境界線上のホライゾン:極東の普通人(佐藤)の憂鬱   作:鯖缶詰

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AIによる文章生成・校正を使用しています
この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。


境界線上のホライゾン:極東の普通人(佐藤)の憂鬱

境界線上のホライゾン:極東の普通人(佐藤)の憂鬱

 

 極東の空は、今日も今日とて重力制御の賜物である「武蔵」の巨体に覆われている。

 この世界に迷い込んでから数週間。俺、佐藤(ごく普通の日本人)は、目の前の光景に正気を削られ続けていた。

 

「おい佐藤! 景気づけに全裸で踊ろうぜ! これぞ王の特権だ!」

 

 目の前で、この航空艦の副会長こと葵・トーリが、清々しいほどに股間を晒して仁王立ちしている。背景には神々しい後光すら差しているが、やってることはただの公然わいせつ罪である。

 

「うあああ! インポマンだ! インポマンが出たぞおおお!」

 

 俺は咄嗟に目を覆い、魂の叫びを上げた。

 

「インポじゃねーよ! 不可能(インポッシブル)を可能にする男、略してインポッシブルマン、通称インポマンだ!」

 

「略し方を考えろよ! 日本じゃそれは『立たぬ者』の代名詞なんだよ! 王の威厳とか以前に男としての尊厳が死んでるだろ!」

 

「何を言うか! 俺の息子は常に全裸待機、いつだってフルスロットルだぞ!」

 

「知るか! あと横にいるホライゾンも無表情で頷くな! お前の主人は致命的なあだ名を自ら命名してるんだぞ!」

 

 佐藤は息を切らしながら、周囲を見渡した。

 そこには、巨大な鎖鎌を振り回す銀髪の少女や、空中に浮く大量の窓(表示枠)を操作する賢姉、果ては巨大な粘液の塊(スライム)までが平然と歩いている。

 

「……なあ、前から気になってたんだけどさ。お前ら、さっきから当たり前のように『重奏統合争乱』とか『歴史再現』とか言ってるけど、もうちょっと分かりやすい日本語を使おうぜ」

 

「ジャパニーズ? 佐藤、それは古い時代の呼び名だな」

 

 トーリがようやくズボンを履き(なぜか前後逆だったが)、得意げに指を立てた。

 

「今は『極東』、あるいは『神州』だ。いいか、俺たちは歴史通りに出来事をなぞらなきゃならない。つまり、歴史という名の台本に沿って、毎日を全力でドタバタする義務があるわけだ!」

 

「義務で全裸になってるなら、この世界はもう詰んでるだろ」

 

 佐藤は頭を抱えた。

 この世界の用語は、どれもこれも「漢字の暴力」だ。

 流体、通神、奏者、武神、神格武装。

 一見すると格好いいが、その実態は「エロゲのやりすぎで神様になった奴」や「カレーを食べ続けるのが仕事の奴」といった、カオスな設定の煮こごりである。

 

「あと、その『通神(つうしん)』ってやつ! 脳内に直接チャットウィンドウが出てくるのは百歩譲って受け入れるとして、なんで背景が萌え絵なんだよ! シリアスな会議中に横で『ぺんたんこ!』とか流れてくる身にもなれ!」

 

「それは喜美の趣味だから仕方ない。嫌ならお前も、自分専用の神格(OS)をカスタマイズすればいいだろ?」

 

「パソコン買うみたいなノリで言うな! だいたい、なんでこの世界の通貨は『円』じゃなくて『銭』なんだ? しかもデジタルマネーなのに、やり取りする時の音が『チャリン』って……情緒を優先しすぎだろ!」

 

 佐藤のツッコミは止まらない。

 設定資料集を数冊読み込まなければ理解できないような重厚な世界観の中で、彼はたった一人の「普通」という武器を手に、不条理な現実に立ち向かっていた。

 

「……はぁ。もういい、腹減った。食堂に行って、普通の定食でも食ってくる……」

 

「お、いいな! じゃあ今日は『青龍(せいりゅう)カレー』にしようぜ! 食べた瞬間に体が青く発光して、移動速度が三倍になる隠しステータス付きだ!」

 

