【完結】残火の太刀を持ってるタイプの禪院扇   作:照喜名 是空

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前日譚編
呪具:斬魄刀


 

 禪院の中で特級となって早20年過ぎ……

 私は変わった。

 きっかけは何だったろうか。ああ、言うまでもない。あなたのおかげだ、流刃若火。

 元服のころに呪具庫の奥から贈られて以来、この刀は私の師だったのだ。

 

 刀に込められた術式開放までおよそ千日の刃禅を行う事。

 それがこの刀に課された縛りだった。

 そのままでも、炎を纏わせて斬る分には十分な耐久性と鋭さを持つ刀だ。

 だからこそ若き日の私は欲に任せて更なる力を欲した。

 

 そして、刃禅という刀と共に座禅を行う儀式にて私の高く伸びた鼻はへし折られた。

 儀式が進み、刀と心を交わすという意味を知れば知るほどに刀からもたらされる叱咤、苦言、怒り。

 それらは青二才の私の心を叩き折るに十分な迫力と威厳があった。

 

 今思えば、あの頃の私は愚かであった。

 兄たちへの嫉妬と術師であるという傲慢、術式に胡坐をかいた過信。

 それら、己から出た呪いに浸かり切っていた。

 何度この刀をへし折ろうとしたかわからぬ。

 だがどれだけ叩きつけようが曲げようとしようが、私の力では傷一つつかなんだ。

 

 そして、それでも刀禅を続けたのはやはり欲だった。

 よく言えば向上心、力への憧憬だが、結局は私欲に過ぎないと何度も突き付けられた。

 最後は半ば意地であっただろう。

 

 刀との交信はやがて幻想の中での組手、切り合いまで昇華した。

 だからこそ、この刀がどれだけ優れた使い手に使われたかわかる。

 己の無力を何度もたたきつけられた。

 それでも若さに任せて挑み続けた。

 なぜなら、その斬り合いを経るたびに私の実力も確かに上がっていたからだ。

 

 そして、初めて刀に流刃若火という名を教えてもらい、その秘められた術式を解放したとき……

 私の心にもはや呪いはなかった。この刀が呪いを漂白(ブリーチ)してくれたのだ。

 だからこそ私は若い正義感に舞い上がり、呪霊と呪詛師を斬った。

 人々のために呪いを晴らす……それこそが力を持って産まれた義務なのだと本気で信じた。

 

 だが、それも長く続かなかった。

 今度は流刃若火はただ見守っていた。

 呪いを斬りに斬り、反転術式を身に着け、特級となった時、私はただ虚しさに包まれていた。

 

「私は……私は正しい事のために力を振るったはずだ。そうだろう、流刃若火よ……」

『それは間違いではない。だが、お主の心は乾いておる。わかるじゃろう、それは虚しさだと』

 

 そう言われて、その通りだと気づけた。

 何だこの虚しさは。私はうまくやっている。

 当主にこそなれなんだが、家の中でうまくやっておる。

 呪術界で一目を置かれている。問題など起こしていない。

 妻までもらえたくらいだ。

 

『じゃが、呪術師としてではなく剣士としてのお前はどうじゃ?』

 

 私は心の中でつかみかけた何かを探るように深く己の内心に潜る。

 体を動かし、剣を振るうのは楽しい。

 楽しかったはずだ。

 だが、その感覚を気づけば忘れていた。

 呪術師としての使命、手柄、尊敬。そんなものに塗れ、溺れていた。

 使命感と全能感にかまけ……いつしか純粋な楽しさを見失っていた。

 気づけば己の中の定石どおりの勝ち筋で惰性で振るだけ……

 そんなものは戦いではない。楽しさなどあろうはずがない。

 

「……師よ。私は……欲を感じております。久しく手ごたえのある敵手を見なくなった、あの頃から」

『ならば、呪いに限らず剣士と立ちおうてみよ。お主は十分に働いた。で、あるならば広い世界を見ることも肝要じゃ』

「……剣術修行、ですか。それもいい、多少の休暇ならば許されましょう」

 

 私は『己を見つめ直すため』と言って剣術修行の旅に出た。

 事実、世界は広かった。

 天与呪縛でもないのに、呪力を認識し呪霊すら斬る剣士に何度も出会った。

『呪い以外が全て見えているのは実質呪いが見えているのと同義』

 そううそぶく手合いだ。

 だが、それは事実だった。久方ぶりに心が躍った。

 

 奇剣、豪剣、あらゆる流派の剣士と許される限り手合わせした。

 そして生き残った。……気づけば、私は誰一人いない剣の高みにいた。

 剣に限れば甚爾でさえ追いつけぬほどの技を手にしていた。

 

