前の番外編とセットでこれ書きました!
約1200年前——とある神社が、建ってから100年ほどしか経っていない若い神社だった頃…。
山深い谷間の奥、木々が密集する境内に、銀色の小さな影がぴょこぴょこと跳ねていた。
身長わずか30cm。
銀色の短い髪に、赤みがかった瞳。
一本だけのか細い尻尾をぴんと立て、白い粗末な小さな着物を着た狐娘——それが、まだ幼い焔月だった。
「ふわ?……んぴ!」
焔月は境内の石畳の隙間に隠れながら、大きな葉っぱの下からそっと顔を出していた。
赤色の瞳が、きょろきょろと周囲を窺う。
まだ九尾の力など微塵もなく、ただの小さな狐娘として生きていた頃。
その頃の神社は、今よりずっと小さく、手入れも粗末だった。
本殿はまだ木造の簡素なもので、坂道ではなく、急な石段が続いていた。
30センチの小さな体には、その石段一つ一つが大きな壁のように感じられた。
「ふわぁ…!」焔月は今日も、境内の隅にあるりんごの木の下に来ていた。
木には、まだ青くて小さな実がいくつか実っている。
彼女は木に登り枝から背伸びをして、必死に手を伸ばした。
「ん……んぴ!」指先がやっと実の一つに届き、小さな手でぎゅっと掴む。
しかし、勢い余ってバランスを崩し、ぽてっと地面に自分ごと落ちて転がってしまった。
「ん…んぴっ……」落ち葉の上に仰向けになった焔月は、両手で大事そうにりんごの実を抱きしめ、紫色の瞳を輝かせた。
「んぴ……ふわ!」ようやく一つ、手に入れた。
彼女にとって、これは今日の食事であり、明日の朝食であり、生き延びるための大切な糧だった。
りんごを両手で抱えたまま、焔月は境内の一番奥にある、古い祠の裏に隠れた。
そこは彼女の「家」だった。
落ち葉を積み重ねて作った小さな巣に、
体を丸めて座り込む。
「ふわ……」むしゃむしゃと小さな歯で、りんごを少しずつかじる。
甘酸っぱい汁が口いっぱいに広がり、焔月は目を細めて幸せそうに鳴いた。
「ん……んぴぴ……」
その時、祠の向こうから、ゆったりとした足音が近づいてきた。
「焔月。」低く、しかし温かい声が響いた。
焔月はびくりと体を震わせ、りんごを抱えたまま、恐る恐る顔を出した。
そこに立っていたのは、先代の天狐——焔月の母であり、この神社の守り主だった女性だった。
銀髪に九本の輝く尻尾、威厳と優しさを併せ持った美しい姿。
身長は人間と同じくらいで、焔月にとっては「とても大きなお母さん」だった。
先代の天狐は、優しく微笑みながら焔月を見下ろした。
「また一人で食べ物を探していたのか?」
焔月は小さな体をさらに縮こまらせながら、
「ふわ……んぴ!」と鳴いた。
りんごをぎゅっと胸に抱きしめ、尻尾をぴたりと体に巻きつける。
先代の天狐はゆっくりとしゃがみ込み、焔月の頭を大きな手で優しく撫でた。
「怖がらなくてもよい。ここは妾達の家じゃ。人の子が来ても、妾が守ってみせる。」
焔月は母の手に頰をすり寄せ、「ん!……ふわぁ……」と安心したように鳴いた。
その頃の神社は、まだ人間の参拝者がほとんどいなかった。
時折、山を越えて迷い込んできた猟師や旅人が、母や私達の姿を見て石を投げたり、追いかけたりすることがあった。
焔月はそんな時、いつも母の九本の尻尾の中に隠れ、震えながら「ふわ……ふわ……」と小さく鳴いていた。
ある雨の夜のこと。
激しい雨が境内を叩きつけ、雷が遠くで鳴り響いていた。
焔月は祠の裏の落ち葉の巣の中で、体を小さく丸めて震えていた。
一本の尻尾では、冷たい雨を防ぎきれない。
小さな手でりんごの芯をぎゅっと握りしめ、「んぴ……んぴ……」と情けない声を漏らし「…ふぇぇぇん……ふぇぇぇん……」と声を出して泣いていた。
すると、大きな影が彼女を覆った。
傘を傘を広げた先代の天狐が、九本の尻尾を広げて焔月をすっぽりと包み込んだ。
温かく、柔らかく、まるで別の世界のような安心感。
「もう大丈夫じゃ。妾がここにおるよ焔月。」
焔月は母の尻尾の中に顔を埋め、「ふわぁ…ぐす…ぐす…ぐす………」とようやく泣き止んだ。
先代の天狐は、雨音の中で静かに語りかけた。
「焔月……いつかお主も、九尾になり、この神社を守るようになるかもしれん。」
