あゝ、忌まわしき青春の記憶よ〜ダメ男なガノタのブルアカ転生〜 作:社会の歯車
俺は、アビドス高校の屋上で、外していたヘルムのバイザーを降ろし、対戦車ライフルのスコープを覗き込んでいた。
今回の狙撃は安定した土台の上で行える狙撃の為、接地用の三脚を下ろしての運用だ。……普段であれば、四肢の義肢の性能とバランス感覚に物を言わせて、強引に手持ちでの射撃を行っているが、そもそも元来の対戦車ライフルはそういう運用を行う武器ではない。
しかし、神秘を持たない俺にとって、頑丈な肉体を持つキヴォトスの人々を迅速かつ正確に制圧する為には、まともな銃では火力不足に陥ってしまう。
故に、俺の基本装備は些か過剰火力気味の改造ショットガンと、対戦車ライフルの二丁だ。
それを持ってなお、特別頑丈な生徒を一撃で昏倒させることは難しいのだから、この世界は本当に生身の人間に厳しいと言わざるを得ない。全く、本当にろくでもない。
眼下に広がる校庭では、すでに戦闘が始まっていた。
放置された資材用コンテナを遮蔽として防衛戦を敷くシロコたちだったが、砂埃で視界が遮られ、互いの連携が上手く行っていないようだ。
個々の戦闘では有利を取ってはいるが、ヘルメット団の方はとにかく数が多い。
先生の手配した資材もまだ届いていない現在では、弾薬の出し惜しみまで強いられているのだから、厳しい部分があるのだろう。
そんな中でも単独で戦果を挙げているのは――、やはり、小鳥遊ホシノか。
明らかに一人だけ攻撃の命中回数が多い。的確に敵の仕掛けようとしている生徒を叩くことで、敵の攻勢の出鼻を挫いている。
次点は……シロコだな。アイツは持ち前の身軽さを生かし、“銃弾以外”の道具を駆使して敵を翻弄している。砂、空薬莢、倒した敵のヘルメットや、昏倒させた敵の銃……。あの、一人だけ生徒らしからぬ汚さというか、お前のそれはゲリラとかだよね?もしかしてアレ俺のせい?見てないここ一年の間にそんな成長見せられても複雑な気分になるんだが?
……何にせよ。二人の活躍があってなお、戦況は芳しくない。
俺が支援を行わないのは、何も彼女達に苦戦してもらいたいからというわけではない。価値の高い一発を出し渋っているのだ。
……弾薬の価値という話ではない。いや、それもあるが。
ヘルメット団の襲撃は一度二度の話ではない。とするなら、彼女らはアビドス高校の戦力があの五人だということを知っているはずだ。そしてそれは、“もう一人の狙撃手”という存在を隠すうえにおいて最大のカモフラージュ足りうる。
だが、そのカモフラージュが機能するのも最初の一発限りだ。たった五発の弾丸を雑に敵に当てた所で、さして戦況に変化は無い。故に、この“一発目”の価値は、残る四発の何倍も重いのだ。
「……さて、どうする」
このまま膠着状態のジリ貧が続くなら、俺の“一発”の価値は時間と共に落ちていく。例え盤面を揺らした所で、それをひっくり返せるだけの余力がアビドスに無ければそれまでだ。
雇った戦力の効果的な運用も実力のうちだ。
――俺の弟子を名乗るなら、俺をちゃんと使いこなしてみせろ。
柄にもない、そんな事を思いながら、俺は戦況を静観する。
一瞬、生徒達が校舎の方を振り向いた。――何かがその場の注意を集める。
ヘルメット団の意識が逸れたその一瞬。シロコの瞳が此方へ向いた。
「及第点だ、バカ弟子」
そんな独り言とともに、俺の銃器が火を吹いた――。
俺の一撃から始まった逆転の流れに乗り、アビドス高校はヘルメット団の襲撃を退けた。……結局の所、その起点は先生の登場と、彼女の指揮に依る所が大きかったらしい。
突然生徒達の視線が集まったのは、彼女が突然現れたから……とのことだった。危ない真似をするなと言ったのに、ずいぶん命知らずな話だ。本当にやめていただきたい。
「それで。成功報酬はどうするの、師匠」
「んー。そうだな」
夕暮れの校舎にて、俺とシロコは校舎裏の建物影で肩を並べていた。
他の生徒は先生にアビドス高校を案内するという事で、俺とシロコは先程の仕事の話を済ませることを優先したのだ。
シロコが俺に投げてよこしたガンコイン――キヴォトスにある弾丸用自販機で使われている、旧式の専用貨幣の事だ――は、あくまで仕事の手付金。仕事に必要な装備のコストを先に払う意図のものであり、報酬そのものではない。
「そう言えば今の師匠の契約相場っていくらなの?」
「並よりちょい低めだ。組織としてのランニングコストは安上がりだからな」
「ふーん……。儲かってる?」
「贅沢しなけりゃ、男が一人それなりに暮らしてられる程度には」
「ん……。残念」
「求人予定はねぇからな」