「食い物にバフをかけるな!! 普通に消化させてくれ!!」

 

 武蔵の廊下に、佐藤の絶叫が虚しく響き渡る。

 極東の夜明けは、まだまだ遠いようだった。

 

 

第二話:情報過積載(オーバーロード)の極東

 

 武蔵の学園艦、その一角にある図書室。

 佐藤は、目の前に積み上げられた「極東の歴史再現ガイドブック(入門編)」という名の、辞書三冊分はある鈍器を前に白目を剥いていた。

 

「わかんないわかんない! 造語多すぎだって! 設定盛りすぎだって! 盛り杉謙信になってるって!」

 

 思わず叫んだ佐藤の横で、自動人形(オートマタ)のホライゾンが、一切の感情を排した声で補足を入れる。

 

「佐藤様。上杉・謙信公は現在、女性として歴史再現を行っております。ちなみに食生活は梅干しがメインです。補足しますと、その盛り具合は、現在の上杉領の石高に比例して……」

 

「石高の話はしてねえよ! 比喩だよ比喩! あと謙信が女性って設定、さらっと流そうとしたけど、この世界の歴史改変レベルがガチすぎて怖いんだよ!」

 

 佐藤は机を激しく叩いた。

 指先に触れる木目の感触すら、どこか「流体」とかいうよく分からない高次エネルギーの密度を感じてしまい、落ち着かない。

 

「おい佐藤、そんなに熱くなるなよ。設定なんてのは、カレーのスパイスみたいなもんだ。多ければ多いほど美味いだろ?」

 

 どこからともなく現れたトーリが、カレーの皿を片手に、今度はなぜかトランクスを頭に被って現れた。

 

「トランクスを被るな! あと、そのスパイスが致死量なんだよ! いいか、普通『窓』って言ったらガラスが嵌まった建具のことなんだ。空中に浮かぶチャット画面のことじゃないし、そこからビームが出るなんて聞いてない!」

 

「それは『表示枠(サインフレーム)』だな。ちなみに設定次第では、ビームの代わりに塩味のポップコーンを射出することも可能だぞ。喜美が昨日やってた」

 

「用途が迷子すぎるだろ! あとその『重力制御』ってやつもだ! なんでこの巨大な船が空に浮いてて、なおかつ甲板で普通に運動会ができるんだ? 慣性仕事しろ! ニュートンが泣いてるぞ!」

 

 佐藤の訴えに対し、図書室の隅で数式をこねくり回していた「点蔵」が、忍装束のままシュバッと音を立てて現れた。

 

「……佐藤氏。拙者たちの世界では、物理法則すらも『神譜(カント)』による解釈の一つに過ぎぬのでござる。つまり、皆が『浮く』と信じれば、重力すらも空気を読んで忖度してくれるのでござるよ」

 

「忖度する重力なんてあってたまるか! じゃあ何、俺が『この世界は全部夢だ』って全力で信じれば、俺は元の日本に帰れるのか?」

 

「無理だな。なぜなら佐藤、お前はもう俺たちの『ノリ』に片足を突っ込んでるからだ!」

 

 トーリが満面の笑みで、カレーのついたスプーンを佐藤に向ける。

 

「いいか、この世界で大事なのは『理屈』じゃない。『雰囲気』と『勢い』と『適切な露出』だ! 盛り杉謙信だろうが、武田信玄(巨乳)だろうが、楽しんだもん勝ちだぜ!」

 

「……信玄まで女性(設定)なのかよ……」

 

 佐藤は力なく崩れ落ちた。

 視界の端では、ホライゾンが「佐藤様の正気ポイントが減少。流体による精神ケアを開始します」と呟きながら、なぜか法螺貝を吹き鳴らし始めている。

 

「……もうやだ、この世界。せめて、せめて固有名詞に注釈(ルビ)を振るのをやめてくれ……『終わりの土地』と書いて『ラスト・アトモスフィア』とか読ませるな! 普通に呼べよ! 舌噛むだろ!」

 

 佐藤の孤独な戦いは、設定の海に飲み込まれながら、今日も絶望的に続いていく。

 

 

第三話:命の使い道を間違っている極東

 

