【完結】残火の太刀を持ってるタイプの禪院扇   作:照喜名 是空

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嵐の前

 この年はさほど大したことはなく過ぎて行った。

 ただどこか緊張感のある不気味な静けさだった。

 

 まあ強いて言えば……悟殿から聞いたのだが。

 乙骨という生徒が生前の姿とほぼ変わらない呪霊を連れていて。

 大層才気があるので早く実習に来て欲しいとか。

 

 これも悟殿から聞いたのだが、秤という実力のある生徒が術式の解釈が新しすぎて上層部に認められないので助けてくれないかとか。

 そうか……悟殿も生徒のために人に頼ることを覚えたのだな……

 

 その年の臨時講師は実に濃かった。東京ではこんな具合だ。

 

「……禪院さん、一つだけ言いたいことがある。いや二つか。深道バトルロイヤルあれ最高だったよなあ!ネットの深いところの動画で見たよ!あんたどの試合が好きだ?」

 

 これが秤金次か。ドレッドヘアでなかなか威勢がいい。

 熱気にあふれている。この男はそうした熱やヒリつきというものが心から好きなのだろうな。

 私もその熱を愛していた。だが、熱はいつまでも人生の中にいてくれないのだ。

 

 しかし深道ランキングか。懐かしいな。

 武者修行のころに参加した大規模賭け試合。あれは公には言えんが、確かに楽しかった。

 まあさすがに呪術を使う一位の男以外は術式も呪力も使わずに素手ですべてやったが。

 

「……すまんが、公にはあまり言えぬ。だが……そうだな、自身がしたもの以外では好きな試合が一つある」

「おお、それだよ!聞かせてくれよ!」

「ジョンス・リー対『アキオ(シゲオ)』だ。八極拳士同士の矜持を賭けた戦い。私はあえてそう言いたい」

「いいねえ~。渋い所突いてくるな。俺は崎山香織VSエアマスター戦だ。俺は感動した。熱ってものを感じたぜ」

「あれもいい戦いだった。気が合うな」

 

 秤金次は嬉しそうにうなずく。そして次の瞬間、その熱を怒りに変えて私をにらむ。

 

「じゃあ、なんで今のアンタには熱がねえんだ。あの時の熱はどこにいっちまったんだ?」

 

 これは本気の問いだ。おそらくこの男にとって人生の根幹を成す問いだ。

 だからこそ、私も本気で答えねばならない。

 

「私とて好きで熱を失ったわけではない。ひとえに私の弱さ、老いだ。熱を生み出すには若さと……なにより新しさ……いうなれば未知が要るのだ。私は剣の道を知りすぎてしまったのだよ」

 

 秤は一瞬猛烈に考えて、そして結論を下したようだ。

 

「要するに飽きたってわけか……?剣でテッペン取ったらそこで安穏としちまったってわけか!?なんでだよ。なんであの熱を求めねえんだ。俺の知ってるファイターたちは別ジャンルでも熱を求め続けている!なんであんたはそうしない!」

 

 実に耳の痛い話だ。そうだな、たしかにそれは甘えなのだろう。

 死ぬまで熱さを持っている者はいたのに、私はそうしなかった。

 

「そうだな、怠惰、甘え、妥協。そう言われれば認めざるをえん。私の器がそこまでだったというだけの話だ。ぬるさに安住してしまった、老いに負けたと言われればそれまでだ。だがそれを選んだのは間違いなく私自身だ。私個人の熱よりも、その熱を分け与えるほうが楽しくなってしまったのだよ」

 

 秤は深いため息を吐いた。仕方あるまい。これは私が甘受すべき批判だ。

 

「……老いぼれて熱が冷めるのを受け入れたってわけか……がっかりしたぜ……けどまあ、協力してくれるってんなら、その分だけは礼をいっとく……それだけだ」

「それでよい……私は残り火だ。君のように今まさに燃えている若者の糧になればそれでよい」

 

 それから術式アリの組手を行い、『大当たり後』の不死身状態の秤との組手を総監部に送った。

 良い映像が撮れたと思う。五条悟と大当たり後の秤の組手も合わせてな。

 ビデオの編集は直哉がやってくれた。やはりこういったものは若者に任せると良い。

 