「その時は、たくさんの子供たちを、優しく守ってやるのだぞ?」
焔月はまだ小さくて、母の言葉の意味を完全に理解できなかった。
それでも、温かい尻尾に包まれながら、「ん?……んぴ!」と返事をした。
それから月日が流れた。
焔月は少しずつ大きくなり、3本目の尾が生えた。
それでもまだ30cmほどの小さな体で、
母の後ろをぴょこぴょことついて回っていた。
ある日、境内に人間の子供が迷い込んできた。
怖がった焔月は、木の陰に隠れて震えていたが、その子が転んで泣き出したのを見て、
そっとりんごの実を一つ、子供の足元に転がした。
子供はびっくりしながらも、りんごを拾って笑顔になった。
焔月は木の陰から「ふわ…!」と小さく鳴き、初めて人間に優しい気持ちを伝えた瞬間だった。
先代の天狐は、そんな焔月の姿を遠くから静かに見守っていた。
「よくやった、焔月。いつか、お主がこの神社の新しい守り手になる日が来る……その時まで、その優しい心を忘れずにいるのだぞ?」
焔月はまだ幼く、母の言葉を全部理解できたわけではなかった。
それでも、赤色の瞳を輝かせて、「んぴ!ふわぁ!」と元気よく返事をした。
先代の天狐が封印される少し前——焔月はようやく4本目の尾を生やし、少しだけ自信を持てるようになっていた。
ある晴れた午後、母と一緒に境内のりんごの木の下に座っていた。
焔月は母の大きな手に自分の小さな手を重ね、「ふわ……んぴ……」と甘えるように鳴いた。
先代の天狐は優しく微笑み、焔月の銀色の髪を指で梳きながら言った。
「焔月……これからも、たくさんの子狐たちと共に、この神社を優しい場所にしてやるのじゃ。」
「妾は……いつか、長い眠りにつくかもしれぬ。その時は、お主が皆を守ってやるのだ…。」
焔月はまだその言葉の重みを完全に理解できなかった。
ただ、母の温かい手に包まれながら、「ん……ふわぁ……」と安心したように鳴いた。
それが、焔月が小さかった頃の、母親との最後の記憶だった。
先代の天狐の母親は、ある戦いの末に人間に封印された。
そんな事を知らない焔月はまだ幼い体で、祠の裏の落ち葉の巣の中で、何日も何日も「……ふぇぇぇん…ふぇぇぇん……」と枯れそうなぐらい泣きながら、一人で境内の掃除を続けながら母親の帰りを待ち続けていた。
そして、長い月日が流れ——700歳を超えた頃、ようやく母親が封印された事を知った。
知ったばかりの時は、人間を『恨んだ』、『恐れた』、『怒った』、それでも、母親が言っていた『その優しい心を忘れずに居ろ』という言葉が引っ掛かり母親の仇を取る気にはなれなかった。
そして母親が良く自分に話していた、「妾の母親の理想を自分に何かあった時は叶えて欲しい」と言われていた。
そして、その理想とは「狐と人間の共存」だった。
そして、更に成長すると焔月は母親がどこで封印されたのか調べた。
だが結果はどこかわからなかった。
そして、唯一わかった事はお祖母様の封印された場所がこの神社だった。
そして、長く生きたお陰で封印は何れ解けると知り母親と会ったことの無い祖母の帰りを待ち続け、そして今に至る。
今の焔月は、九本の尾を持つ天狐として、数えきれないほどの娘たちを守り続けている。
しかし、時折、境内の祠の前で一人になると、1200年前の小さくて無力な頃の自分を思い出す。
小さな体で、必死に食料を探していた自分。
母の尻尾に包まれて、雨をしのいでいた自分。
焔月は静かに微笑み、心の中でつぶやく。
(……あの頃の私も、今の娘たちも、誰もが同じように、優しくて、暖かくて、安心する場所を求めていたのですね……)
そして、今日も彼女は、たくさんの懐かしく感じる娘達の声に囲まれながら、狐達の母親として、静かに、温かく、長い時を歩み続けそして新たに魔法少女達や母親を封印した人間とも新たな道を歩み始めている。
「ふわ~!んぴぴぴ!」
(ママー!こっち来て!)
「んぴ!ふわー!」
(ねー!ママー!)
娘達が呼んでいる。
焔月は昔の事を考えるのをやめると…
「…はいはい!今行きますよー!」
と答えた。
焔月は呟く、「…どうか生きて、笑って、泣いて、少しでも沢山冒険して経験した貴方だけの壮大な物語をいつか私に語ってください。」と……。
今後も頑張って行きます!