 武蔵の廊下は、今日もお祭り騒ぎのような喧騒に包まれている。

 だが、その喧騒の内容が「今日の夕飯」ではなく「誰がいつ、歴史通りに死ぬか」という不穏な議論であることに、佐藤は耐えられなかった。

 

「歴史再現って何! 再現してどうするの! なんで死ぬの! 未来に向かってないって! 命大事にして! 歴史再現するんじゃなくて歴史を学ぼうよ!」

 

 佐藤の魂の叫びが、アリアダスト教導院の教室に木霊する。

 だが、教壇に立つトーリは、鼻をほじりながら(そしてなぜか片足だけストッキングを履きながら)不思議そうに小首を傾げた。

 

「いや、佐藤。学ぶも何も、台本(聖譜)があるんだから、その通りに演じるのが一番合理的だろ? 歴史を学んで『失敗しないようにしよう』じゃなくて、『失敗も含めて完璧にトレースしよう』っていうのが俺たちのルールなんだよ」

 

「そのルールが狂ってるっつってんだよ! 普通、過去の失敗から学んで未来を良くするのが人類の進歩だろ! なんで『ここで誰々が切腹したから、君も今日ここで腹を切ってね』で『御意!』ってなるんだよ! ブラック企業どころの騒ぎじゃねえぞ!」

 

「佐藤様。補足します」

 

「ホライゾンさん!」

 

 ホライゾンが、どこからともなく取り出した巨大な巻物を広げた。

 

「歴史再現を失敗することは、世界の破滅(末世)を加速させることに直結します。つまり、誰か一人が『死にたくない』と我がままを言うだけで、世界全体が連帯保証人として心中することになります。これを極東では『詰み』と呼びます」

 

「世界のシステムがメンヘラすぎるだろ! 一人の生存権と世界の存続を天秤にかけるな! 命は! 地球より重いって! 習わなかったのか!?」

 

 すると、窓枠に座っていたネイトが、銀鎖を弄りながら静かに口を開いた。

 

「……佐藤殿。ここでは、命の重さは『どれだけ歴史を忠実に再現したか』という功績値で測られる節があるのです。無意味に生き延びるより、歴史通りに華々しく散る方が、後の世に流体(燃料)をたくさん残せる……という解釈もありまして」

 

「命を燃料扱いするな! ガソリンスタンドじゃないんだぞ! 未来に向かって走るための燃料が、若者の命のすり潰しとか、どんなディストピアだよ!」

 

 佐藤はガシガシと頭を掻きむしった。

 この世界の住人は、根本的な価値観が「生存」ではなく「再現」に置かれている。

 

「いいか、みんな。歴史ってのは、過去に生きた人たちが必死に足掻いた結果なんだ。それをなぞるだけじゃ、俺たちはただの操り人形だろ! 歴史再現じゃなくて、歴史改変……いや、せめて歴史『更新』ぐらいの気概を見せろよ!」

 

「お、佐藤。良いこと言うじゃねえか」

 

 トーリがニヤリと笑い、佐藤の肩を抱いた。

 

「じゃあ、とりあえず今夜の歴史再現『桶狭間の戦い(夜戦)』に、お前も今川軍の雑兵として参加決定な! 大丈夫、台本通りにいけば、織田軍の奇襲を受けて死ぬだけだから。痛いのは一瞬だぜ!」

 

「絶対参加しねえよ! 『だけ』で済むか! あと織田(ノブナガ)もどうせこの世界だと、ビーム撃つ十代の美少女とか、超巨大戦艦とかになってるんだろ! 勝ち目ねえよ!」

 

「あ、正解。織田は現在、P.A.Odaっていう巨大組織になってて……」

 

「組織名が略称(アルファベット)なのも腹立つわ! 会社かよ! もういい、俺は歴史再現ボイコットして、図書室で『世界の歴史(普通のやつ)』を読み直してくる!」

 

 憤慨して立ち去る佐藤の背中を見送りながら、トーリは首を振った。

 

「歴史を学ぶ、か……。あいつも真面目だなぁ。でもホライゾン、あいつが読んでる歴史書って、確か……」

 

