迷宮都市の底辺配信者はスキル「ゴミ拾い」で成りあがる 作:ナカザキ
親愛なる兄さんへ。
迷宮都市での生活は、どうでしょうか?
無理をしていないでしょうか。ちゃんとご飯を食べていますか?
でも、今月の仕送り、本当にありがとう。
おかげで、私も学校で必要なものを買うことができました。
兄さんが頑張って稼いでくれたお金で、私も頑張って勉強しますね。
もうすぐ学校の試験があります。
良い報告が兄さんにできるように、頑張りますね。
いつか、兄さんの活躍する姿、直接見に行けたら嬉しいな。
体には気を付けて、無理だけはしないでください。
あなたの妹、千尋より
◆
「全く。いつまでも心配性なんだから」
僕は苦笑しながら手紙をファイルに閉じた。
そして、格安で売られている棒状のパンを牛乳で胃に流し込み、アパートを出る。
翌朝である。
僕は通い慣れた通学路を歩いていた。
目を凝らすと空がやや紫がかっているのが分かるが、あれは魔力を壁の外に漏れ出さないよう張られた結界だ。空には迷宮から漏れ出た微細な魔力粒子が輝くように漂っている。
――迷宮都市アカデミリンス。
巨大な壁に囲まれたこの都市は、まるで一つの生命体のように脈打ち、そして雑多だ。21世紀の日本らしいビルとビルの間には、古風な城のような建物が聳え立っている。
あれはこの町のシンボルでもある探索者ギルドの本部だ。この町にきて5年が経った今ではすっかり見慣れた光景だが、最初の頃は本当に脳が混乱した。
この町はこのように、現代と過去、科学とファンタジーが要り乱れている。
全国展開しているコンビニの横には刀剣がガラスのショーケースに並ぶ武器屋があるし、香ばしい串焼きの煙が立ち昇る露店の横には、怪しげだが確かな効果が望めるマジックアイテムが売られていた。
今すれ違ったサラリーマン風のスーツ姿の男性の腰には、いかつい西洋剣がぶらさがっている。
各校の制服(と武器)に身を包んだ生徒たちが、朝早くから学園や迷宮へと向かう姿は、この都市では日常の風景だ。
「―――ハルトセンパイ!」
背後から、聞き慣れた声がした。
振り返ると、そこには黒髪に金のメッシュが入った少女、鈴宮ライカが立っていた。ツンとしたニヒルっぽい笑み浮かべるライカ。
(相変わらず美人だなぁ)
と僕は何度目か分からない感想を抱く。
肌は白く、眼はくりっと大きく、足はすらりと長い。
そして写真映えがすごい。
何年か前、「奇跡の1枚」として拡散されたその写真は、迷宮都市内だけではなく、日本全国にまで広がった。
ライカが(僕のアパートの前で)笑顔でポカリを飲んでいるだけの写真が、テレビニュースで何日にも渡って紹介されたのである。一気に彼女は人気インフルエンサーとなった。
そこから彼女はスターダムを駆けのぼり、今や雑誌のモデル・ラジオ・テレビのタレント、最近は女優業にも挑戦するとか。そんなスーパーマルチタレントがこの涼宮ライカなのである。
そして、ここは迷宮都市。この方面でもライカは抜かりない。
というか、迷宮都市に住む人間にとってはこっちの方がなじみ深い。
彼女は学園でも屈指の実力者で、迷宮都市全体でも第四位の実績を持つ「雷神姫」なのだ。
都市の探索者はざっと数えておおよそ1万と少しいる。ライカはその大勢の探索者の頂点に立つ一人だった。
―――そんな超高スペック女子高生、鈴宮ライカを僕は見る。
僕が通う学校とは別の、名門校の制服に身を包んでいる。
輝くような容姿と常に自信に満ちた表情は、まさに雲の上の存在。
(うーん、僕なんかとは住む世界が違うなぁ)
「おお、ライカ。その装備は朝から今日も訓練か?」
「ええ」
ライカはスポーツバックを揺らした。中には剣とかナイフとかいろいろ物騒なものが入ってるんだろうけど。
