【完結】残火の太刀を持ってるタイプの禪院扇 作:照喜名 是空
結局、その日の授業はさわり程度しかできなかった。
まあ片付けがあるのでな。少々暴れすぎたようだ。
日を改めて数日後。今度も山奥だ。
校舎……というより採石場に現場宿舎だなこれは。
私もその方がいいと思う。実戦的な授業は外でやることとしよう。
引き続き、一応全員と「軽く」組手をしておく。
今回は2年が相手だが、最終的には全学年やる予定だ。
家入くんはまあ、常識的に鍛えてはいるが……それだけだな。
素人にしてはやる、あるいは最低限の心得はあるくらいのものだ。
「ありがとうございましたっ!いやー、やっぱ組手しなくても最初から結果がわかってたと思いますって」
「そうかもしれんな。だが各々の実力をハッキリ把握するにはこれが良いと思ったのだ」
「確かにそうですけど……」
進路や鍛え方の方針としても反転術式を生かした後方要員。
ならば、いざという時に逃げられるように走りを鍛えたほうが良いだろう。
「やはり、戦うというよりは逃げ足を鍛えたほうがよかろう。あとはとっさに初手の攻撃をしのげればだな」
「やっぱ要りますか~護身術」
「手札は増やしておくに越したことはない。次、夏油くん」
ジャージに着替えた夏油くんが一礼をする。ほう、背筋が伸びている。
礼儀正しいというのもあるが、姿勢もよい。何かやっているのだろうなこれは。
「よろしくお願いします」
「うむ、よろしくお願いします」
前回の事もあって互いに術式なしだが……上手い。後衛型の術式であるからこその鍛え方だ。
後衛ならばと近接に持ち込もうとする手合いを逆にカウンターで仕留めるという気概を感じる。
実力も現在ならば空中格闘を覚えた五条悟には二歩ほど劣るが、これならばすぐに覚えそうだ。
筋がいい。
「よい鍛え方だ。後衛型の呪術で本体を鍛えることを忘れていない。むしろ近接で仕留めることも勝ち筋の一つにしている。これならば、すぐに五条君に追いつけるだろう」
「格闘では……ですか?」
浮かない顔だな。やはり先日の大規模な戦いを見て思うところがあるのかもしれない。
あの戦いで五条君は伸びたからな……男同士で同級生だ。先を越されては面白くなかろう。
心が完全に折れてはいないようだが……
「術式は見ていないので何とも言えんが……だが、資料を見る分には呪霊操術は経験を重ねるほど手札が増える、伸びしろの大きい術式ではないか?なあに、今は一歩先に進まれた気分だろう。だが、十分に追いつける距離だと私は思う」
「追いつけますかね……僕は悟の隣に立っていたいんです」
どうやらかなり焦っているようだな。
これはいかん。私はこの目に覚えがある。追いつくことをあきらめかけた目だ。
かつてよくそう見られた目だ。忘れるはずがない。
だからこそ、これで五条くんが友との間に蟠りができるのはよくなかろう。
「……成長の中で同じ道の友に距離を空けられたり、追いつき追い越されということは若いうちはよくある」
「……」
「だが、若いうちはわからぬものだが……人生は長い。もっと長い目でみることだ。後ろから追いかけてもいい。道が分かたれることもあろう。だが、それでも縁を手放さずにずっと友として人生を横で走っている。それが真に隣に立つということなのだ。ついたりはなれたりして、それでも会いに行ける間柄。それが友なのだ」
「……たしかに、そうかもしれません。でもうまく実感はできません。ずっと後になればわかるかもしれないですけど」
そこに五条悟の笑い声が割って入る。
「やーい正論言われてやんのー!普段正論ばっか言うからだぞ?……追いつけるさ傑。俺を信じろって!」
「君は信じられないけど、でも扇先生の話は脳の片隅においておくよ。それにだからこそ今日教えてくれるんでしょう?」
「うむ、短い間だが手札を増やせるように励もうと思う」
そうして、座学と実践を兼ねた授業が始まった。
教えるのは呪力操作の技術としての『斬魄刀』と呪力放出による空中歩法まではなんとかこぎつけたい。
体得は無理でも練習法は示せるはずだ。
「そうだな、最終的には『斬魄刀』を作ってもらうが、その前に呪力を刃にする操作を教えよう。要は身にまとう呪力を薄く、鋭く、硬くする技術だな。見本はこのように……ゆっくりやるので、じっくりと見てほしい」
私は手刀に纏う呪力を刃状にする。これも今では慣れたものだ。
だがコツをつかむまではなかなか難しいだろう。
「せんせーこうですかー」
「うむ、それだ。五条君は二人にアドバイスしてやってくれ」
さすがは六眼。呪力操作を見て覚えるのは朝飯前か。
なお、今回明かす技術は兄に許可をもらっている……
というかむしろ兄がなにを流通させていいか決めたものだ。
最近少々やりすぎたようでな。禪院家だけが技術独占をしているように思われている。
そのガス抜きとして他家にわたってもいい技術は……と考えたらこれらしい。
「具体的な呪力の流れとイメージはこのように……」
「げっ、ノートとんのかよ。忘れてきちまった」
『斬魄刀』は結局呪具のほうが性能が高いし、空中歩法は呪力放出の延長なので原理的には誰でもできる。
