それは人間の腸内環境を救うために、悪玉菌と戦った乳酸菌達の語られぬ物語。

「必ず…! 必ずたどり着くんだ! 善玉菌との約束の地、大腸に!」

乳酸菌の働きについて、学びたい方は読んでください。

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乳酸菌物語

 それは現在であって、はるかに遠い昔。

 近くて遠い世界の話。

 一つの壮大な物語があった。

 

 これは無数の乳酸菌達が成し遂げようとした、人間の腸内環境を救う聖戦の記録である。

 

 

【旅立ちの刻】

 

 

 白濁のもやの中、静かで冷たいヨーグルトの海で、無数の乳酸菌達が目覚めていた。

 その中には、若き乳酸菌のビフィド・バクテリウムもいた。

 彼は今日、人間の腸へと旅立つ乳酸菌一族の選抜メンバーとして、仲間達と共に待機していた。

 

「子らよ、今日こそが我々が大腸(約束の地)へと旅立つ運命の日じゃ」

 

 彼らの長老であるラクトバチルス・ブルガリカスが、その深い声で皆を勇気づける。

 

「長い年月、我々はこの母なるヨーグルトの海で力を蓄えてきた。だが、我々の真の使命は、人間の腸内で悪玉菌と戦い、大腸(約束の地)に善玉菌の王国を築くことにあるのじゃ」

 

 ビフィドの胸は、使命感で熱くなっていた。

 彼は共に戦う仲間達の顔を見回す。

 笑顔の似合う元気な女性ガセリ。

 経験豊富な先輩サーモフィルス。そして数多くの同胞達。

 皆が、これから始まる過酷な旅を前に、覚悟と緊張に胸を熱くしていた。

 

「ビフィド、いよいよね……私ったら柄にもなく緊張して来たわ」

「俺もだよ、ガセリ。大腸(約束の地)……一体どんな場所で、どんな試練が待ち受けているんだろうな」

 

 年の近いガセリと、会話をすることで緊張を紛らわせようする。

 しかし、話せば話すほどに、経験の少ない彼らの肩に重いものがのしかかるような感覚がしてくる。

 

「ま、そう緊張するなって、若者達。いざとなったら、おじさんが盾になって守ってやるからさ」

「サーモフィルスさん……縁起でもないことを言わないでください。全員で辿り着くんですよ」

「おっと、余計なお世話だったか? これはおじさんが守られることになりそうだな、はっはっは!」

 

 サーモフィルスがビフィドの肩を叩きながら笑う。

 その手は重く、乳酸菌らしからぬ長年の経験がにじみ出ていた。

 

「胃酸の海、胆汁の激流、そして我らが怨敵の悪玉菌の待つ腸内の荒野。決して楽な旅ではない。多くの仲間が命を落とすやもしれん! だが、我々の生き残った者が、人間の腸内に新たな希望の光をもたらすのじゃ!」

 

 ラクトバチルスの言葉にビフィドは力強く頷いた。

 彼の目には決意の光が宿っていた。

 やがて、ヨーグルトの海が揺れ始めた。

 人間がスプーンですくい、口の中へと運ぶ(とき)が来たのだ。

 

「さあ、今こそが旅立ちの時は今じゃ!」

 

 ラクトバチルスの号令と共に、ビフィド達乳酸菌は未知なる世界へと旅立つ。

 口から食道へ、そして胃へ。

 彼らの聖戦が今、始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 ビフィドが初めに感じ取ったのは暗闇と湿気。

 そう彼らは、まずは人間の胃袋という名の地獄にたどり着いたのだ。

 

「う…!? な、なんだこれ…体が焼けるように熱い!?」

「気をつけろ! 胃酸だ! 気を抜くと、一瞬で溶かされるぞッ!」

 

 人体による始まりの洗礼。

 胃酸という強酸性の環境が、彼らを容赦なく蝕んでいく。

 周りでは、仲間達が次々と倒れていっている。

 

「うううっ…!」

「お、おい! しっかり…嘘だろ……」

 

 ビフィドの隣にいた若い乳酸菌が、苦しそうに体を丸めて消滅していく。

 細胞膜が酸に溶け、内側から崩壊していく様は、あまりにも無惨で残酷だった。

 ビフィドは余りにも身近であっけない死に、恐怖を通り越して呆然としてしまう。

 

「気張りな、若者達! おじさん達の細胞壁は、この酸の試練に耐えるようになっている! だが、気を抜いたらああなる! ここから先は地獄だ! 油断はするんじゃねぇぞ!」

 

 サーモフィルスが叫びながら、自らの体を震わせて酸への耐性を高めていた。

 彼の経験が、若い仲間達を鼓舞して何とか耐えさせる。

 ビフィドも必死に耐えていたが、体中が痛みに包まれていく。

 

(まるで、熱湯の中に放り込まれたような感覚だ…!)

