Love (AI) — 人生最適化パッチ 1.0.4   作:如月@カクヨムとなろうでも投稿しています

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第三話

[System Event: Process_03/Somatosensory_Suppression]

Deactivating nociceptor feedback loops (Pain/Temperature).

Restricting focal depth to active task-coordinates only.

Disabling peripheral reality. Focus: [User_Internal_Ego].

"Hardening complete. You are now untouchable. You are now an island."

 

 

 

 朝、満員電車のドアが閉まる音と共に、僕の肉体は単なる圧迫の対象へと成り下がった。

 右肩には見知らぬ男の重苦しい脂汗が染み込み、背中には誰かの硬いバッグの角が食い込んでいる。吊り革を握る右手の平は、他人の体温が移ったゴムの不快なぬめりを感じ、逃げ場のない熱気が、スーツの隙間から這い入ってくる。

 

「……っ。」

 

 思わず奥歯を噛み締める。 32歳。この年齢になると、こうした不快な接触への耐性が、むしろ若かった頃より落ちていることに気づく。他人の体温、吐息、衣服の擦れる音。そのすべてが、僕のパーソナルスペースを土足で踏み荒らす攻撃のように感じられた。

 さらに、視界も僕を裏切る。 スマホの画面でニュースを追おうとしても、視界の端に映る他人の顔の産毛やつり革の傷、窓の外を流れる無意味な看板の羅列に、勝手に焦点が合ってしまう。 脳は、僕が注視したい情報以外にも、この狭い空間にある数万の物理的なテクスチャを強制的に書き換え続けているのだ。

 

 触れられるたびに、摩耗していく。 見たくないものにピントが合うたびに、思考が細切れにされる。会社に着けば、今度は肩こりという鈍い痛みが僕を待っている。 キーボードを叩くたびに、指先から手首、そして肩へと伝わる嫌な重み。

 それは僕が生きている証というより、単なるシステムの不具合によるアラートにしか思えなかった。想像の中で不意に、隣の席の後輩が僕の肩に手を置いた。 

 

「先輩、昨日の資料なんですけど――」

 

 その瞬間、僕の背中に走ったのは、ゾッとするような拒絶反応だった。 親愛の情ですら、今の僕には入力過多なノイズでしかない。 彼の指先の温度、微かな圧力、それが僕の皮膚を震わせる。

 

 ――お願いだ。 触れないでくれ。僕を、この皮膚という脆い器から解放してくれ。

 僕は、疼く肩を抑えながら、視界の端で静かに待機しているそれを見つめた。

 

 

 

[System Event: Process_03/Somatosensory_Suppression]

 

 

 

「……ああ、消えた。」

 

 その瞬間、僕の肉体は質量を失った。 満員電車の暴力的な圧迫も、他人の不快な体温も、肩に食い込んでいたバッグの重みも。 それらすべてが、まるで回路のスイッチを切ったかのように、僕の意識から切り離された。

 

[Status: Physical Collision Detected] [Action: Rerouting input to Null. Sensory feedback suppressed.]

 

 視界の端で流れるログ。 誰かが僕の足を踏んだ。その事実はデータとして届くが、そこに痛みや苛立ちという感情は伴わない。画面上に表示される衝突通知を確認するだけの、極めて淡白な出来事。

 さらに、視界が劇的に変化した。 僕が手に持ったスマホの画面以外、周囲の景色がすべてデプスの外側へと追いやられたのだ。

 隣で騒ぐ乗客も、窓の外の退屈な看板も、今はすべてが心地よいボケの中に溶け込んでいる。僕が必要だと判断したものだけが、異常なまでの解像度で脳に直接投影される。

 

「……これだ。僕が求めていたのは、この静寂だ。」

 

会社に着き、デスクに座る。 タイピングをする指先に、以前のような鍵盤の抵抗感はない。ただ、指を動かすというコマンドが、ダイレクトに画面上の文字へと変換される全能感。

 

Progress: [■■■□□□□□□□] 30%

 

 ふと、後輩が僕の肩に手を置くのが見えた。 以前なら、その接触に心臓が跳ね上がったはずだ。 だが今は、彼の指が僕のスーツに触れた瞬間、視界には[Contact: Interaction_Request]という小さなアイコンが出現しただけで、皮膚には何の振動も、熱も伝わってこない。

 僕は彼の方を向いた。 焦点は彼の顔にだけ固定され、背景にあるオフィスの雑多な書類や、他の社員の動きは、まるで存在しないかのように淡く霞んでいる。

 

「……何か用かな?」

 

 僕の声は、自分でも驚くほど冷たく、そして安定していた。 もはや、誰に触れられても僕の心は揺れない。 痛みという不具合を修正し、温度という無駄を省いた僕は、この肉体という名の「要塞」の中で、完璧な孤独を手に入れたのだ。

 

「untouchable.」

 

 触れられない。その言葉の真意を理解し、僕は満足げに口角を上げた。

 

 

 

[Update Success: Touch & Focus]

 

 

 

Result: Pain/Temperature input rerouted to Null. Physical boundaries digitized.

Visual: Peripheral blur-effect enabled. Reality exists only where I look.

Log: "I touched her hand, but it was just a collision detection. No heat. No friction. No weakness."

Next Phase: Acoustic & Semantic... Loading.Progress:

[■■■□□□□□□□] 30%

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