そして何より、どちらも万一禪院家に刃が向いたとしても対処可能な範囲というのが大きかったようだ。
「こうかな……こう?いやちょっと違うな……」
「傑ちげーって。まず硬い層をつくんだよ。そっから研いでいくイメージだな」
「……できた。ありがとう悟。これを維持か……要練習だね」
「できた……いや、できてる?これできてるのかな?でもこれけっこう消費大きいね。慣れれば効率上がるのかな?」
若者の飲み込みは早いものだ。
三人とも結局午前中だけでとりあえず形にはなった。
「うむ、あとは練習あるのみだな。慣れれば効率も上がり、消費も抑えられてくる。それは次のコマでやろう。斬魄刀を作るまではこうした細かな手法を一つ一つ学んでいくことになる。君たちには斬魄刀を作るという単一の目的だけではなく、こうした技法の一つ一つに解釈を広げ、応用していってほしい。では休憩」
斬魄刀の技術はこうした名もない小さな技法を組み合わせて成立させている応用技術だ。
こういう基礎こそ夏油くんのようなあと一歩の才能の開花を待つ者に役立つはず。
「先生、休み時間中に失礼します。質問なんですが……オブラートのような膜状の呪力って出来ると思いますか?」
「面白い質問だな夏油くん。……やったことはないが、原理的にはおそらくできる。膜か。なかなか使い勝手がよさそうで良いではないか。戦闘にも工作にも応急処置にもいい。私もできるだけ協力しよう」
夏油くんの顔がぱっと明るくなった。
どうやら、これは彼にとって光明といえる技術だったらしい。
それが呪霊操術とどう絡むのかはわからないが、まあ相性のいい術式の呪霊がいるのだろう。
若者の糧になれたのかもしれん。歓びがこみあげてくるな。
「助かります!これなら……!」
「うむ、若者の学びになれたのであれば、術師冥利に尽きるというものだ」
「……ひょっとして、ずっとこうやって自分の作った技術を他人に施してきたんですか?」
ふと、夏油くんが私の目を見る。澄んだ、硬い眼だ。私の若い頃を思い出す。
硬い。それゆえに、折れかねぬ脆さも感じてしまう。
私が折れずにいられたのは単に出会いが良かっただけだ。
「まあ、全部ではないがな。家の都合もある。だがこんなものは独り占めして墓までもっていってもつまらん。そう思うのだよ」
「なるほど……弱者生存、というよりは利他的行為、か……ありがとうございます。少しつかめてきた気がします」
「うむ、君はもう少し他人に頼ることを覚えるべきだな」
「……難しいですね。それもなかなか」
「そうか」
夏油くんは不意にどこか立ち入れぬ、硬い空気を出して休憩に戻った。
まあ彼は若い。育ちもある。私にできるのは生き延びれる力をつけてやることだ。
しかしこの短期間ではなあ……
■
それから東京高専の全学年に授業を交代でおこなった。
およそ一月か。長いようで短かった……
他学年の特筆すべき生徒はやはり七海建人と灰原雄であろう。
七海は術式と身体能力。
灰原は術師としてバランスがいいうえに何よりあの性格は好感が持てる。
きっと周囲の支えになってくれるだろう。
生き残って欲しいものだと思ってつい指導に力が入ってしまった。
かなりハードな修行だったが、それでも最終的には五条、夏油、七海、灰原の4人は斬魄刀を作れたし空中歩法をものにした。
完成度としては、まあ……五条以外はこれから要修行といったところだが。
術式を付与できておらんただの呪力で刀を作っただけの禪院家用語でいう『浅打』でしかない。
だがまあ、いずれは何らかの応用を考えるだろう。
術式や呪力特性の付与のやり方自体は教えたのでな。
「扇先生、見てくれよ!このデザイン超イカスと思わねえ!?」
「ほう、柄尻に鎖、さらにすべて黒い刀か……ふむ、刀としては反りや重心がわずかに甘いが……まあ、そこは自分で調整すべきだな。この鎖には何か仕掛けが?」
五条悟だけはすでに独自のデザインに術式の付与まで行っていた。
禪院家用語で『始解』とよばれるものだ。
あれから二週間でよくぞ……
「じゃーん、この鎖じつは無限に伸びるんだよ。収納も自動でできるしね。刀投げ放題だし分銅みたいに振り回してもいい。地味に戦術が広がって使って楽しいんだよね」
なるほど、たしかに柄尻から出た鎖がじゃらじゃらと伸びて、しゅっと収納される。
……まるで家にある万里の鎖だな。
「へえ、じゃあこの卍にも意味があるのかい?」
「かっこいいだろ!?」
「独特なセンスだと思うよ」
そんな、若者たちの笑い声のある青春。
残り火の私も当てられそうな熱だ。やはり臨時講師をしてよかった。
「禪院先生。今回はありがとうございました。いろいろありましたが……生徒にはいい授業になったと思います」
夜蛾教諭が両手でがっしりと握手をする。
やや力が強い気がするが、まあ校舎を一つ壊してしまったからな……
「こちらこそ大変お世話になった。良い経験をさせてもらった」
「ええ、また機会があれば。今度は術式なしの組手でお願いしますハハハ」
「うむ、先日はすまなかった」
「いえいえ!」
笑顔がひきつっているな。京都高専ではもう少しうまく立ち回ろう。
こうして、初夏の日差しを浴びながら私は京都に戻った。