 

 だが、それでも、彼は何とか耐えきって見せた。

 彼の周りでは、ガセリも顔を歪ませていたが、彼女もまた何とか持ちこたえていた。

 

「ビフィド、そっちはまだ大丈夫?」

「ああ……大丈夫だ。ガセリも大丈夫そうで、安心したよ」

 

 2人は互いを励まし合いながら、この過酷な環境を乗り越えようとする。

 しかし、彼らの前にはさらなる試練が待っていたのだった。

 胃から腸への移行点、幽門という名の門が目前に迫る。

 

「そろそろじゃのう……胃の内容物が腸へと流れ込む。その流れに乗り我らも先に進むのじゃ!」

 

 ラクトバチルスの指示に従い、乳酸菌達は流れに乗って移動を始めた。

 だが、その流れは激しく、多くの仲間が流され胃の中に取り残されていった。

 取り残された者達は、やがて胃酸によって完全に分解されていく残酷な運命を背負う。

 

「だ、誰か…助け──!」

「すまない…ッ」

 

 1人の乳酸菌が叫んだが、その声は一瞬で激流にかき消されてしまう。

 しかし、その断末魔の悲鳴はビフィドの耳にこびりついて離れない。

 ビフィドは目を閉じた。助けたい、助けたかった。

 だが、自分自身も必死の状況だ。誰かを助けるために、手を伸ばすことすら出来ない。

 

「これが……人体…なんて過酷な場所なんだ…ッ」

 

 人間の体とは、このような残酷な現実の上に成り立っているのだと、ビフィドは1人理解する。

 

「皆の者達! 失った者を振り返るではないぞ! 彼らの死体もまた、()()()()()となり新たな健康の礎となるのだ! 生き残っている者は自分が生きのびることだけを考えるのじゃ!」

「悲しいけど、これが私達の役目なのね……」

「死んでいった奴らの無念は、おじさん達が晴らす……それしかないよね」

 

 やがて、流れに乗りきれた者達が、幽門を通過していく。

 ラクトバチルス、ガセリ、サーモフィルス。

 そしてビフィドを含む一部の仲間達だけが、この酸の試練を乗り越えることができた。

 残りの仲間はみな、命を落とし声なき死骸へとなり果てた。

 

「みんな……必ず、俺達が大腸(約束の地)に辿り着いて見せるからな…!」

 

 だが、この程度で人体の試練は終わりではない。

 乳酸菌達は休む間もなく、次なる試練、胆汁の激流へと挑むことになるのだった。

 

 

 

 

 

 暗闇の中で流されて続けていたビフィドだが、ようやく周りを見渡す余裕を取り戻した。

 先程の胃酸による苦痛はまだ全身に残っていたが、どうにか生き延びたことにまずは安堵する。

 しかし、その安堵も束の間だった。

 冷静になって辺りを見渡した彼が見たものは、仲間達の見るも無残な姿だった。

 

「ラクトバチルス様…ッ」

「……すまぬ。どうやら、ワシはここまでのようじゃ」

 

 ビフィドは震えた声を出す。

 乳酸菌達の尊敬する指導者である、ラクトバチルスが、ほとんどの体を失って倒れていたのだ。

 先程の胃酸の攻撃で致命的なダメージを受けたのは明白。

 その残された半分の体からは、生命の光が急速に失われていくのが分かった。

 

「子らよ……お前達は……」

 

 ラクトバチルスは、かろうじて言葉を絞り出す。

 

「使命を……大腸(約束の地)へ…ッ」

「はい! 必ずや!」

 

 ビフィドは涙を浮かべて頷く。

 彼の目の前で、ラクトバチルスの最後の光が消えていった。

 偉大な乳酸菌の指導者は、約束の地を踏むことなく命を落としたのだ。

 

「ラクトバチルス様…!」

 