 ついでに推薦文には『坐殺博徒そのものは賭け事の勝負を強制するというごく古典的な歴史ある呪術』と弁護しておいた。

 実際にたような賭けを強制して自分が勝てば強化、負けた相手には罰則という呪術は禪院の古文書にあったからな。

 秤の術式はそれを現代風に解釈し直したに過ぎん。それが問題なのだろうが……

 相手の要らない勝負にしてしまったのも総監部には気に障るのだろう。

 それでも『運試しで当たれば強化、という術式は珍しいものではない』と書いておいた。

 おそらく彼も一級になるだろう。

 

「憂太、ちょっとこの授業退屈じゃない?」

「ごめんねリカ。でも得るものは大きいし、僕は扇先生の姿勢は嫌いじゃないかな」

「え~」

 

 それにしても驚いた。割れた仮面がわずかに残っている、腰から天使の羽が生えている。

 髪がピンク色になっている。白いドレスまで……

 それでもあまりにも美しいただの少女として乙骨の周りを浮いている。

 どうしたら呪霊がこうなるのだろうか……?

 

「ね~、憂太。先生が私をジロジロ見てくる~こわ~い」

「リカ、それは気にしすぎなんじゃないかな……ですよね先生?」

「う、うむ。失礼した。これほど生前の姿を保った霊というのは珍しくてな」

 

 そういうと乙骨は苦笑してリカを撫でつつ、おだやかではない一言を言った。

 

「ええっと、夏油さんっていう特級術師の人にお世話になったんです。仮面を割ったら中からリカの顔が出てきたときはびっくりしました」

「かわいくなったのは感謝してるけど、ちょっと手つきがいやらしかったよね」

「そうかなあ……?とにかく昔通りのリカに戻ってよかったです。髪の色とか羽は変わっちゃったけど、僕は好きだよリカ」

「うれしいなぁ!羽のデコもこないだちょっと変えたんだよ」

「うん、この星と月のやつだね。似合ってるよ」

「えへへ……」

 

 しかしまあ、お熱い事だ……別の意味での熱があるな。

 秤の横のたしか星綺羅羅という少年は堂々と女装して秤に熱い視線を向けている……

 いや、若者が恋に熱を上げるのはまったく健全なのだが。

 老骨にはやや目の毒だ。なんならパンダまでいる。

 まあこの業界の人間は濃くて当たり前だが……

 しかしパンダもその括りに入れていいのか?

 

「そうか……夏油くんがな。ただ、気を付けておきなさい。夏油くんの考えはかなり急進的だ。賛同すること自体は止めないが、よく考えてからにしなさい」

「なんていうか、ちょっと過激ですよね……やっぱりそう思います?」

 

 なにしろ全人類の術師化、その後の呪術規定の改定まで唱えているからな……

 呪詛師認定ぎりぎりなのだぞ?心配でならぬ。

 

「社会を大きく変えることには犠牲を伴う。だが何が正しかったかは歴史が決めるだろう。彼の唱える理想とはそういうものだ。私は危ういとは思う、だが何に賭けるかは自分で決めなさい」

「そう、ですね……もう少し慎重に考えようかなとは思いましたねアレは」

 

 うむ……話が通じやすい。おそらくこの乙骨という少年は私に比較的近い価値観なのだろう。

 義務と責任、誓い。そのあたりを芯としている。

 秤くんのような熱い男も良いとは思うが、皆が皆ああではさすがに血の気が多すぎる。

 乙骨くんはきっとこの世代の柱になってくれるだろう。

 

「でも……変な理論でも僕とリカの関係を肯定してくれたこと、リカを元に戻してくれたことは感謝しなきゃいけなくって……わかりません。僕にはあの人をどう考えればいいのか」

「そうだな……今は良く悩むことだ。君には守るべき人がいるのだからな」

「はい。もう二度と失いません」

「憂太かっこいいよ!」

 

 まあ、そんな感じで東京高専では見どころのある若者の推薦文を書きつつ……

 いつもの斬魄刀作りに空中歩法、あとは月牙を教えておいた。

 もう何年もやっていれば慣れたものだ。初回よりずっと早く教えられる分、内容を詰め込める。

 

 そういえば成年術師向けに講習をしたときは日下部君はすごかったな。

 もともと簡易領域を使いこなしているだけあって千本桜の飲み込みが早かった。

 破壊規模から特級は難しいだろうが、対単体では特級と戦って遜色ないだろう。

 

 術師のレベルが上がってよい事だ……

 しかしだからこそひとたび乱が起こればその分派手になろう。

 夏油傑、そして虎杖香織……ほかにも不穏な団体はいくらでもある。

 やれやれ、組織相手の戦いは政治がからんで苦手なのだがな。

 

