オデュッセウスの物語   作:キルケーは魔女

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文章一部加筆しました。


愚かしき勇兵達

背の低い櫂船は、波を割るというより、浅瀬に身を預けるようにして止まった。

船底が砂を擦る鈍い感触が伝わると、待ち構えていた男たちは一斉に動く。

 

 

櫂船より浅瀬に降り立ち、海水を蹴りつけるように浜辺へ上がる。

オデュッセウスはトラキアの地へ上陸した。

若きオデュッセウスは、湿った潮風を胸いっぱいに吸い込んだ。

それは懐かしの香りでも、勝利の香りでもない。

――略奪の匂いだ。

これより収奪を行い、思う存分に我欲を満たす。

その確信が、彼と兵たちの胸を静かに昂らせていた。

歓声は上がらない。

だが血は沸き、思考は冴え渡る。

城市ほどに物が集まれば、有形無形の宝が生まれる。

富、食糧、女、奴隷、そして命。

それらすべてが等価値で並ぶのが、戦乱の地というものだ。

守るために番人を置こうと、城壁を築こうと、意味はない。

奪う者が現れれば奪われる。

たとえ備えていても弱ければ奪われる。

それがこの世界の、あまりにも不変な律であった。

 

 

 

果たして、気づいているのだろうか。

今,オデュッセウスという男の美貌を彩るものが、

英雄譚に歌われるにふさわしい高潔さではなく、

酷薄で、残虐で悍ましい相貌あることを。

 

 

 

 それは昏い感情の発露である。しかし、だからこそ知の女神アテネは気に入っていた。

 

そう,豪華絢爛な室内に、一柱の女神は佇んでいた。

 幾人もの神人の従者を従え,アテネは遥か高く,天界より人界を、そこに住まう人々を展望する。

 

神には、神がそれぞれ有する権能によるものではない、先天的な洞察眼が備わっている。

 

それも、魂の本質を見透かす程のものを。

 

その双眸を用いて人々の魂を観察し,導き,時に弄ぶ事は、神々の最も好む娯楽である。

 

ただの卑小な策士であれば、女神は興味を示さなかっただろう。

これがただ卑劣なだけなら厭悪の念を抱くだろうが、彼の策の根底にあるのは、水のように形を変え、生き延びるために,自らの為に研ぎ澄まされたものだった。

 

 

オデュッセウスの智は才人パラメデスとは異なる。

パラメデスの智が新しい物を発露させ,味方を利する事のに長けた智とすれば知将オデュッセウスの智は昏く,柔軟に,逞しく生き抜く狡智と忍耐に長け,己を利する事に優れた智だ。

 

 

 

オデュッセウスの本性は賢者ではなく,どれだけの猛者であっても屠れる牙を備えた,執念深き獣である。

 

 

 

例え卑者の遣り口でも、英気を養う為だというなら是とされよう。

 

それに

 

見方を変えればこれは強者が弱者を蝕む不変の律。

 

 

オデュッセウス、よい英雄だ。知勇に優れ、無慈悲で,己が功に酔っている。

 

知の女神は残忍な心を胸中で結んだ。

 

 

(――精々、私の為に戦うが良い。果てに、ボロきれのように捨ててやる)

 

 

 

 

白昼というにはあまりにも暗い曇りの空。

 

辺り一面を覆う分厚い雲からは、大きな雨粒が絶え間なく降り注ぎ、外を濡らしてゆく。

 

先程までは小雨だったというのに、いつの間にか天候はすっかり大雨となっていた。

 

鎧を纏い、剣を手にした影が、山の麓を進んでいた。

音はない。その足取りは静かで、慎重で、無駄がない。

 

 

雨音が、それをすべて呑み込む。

目標は、キコネス人の住まう都市イスマロス。

低く、見窄らしいが、城壁と空堀を備えた城市である。

ここ最近襲撃など受けた試しがなかったが,イスマロスは低く,見窄らしいとはいえ城壁に囲まれ,空堀で自らを守り,空堀に架けられた橋の先,出入り口を門の代わりに柵で守らせている関所を設けていた。