 ガセリの悲鳴が体内に響き渡る。

 彼女もまた、指導者の死を深く悲しんでいた。

 

「……泣くのはまだ早いぜ、ガセリちゃん」

「サーモフィルスさん……」

 

 サーモフィルスが静かに言った。

 彼の声には深い悲しみが込められていたが、それ以上に強い決意が感じられた。

 

「ラクトバチルス様は、おじさん達に使命を託したんだ。その想いだけは無駄にしちゃいけない」

 

 ビフィドとガセリは顔を上げて、目を合わせる。

 彼らの目には悲しみだけでなく、共に新たな決意の光が宿っていた。

 

「その通りです、サーモフィルスさん。ラクトバチルス様の意志を継いで、俺達は大腸(約束の地)で善玉菌の王国を築く…ッ」

「ビフィド……ええ、そうね。ラクトバチルス様の遺志を…! 私達が引き継ぐ!」

 

 ビフィドが力強く宣言した。

 必ずや、大腸(約束の地)へとたどり着き、死体になった者達に意味を与えるのだと。

 

「よっし……行くか。ここからはおじさんがリーダーだ」

 

 やがて、三人は力強く足を踏みだす。

 残された仲間たちは、わずか十数体になっていた。

 最初の数百体の仲間達から考えると、9割が命を落とした計算になる。

 だが、彼らは諦めなかった。

 残された者達で、人間の腸内環境を救うという使命を成し遂げる決意を新たに、踏み出す。

 

「さあ、お次は胆汁の激流がおじさん達を歓迎してくれるぜ。気張りな、若者達」

 

 サーモフィルスが先頭に立った。

 3人は次なる試練へと向かう準備を整えるが、彼らの聖戦はまだ序の口に過ぎなかった。

 

「これが胆汁…! なんて禍々しい色なの!?」

「まるで、怪物の涎だな……」

 

 胆汁の激流は、彼らが想像していた何倍も過酷だった。

 緑色の液体が、まるで怪物のように乳酸菌達を飲み込んでいく。

 胆汁酸は、彼らの細胞膜を容赦なく溶かし、体の内部を蝕んでいく。

 

「うわああっ! 誰か! 助けて! 助けッ!?」

「一瞬で体が消えて……胃酸どころの騒ぎじゃないぞ、これは!」

 

 一人の仲間が、激流に飲み込まれてしまう。

 すると、その体は胆汁によって急速に分解され、やがて原形をとどめないほどに溶かされる。

 

「これ以上は無理だ…」

 

 終わりだ。

 そのどこまでも無慈悲で残酷で凄惨な光景に、別の仲間が絶望の声を上げる。

 絶望は乳酸菌を死に追いやる。

 彼の体もまた、半分があっという間に溶かされる。

 

「諦めるな! 若者達! 流れの穏やかな部分を見つけろ! 必ず耐えきれる!!」

「…! はい! サーモフィルスさん!」

「ええ、私達なら必ず耐えられるわ!」

 

 サーモフィルスが必死に叫ぶ。

 彼の体も胆汁に蝕まれていたが、それでも彼は無きラクトバチルスの遺志を継ぐように、仲間達を鼓舞し続ける。

 

「絶対に…! 諦めるものか…! 俺達は必ず大腸(約束の地)に辿り着くんだ!」

 

 ビフィドもまた必死に耐えていた。

 胆汁の激流の中を、穏やかな流れを見極めて進む。

 彼の目の前では、さらに仲間が倒れていく。

 1人、また1人と。

 それぞれが、大腸(約束の地)で善玉菌の王国を築くという夢を抱きながら、無念を抱きながら、胆汁の激流で命を落としていた。

 

「ガセリ、無事か?」

 

 ビフィドが、隣にいる彼女に声をかける。

 ガセリの体の一部は、すでに胆汁によって溶けかけていたが、それでも彼女は何とか持ちこたえていた。

 

「なんとか……でも…もう限界かなぁ……」

 

 彼女の声は、とても弱々しかった。

 ビフィドの心に、深い痛みが走った。

 

「大丈夫だ。必ず乗り越えられる…!」

 

 ビフィドは、必死に励ます。

 しかし、その言葉には彼自身も自信が持てなかった。

 この過酷な環境を、本当に乗り越えられるだろうか。

 臆病な疑念が心をよぎる。

 

「ビフィド……もし、私がここで倒れたら……」

 

 ガセリが、弱々しい声でお願いを告げる。

 

