あゝ、忌まわしき青春の記憶よ〜ダメ男なガノタのブルアカ転生〜 作:社会の歯車
俺とカヨコが出会ったのは。今から約二年前の話だ。
当時のカヨコはまだ便利屋に所属しておらず、俺と彼女が出会ったのは、全くの偶然と言えるものであり。とある縁の結果として、時折こうしてカフェでコーヒーを奢ってやる関係性だった。
「コレを」
「はい。……いつもありがとう」
「助け合いの精神って事にしておいてくれ」
「コストはちゃんと払ってるけどね」
静かなジャズの流れる、仄暗い落ち着いた雰囲気のカフェには、制服を着た人物は一人もいない。目の前の少女を含めて、だ。
テーブルの上に滑らせた封筒を受け取ったカヨコは、それをスーツの内へとしまい込む。
男装の麗人。とは、この事を言うのだろう。スレンダーな体型を持ち、元々鋭い印象を受けるカヨコが纏う黒いスーツは、彼女の年齢に不相応な落ち着きを感じさせていた。
「次は?」
「コレでしばらくゲヘナとはお別れだな。どうにも雷帝様の周りが騒がしい。嫌な予感がするからには、とっとと身を引く事にするよ」
「もう少し仕事をしてみるつもりは?」
「バカ言え。俺はお前たちと違って死にやすいんだよ。巻き込まれるのは、御免被る」
フルフェイスヘルムの内、鼻より下の部位だけを上げて、俺はコーヒーを手に取った。
店に充満する煙草の臭いに混じって、香ばしい豆の香りがした。
「……」
「なんだ」
温かなコーヒーを口に含み、その香りを楽しんでいると、カヨコがじっとこちらを見ていることに気がついた。
「べつに」
「何もないなら人の顔をジロジロ見るもんじゃない」
「見てたのは顔じゃないよ」
「じゃあ」
「それ」
そうしてカヨコが指をさしたのは、結局俺の鼻先で――。
「仮面。私もつけてみようかな……って」
「はぁ?」
俺の方を示していた指を、そのまま自分の方へと向けたカヨコは、普段通りのクールな表情のまま、それを指し示した。
「私。よく顔が怖いって言われるから」
「……あぁ、らしいな」
「別に今の仕事的にはそんなに悪くないけど、コンビニとかに行くだけでも犯罪者みたいに思われることもあって、少し不便なんだよね」
「ほー。……何がそんなに恐いんだかね」
カヨコの眉間にシワが寄った。
「話、聞いてた?」
「違う違う。お前自身の話だ」
「……私の?」
確かに、カヨコは目つきが鋭く、気の強い女の顔をしているし、そういうパーツで出来ているのは間違いないだろう。だが、俺が言っているのはそう言う事ではない。
「コレは俺の持論だが」
手に持っていたコーヒーを受け皿に戻し、俺は両手を組んで背もたれに寄りかかった。
「人相には生活が出る」
本で読んだわけでも、データを纏めて比較した訳でもない話だ。だから、コレは俺の経験から来るただの感想に過ぎない。
「お前の顔が怖いのは、お前が常に何かを恐れて生活してるからなんじゃないかと、俺は思うね」
「……私が?」
「怖い顔ってのはつまり、何かを警戒してなきゃそうはならねぇ。それがずっとお前さんのなかに張り付いてるんだとしたら。何をそんなに恐れてんのかと思ってね」
「……」
「鏡を見てみな。そんなに目を丸くしているような顔を――誰も怖いとは、言わねぇな?」
俺の言葉を聞いて、面食らったような表情を浮かべたカヨコに対し、俺は仮面を叩いて見せる。
黒いフェイスメットには、きっと彼女の表情が映っているだろうから。
「……それは、アナタがそうさせたんでしょ」
今度は不服そうに、少し口をとがらせたカヨコがそう言った。
「なら、ソイツを自分で自分にやってみるんだな。なんだっていい、そんなに何かに怯えて生きんのは、……まあ。もうちょい切羽詰まってからでも遅くはねェよ」
生憎こちらに彼女の文句を受ける筋合いはない。俺は勝手に持論を語り、彼女が勝手に何かを思っただけなのだ。
俺は彼女に何も教えちゃいないし、何も与えちゃいない。
だから、俺は責任を持たない。
そんな俺の不躾な態度に、カヨコはクスリと笑みを浮かべた。
「……そうかもね。少なくとも、そんな貧相でしょぼくれた顔には……なりたくないかな」
「ほっとけ」
なんて。そんな事もあったなぁ。と、俺はぼんやり過去に思いを馳せていた。
結局その後、再びカヨコと再会する頃には彼女は今の便利屋68に所属しており、同業者として再び顔を合わせる機会が増えていた。
俺とカヨコが昔からの知り合いな事は、どうやら便利屋の面々は聞いてはいるようだが、あまり込み入った話はしてこない。過去の話をあまりしないというのは、陸八魔アルという少女を長とする組織らしいと感じていた。
何やら愉快な会話をしているアルとムツキに、それに狼狽えるハルカという三人を視界の先に捉えつつ、近場の駅まで歩いていると、不意に隣へカヨコが寄った。
「結局。どうなの?」
「さぁな。最悪……ってことはなさそうだが。仲間ってわけでもなさそうだ」
「まあ、そんな感じだよね」
“仕事”の件でそれとなく互いに探りを入れていた俺達は、その内容を伏せつつ、互いの見解を比べ合う。
二年前からの縁だ。やり口は、お互い十分理解している。
「ま。せいぜい食いっぱぐれないように頑張んな。飯も食えなきゃ、仕事どころじゃ無くなるからよ」
「そうだね。そういう時に助けてくれるような“頼れる大人”は、傍に居ないし」
「ご苦労なこって」
望んでもいないことを口にするのは、信頼の証だろうか。それとも、彼女なりの抗議のつもりか。
いや、そのどちらでもない。
今の会話に、重い意味などありはしないのだ。“軽口”とは、そういうものなのだから。
「おい」
「なに?」
俺の声に、カヨコがこちらへ視線を向けた。
「お前はまだ、“コワい”まんまか?」
その言葉を聞いて、カヨコは――。
「――さぁね」
カヨコは一歩、俺の前へと回り込んだ。
「アナタからは。……どう見える?」
「んなもん一つだ」
足を止めずに、彼女の横を通り過ぎながら、俺は一言答えを返す。
「――ガキのツラが見えるだけだよ」
カヨコ✕悪い大人……イイヨネ……