 ■

 

 京都高専もまた濃かった。

 娘たちと会えて半ば授業参観なのはよかったが、東堂くんがまた秤くんを思い出す仕上がりでな……

 

「Mr禪院。俺は真希から話を聞いてある程度あなたの人となりを知っている。その上であえて聞くが……あなたは人生を面白さで勝負していないな?」

「?……そのとおりだ。私はつまらん男だよ」

 

 教室に入って初手がこれだ。

 

「やはりな。頭にあるのは義務、責任……そんなところか」

「そうだな、私は大人としてそのような背中を見せるようにしている」

「そうか。ならば俺はそんな男に用はない。俺たちの線は交わらなかった……それだけだ」

 

 何事もなく立ち上がってドアを開けようとするのだからたまらない。

 

「そうか、君には履修しない権利がある。それを行使するのを私は止めん」

「そうさせてもらう。おまえたちは好きにしろ。俺は席を外す」

 

 しかし教師として何も渡せないのは口惜しい。そうだこれがあった。

 

「……東京高専の秤くんにも同じようなことを言われた。おそらく君と気が合う。彼は熱、いわば生の燃焼を愛していた。……君は一人ではない。孤高をあえて選ばずともよい。……それだけだ」

「……秤か。覚えておこうMr禪院」

 

 私が焼けるお節介はせいぜいそのくらいだ。

 熱がある故にそれ以外を切り捨ててしまうサガ、か……

 だがそれで孤独になることもあるまい。似たような友と出会えればそれが何よりだ。

 

「……では自己紹介をたのむ。私は禪院扇。特別特級の位をいただいている。今日から呪力操作と剣術の実践的な技術を担当する。では前列の君から」

「加茂憲紀です。次期当主として御三家の禪院家の噂はかねがね……先生、あとでお時間をいただきたいのですが、どうしたらそこまで家を変えられるのですか?」

 

 加茂の次期当主か……苦労しているのだな……

 だからこそ、五条派と禪院家が彼を支えるべく動いているのだが。

 

「なるほど加茂の……うむ、そうだな……まず実力、そして人の縁に恵まれた。同じことを他家で再現するというのはなかなか難しいと思う。だが、実力はつけておいて損はない。この授業がそのために役立つことを願う」

「ありがとうございます。やはり実力ですか……励ませてもらいます」

 

 うむ、素直な若者でよろしい。

 だがこの素直さはおそらく現実に打ちのめされてきたからだろう。

 ならばそれを乗り越えられる強さを少しでも与えたい。

 

「強いて言えば、家の外にも目を向けることだ。出会いとは奇貨。どの縁がどこでつながるかわからん。多くの人と出会う事だ。君は若いのだから」

「……覚えておきます」

 

 やはり苦労人のようだ。しっかり支えてやらねば……

 

 ほかにも刀使いの三輪や天与呪縛で苦労しているメカ丸。

 箒使いの西宮もそれぞれに困難を抱えているようだった。

 

 メカ丸、いや与くんには私の剣で天との契約を斬れないか可能性を探ってみることを約束した。

 

 西宮にはもともと使えるらしい鎌異断という技、空を飛ぶ際のコツ、箒による格闘。

 そのすべてが私の技術と噛み合った。実に教えがいがある生徒だ。

 西宮は自在に空を飛べるようになったし、鎌異断は威力、範囲共に向上した。

 箒による打撃は呪力を刃とする技術と薙刀術を教えることでかなり『化けた』。

 昇格も間近であろう。

 

 三輪は普通に剣術の技量を上げられるように指南したが……

 こういう基礎はすぐには身につかん。教える前よりはずっと良いが、上り幅としては小さい。

 とくに空中歩法と月牙はできるようにはしたが、鍛錬を続けていくことが肝心だろう。

 

 やはり教えるという事は私にも得られるものが多い。

 いろんな人間がいるものだ……

 

 ああ、もちろん娘たちの腕前は普段の鍛錬で把握している。

 それよりも学校になじめているようでよかった。

 ふたりとも優等生ということで浮いてないか親心としては心配だったが、杞憂であった。

 むしろエースとして引っ張って行っているようだ。

 

 願わくばこんな日々がいつまでも続いてくれれば……

 しかし、戦はもうあと一年にまで迫っていたのを私は予期することすらできなかった。

 




アンケありがとうございました!参考にします!
そして次のアンケですが……
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