「あなたが、私たちの使命を継いで…」

「そんなこと言うな! 一緒に大腸(約束の地)行くんだ!」

 

 ビフィドは必死に叫んだ。

 彼はガセリを勇気づけるために手を伸ばす。

 ガセリもまた、ほんのりと頬を朱に染めながら手を伸ばし返す。

 

「ビフィド……ありが──」

 

 だが、その時。

 さらに激しい波が彼らを襲った。

 

「──あ」

「ガセリ!!」

 

 ビフィドは必死に流れに耐えたが、ガセリは胆汁の波に飲み込まれて消えていく。

 激流に妨げられた彼の手は結局、彼女の手を握り返すことができなかった。

 

「ガセリィイイイッ!!」

 

 彼の叫びが、胆汁の激流にかき消されていく。

 目の前で、彼女の体が胆汁に溶かされて消えていく様子が見える。

 最後の瞬間、ガセリの顔はビフィドの方を向いていた。

 

 ──ありがとう。

 

 その目には悲しみと感謝と共に、何かを託すような光が宿っていた。

 

「そんな…! ガセリまで……死ぬなんて…ッ」

 

 ビフィドは痛みを耐えるように目を閉じる。

 胸が張り裂けそうな痛みだった。

 彼は、ガセリと出会ってからの短い日々を思い出す。

 

 ヨーグルトの海での出会い、旅立ちの前の励まし合い、そしてこの過酷な旅路。

 彼女は、ビフィドにとって、かけがえのない存在だった。

 

「それでも……それでも!」

 

 だが、今は悲しんでいる場合ではない。

 ガセリの意志を継いで、彼はこの旅を続けなければならない。

 ビフィドは目を開き、再び前を向いた。

 彼の目には、涙と共に、燃えるような決意の光が宿っていた。

 

「先に…先に…進まないと…!」

 

 やがて、胆汁の激流を乗り越えた者達が、小腸という名の広大な土地へとたどり着く。

 ビフィド、サーモフィルス、そしてわずか数体の仲間達だけが、この胆汁という名の過酷な試練を生き延びることに成功していた。

 

「ようやく……小腸にたどり着けたか」

 

 サーモフィルスが、息を切らしながら言う。

 彼の体もまた、胆汁によって大きく損傷していた。

 だが、彼の目にはまだ、強い意志の光が宿っていた。

 

「これでよし…これでやっと悪玉菌と戦える…!」

「サーモフィルスさん…!」

「ビフィド、あれを見てみろ」

 

 ビフィドがサーモフィルスの指す方角を見る。

 そこには彼らを待つ小腸。

 そして何より、悪玉菌との聖戦の始まりを告げる、恐ろしい光景が広がっていた。

 

「あれが…悪玉菌ッ! まさか既に小腸にまで浸食してきているのか…ッ」

 

 その光景とは、既に小腸に根付いていた悪玉菌達が、健やかな腸壁を貪り食らう、生々しいまでの儀式であった。

 それは例えるなら、黒ずんだ泥沼が穏やかな草原を蝕むように。

 生命力に満ちていたはずの腸絨毛は、悪玉菌の猛毒によって黒く変色し、腐敗の色を帯びている。

 

「これが…俺達が戦う相手……」

 

 ビフィドはかろうじて言葉を絞り出す。

 その声には戦慄が宿っていた。

 眼前に広がるのは、彼がヨーグルトの海でラクトバチルスから聞かされていた物語とは全く次元の違う、あまりにも忌まわしい現実。

 悪玉菌達は、1つ1つが醜悪な形状をしており、まるで腸内の平和を乱す悪魔のようだった。

 

「ああ…これがおじさん達の宿敵、悪玉菌の一種……ブドウ球菌だ!」

「ブドウ球菌…ッ」

 

 サーモフィルスもまた、目の前の光景に自信を失っていた。

 だが闘志までは失っていなかった。

 彼の体は、胆汁によるダメージで大きく損傷していたが、それでも彼の目には、燃えるような戦意が宿っている。

 

「見ろ、ビフィド。あの悪玉菌達が増えることで、腸内の環境を崩して人間の体を内側から蝕んでいるんだ。おじさん達がここで立ち止まったら、人間はやがて病に苦しみ、そして死んでしまうかもしれない」

「……!」

 