 ……そこで気づいた。

 兄の見る目が、遠くから見守っているものであることに。

 周囲の目が、追う事をあきらめたものであることに。

 

 再び、世界が色あせた。

 私は競い合う者のいない世界に立ってしまったのだ。

 孤独だった。

 

 孤独を埋め合わせるように妻と向き合った。

 子が生まれた。

 凶兆の双子であることでさえ、どうでもよかった。

 

 どうせ己が剣を振れば万象一切するりと焼き尽くされてしまう。

 相手がどれほどの事情や意気込みをもっていようと、触れれば崩れる灰のように。

 そこで初めて力とはどれほど虚しく寂しいものか悟った。

 

 三十路になって初めて本当に力を振るう意味を考えた。

 それは悦楽だけであってはいけないと、その時初めて真に気づいた。

 そしてそれはただの義務だけでもない。

 やれるからやるのだ。そしてそれが皆の役に立つのであればそれでいいのだ。

 

 そこまでたって、娘たちの柔らかな声が愛おしく思えた。

 皮肉なことだ。誰も触れれぬほどの力を持った後でこそ、力などどうでもよいと思えるとは。

 そして、ただ私の手を握り返してくれる我が子の手。

 その力強さを感じ、ふと頬に伝う涙を自覚したとき。

 

 流刃若火はその真の名を告げた。

 

『残火の太刀』

 

 そうだ、わが心にはもはや若い炎はもうない。残り火なのだ。

 だが、それでも……それでも私はどうやら剣を手放したくないらしい。

 

 畳の上で死ねぬことを理解した。

 死すその時まで剣を握っていようと覚悟した。

 

 そうして、気がつけば躯倶留隊に剣を教えていた。

 彼らの剣のどこが未熟かどこに伸びしろがあるかは見ればわかるようになっていたからだ。

 もう充分だ。剣の理は我が中に十分にある。

 ならば己一人で独り占めしているより、他者に施すべき時だ。

 

 そうしていると、今まで見えぬものが見えてきた。

 甚爾の苦しむ顔、心無い呪いの声。直哉の甚爾に向ける熱。

 甚壱が意外にも気遣いの男であること。

 

 気が付けば、手を差し伸べていた。

 剣術を教えるというテイで甚爾を守り、躯倶留隊と結び付けた。

 その縁で甚爾と甚壱の仲をとりもった。何度も二人から話を聞いた。

 気が付けば兄とともに老害どもを抑えていた。

 

 いつのまにか、兄と盃を交わすことが自然になっていた。

 

「兄者……思えば私は手のかかる弟であったな」

「そうだな、そうだったかもしれん。……だが今はこうして酒を酌み交わせる。禪院家は安泰だ」

 

 兄はつまみの鮭をほぐしながら私に取り分ける。

 物好きなことに七輪を部屋に入れて手づから肴を作っているのだ。

 そういうきめ細やかな気遣いや息の抜き方が思えば兄にはあった。

 

「お前と言う特級がいるからこそ、禪院は五条の神童と張り合える。ずいぶん楽をさせてもらった。それでよいではないか」

 

 そういう兄の目は、やはり遠くから見守るそれだ。

 だが、今はそれに疎外感ではなく温かさを感じる。

 ならば、それでいいのだろう。

 

「……やはり兄者は気遣いが上手い。当主になって正解だ。私のような武骨物に政はつとまらん。ゆえにその手の気遣いはこれからも頼らせてもらおう」

 

 思えば、初めてだったのかもしれん。私が兄者に頼るなどと言うのは。

 兄者はわずかに驚いた顔で私を見て、そして破顔した。

 

「はっはっは!まかせておけ!お前は何も気にせず剣を振ればいい!お膳立ては儂にまかせろ!」

「ははは……兄者よ。やはり禪院は安泰だな。思えば……ずいぶん風通しがよくなった気がする」

「お前いま気づいたのか!?やはり、まだ当主は退けんな!」

「ははは、退いてもらっては困るというのに」

 

 いつのまにか、自然に笑えるようになった。

 すべて、あなたのおかげだ。師よ。




田所1919810級術師さんの「最低系チート禪院扇」を読んでワイも我慢できずに書きました
リスペクトしたくなる傑作なのでそっちもおすすめです
ワイも「あっち側」に行くんや~~!!

とりあえず数話分はあるので行けるところまで行きます。
その後は呪術廻戦をもう一度しっかり履修しなければ……
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