時間の流れは早いもので気づけば数年が経過していた。
当時は籠の中から見上げる事しか出来なかったが、これと言って何事もなく順当に大きくなり、自らの足で歩ける程度には成長している。
誕生日、という概念はここには無いようで、同じ年に産まれた子は皆纏めて年度の初めの同じ日に歳を重ねて、自分は五歳となった。五歳ともなると幼い身でありながらも、既に背弦家の一員として仕事を任せられるようになるのだ。
そこで雑用やら赤ちゃんの世話をしている内に知ったのだが、この屋敷には言葉通りに女子供しか住んでいないようだった。
産まれて1年程度の女の子の赤ちゃんが外から連れてこられて──運んで来るのは大人だが、必要な物を置いたらすぐ帰る運搬役だ──だいたい15才くらいに育つまでの間は屋敷で過ごす。
その後に屋敷から去った少女がどうなっているか知る手段は現状持っていない。
子供屋敷から出る事は硬く禁止されているし、そもそもの背弦家の教育方針からして、外に興味を持つ子も少ないようである。
「チヒロちゃん。これ洗濯物の部屋まで持っていってね」
「分かりました。あ、これも一緒に運んどきますね」
「…チヒロちゃんは偉いねぇ」
考えながら雑用をこなして、先輩幼女の頼まれごとついでに通り道に置く荷物も運んでおく。
前世という下駄ありきで5歳の幼女をやっていれば、そりゃこの程度出来なければ恥である。
とはいえ、あまりにも物分りが良すぎるとして妙な勘繰りをされるのも困る。ほどほどに手を抜きつつ、5歳児であるのだからと年相応に駄々をこねてはいるのだが、それでも同世代の中で真面目な良い子の評価を受けていた。
「すみません、洗濯物持ってきました」
「ありがとー その辺りに置いといてー」
「この後暇なので手伝いますか?」
「たすかるよー!」
屋敷内に引かれた小川の傍らにて腰を下ろす先輩幼女の隣で、5歳児のちっちゃなお手々で山盛りになった洗濯物の籠から種類を選別する。
汚れが少ない物のはすぐ洗うように近くの籠に。汚れが酷いものは“洗剤”に漬け置きするために、別の木桶に。
(思ったよりも古い時代じゃないっぽいんだよな)
洗い場に置かれている竹で作られた容器の中には、前世にて既視感のある、ちょっと良い匂いの粉末洗剤が入っている。
プラスチックの容器こそ無いが、意識して探せしてみれば所々で現代文明の所在を見つけられた。屋敷内にそういった物が外部から入りこまないよう検閲されているのであろうが、流石に科学文明の恩寵を全て否定するほどに凝り固まった思想で無いと見るか。
はたまた子供に余計な知恵を付けさせ無いために情報統制をしているか。 ……十中八九後者だろうな。
「怖いよねー お外では“じゅれー”と戦わないと生きていけないんだってさー」
洗濯籠の中から取り出した大柄な男物の羽織を見て先輩幼女が呟く。
籠の中のどれもが砂埃や泥などで派手に汚れていて、手に取ったそれはことさら酷く、少なく無い量の血液が黒く乾いて染みついていた。
外部と隔絶された赤子と幼女と少女しかいない子供屋敷でありながら、このようにして洗濯などの雑事が外部から持ち込まれる。
それらは洗濯して修繕され、それでも無理な物は仕立て直されて自分達の服となる。
それ以外にも料理を日に3度、炊き出しの如く大鍋を作り、外部の“大人”が屋敷の外へと運び出して行く。──ちなみに人力で山道を運搬していた。ご苦労様な事である。
そういった生活の雑事を行う環境であるのも「男は“呪霊”と戦い、女はその補助をするのが背弦家の務めである」と耳にタコができるほどに教わるからだ。
自分こそ、前世の知識という前提があるからこそ疑念を持ってはいるが、そうでも無ければ知りもしない外部の“呪霊”に怯えて、外を知ろうと言う考えすら浮かばなかったかも知れない。
「あ、でもチヒロちゃんは“じゅちゅしき”があるんだっけ?