上着のポケットから出したタバコに火をつけながら、俺は他愛のない会話をする。シロコに許可は取っていない。が、わざわざ聞くほど浅い縁でもないし、校舎裏を選んだのも、ここが唯一の喫煙スペースだからだ。
「それじゃ、今回は――」
「ちょっと待て」
「ん?」
シロコが金額を提示しようとした辺りで、俺は左手を突きだしてそこから先を遮った。
「先にコッチの仕事の話をさせてもらおう」
「……仕事?」
「ああ。俺からお前……。ひいては、アビドス廃校対策委員会への正式な依頼だ」
キョトンとした様子で首をかしげるシロコ。
俺は一度、彼女に煙がかからぬように風下へ向けて煙を吐き出してから、そのままタバコを右マニピュレータで握りつぶして火を消した。
「先生の護衛を任せたい」
「……護衛を?」
「そうだ。……この感じだと、アビドスにしばらく滞在するつもりだろうしな」
「師匠は?」
「依頼主の護衛も込みだからな……宿を探すところからだ」
「ん」
耳をピコピコと動かして俺を見上げるシロコの目は輝いていた。
「……なんにもねェぞ」
「師匠の仕事をまた見せて貰う」
「勝手にしろ」
仕事を見られるのはあんまり好きじゃないんだがな……。
「とにかく。俺は男で、先生は女だ。さすがに寝床までついての護衛って訳にも行かない」
「そうなの?」
「俺にも外聞ってのはあるんだよ」
「ん。……まあ、分かった」
「つーわけで、今回の成功報酬はここの報酬から差し引かせてもらう」
スマホを取り出して、電卓アプリを起動してから、俺は画面に指を滑らせる。
「時給ベースに……五人全員常に張り付きってわけじゃないだろ。交代制で三人ベースの、俺が直接護衛に付ける時間は減算、当直担当を加味した深夜加算で……こんなもんか」
表示された数字が、予想を大きく越えないことを確認してから、俺は画面をシロコへと提示する。
「これは日当だ。滞在期間一日ごとにこの費用を払う」
「……結構な額になるけど。いいの?」
「妥当な線だ。別にお前達の戦力加味して色つけたりなんかしてねぇよ」
「それはそうだけど……」
「ん?なんだ、ほかに気になることでもあるのか?」
金が欲しい立場だと言っていたはずだが、シロコはなぜだか渋る素振りを見せていた。
懸念点があるのなら、それらを洗って費用に計上しなくてはならない。
「……その、私達は生徒だし。先生を守るぐらいは言われなくてもすると思うけど……」
「だからテメェは阿呆なんだ」
「あうっ」
腑抜けた事を言いだしたシロコの頭にスマホを軽く叩きつけた。
「いいか、俺が金を払うのは。別にお前達のためじゃない。俺の仕事の都合でもある」
「仕事の都合……?」
「そうだ。お前たちをこうして金で雇うとしても、あくまでも俺の仕事は“先生の護衛”であることにかわりはないし、その仕事をお前たちに譲ったわけでも無いんだよ」
「ん……」
指で摘んだスマホを上下させ、シロコの頭をペシペシと叩きつつ、俺は上半身をかがめて彼女の瞳を覗き込んだ。
「いいか。俺はお前たちに対して、“仕事に責任を持たせる”為に金を払うんだ。“半端”な真似をさせない為にな」
「ん……。それって、どういう事?」
「人間は見返りのない行為にはどうしたって手を抜いちまう。それはどうしようもなく、“絶対”だ。だから俺は、お前たちの意識をきっちり仕事に向ける為に金を払って依頼にすんだよ」
「お願いじゃなくて?」
「そうだ」
「んんッ!」
ぺしん、と少しだけ強く最後に頭を叩いてから、俺は姿勢をもとに戻した。
強く叩かれたのが痛かったのか、シロコは頭についた獣の耳を横に倒しながら、打たれた頭を片手で抑え、抗議の視線で俺を見上げた。
「分かったなら答えろ。仕事を受けるか、受けねぇのか?」
「……分かった。仕事を受ける」
「それでいい」
スマホの画面を切り替えて、簡単な契約書を作成する。
あとは、画面に電子サインをするだけで、俺とコイツの仕事の契約は完了だ。
書いてあるのは、仕事の内容と報酬についてだけ。
「……雑だね」
「別にいいんだよ、金が絡むから口約束にしてないだけだ」
差し出された画面に映る契約内容を読んで、シロコは呆れたように俺を見るが……、こんな程度の依頼と契約に格式張った書面を組むのが余っ程時間の無駄なのだ。
「はい、これでいい?」
「ん。よし、契約成立だ。報酬分ぐらいは働けよ」
シロコのサインを受け取って、契約書を保存する。
データの控えをアナハイムのサーバーへ保存して、アビドス高校宛に予備のデータを送り付けておく。
「師匠」
「なんだ」
「しばらくの間、よろしくね」
言葉ともに、シロコの右手が差し出されていた。
「そーだな」
握りつぶしたタバコのカスを、軽く服で拭ってから、俺は小さなその手に握手を返した。
ジェガンさん、意外とシロコの事気に入ってるな等と思いながら書いてました。