【完結】残火の太刀を持ってるタイプの禪院扇   作:照喜名 是空

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東京事変編
夜の帳の降りた合図


 会議室にある小さ目のテレビにビデオが入れられ、回り始める。

 すこしの砂嵐の後、映像が出た。

 

「単刀直入に聞く。スパイをしに来たなら帰れ。ここはそんなに甘い所じゃない。違うというのならば理由を述べてみろ」

「俺はなんつーか……できるだけ助けたいんすよ。俺に力があるなら」

 

 どこかの貸しオフィスだろうか。無味乾燥した部屋の監視カメラ映像だ。

 夜蛾学長と、ガタイがいいのに童顔の少年が机を挟んで向き合っている。

 

「何故だ。助けたいならボランティアでも何でもある。呪術師としてならばここに来ずとも民間という手もある。脱法だが、どうせ捕まえるなどという人手はない。なぜここでなければならないんだ?」

「……俺は母ちゃんを止めたい。母ちゃんの計画について俺は話せる」

 

 少年は先ほどまでとは打って変わって鋼鉄のような覚悟がうかがえる表情だ。

 夜蛾学長も負けぬほど冷徹な戦士の顔になる。

 圧迫面接と言われかねんが、事態が事態だからな……

 

「そうか、なら後で聞こう。そして後は我々がやる。資格が欲しいならば教科書を貸す。試験だけ受けに来ればいい」

「だからって俺は無関係決め込むのだけは嫌だ。この先、母ちゃんたちが何かして……人に迷惑かけるたびに『俺のせいじゃねえ』『俺には関係ねえ』って自分に言い聞かせ続けるのは、もう、嫌だ」

 

 少年はうつむき、震え、絞り出すようにうめいた。

 

「……なるほど筋は一応通っている。ならば京都校にいけ。推薦状は書いてやる」

 

 間違いなくこれも本音なのだろう、だが夜蛾学長の言う通りだ。

 東京である必要がない。

 

「……すげえ情けない話だけど、ここには五条先生がいる。母ちゃんや夏油さんを何とか出来るのはたぶんあの人だけだと思う。……それに、母ちゃんに何仕込まれてるかわかんねえ俺をいざってときに何とか出来る人も」

「京都でも呼べばすぐに特級は来るぞ、いやこう言うべきか。五条にすがりに来たのならば依頼だけして帰れ。母親が教祖だろうと事実として君には関係ない」

「そうかも、しんねえけど」

 

 まあ、五条にすがる者は年々増えている。手を差し伸べたのは五条とはいえ……

 あれはあれで不憫なものだ。だから手助けはしているが。

 

「……呪術師として人助けをしたい。それもいいだろう。だがその果てが君の知る夏油だ」

「……確かに」

 

 一瞬、少年は素でつぶやいた。

 たしかに、間違いではない。単なる正義感や使命感、義務だけでは呪術師はやっていけない。

 どこかで呪術をつかうことに楽しみを見出している類の人間でなければ。

 

「いいか、君がもっとも他人の助けになるのはこんな業界など忘れてまっとうに働き、手の届く範囲の人の呪いだけこっそり祓うことだ。この仕事は甘くない。呪いを祓うということは、呪いを吐き出すようなやつと関わるということに他ならない。不愉快な仕事だ。義務感や使命感というのならばおすすめしない」

「……それでも、俺は」

 

 高校生になる前で大人にここまで言われてなお諦めない根性はすばらしい。

 だが夜蛾学長の言う事は間違いなく正しい。

 こんな暴力に満ち溢れた業界にいるより、この少年は地道に働いて家庭を築く方がずっとよい。

 

「どうしても呪術師になりたいなら京都に行け。ハッキリ言う。あの虎杖香織の息のかかった君を天元様のそばに近づけるリスクを私は許容できない。旅費がないなら貸してやる。情報提供料だ」

「……わかりました。俺、ここにいても迷惑みたいだし京都行きます。旅費は大丈夫っす。情報はちゃんと言います」

「ありがとう、わかってくれて。キツイ事を言ってすまんな、だが耳に痛い言葉を言うのが教師の仕事だ」

 

 夜蛾学長の表情がゆるみ、静かに慰める口調になる。

 

「そうすね、学長先生がおれの事本気で叱ってくれたんだってわかって、うれしかったです」

 

 ……あの女がどういう子育てをしたのかうかがい知れるというものだな。

 その上でよくこれだけ素直で根性のある子に育ったと思う。

 ならば、見捨てるわけにはいかんだろう。

 

「……というわけだ。どう思う」

 

 学長はビデオを一時停止して明かりをつけて教職員一同を見た。

 いの一番に私を見んでください楽厳寺学長。

 私はただの年ひと月の臨時講師にすぎんのです。

 

「……少なくとも、本人は本気のように思えます。呪術界にもったいない好青年で、根性もある」

「……ふむ、虎杖香織の仕込みを考えなければ、だな?」

「はい。本人にも気づかせぬ仕込みがあってもおかしくありません」

「ならば後は手の届くところで監視するか、それとも泳がせておくか。どちらが安全かというわけだな」

 

 ここで学長はずずっと熱い茶を飲んで一息ついた。

 

