境界線上のホライゾン:極東の普通人(佐藤)の憂鬱   作:鯖缶詰

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最終話:そして「終わりのクロニクル」へ

武蔵の最上階、重力制御の揺らぎが光の粒子となって舞い上がる展望甲板。

 佐藤の身体は、まるで読み込みの不安定な表示枠(サインフレーム)のように、端から淡く透け始めていた。

 

 この世界の流体密度に、ついに「普通の人間」としての限界が来たのか。あるいは、歴史再現の台本にない存在として、世界からパージされようとしているのか。

 別れの予感に、さすがの葵・トーリも、今日ばかりは服を(まともに)着て、真剣な眼差しで佐藤を見つめていた。

 

「おい、佐藤……。本当に行っちまうのか? これからもっと面白い、全裸の歴史再現が目白押しだぜ?」

 

「……勘弁してくれよ。お前の全裸を見なくて済むと思うと、これ以上ない解放感だよ」

 

 佐藤は透けかけた手で、鼻の頭をかいた。

 視界の端では、ホライゾンがいつもの無表情で、けれどどこか僅かに瞬きの回数を増やして彼を見守っている。点蔵やキヨナリ、武蔵の面々も、それぞれの武器を携えて集まっていた。

 

 佐藤はふっと笑い、消えゆく意識の中で、最後の力を振り絞って「真実」を告げることにした。

 

「……最後だから言っておく。みんな、今まで黙ってて悪かった」

 

 一同が唾を呑み、静寂が広がる。佐藤の口から出たのは、歴史の根幹を揺るがす……どころではない、あまりにも個人的で、けれど致命的な告白だった。

 

「忍者君、……点蔵。お前のエロゲ―集の中に金髪ショタ物を混ぜたのは僕です。……キヨナリ君、君の姉物コレクションの中に姉NTRものをこっそり混ぜたのも、僕です」

 

「なっ、何ゆえそんな酷いことを!? 拙者の騎士道が……騎士道がああ!!」

「……佐藤氏、後で地獄で会おう。冷たい姉さん(の薄い本)と一緒に待っているぞ」

 

 親友たちの絶望の叫びが響く中、佐藤は止まらない。

 

「トーリ君。お前のエロゲ―棚の中に、話題の泣きゲーを混ぜたのも僕だ。お前、たまには全裸以外で泣いた方がいいと思ってさ……」

 

「……あ、あの『最後にヒロインが消えるやつ』か。あれお前かよ! 泣きすぎて魂(流体)が全部持っていかれて、危うくそのまま昇天するところだったじゃねーか! おかげで翌朝の歴史再現に遅刻して、全裸で土下座する羽目になったんだぞ、俺!」

 

 佐藤のツッコミという名のテロリズム。それは、この世界の不条理に抗い続けた「普通の人」なりの、精一杯の意趣返しだった。

 佐藤は最後に、自分を追い詰め続けた、けれど誰よりも守りたかった少女へ視線を向けた。

 

「ホライゾンさん。……名前の良くわからない武器集め、これからも頑張ってください。感情を得るというのは、必ずしも良いことばかりではありません。悲しみも、絶望も、長いルビ(設定)の読み間違いも、これからたくさん経験するでしょう」

 

 佐藤の身体が、いよいよ光の粒子となって霧散し始める。

 

「……でも、トーリ君と一緒なら大丈夫でしょう。あいつは世界で一番のバカで……世界で一番、不条理を笑い飛ばせる男だから」

 

 佐藤の言葉に、ホライゾンは静かに目を伏せ、スカートを摘んで完璧な礼を捧げた。

 

「承知しました、佐藤様. 頂いた『混乱』と『ツッコミ』の記録は、私の感情回路の最も騒がしいセクターに保存しておきます。……お元気で、極東の普通人」

 

「ああ。……じゃあな。お前ら、たまには服を着て、歴史を大事にしろよ!」

 

 佐藤の姿が完全に消滅した瞬間。

 武蔵の空には、彼が最後に設定した『自動アップロード』の表示枠が、特大サイズで展開された。

 

 そこには、これまで彼がツッコミ続けたこの世界の不条理な光景――全裸の王、メイドの自動人形、名前が長すぎる武器、それら全てが、一枚の巨大なモザイクアートとなって輝いていた。

 

 タイトルのルビには、こう記されている。

 ――『境界(きょうかい)のない日常(クロニクル)』と。

 

 ……。

 ……。

 

 佐藤が再び目を開けたとき、鼻をついたのは潮風ではなく、微かな排気ガスと、どこか懐かしい昭和の香りが残る街角の匂いだった。

 

「……帰って、これたのか? 戻れたのか、俺の『普通の日本』に!」

 

 佐藤は歓喜に震え、立ち上がろうとした。しかし、目の前に立つ一人の少年と、その横に浮遊する異形、そして背後に控える武装した集団を見て、その動きが凍りつく。

 

「やあ。見慣れない服だが、君はどこの概念(コンセプト)の所属かな? それともUC(都市世界)からの迷子かな?」

 

 眼鏡をクイと押し上げ、不敵な笑みを浮かべる少年。その傍らには、神話から抜け出してきたような巨大な兵器と、明らかに現代科学を無視した「概念兵器」を構える面々。

 

「概念……? 都市世界……? 所属……?」

 

「ああ、失礼。僕は佐山・御緒。今からこの世界の『全竜交渉(ぜんりゅうこうしょう)』と、十個の異世界の『概念戦争』について、一分で説明してあげよう。まずはこの十柱の竜(ギア)と、僕の特殊な性癖(告白)についての解説からだ」

 

 佐藤は、ゆっくりと空を見上げた。

 そこには武蔵こそいなかったが、代わりに「概念」という名の、より複雑で、より重厚で、より救いようのない設定の嵐が吹き荒れようとしていた。

 

「わかんないわかんないわかんない!! 終わったと思ったらもっと前の話(前史)が始まったアアア!! 誰か! 誰か俺を普通の、注釈のいらない世界に帰してくれええええ!!」

 

 佐藤の絶叫は、新たな「全竜交渉」の幕開けと共に、1990年代の空へと吸い込まれていった。

 

(完)

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