「はい。先ほど私が、『極東の料理再現(激辛編)』にすり替えておきました」

 

「よし、今夜の佐藤は尻から火を噴く歴史再現(個人差あり)だな!」

 

 佐藤の「普通の感性」がこの世界を救う日は、まだ数千ページ先になりそうだった。

 

 

第四話:命名規則に殺される

 

 武蔵の武器庫。そこは、世界を滅ぼしかねない超兵器が、まるでホームセンターの特売品のように並んでいる魔窟である。

 佐藤は、目の前のショーケースに鎮座する、禍々しくも美しい大剣の解説プレートを見て、膝から崩れ落ちた。

 

「読めない! 読めないよ! 大罪武装(たいざいぶそう)? 神格武装(しんかくぶそう)? 名前が長すぎるって! 長倉剣八(ながくらけんぱち)かっての!」

 

 佐藤の指差す先には、誇らしげにこう記されていた。

 ――『悲しみの怠惰(リザクタ・ベルセー)』。

 さらに隣には、『身勝手な憤怒(スティオマ・プロスモ)』やら、何やら舌を噛みそうなカタカナが並んでいる。

 

「いいか、よく聞け! 普通の武器は『鋼鉄の剣』とか『勇者の盾』でいいんだよ! なんで武器の名前に『哲学的な形容詞』と『謎の固有名詞』と『さらに謎のカタカナ読み』の三層構造が必要なんだ! 設定が三密(さんみつ)なんだよ!」

 

「落ち着けよ佐藤。名前が長いってことは、それだけ『重い』ってことだぜ。魂の重さだよ」

 

 トーリが、なぜか胸元に大きく「大罪」と書かれたTシャツ(布面積が異常に少ない)を着て現れた。

 

「魂を重くする前に、まず記憶容量を圧迫してることに気づけ! だいたいなんだ、そのルビは! 『悲しみ』と書いて『リザクタ』って、どこの国の辞書に載ってるんだよ! 漢字と読みの間に一切の相関性がないだろ!」

 

「それは『神代の言葉』を極東の解釈で翻訳しているからですね」

 

 ホライゾンが、無表情に一振りの武器を差し出した。

 

「佐藤様にはこちらがおすすめです。神格武装『蜻蛉切(とんぼぎり)』。非常にシンプルで覚えやすいかと思われます」

 

「お、これなら知ってるぞ! 天下三名槍の一つだろ。これだよこれ、こういうのでい……って、ちょっと待て、その横の注釈は何だ?」

 

 佐藤が目を細めて、小さな文字を読み上げる。

 ――『正式名称:指向性大規模切断並びに事象割譲機能付き高出力神格武装・極東仕様第一種特装……』

 

「長いわ!! 本名を隠して活動してる芸能人かよ! 蜻蛉を切るどころか、設定の長さで読者の集中力を切る気か!」

 

「いやぁ、でもさ佐藤」

 

 トーリが、大罪武装の一つを軽々と肩に担いでニカッと笑った。

 

「戦闘中に『行け!指向性大規模切断並びに事象割譲機能付き……』って全部叫んでたら、言い終わる前に相手に斬られちゃうだろ? だから略して『蜻蛉切』なんだよ。親切設計だろ?」

 

「略す前の名前を作る工程を省けっつってんだよ! あと、なんで武器にいちいち『感情』が設定されてるんだ? 『悲しみ』の武器とか、使ってるこっちまでメンタルやられるわ! 武器は無機質でいろよ! 意志を持つな、黙って斬れ!」

 

「佐藤様。この世界の武器は、持ち主の感情と共鳴することで真価を発揮します。今の佐藤様なら、さしずめ『絶望的な困惑(コンフューズ・サトウ)』という名の新武装が発現しそうですね」

 

「勝手に俺を武装化するな! しかも読み方がそのまんまじゃねえか!」

 

 佐藤の叫びは、防音性の高い(という解釈の)武器庫の壁に吸い込まれていく。

 

「……もうダメだ。俺はもっとシンプルな、名前のない、ただの棒切れを探しに行く……」

 

「あ、佐藤! その棒、実は『原初の樹樹(ファースト・ログ)』っていう、宇宙の起源を内包した特級武装だぞ!」

 