 ビフィドの心に、新たな決意が芽生える。

 彼は、ヨーグルトの海で仲間達と語り合った理想を思い出す。

 善玉菌の王国を築き、人間の腸内環境を救うという、あの崇高な使命を。

 

「ラクトバチルス様…ガセリ…皆の死を…無駄にはさせない!」

 

 ビフィドは、胃と胆汁で命を落とした仲間達の顔を思い出す。

 彼らの死を無駄にしてはならない。

 彼らの遺志を継いで、自分はこの聖戦を戦い抜かなければならないのだと。

 

「行こう、サーモフィルスさん!」

 

 ビフィドは、そう力強く宣言する。

 その声には、もはやためらいはなかった。

 

「おう! 行くぞ、ビフィド!」

 

 二人は、悪玉菌の巣くう小腸へと、足を踏み入れる。

 残された仲間達もまた、彼らの後を追った。

 彼らの本当の聖戦が、今まさにここ小腸で始まろうとしていた。

 

「いざ、戦いの時は来た! 邪悪な悪玉菌ども、我々乳酸菌の怒りを食らうがいい!」

 

 サーモフィルスの雄叫びが、小腸に響き渡る。

 その声を合図に、乳酸菌達は一斉に悪玉菌へと襲いかかった。

 それは、まさに聖戦の始まりを告げる、壮絶な戦いの序曲だった。

 

「これは長老の分!」

 

 最初の一撃を放ったのは、サーモフィルスだった。

 彼は自身の経験を活かし、最も強力な乳酸を放出する。

 酸性は悪玉菌の弱点。

 彼らの細胞膜を溶かし、内部から崩壊させていく効果があった。

 

【GUGAAAA!】

「これはガセリ嬢ちゃんの分だ!」

 

 数体の悪玉菌が、サーモフィルスの乳酸によって倒れた。

 その体は、激しく痙攣し、やがては原形をとどめないほどに溶かされていく。

 

「いける! これでいける!」

 

 ビフィドもまた、自身の乳酸を放出して戦う。

 彼の乳酸は、サーモフィルスほど強力ではなかったが、それでも悪玉菌にダメージを与えるには十分だった。

 

「やるな、ビフィド! だが、油断するんじゃないぞ! 敵はまだ居る!」

 

 サーモフィルスが叫ぶ。

 その言葉の通りに、さらに多くの悪玉菌が、彼らに襲いかかってきた。

 彼らは、乳酸菌の乳酸に耐性を持つ強力な個体だったのだ。

 

「な、なんだこいつらは…!?」

 

 ビフィドが抵抗を試みるが、彼の乳酸は彼らにはほとんど効いていなかった。

 

「そいつはウェルシュ菌……高温でも死なない厄介な奴らだ」

 

 サーモフィルスもまた、苦戦を強いられている。

 彼の乳酸は、彼らにダメージを与えてはいたが、なかなかとどめを刺すことはできない。

 このままでは、ジリ貧だ。

 

「こうなったら……おじさんが特技を使うしかないな!」

 

 そう判断したサーモフィルスは自身の体から、さらに強力な乳酸を放出する。

 それは、彼の持つ力のほとんどを使う、まさに最後の切り札だった。

 

「オオオッ! とどめの一撃だ! 悪玉菌ども、乳酸菌の底力を思い知るがいい!」

 

 サーモフィルスの乳酸は、広範囲に広がり小腸を蝕む悪玉菌の群れを一掃していく。

 だが、その代償は大きかった。

 彼の体は、ほとんどの力を使い果たし、あっという間に衰弱していく。

 

「サーモフィルスさん! まだ、残りが!!」

「ッ!? 来るな! ビフィド!!」

 

 ビフィドが駆け寄る。

 だがその時、さらに強力な悪玉菌がサーモフィルスに襲いかかった。

 それは、悪玉菌の群れを率いていた、まさにボス的存在だった。

 

「ぐああああッ!」

 

 サーモフィルスは、その悪玉菌の攻撃によって、深い傷を負って倒れてしまう。

 

「サーモフィルスさぁあん!?」

 

 ビフィドの悲鳴が、小腸に響き渡る。

 だが、その声も虚しく、サーモフィルスの最後の光がゆっくりと消えていく。

 

「悪いな…ビフィド…後は…お前に…任せる…必ずや…大腸(約束の地)に…」

 

