工が雑な箇所はあれど、その人形からは持ち主の面影を感じられる。
このような命の危険が伴うような場面にまで持って来るということは、きっと大事で大切な物なのだろう。僕も同じような人形を持っているから分かる。
というか、渡した人物もまた同じなはず。僕やもう一人の友人――エレノア以外にも渡していることに若干の嫉妬心を抱きそうになるも、母親なのだから何もおかしくはない。
むしろ、そういう親を想う側面を垣間見れて、微笑ましくなる。顔が自然と笑みを浮かべるのが実感できた。
「……それにアストレアから貰った人形を
懐に忍ばせていた『宝物』を愛おしそうな手つきで撫でる。そう感傷に浸っていると、反対の片手に握られていた無機物でしかないはずの人形が温もりを得て、ドクンと脈動した気がした。
新たな『器』に収まったエリシアさんの魂が馴染み始めて、微睡んでいた意識を取り戻し始めたのかもしれない。
この辺りの感覚は、初めてのことなのでまだよく分からない。だが、その内に慣れてくるだろう。
憐れな被害者として姿を消した僕は、『九魔天』リリエル・ノクスの皮を被り、暗躍し続ける予定であるから。その果てには、
もっとも、僕にそんな殊勝な心がけは一切ないが。
せっかく手に入れた『欲望』を満たす為の魔法とシチュエーション。存分に活用しないと、エリシアさんにも申し訳ない。
そもそも討たれるとしたら、おじさん勇者ではなく、美少女か美人な勇者が良いな。例えば、アストレアかエレノアのような子が望ましい。
――囚われの
とても見応えがあるに違いない。と言っても、あの二人にはそんな危険なことはしてほしくない。向こうでの活動が落ち着いたら、タイミングを見計らって『お迎え』に来るとしよう。
「それでは、行くとしますか! 魔族領に。……エリシアさんは久しぶりになるのかな? まあ、それは後で本人に聞けば良いか。アストレア達が来るまで、時間はまだまだいっぱいあるんだし、たーくさんお話しようね?」
まだ意識が曖昧であろう掌の中にいるエリシアさんに、そう呼びかけた。
自分の魂を再びリリエルの方に移すと、エリシアさんの人形と
(――実の母親や
そんなことを、心の中でボヤきながら。
――村外れの湖の傍に残されたのは、まるで眠るように地面に転がる一人の聖女だけだった。