璃音が小さい時の過去編書きました!
約400年前——神社は、まだ木々が深く、人の気配もまばらな頃だった。
銀色の長い髪を風に揺らし、九本の尾を優しく広げた若い焔月は、神社の奥にある小さな祠の前で、静かに座っていた。
その腕の中には、たった一本の小さな尻尾をぴんと立てた、身長が30cmにも満たない20cm程度の金髪の小さな狐娘がいた。
「んぴゃ!……ふぁ!」まだ生まれて間もない璃音だった。
紫色の瞳をうるうるさせながら、焔月の胸に顔を埋め、
小さな手で母の着物の裾をぎゅっと掴んでいる。
焔月は優しく微笑み、璃音の金色の髪を指で丁寧に梳いた。
「璃音…もう少し大きくなったら、一緒に境内の桜の木を見に行きましょうね」
璃音はまだ言葉を話せない。
ただ「ふぁ!ふみゅ〜!」と鳴きながら、
母の温かさに包まれて安心したように目を細める。
その頃の焔月は、まだ九尾の力を完全に制御しきれず、
神社の守り手として日々を過ごしていた。
しかし、璃音が生まれてからは、それまでの静かな日々が一変した。
朝になると、焔月はまず璃音を抱き上げ、境内の緩やかな坂道をゆっくりと歩く。
璃音は母の腕の中で「ふゃ!」と喜びの声を上げ、
周りの木々や鳥を興味津々で見つめている。
「ほら、あそこに花が咲いているわ。きれいでしょう?」
焔月が優しく語りかけると、
璃音は小さな手を伸ばして「みゅっ!」と鳴く。
まだ一本の尻尾を一生懸命に振って、喜びを表現している。
食事の時間は特に微笑ましかった。
焔月は台所で小さな器を用意し、りんごを薄くスライスして、璃音に与える。
璃音は両手でりんごを抱えるようにして、「んむ……んむ……」と一生懸命に食べている。
時々、食べ過ぎて頰がぷくっと膨らむと、焔月はくすっと笑いながら、指で優しく拭ってあげた。
「ゆっくり食べなさい。お母さんが見ていてあげるから」
璃音は「んみゅっ!」と幸せそうに鳴き、
母の指に自分の小さな手を重ねる。
雨の日は特に大変だった。
激しい雨が境内に降り注ぐ夜、璃音は怖がって母の九本の尻尾の中に潜り込み、「んみぃ……んみぃ……」と震えながら鳴く。
焔月はすべての尾を広げて璃音をすっぽりと包み、温かい霊力で雨音を和らげながら、静かに子守唄のような歌を口ずさんだ。
「大丈夫よ、璃音。…お母さんがずっとここにいるから」
璃音は母の尻尾の温もりに包まれ、やがて「すー……すー……」と小さな寝息を立てる。
焔月はそんな娘の寝顔を、赤い瞳で優しく見つめ続けていた。
璃音が少し大きくなり、二本目の尾が生えた頃——焔月は璃音を連れて、神社の外へ少しずつ出かけるようになった。
まだ人間の姿を取れるほど力は強くなかったので、二人とも小さな狐の姿のまま、山道をぴょこぴょこと歩いた。
ある日、久々に人間の子供が迷い込んできた。
璃音は怖がって母の後ろに隠れたが、焔月は優しく璃音の手を引いて、そっと子供の足元に小さなりんごを転がした。
子供がりんごを拾って笑顔になると、璃音も恐る恐る顔を出し、「ふゃ…?」と首をかしげた。
焔月は静かに微笑み、璃音の耳元で囁いた。
「怖がらなくていいわ。優しい人間もいるのよ。いつか、あなたがこの神社を守るようになったら、そんな人たちとも、ちゃんと向き合えるようになってね」
璃音はまだ幼かったが、母の言葉を一生懸命に聞こうと、紫色の瞳を真剣に輝かせていた。
歳月が流れ、璃音が三本目の尾を生やした頃——焔月は璃音を本殿の前に連れて行き、古い狐の石像の前で静かに語りかけた。
「璃音……あなたは私の大切な娘。いつか、この神社の守り手として、たくさんの娘たちを優しく導いてあげて。」
「私も……いつか長い眠りにつくかもしれない。その時は、あなたがみんなの『お母さん』になってね」
璃音はまだ幼いながらも、母の言葉の重みを少しだけ感じ取った。
小さな体で一生懸命に頷き、「んみゅ!……ふあ!」と力強く返事をした。
焔月はそんな璃音を抱きしめ、九本の尾で優しく包み込んだ。
「ふふ……よく頑張ってるわね。私の誇りよ、璃音」
その頃の神社は、まだ娘の数も璃音しか居なく、静かだった。
しかし、母と娘の温かい日々が、やがて数千匹にも及ぶ狐娘たちの「家」となる基盤を作っていた。
焔月は璃音を育てながら、自分が小さかった頃の記憶を何度も思い出した。
母に守られ、食料を分けてもらい、雨の夜に尻尾に包まれて眠った、あの頃の自分。
「いつか、あなたも……たくさんの子たちに、同じ優しさをあげられるようになるわ」
焔月は心の中でそう願いながら、今日も璃音の銀に近い金色の髪を、優しく、優しく、撫で続けていた。
時が流れ——今の焔月は、九本の尾を持つ天狐として、
数えきれない狐娘たちを守っている。
璃音は立派に成長し、母を支える優しい娘となった。
しかし、焔月は時折、神社の奥で昔の記憶を思い出す。
小さな璃音が「ふや!…んみゅ!」と鳴きながら、自分の胸に顔を埋めていた、あの温かい日々を…
焔月は静かに微笑み、赤い瞳を細めてつぶやく。
「……ありがとう、璃音。あなたがいてくれて、本当によかった」
神社では、今日も「ふわ!」「んぴ!」と言う鳴き声が、母と娘の優しい絆とともに、静かに、温かく響き続けている。
自分の作品が面白いと感じて頂けたら嬉しいです!