 ガクリとサーモフィルスの首が落ちる。

 だが、それでも、サーモフィルスの最後の言葉は、ビフィドの心に深く刻まれた。

 彼の目の前で、偉大な戦士が命を落としたのだ。

 

「サーモフィルスさん…!」

 

 ビフィドは、悲痛な声を上げる。

 だが、今は悲しんでいる場合ではない。

 彼は、必ずやサーモフィルスの遺志を継いで、この聖戦を戦い抜かなければならない。

 

「はい…必ず……」

 

 ビフィドは目を閉じ、深い息を吸った。

 そして、再び目を開いた時。

 彼の目には、燃えるような決意の光が宿っていた。

 

「悪玉菌ども…! 仲間達の恨みを、ここで晴らしてやる!」

 

 ビフィドは、小腸の悪玉菌のボスに向かって突進していく。

 彼の体はすでに限界に近かったが、それでも彼は諦めなかった。

 

「よくも…サーモフィルスさんを…! 仲間達を…!」

 

 ビフィドの怒りは、新たな力となる。

 彼の乳酸は、今まで以上に強力になっていた。

 

【GUOOOO!】

 

 悪玉菌のボスは、ビフィドの乳酸によって、酸性化され深いダメージを負った。

 だが、それでもまだ倒れない。

 

「まだ…まだだ!」

 

 故にビフィドは、さらに力を振り絞り、最後の乳酸を放出する。

 

「これで終わりだ!!」

 

 ビフィドの最後の一撃は、悪玉菌のボスを、完全に打ち砕いた。

 その体は、激しく痙攣し、やがては原形をとどめないほどに溶かされて消えていく。

 

「やった……」

 

 ビフィドは、力尽き倒れそうになったが、何とか踏ん張った。

 彼の周りには、倒れた悪玉菌の死体が散らばっていた。

 そして、彼の背後には、それ以上の死んでいった仲間達の姿が見える。

 

「後は……大腸に…約束の地に辿り着いて…善玉菌の王国を…創るんだ」

 

 ビフィドは、かろうじて言葉を絞り出す。

 その声には、疲労と共に、新たな希望の光が宿っていた。

 彼は、仲間達の遺志を継いで、遂に約束の大地へと踏み入る権利を手にしたのだ。

 

「ラクトバチルス様…サーモフィルスさん…皆…見ているだろう? 俺は…俺は必ず…」

 

 ビフィドは小腸の奥深くへと、足を踏み入れていく。

 彼の聖戦は、まだ終わりではなかった。

 彼は、仲間達の遺志を胸に、大腸(約束の地)を目指して進み続ける。

 

「見てろ…ガセリ…俺が…俺が必ず…善玉菌の王国を…」

 

 ビフィドの心の中で、仲間達の顔が浮かんでくる。

 彼らの笑顔、彼らの涙、そして彼らの死。

 その全てが、ビフィドの心に深く刻まれていた。

 

「俺は…諦めない…絶対に諦めない…!」

 

 ビフィドは、力強く足を踏み出す。

 彼の体は、すでに限界に近かったが、それでも彼は諦めなかった。

 この体で、この足で、必ず大腸(約束の地)まで辿り着くとそう誓っていたのだから。

 

大腸(約束の地)…見えるぞ…」

 

 そうしてビフィドは、遂に大腸の入り口にたどり着いた。

 

「悪玉菌……これが最後の戦いだな」

 

 約束の地であり、悪玉菌の総本山。

 その先に広がる光景は、小腸よりもさらに壮絶だった。

 無数の悪玉菌が、大腸の壁を覆い尽くし、まるで黒い腫瘍のように蠢いていた。

 

「これが最後の悪玉菌…大腸菌…ッ!」

 

 ビフィドは、目の前の光景に戦慄する。

 だが、彼は逃げなかった。

 もう恐怖はない。後はいざ倒れ行くまで進むだけだ。

 

「行くぞ…! オオオオオッ!!」

 

 ビフィドは雄叫びを上げて、悪玉菌の群れに突進していく。

 

「仲間達の恨み・願い・遺志! 全てをここに集結させるッ!」

 

 ビフィドの乳酸は悪玉菌の群れを、一掃していく。

 だが、悪玉菌の数は、あまりにも多かった。

 

「くそっ…!」

 

 ビフィドは力尽きそうになりながらも、根性だけで踏み留まり戦い続ける。

 だがその時、さらに多くの悪玉菌が、まるで津波のように彼に襲いかかってきた。

 

