迷宮都市の底辺配信者はスキル「ゴミ拾い」で成りあがる 作:ナカザキ
「……はぁ、今日もこれだけか」
僕は小さな溜め息をついた。
薄汚れたゴーグルを外し、額に浮かんだ汗を手の甲で拭う。
僕が今いる迷宮の低層は湿度が高い。
常にじっとりとした空気が肌にまとわりつく。
僕の足元には、スキル「ゴミ拾い」で集めたばかりの「ゴミ」が山と積まれていた。
折れた魔物の角、使い古されたポーションの瓶、擦り切れた布切れ、ガタついた剣の柄……。
どれもこれも、他の探索者なら見向きもしないような、文字通りのガラクタばかりだ。
慣れた手つきで、僕は配信用の小型カメラの位置を調整する。
誰も見ていないかもしれないけど、これも仕事だ。
「えー、今日の『ハルトの迷宮清掃日誌』も、ゴミの山からスタートです。うん、今日も豊作ですね。誰かが落としたっぽい小石、あとは……あ、これは腐りかけのリンゴですね。食べられないかな、うん、ダメだ」
画面の向こうにいるはずの数少ない視聴者に向けて、わざと明るい声を作る。
だけど、その声はどこか虚ろで、疲労を隠しきれていないのが自分でもわかる。
配信のコメント欄は、相変わらず静まり返っていた。
たまに「迷宮を綺麗にしてくれてありがとう」といった、皮肉とも本心ともつかないコメントが流れる程度だ。
その度に、僕は苦笑いを浮かべる。
僕がやっているのは、迷宮の清掃活動なんかじゃない。
妹の学費を稼ぐための、必死の「仕事」なんだ。
とはいえ、実際『ハルトの迷宮清掃日誌』と銘打って配信をしているのだから、視聴者のコメントに反論したりしない。
このタイトルに変えて以降、ちょくちょく投げ銭をしてくれる人が出てきたのだ。
僕のギリギリの生活費の一部はそんな投げ銭で成り立っている。
――僕のスキル「ゴミ拾い」は、戦闘には全く向いていなかった。
周囲に散らばる「無価値なもの」を吸引するように集めるだけの能力。
魔物を倒すどころか、身を守るのも一苦労だ。
だから僕のレベルは一向に上がらない。
学園都市アカデミリンスに来て五年。
中学二年生の頃から迷宮に潜り続けているというのに、いまだE級探索者のままだ。
ふと、配信の通知がスマホに表示される。友人のものだ。
「――お、あいつら、また新しいレアドロップか」
通知をタップすると、そこには友人が手に入れたらしい光り輝く宝具の写真と、「やったぜ!」という興奮したメッセージが並んでいた。
「……おめでとう」
小さく呟くきながら、笑顔のスタンプを贈る。
口ではそう言っても、内心は違う。
――羨ましい。
どうして僕は、こんな底辺で足掻いているんだろう。
こんな「ゴミ拾い」で、本当に妹の学費を稼げる日が来るのだろうか。
妹に送る手紙には、いつも「順調だよ」「すごいアイテム見つけたんだ」と嘘ばかり書いている。
その虚しさが、僕の心を締め付けた。
こんな現状を、妹に知られるわけにはいかない。
この迷宮都市で、青春を謳歌しているのはごく一握りのエリートだけだ。
僕には、そんな眩しい日々とは無縁だった。
部活に励んだり、誰かに恋をしたり、友達と馬鹿みたいに笑い合ったり……。
そんな「アオハル」を、僕だって経験してみたかった。
でも今の僕には、妹の学費を稼ぐこと以外、何もかもが贅沢な夢でしかなかった。
「さてと、今日のゴミ分別、始めますか」
無理やり気持ちを切り替え、僕は拾い集めたガラクタの山に手を伸ばした。
今日もこの中から、少しでもお金になるものが見つかることを祈りながら。
◆
20年前。それは僕が生まれる前のことだ。
関東地方の一角に大穴が無数に開いた。
前触れは一切なく、誰もがこの未曾有の天変地異に慄いた。
中に突入した命知らずの人間はこうインタビューに答えた。
「あれは迷宮だ」と。
中に跋扈するのは既存の生物の枠組みを超えた魔物たち。広がるのは地下とは思えない荘厳な光景――氷山、砂漠、草原、古城……。そして、そこにあったのは人類の英知の及ばぬ財宝・秘宝。
迷宮は危険の宝庫だったが、同時に宝の山だった。
故に、人はこぞって迷宮に押し寄せた。
迷宮は人の身体も作り替えた。
中で過ごす人間は、スキルと言う超常の力を行使するようになった。
やがて政府は迷宮が生まれた土地一帯を壁で囲い、人と物の流入を制限・管理するようになった。
迷宮から得られる富も莫大になったが、同時に死者の数も数えきれないほどになっていたからだ。また、迷宮から出土する宝は人類の発展に大きく寄与したが、同時に数々の問題も引き起こした。
政府は壁を作る事で、選ばれた人間だけが迷宮に挑戦できるようにした。
壁の中では町がつくられ、やがて迷宮に潜る迷宮探索者を養成する学園が幾つも設立される。それがこの町の始まりだ。
―――ここは迷宮都市アカデミリンス。
世界から隔離された迷宮の町。誰もが夢を見れる場所。
僕は神崎ハルト、18歳。
迷宮都市アカデミリンスのとある学園に通う高校3年生だ。
持っているスキルは「ゴミ拾い」。
レベルは1。
多分迷宮都市で最弱の冒険者の一人だろう。
これは、そんな僕が迷宮都市で成り上がるまでの物語だ。
それと、迷宮で「アオハル」を求める物語でもある。