「この世界に、ただの棒は存在しないのかよおおお!!」

 

 佐藤の「普通の武器」を求める旅は、いまだチュートリアルすら終わっていなかった。

 

 

 

第五話:鋼鉄の乙女は、制作者の煩悩でできている

 

 午後の陽光が武蔵の廊下を橙色に染め、潮風の香りが微かに鼻腔をくすぐる。

 そんな情緒ある風景を台無しにするように、佐藤の困惑した叫びが響き渡った。

 

「なあホライゾン、前々から思ってたんだけどさ。なんで自動人形はみんなメイド姿なんだ? なんで女性の姿なの? 機能性を追求するなら、もっとこう、多脚戦車みたいな形の方が効率的なだろ!」

 

 佐藤は、目の前で優雅に茶を淹れているホライゾンを見据えた。

 フリルが揺れ、カチューシャが光を反射する。その姿はどこからどう見ても、戦闘用兵器ではなく「奉仕の結晶」である。

 

「佐藤様。自動人形の形状は、制作者の『祈り』と『執着』の産物です。言い換えるならば、制作者の趣味が限界突破した結果、この姿に行き着きました。性別については、便宜上の設定に過ぎませんが……」

 

「趣味出しすぎだろ! 設計図を書いた奴をここに連れてこい! 絶対、作業机の横にメイド喫茶のチラシ貼ってただろ!」

 

「補足します。自動人形がメイド姿であることは、極東における『公共の福祉』に該当します。すなわち、かわいいは正義であり、正義は法律に優先します」

 

「かわいいの塊かよ! 法律をねじ伏せるな!」

 

 佐藤が頭を抱えていると、どこからともなくトーリが現れた。

 彼はなぜか、エプロンだけを身に纏った(下はいつもの全裸に近い何か)という、ある種究極の「奉仕の形」で立っていた。

 

「おい佐藤、分かってねえなぁ。鋼鉄の体に温かい心(という設定のプログラム)が宿る……そのギャップがたまらねえんだよ! しかもたまに毒舌を吐かれることで、主人の精神的強度が鍛えられる。これは一種の『教育』だぜ」

 

「それを世間ではドMの嗜好って呼ぶんだよ! なんでたまに『ゴミを見るような目』を向けてくるんだよ! あの瞳、明らかに有機物を見下してるだろ!」

 

「佐藤様」

 

 ホライゾンが、スッと佐藤の至近距離まで詰め寄った。

 無機質な、けれど吸い込まれそうなほど美しい瞳が佐藤を射抜く。微かに香る、機械油とは違う、清涼な花の香り。

 

「佐藤様の脳細胞の活動効率が、先ほどから三〇パーセント低下しています。思考のノイズが多すぎます。……一言で申し上げますと、うるさいです。黙ってください」

 

「ほら出た! その毒舌! なんでそんなに冷たいの!? でもその無機質な声で罵倒されると、なんかこう……いや、なんでもない! 俺まで毒されてる気がする!」

 

「お、佐藤。今、一瞬だけ『悦び』の流体値が跳ね上がったぞ? お前も立派な極東の住人だな!」

 

「違う! これはただの生物的な防衛反応だ! 恐怖と快楽を脳が誤認しただけだ!」

 

 佐藤は必死に否定したが、ホライゾンはさらに追い打ちをかけるように、スカートの裾を少しだけ持ち上げて一礼した。

 

「佐藤様。毒舌は、親愛の情の裏返しであるという解釈も存在します。……嘘ですが」

 

「嘘かよ!! ぬか喜びさせんな! かわいいけど性格に難がありすぎるだろ!」

 

 結局、その日の佐藤は、ホライゾンに「無駄口を叩く口を塞ぐため」と称して、激甘の茶菓子を口に突っ込まれ続ける羽目になった。

 甘美な暴力と、無表情な可愛さ。

 佐藤は悟った。この世界の自動人形は、人類を骨抜きにするために作られた最凶の兵器なのだと。

 

「……負けた。……メイド服、最高だよコンチクショー……」

 

 夕暮れの武蔵で、一人の男の理性が、また一つ崩壊の音を立てた。

 