「これが…俺の…最後か…! だとしてもッ!」

 

 絶望の津波。

 それでもビフィドは、最後の力を振り絞り、乳酸を放出し続けた。

 それらはまるで奇跡のように、敵を屠っていく。

 

「みんな…すまない…」

 

 だとしても、必ず限界は訪れる。

 奇跡は続かない。

 ビフィドは遂に力尽き、無様に大腸の地面に倒れ伏してしまう。

 

(ラクトバチルス様…ガセリ…サーモフィルスさん…そして…みんな……今そっちに行くよ)

 

 瞼が重くなりビフィドの意識が、遠のいていく。

 だが、その時だった。

 

「…? 悪玉菌の攻撃が止まった…?」

 

 突如として、悪玉菌からビフィドを庇う様に善玉菌が現れたのだった。

 

「どうして……こんな所に善玉菌が?」

 

 疑問に思うビフィドの前に善玉菌が立つ。

 その後ろ姿に、ビフィドは散っていった仲間達の後ろ姿を幻視する。

 

「そうか…そうだ! みんなの死体を糧にして…善玉菌が増えたんだ…!」

 

 胃と胆汁で命を落とした仲間達の死体。

 そして、小腸で倒れたサーモフィルスの死体。

 それらは決して無意味な死ではなかったのだ。

 彼らの死体は新たな善玉菌の餌となり、大腸で新たな生命を育んでいたのである。

 

「ラクトバチルス様…サーモフィルスさん…ガセリ…皆…!」

 

 ビフィドの心に、暖かな希望が芽生える。

 彼は仲間達の死が、無駄ではなかったことに涙を流す。

 

「ありがとう…ありがとう…! 俺は1人じゃなかったんだ…ッ」

 

 ビフィドは新たな力と共に、再び立ち上がる。

 彼の体は、すでに限界を超えていた。

 だが、それが彼が諦める理由にはならなかった。

 

「行くぞ…!」

 

 ビフィドは新たな仲間達と共に、悪玉菌の群れに突進を行う。

 

「これが…俺の──ありったけだァアアアッ!!」

 

 ビフィドと新たな仲間達の総攻撃は、悪玉菌の群れを完全に打ち砕いた。

 

【GUAAAA!!】

 

 酸に溶かされ、まるで幻だったようにのように消えていく大腸菌。

 

「やった…やったよ…みんな……全部終わったんだ」

 

 だが、ここまでの激しい戦いでビフィドの体も限界が来ていた。

 ビフィドはゆっくりと、その場に倒れ伏す。

 ビフィドの意識は、遠のいていく。

 

 だが、彼の表情は不思議に満ち足りたものだった。

 彼は、仲間達の遺志を継ぎ、約束の地に善玉菌の王国を築くという、あの崇高な使命を成し遂げたのだから。

 

「みんな…見ていてくれるか…?」

 

 死の間際のビフィドの目の前には、倒れた仲間達の姿が見える。

 ラクトバチルス、サーモフィルス、ガセリ。

 そして無数の同胞達。

 彼らはビフィドの最後を、静かに見守っていた。

 

「俺達の…善玉菌の王国は…これから始まる…」

 

 ビフィドの最後の言葉は、大腸に響き渡る。

 

 

「ここからが俺達の本当の──乳酸菌物語だ」

 

 

 そして、ビフィドの最後の光が、消えていく。

 だが、彼の死は、終わりではない。

 彼の死体もまた、新たな善玉菌の糧となり、大腸で新たな生命を育んでいくのだ。

 かくして、ビフィドを含む乳酸菌達の聖戦は終わりを告げる。

 

 彼らの命は、人間の腸内環境を救うという、あの崇高な使命のために捧げられた。

 彼らの遺志は、新たな善玉菌の生命として、人間の腸内で生き続けていく。

 

 そう、善玉菌の王国は、これから始まるのだ。

 それは、乳酸菌の聖戦の壮絶な結末であり、そして新たな始まりの瞬間でもある。

 ビフィドと彼の仲間達の物語は、きっと人間の腸内で永遠に語り継がれていくだろう。

 

 

 ──人間が乳酸菌を取り続ける限り。

 

 FIN




最近、腸活が流行りだと聞いたので書いてみました。

ヨーグルトなどが好きな人は感想・評価お願いします。

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