「ま、センパイには関係ないでしょうけど」
ツンとした態度のまま、ライカは僕の横に立って並んで歩く。
「センパイの武器は……相変わらず短剣? おまけに刃こぼれしてますよ。研いでどうにかなるレベルじゃないですよ。変えた方がいいですよ、ただでさえ弱いんだから本当に死んじゃいます」
「別にいいだろ。どうせ僕は、こんなもんだし」
そう言って、僕は自分の腰にぶら下がった、拾ったゴミ袋を軽く叩いた。ライカは一瞬、眉をひそめたが、すぐに視線を逸らした。
「……そんなこと、どうでもいいです。それより、センパイの配信、昨日もやってましたよね」
「ああ、まあね。ほとんど誰も見てないけど」
「見てますよ! 私、見てますから!」
突然、語気を強めたライカに、僕は少し驚いた。
「へえ、ライカが僕のゴミ拾い配信を? 意外だな」
「別に意外なんかじゃないです! ……だ、だいたい、センパイがあんな底辺にいるんじゃ、こっちも気になって……いや、その……」
顔を少し赤らめて口ごもるライカに、僕は首を傾げる。本当に変なやつだ。
Sランクの超エリートが、なんで僕みたいなE級のゴミ拾い配信なんか見るんだか。
――初めて迷宮都市に来た数年前。
右も左もわからなかったライカを、僕は先輩として色々面倒を見てやったことがある。まだ弱かった彼女が魔物に襲われて危機に瀕した時、僕は無我夢中で身を挺して彼女を庇った。
あの時の彼女の怯えた顔と、僕にしがみつく小さな手が、今でも記憶に残っている。あの小さな女の子がここまで出世するなんてなぁ。
あの頃から、彼女は僕に妙な懐き方をしている気がする。
「それより、センパイ。そろそろそのゴミ拾い、卒業したらどうです? いつまでそんなことやってるんですか」
ライカの言葉には、どこか焦りの色が混じっていた。
彼女なりに、僕を心配してくれているのだろうか。
「まともな道、ね。僕にはこれしかないんだよ。見ての通り、戦闘なんてからっきしだしレベルも上がらない。このスキルじゃどうしようもないって」
自嘲気味に笑う僕に、ライカは何か言いかけたが結局は何も言わず、ただ悔しそうな顔で僕を見つめていた。
彼女は迷宮都市の頂点に立つ存在。僕の現状が彼女には理解できない、あるいは理解したくないのかもしれない。
「でもあと1年でしょ、センパイ」
この迷宮都市は、都市に貢献できない人間をいつまでも置いておくほど有情ではない。僕は来年の3月、つまり今から凡そ1年後、このままの成績では、迷宮都市の外の送還処分となる勧告を受けた。
ライカが言っているのは、そのことだ。
「あと1年でいなくなっちゃうんでしょ」
「まぁね」
「もっとしっかりしてくださいよー!」
ライカは口を尖らせる。そして、僕の脇腹に軽くパンチを繰り出した。本当に軽くだ。
「やけに今日は食いつくなぁ。食べ盛りか」
「食事制限はちゃんとしてますよ!」
「お前には関係ないだろ」
「関係っ、あります! だって、だって、だって私………何でもありません!」
突然、ライカは顔を真っ赤にして大きな声を出した。
それで、周りの通行人も「あれ、ライカちゃんじゃない?」と気付く。
「かわいいー」「オーラすげぇ」などという声も聞こえてきた。
ライカはそんな周囲に視線を一瞬向けると、
「じゃあ! 私は訓練に行きますか! さようなら!」
と、赤い顔のまま速足で逃げるように去っていった。その背中には、どこか寂しげなオーラが漂っているように見えたのは、きっと僕の気のせいだろう。
ピコン、とスマホが震える。液晶画面を確認すると、メッセージアプリの一番上にライカのコメントが来ていた。
「また、センパイの配信、見ますからね!」
「ありがとう」
と僕は彼女の「ありがとう」のスタンプを返した。今日も一日がんばるかぁ。