男達は設けられた柵のところまでくると、先頭にいた男の手に、雨水に濡れた青銅剣が抜かれた。

他の男たちが周囲を警戒する中で、音を立てないように、少しずつ少しずつ柵の支柱と横木を縛る縄を切っていく。

 ぶつりと縄が切れると、落ちそうになった横木を他の男たちが受け止め、ゆっくりと地面に下ろす。

そして、同じように次の横木をはずし、男たちが通り抜けられるだけの隙間を作ると、そこを通り抜けてまた次の柵へと向かう。

 これを繰り返していき、ついには大挙して関所の中に入って行った。

 これから殺戮が起こるというのに関所の中は、雨音を響かせ,しんと静まり返っていた。

 本来なら見張りをしている歩哨たちも,雨が降りしきっているからか、槍を抱えたまま座り込み、屋根の下でこっくりこっくりと船をこいでいる。

 男たちはその歩哨たちを取り囲むと、歩哨の口を手で覆ったのと同時に鎧の襟元から覗く首筋に剣の刃を当て、一気に掻き斬った。押さえられた口から、くぐもった悲鳴をわずかに洩らし、歩哨たちは息絶える。

順調に歩哨達を殺していたのだが,上手く行ったのはここまでである。

 

初めは一人の処理に手間取った事だった。

 

雨の湿った音が響く闇に,けたたましい金属音が鳴り響いた。

 

トロイア戦争に従軍していた熟練兵は傾けた盾によって剣筋を容易く往なし、直剣の刃を横薙ぎ一閃。首筋から鮮血を飛び散らせる。

兵士達が警戒心を高め,気を引き締めて互いの仲間に目配せする。

 

 男たちは次から次へと獲物を求めて宿営地を駆け回った。

仲間と談笑していた者,眠気覚ましに柔軟体操をしていた者,警戒していた者,その全員が一人残らず刺し殺され,撲殺され,或いは斬り殺されていった。

 男のひとりが、またひとりの歩哨の胸を刺し,絶命させたとき、運悪く,橋を数人の男達が渡って来ていた。

ぶつぶつと文句を言いながら中年の兵士が殺気だった見知らぬ男達を見て、ぎょっと目を向いた。

「は……?!」

 兵士の真正面にいた男は、革製の帽子の表面に、削って形を整えた猪の牙を何列にもわたって縫い付けた猪の牙の兜を被っている。

何層にも重ねた亜麻布を接着して固めた鎧の上に皮の胸当てを付け,その手に持つ盾は木枠に牛革を何層にも重ねて作られ、補強のために青銅板が用いられている。

 

皆整った装備に武装。

誰がどう見ても間違いなく山賊ではなく兵士だ。

歯を剥き出しにし,こちらを見ているその男は返り血で青銅剣と腕を黒く染めていた。

「敵襲ー!」

 そう叫ぼうとしたが、彼の咽喉から出たのは言葉ではなく大量の血液であった。

一瞬にして正確に投擲された投げ槍が、正確に兵士の胸を刺し貫いていたのだ。

しかし、彼の身体がくずおれると同時に、他の兵士達が叫び声をあげた。

「敵襲ー!敵が来たぞぉー!」

 投げ槍で兵士を始末した男は周囲の仲間に、目配せをした。

「もうコソコソする必要はない!なるべく早く!皆殺しだ!!」

そういうや否や他の兵士を押し除け,盾と青銅剣を手にイスマロスの中に通ずる橋へと斬り込んでいった。

それを見た仲間たちも次々と兵士を殺し尽くすと城市の中に突入し、中から複数のくぐもった悲鳴が立て続けに起きる。

 真っ先に入り口で倒された兵士は、仲間たちの悲鳴を聞きながら意識が闇に飲まれる中で、最後にひとつの疑問を思い浮かべていた。

「奴らトロイアで戦争してた筈なのに、なんで敵兵がこんなところに?」と。

 

 

城市は蜂の巣をつついたように大騒ぎになり、男たちが起きだし武装をはじめる。

いち早く家を飛び出した者たちは、城市に入り込んでいる敵軍に驚愕の声をあげた。

 

そして瞬く間に殺されていった。

奇襲を成功させたオデュッセウス軍。

予期せぬ敵と戦うことになったイスマロスの男達。

 