いーなー “じゅちゅしき”があったら“じゅれー”なんて怖くないじゃん」
「でも自分の“術式”だと大した事もできませんし」
術式、正しくは生得術式。名の通りに産まれつきに定まっている術式とは、呪術師を呪術師足らしめる物である。
別に生得術式が無くとも呪霊を祓うことは出来るし、生得術式があっても術式を行使するための呪力を精製出来なければ無用の長物であるのだが。
背弦家はこのように生得術式と呪力を持った呪術師を大量に“産み出す”ために優れた呪術師の両親から子供を産ませるのだ。
とはいえ、それでも確定で呪力と術式を持った子が生まれる訳でも無いようなので、確率として見れば渋いモンである。
話を戻して、自分は運よく生得術式と呪力を持って産まれたようだった。背弦家において呪力を持つか、そうではないかで将来の立場が左右されるので、無いよりはあった方がおそらく良いのだろうが、あった所で… と言うのが自分の術式である。
「自分の術式は“傀儡操術”。名の通りに傀儡、人形を操る術式です。本来であれば自らが作成した人形を自律的に、あるいは呪力によって遠方から操る事ができます」
洗濯によって濡れた手を手拭いで乾かし、着物の胴裏に仕舞っていた人形を取り出す。
お世辞にも綺麗とも可愛らしいもと言えない粗雑な人形は、事実、服の補修にすら使えないほど荒れた繊維の切れ端から作られたものだ。
それは“私”が幼い頃にお姉ちゃんから貰った■■な人形で、捨てるに捨てれず今もここにある。
「自分の場合は人形へと呪力を籠める事で、その呪力を消費して物体を操る事ができます。本来の傀儡操術と違うのは付喪操術と混ざってしまっているからのようです」
「へー… でもなんで説明してるの?」
「術式の開示ってヤツです。それをしないとまともに動かせないんですよ」
術式の開示と言う、本来は秘めるべき生得術式の情報を公開する“縛り”による術式の強化。
平たく言ってしまえば、相手に術式を教えるというデメリットを背負う対価によって、術式が強化されて、ようやくこの人形を動かせるだけの出力を得る。
具体的には呪力の増加と、傀儡の運動性能と操作精度の向上。箇条書きでは強そうな強化だが、その強化で小さな人形を動かせるようになるだけ、という時点でお察しな性能の術式である。
「おお! 踊ってる!」
「せいぜい一発芸ですけどね」
薄汚れた洗濯物の山を舞台として、擦り切れた小さな人形が踊る。
最初は単調に跳ねたり回ったり。次いで動きに緩急を付けて踊る様を見て、先輩幼女は手を叩いて喜んだ。
されど、不安定な土台の上では満足に動けるはずも無く、勢いをつけて回る最中に人形は足を踏み外して洗濯籠の外へと落ちてしまった。
「落ちちゃった…… ね! もう一回やって! もう一回!」
「夕ご飯の後にやりましょうか。あとは皆に頼んで笛や太鼓も準備してもらって」
「なにそれ楽しそう!」
外の文化が入って来ないこの屋敷では、ちょっとした人形劇ですら目新しい娯楽となる。
前世という娯楽に満ち溢れた世界を知っている自分からすれば、この程度の遊びで喜んで貰えるのは嬉しいやら、痛ましいやら。
さりとて、この小さな箱庭のような子供だけの世界も慣れてしまえば、そう悪いものでもないと気に入っていた。
気に入っていたんだけどなぁ……
◆ ◆ ◆
じゅじゅさんぽ
洗い終わった着物を物干し竿に腕を通して、先輩幼女と二人がかりで両端をYの形の棒で持ち上げる。
それを物干し台という、地面に突き刺した棒のYの形の先端に引っ掛ける。それを何回も繰り返して洗濯はようやっと終わりを迎えた。
「終わったぁ〜 チヒロちゃんありがとね」
「お疲れ様でした。あと、この切れ端貰ってもいいですか?」
「いいけど、何に使うの?」
洗濯物の籠の中にはまだたくさんの布切れが残っている。
それはズタボロになって補修も出来ない着物の成れの果てだ。普段はそれから使える部分を切り取って、別の着物の補修用に取っておくのだが、最近は在庫が余ってるのは確認している。
ちょろまかしても、まぁ、問題ないやろ!
「これで人形を作るんです。一体だけじゃ人形劇とは言えませんし」
「へぇー! ねぇねぇどんな人形作るの!」
「え、うーん、犬とか猫とか、ですかね?」
「猫! 猫作れるの!? 私、猫大好きなの!!」
あぁ先輩幼女よ。声がデカ過ぎる。
ただでさえ娯楽の少ない、この子供屋敷でそんな大声を出したら、そりゃもう、娯楽に飢えた皆が集まって来るに決まってるのだ。
「何かあったのー?」
「猫って言ったよね? ねぇ言ってたよね?」
「人形作るの?」
「私、かぐや姫の人形が良い!」
「鉢かづき姫とかもできる?」
開け払った障子戸から大声に釣られて、わらわらと幼女童女が洗濯場に集まる。
思い思いにリクエストを述べる中で、遅れてやってきた年長の少女が皆を窘めた。
「こらこら、チヒロちゃんが困ってるでしょ。それに…」
遅れて味方が来てくれたかと思ったが、どうにも視線が怪しい。
しかも、やけにカラフルな布地と小綺麗な綿を持っている。
それを自分に手渡して、艷やかな金髪──地毛らしい──をふぁさっとなびかせた。
「まずは最初にラプンツェルを作るべきだと思うの!」
「お姉ちゃんずるい!」
「私が先だもん!」
「猫ォオ!」
自分の周りで子供たちが、アレが先だコレを作るべきとの口喧嘩にも近い話し合いが始まっていた。
なんか知らんが、自分がお望みの人形を作って人形劇を初める事は確定事項らしい。
………あの、本人の意思確認とかは?
五歳になって、初めての秋。木枯らしが妙に冷たかった
やってみたかったのでアンケします。
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じゅじゅさんぽいる?(純粋な疑問
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ヒンメルならそうした(作者にお任せ
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ばなな(ばなな