「本人の性質が合格相当であることを考えれば、結局はそういった危機管理の話になるのはやむをえんかと」

「うむ……わしもそう思う。禪院特別講師の考えに賛成だ。本人の気質だけならば合格、だがあの女の息子であるということをどう考えるか。皆にはそこを話し合ってくれんかの」

 

 コクリ……と全員がうなずき、議論が始まる。

 計三時間の会議の末、虎杖悠仁の京都校入学が決まった。

 

 ■

 

 ビデオが回り始める。

 砂嵐(ノイズ)

 どこかの宗教施設らしき場所。

 安っぽいカーペットの引かれた教室のような場所。

 白い服をきた信者が床に座って数十人もいる。

 カメラの視点が動き、中央の講壇にいる人物を映し始める。

 

「それでは、ここにいる選ばれし皆さんにいずれ来る救いを今日いよいよ説きたいと思います」

 

 おお……という喜びに満ちたざわめきが広がる。

 だが、マイクを握る黒髪ボブカットの女性が手をさっと上げると一瞬で静まり返った。

 

「おめでとうございます、ここにいる兄弟姉妹たち。あなたがたの術師、非術師という隔てを今日なくします」

 

 再び、さらに大きな歓声。

 マイクを握る女性はアルカイックスマイルでしばし歓声を楽しむように聞いて再び手を上げる。

 静寂。

 

「ここに……我々の信仰の成果、術師化薬が人数分あります。どのような術式に目覚めるかはわかりませんが……今日ここを出るころには皆さんはこの『祝福(グレイス)』で皆が術師となっていることでしょう」

 

 ここで信者たちにカプセルが山盛りに入った籠が回される。

 一人一錠を取るもののようだ。さらに紙コップとペットボトルに入った水も滑らかに回された。

 

「では、回りましたね。これにて私たちは新人類になります。さあ、旧人類との決別を……メンアー」

『メンアー』

 

 説教をする女性がべろりと赤い舌の上にカプセルを置いて、一口で飲みこんだ。

 信者たちもそれに続く。

 

 画面が揺れ、しばらく砂嵐。

 日付は三時間後になっている。

 

「おめでとう、兄弟姉妹たち。私たちはこれで真に家族となれたのです。互いに感謝を」

 

 頭を下げ合ったり、互いの頭を撫でる信者たち。

 それはまるで従順な家畜のような。

 

「ありがとうございます。では、私たちはこの力を何に使うべきか。この力の導く新たな世界とは何でしょうか」

 

 一拍置いて静かに、そして重々しく女は告げる。

 

「今の世界は人が多すぎます。死を願う人も少なくありません。そういったこの世から退出したい方のための救い主として『いずれ産まれ来る神・ポラリス』を私は唱えました。神の身と大勢が融合することで、その魂は神の内に抱かれ、天国を夢見続けるでしょう。それが第一の救いです」

 

 信者は狂信的な様子で手を合わせる。しかも手の甲同士を合わせる裏柏手の形でだ。

 感極まって涙している者も多い。

 

「さて、そこに至るまでに試練があります。神を降臨させるための大いなる戦いが起こり、既存の秩序はなくなります。ですが、それが終わり、神が降臨したのちには、我々には広大な無垢の大地と一六の使徒、そしてポラリス様の永劫の加護を得て穏やかな暮らしが待っているでしょう。これが第二の救いです」

 

 わっと歓声、拍手。

 す、と女性が手を上げ人差し指を唇に当てる。

 静寂。

 

「とはいえ、少し想像がしにくいでしょう。そうですね……現実的な夢を語りましょう」

 

 それはまるで宗教家ではなく政治家の公約のような。

 

「この呪力というエネルギーと技術により世界はもう少しクリーンで牧歌的なものになります。たとえば呪術で植物を操って豊作祈願。呪力を呪具に流して家庭内発電」

 

 パワーポインタまで使って図解にして説明する。

 そこに映る絵図は呪術らしきものを使い農耕をする人々の姿。

 あまりにも牧歌的で美しい農村。

 ほかにも呪術を利用したと思われるクリーンそうでファンタジーな未来都市。

 

「つまり、現在の機械と電気と燃料の関係を、呪具と呪力と術式に置き換えた生活です。そこではもはや排気ガスもなく、しかし術式という属人的な力は必ず必要とされます。誰もが誰かに必要とされ、回復した自然の中で穏やかに暮らせる理想郷……」

 

 また裏柏手による信者たちの合掌。

 

「ですが私たちは来るべき戦いに備えねばなりません。神を降臨させるための、古き秩序を打ち砕くための聖戦に。そのためにはより多くの同志が必要なのです。一人でも多く、この『力の意思』というノアの箱舟にのせましょう。広めましょう。偉大なる天元様の意思を……」

 

 今度こそ、講堂は万雷の拍手と歓声に包まれた。

 額に縫い目のある女性講師は天使のような顔で微笑んでいた。

 ここでカメラが揺れ、今まで撮影していた者の顔が明らかになる。

 ピンク色の髪、なよっとした優しげな顔……中年ほどの男。

 

「今日も最高にきれいだったよ香織さん」

 

 プツン。録画が終わる。

 

 ■

 

 この虎杖悠仁によりもたらされた複数の証拠テープにより、虎杖香織はその週のうちに呪詛師認定された。

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