当然敗北し,イスマロスの街は占領され、城市を落とした男たちは、飢えた獣のように略奪を開始した。

 

 だが、オデュッセウスはただ一箇所、よく手入れされている月桂冠の木立に囲まれたマロンの屋敷だけは、その財貨も含め指一本触れることを許さなかった。

マロンは光り輝く大神アポロンに仕える神官。

ギリシア世界に於いて神に使える物に手を出すととんでもない呪いにあうのは常識である。

まして高位の神々ならばさもありなん。

 

驕り昂ぶり,トロイアにて神々の神殿を穢して神々の不興をかったオデュッセウスはすでに手遅れな気もするが,流石にやってはいけない事をオデュッセウスも理解していた。

 

 

たぶん理解していた。

 

 

 

オデュッセウスの着込んでいる見事な装飾の施され,擦り跡,幾つもの傷が付いた歴戦の青銅鎧を見たマロンは声を掛けた。

 

「その鎧……トロイア戦争に従軍したとお見受けいたしますが、助けてくれたこと、心より感謝致します。

 

その立派な鎧……異国の貴族とお見受けするが、名を教えてもらえないだろうか。

よければ我らの家に招き、礼がしたい」

「礼など不要だ。私は高名な神に使える者に手を出すほど愚かでは無いのだ、何より我らはイスマロスの民より富を収奪し,申し分ない戦利品を得ている」

 

「ですが、庇護して頂いた事実は変わりありますまい。

庇護を受けながら何もなしというのは道義に反しますぞ。

どうか私たちを恩知らずにしないでほしいのです」

 

マロンの感謝の気持ちは大きかった。

 

しかもマロンは裕福だったので、別れ際に、オデュッセウスに豪華な贈り物をくれたのである。

 

黄金七タラントン(約182kg)、葡萄酒をまぜる銀の碗、それに巨大な陶器の酒壺が十二もあった。

 

この中の葡萄酒はとても深い色の、濃厚で強い酒だ。

まぜ碗の中で二十倍の水にうすめれば、ちょうどよい飲みごろになるほどの。

「……かたじけないマロン祭司殿」

「いえいえ,これから帰途の旅にでるのでしょう。武勇伝と宝物を故郷に持ち帰り,故郷に錦を飾りなされ」

 

夜。

浜辺に奪った葡萄酒と家畜を捌いたばかりの肉が並ぶ。

 

焚き火が焚かれ,肉と油の焼ける香りと酒気の香りが入り混じる労いの宴が開かれる。

家来たちは飲み、食い、笑った。

戦は終わったと、疑いもしなかった。

 

 

 

オデュッセウスも杯を傾け、美味い酒を喉に流し込む。

しかしその焦燥感は、まだ流されてはいなかった。

 

慢心は最も危険な戦士の敵

 

手練れの戦士,果ては英傑でさえ,もう何人もその犠牲になっている

 

腰の鞘から抜き放った草紋の彫刻が施された黄銅の短剣。

その刀身は、オデュッセウスの心の内を映し出したかのようにぬらぬらと鈍い煌めきを放っていた。

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

 

むしゃりと齧りつき、強靭な歯と顎を持って家畜の肉をペロリと平らげる。

 

オデュッセウスの家来たちは、略奪を終え、戦利品を船まではこぶ作業が終わっても、その夜は頑として出航しようとはしなかった。

 

彼らは彼らで、みずからの手で奪ってきたよい葡萄酒があり、すぐ近くに丸々と思った家畜もあったので、夜通し浜辺に座って、飲み、かつ食べつづけた。

 

 

 

「――当座の目標は食糧を調達しつつ,期間の途に就く事だ。各地から金品を巻き上げる事ではない」

 

 オデュッセウスが腹拵えを済ませるのを待っていたわけではないが、確認の為に改めて側近エウリュロコスが口を開く。

 

深刻そうに言う彼は、焚き火を前に兜を脱ぎ、片膝を立てて座っている。

 

 

焚き火を中心に、等分に距離を空けて座るのはオデュッセウス、エウリュロコス、そしてその他の兵士の纏め役の隊長に当たる男達だ。

 

荷を船に積み込み終わるや否やオデュッセウスはすぐにでも旅立とうとしたが、それを性急だと諌めたのがオデュッセウスに付き従う兵士達である。

 