 

 

 

第六話:全世界公開設定のプライバシー

 

 武蔵の空に、無数の光り輝く窓――表示枠(サインフレーム)が乱舞している。

 それは極東における日常の風景であり、通神(つうしん)による情報の奔流だ。だが、その内容を読み取ってしまった佐藤は、泡を吹いてその場にひっくり返りそうになっていた。

 

「うるさい! うるさい! うるさい! みんな公共の電波でプライベートのこと話しすぎだって! たまに国家機密もまじってないかこれ! まずいって!」

 

 佐藤は空を指差し、発狂せんばかりに叫んだ。

 視界の端を、誰かの『昨日の夕飯が地味だった』という愚痴と、『聖譜(台本)の解釈ミスで他国と戦争になりそう』という外交機密が、同じフォント、同じ速度で流れていく。

 

「いいか、よく聞け! 普通、秘密ってのは鍵のかかった部屋とか、暗号化したメールでやり取りするもんだろ! なんで全校放送みたいなノリで『実は俺、昨日おねしょした』とか流すんだよ! 世界中に恥を晒してまで伝えたいことか、それが!」

 

「佐藤君、それは『粋(いき)』じゃないねぇ」

 

 ふわり、と空中に浮かぶ表示枠を指先で弾きながら、トーリがいつもの調子で現れた。

 今日の彼は、なぜか全身を透明なセロハンテープで巻かれたような、光沢のある(そしてやはり際どい)姿をしている。

 

「隠し事は不運を招くんだぜ? 全部オープンにして、みんなで共有する。これが極東流の『通神(コミュニケーション)』だ。悩みも、秘密も、股間の形状も、隠すから問題になるんだよ」

 

「隠せよ! 特に最後のは物理的に隠せ! あと『不運を招く』とかいうオカルトで、情報セキュリティをガバガバにするな! お前、今流したろ、さっき。武蔵の次の寄港地と、その防衛ラインの弱点! それ敵国も見てるんだぞ!」

 

「問題ありません、佐藤様」

 

 ホライゾンが、自身の表示枠をいくつも展開しながら、淡々と事務処理をこなしている。

 

「極東の通神は、情報の秘匿よりも『いかに多くの観客(オーディエンス)にノリを届けるか』を優先します。敵国がこれを見たとしても、『あ、こいつら今このノリなんだな』と解釈し、空気を読んで攻撃を控える……という外交儀礼が成立しております」

 

「どんな優しい世界だよ! 空気を読み合う前に、普通はミサイルが飛んでくるんだよ! あと、その横で流れてる『賢姉(喜美)の秘密のダンス動画・限定公開(全世界共有)』って何だ! 限定の意味を知ってるか!?」

 

「限定とは、見る人を『この世界に生きる人』に限定している、という意味です。広義の限定ですね」

 

「それを世間では『一般公開』って言うんだよ! 語彙の再定義をやめろ!」

 

 佐藤は、次から次へとポップアップしてくる通知の音に耳を塞いだ。

 この世界の住人は、プライベートとパブリックの境界線が、流体並みに曖昧なのだ。

 

「もういい……。俺は表示枠を全部閉じる。一切の情報を遮断して、静寂を取り戻すんだ……」

 

「あ、佐藤。それやめといた方がいいぞ」

 

 トーリがニヤリと笑い、佐藤の目の前に一つの表示枠を突き出した。

 そこには、佐藤が今朝、こっそりノートに書き留めていた『俺の考えた最強の異世界転生プラン』という恥ずかしいメモが、高解像度でスキャンされていた。

 

「……なっ、なんでこれがお前の手元に……」

 

「お前の表示枠、設定が『自動アップロード』になってたからな。今、極東中でトレンド入りしてるぜ? 『佐藤の妄想・第12節:俺、実は伝説の勇者の末裔だった』ってやつ」

 

「消せえええ!! 今すぐそのデータを物理的に破壊しろ!! 歴史再現より先に俺の社会的な死が確定するだろ!!」

 

 佐藤の悲鳴が、武蔵の全通神ネットワークを通じて、今日も賑やかに全世界へと配信されていくのであった。




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