今夜だけでも浜辺に留まり、体を休め,慰労の宴を開くべきだと言った。

 

 

 故に場所は未だトラキアの地である。帰還の旅であるというのに未だに出航せず時間を浪費し,今後の展望について話し合っている。

 

 オデュッセウスは顎を撫で、この面子の中だと、果たして帰還を念頭に置いている者は何人居るのかという現実を自覚させられて憂鬱な気分だった。

 

 

 

「オデュッセウス様,何も其処まで急ぐ必要はございません」

兵士達が口々に騒ぐ。

 

「貴様ら落ち着け。

規模こそ違うが、我らが行うことは賊徒とさほど変わらぬのだぞ。

まして我らは大所帯。

敵対し,我らが収奪対象となる奴輩は既に一廉の勢力を築いておる、これに少数で挑むのもよいが、勝率を上げるならやはり悪名を無闇矢鱈にばら撒いてはならぬ」

 

「……なるほど」

 

当たり前の話だった。言うまでもないことだ。

 

 

しかし兵士達が

なるべく早く故郷に帰る道

困難は伴うが金品等を収奪しながら帰る道

を用意された時,目の前の利に飛びつく彼らは間違いなく後者を取るだろう。

なので

 

 

「オデュッセウス様ならトロイア戦争を勝ち抜いた兵士達、そしてオデュッセウス様の知勇があれば問題ないのでは無いのでしょうか?

なのに逃げるように故郷の帰途に就こうとおっしゃるとは……正直言って、らしくないように見えまする」

 

オデュッセウスは穏やかで抑揚のない声で言った。

「お前達は俺をなんだと思っている。戦場一の知将は確かに俺だ、敵が弱小勢だけなら俺と貴様らで立ち塞がる敵も,我らを仕留めんとする敵も潰しに行ける。

 

が、後に控える敵を見据え,故郷に帰ろうとするならば長期的な計画を立てねばならん」

 

「なぜです!」

「戦士ポリテース、問う前に自らの頭で考える癖をつけろ。

俺は軍師の真似事をして、言葉を弄するのは好かん。……現状、経験の足りぬお前たちに要求するには無理があると分かっておるから教えてやるが……よいか、一人で戦い一人で死ぬのは戦士の理想だが、国の為,一族の為に確実な勝利を目的に据えるならば戦略に幅を作らねばならん。

戦略の幅とは対応力の事だ。というのに行く先々で敵を増やし,悪名を高めればいずれ行き詰まる」

 

「言わんとする事は分かります。だが味方を増やさずとも,トロイアの地から、イタカに帰還するまでおよそ30〜50日程……各地で掠奪を行ったとしても問題はないのでは?」

 

 

 

「物事には限度というものがある。此度のトロイアが攻め込まれたのは簒奪してはならぬ宝と相手の誇りを穢したからだ。それに膺懲をくわえに来た我らが,帰って見れば膺懲の対象になるなど笑い話にもならん」

 

 

 

集った兵士とエウリュロコスを見渡し、オデュッセウスは渋い顔をしながら首を振り、倦怠感を吐き出す。

 

「要点は三つだ。

収奪をなるべく行わぬのは今後の戦略に幅を作り、対応力を高める為である。

直近の戦略の一つとして分かりやすく言うぞ。

悪名を広めず,トロイア戦争の英雄に率いられる軍として信を持つ事で、穏便に物資を集める事が出来よう。

仮に敵の本拠に攻め込むとして,英雄が致し方なく攻め込む事と、金品を巻き上げる賊徒の集まりならば,前者の方が警戒されにくいし,金品の巻き上げも容易になる。何より単純に生きて帰れる人数が上がるというわけだ」

 

兵士達が頷く。

「なるほど……残り二つは?」

 

「トロイア戦争にて貴様らが勝者として帰還の旅に就いたがそれは貴様らの強さを示すのか? 

トロイア戦争にて勝ったのは神々の御加護,数多の英雄,将兵の犠牲の上に掴み取った偉業だぞ。

貴様らの力を主としてトロイア戦争を勝ち抜いた訳ではあるまい。

確かに貴様らは弱くはないが,立ち塞がる全てを粉砕するほどに強い訳ではない。まさか自らがアキレウス程に強いとは思わんだろう?」

 

「……解りませぬ。我らが英傑アキレウス殿程に強いとは微塵も思っておりませぬが,左様な面倒をせずとも良いのでは有りませぬか?

何も何年も旅をした果てに故郷に辿り着く訳ではありますまい。

トロイア戦争でも1,2を争う程の名声を持つオデュッセウス様の意を受け従わぬ者などおらぬでしょう。

たかだか30〜50日程の旅路の内にこちらに逆らう者なら排斥するのも容易なはずです」

 

「その事についての事だがな。

私がトロイア戦争の参戦を渋った理由の最大の理由,私はトロイア戦争に従軍して仕舞えば,『一度出征すれば帰還まで20年かかる』という予言を受けていたからなのだ。

当初は戦がそれほどまでに長引くのだと思っていた。

が,トロイア戦争は確かに長かったが,まだ20年もの月日が経った訳ではない。

つまり予言を信じるならばトロイアからイタカに変えるにはまだ何年もかかるのだ。」

 

 馬鹿な,有り得ぬなどと、兵士達が動揺する。

 

オデュッセウスは中々に辛辣な評価を兵士に投げかけ,脇目も降らずに帰還しようとする様相に兵士達は不満を持っていたが、トロイア戦争の英雄で有り,ギリシア史有数の知将オデュッセウスには全幅の信頼を置いていた。

 

 が、オデュッセウスの本心は違う。確かに予言を信頼していない訳ではないが、こうまで深刻そうにしているような事を言っている真意は他にあった。

 

 

というのも、帰還派の大多数は生粋の知恵者や専門分野に秀でた賢者には劣るが、当たり前の事象を理解し、察し、悟る頭を持っている者達である。

要するに一勢力の長やその下の指導層として持つべき視野の広さを学び習得しているのだ。

そして兵士達にそのような視座は望むべきで無いのだが,それにしても慢心のしすぎであった。

 

 

そんな慢心を各地で晒していれば,いずれ殺されてしまうかもしれないし,何より恋しかったのである。

 

愛妻ペネロペーが。

 

 

 

 

 

『慢心を各地で晒していれば,いずれ殺されてしまう』

 

その予感は見事に的中し,オデュッセウスの家来たちが時ならぬご馳走にうつつをぬかしているあいだに、城市の男たちがそっと逃げ出し、まわりの農園やら村々の人々に警告してまわった。

 

当たり前の話だった。言うまでもないことだ。

 

 

なんと掠奪先の目と鼻の先で収奪物を使った宴を開いているのだ。

掠奪を行わず,こちらに好意的である筈の祭司マロンにすら暗に宝物をやるから早くトラキアの地から出ていけ,と言われたのにである。

 

このままではこちらが襲撃されかねない。ミイラ取りがミイラになるという訳である。

 

 

その予感は見事に的中し,オデュッセウスの家来たちが時ならぬご馳走にうつつをぬかしているあいだに、城市の男たちがそっと逃げ出し、まわりの農園やら村々の人々に警告してまわった。

 

 

祭司マロンは窓の外、雨に濡れる月桂樹の木立の向こうで、略奪の宴を始める兵士たちの哄笑を聞いた。

彼は知っていた。

使いも出した。

既に山の手には、同胞たちが怒りに燃えて集結しつつあることを。

 

 

 

 

 

冷たい霧の夜だった。

 

時折黒く羊毛のようにふんわりとした雲の隙間から覗く月は、蠢く人間達をいつもと変わりなく、見下ろしていた。

 

 




血のように鮮烈な色合いの葡萄蒸留酒

甘美で濃厚な匂いを放ち、芳醇な香りを漂わせる至高の一品。
祭司マロンの制作するそれは濃厚な匂いを放ち、熟成した酒の芳香は勇者をも強く惹きつける
生産量はごく少ない貴重なもの。
大壺に封じられたその濃密な液体は、暴力的なまでの芳香を振りまき,巨人の魂をも惚けさせる。
掠奪の宴に於いて酒に酔うは簒奪者たりえない、ただ己が心の獣性に従い、慢心と己が悪行に酔うのだ。
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