【完結】残火の太刀を持ってるタイプの禪院扇 作:照喜名 是空
もはや日常になったわずかな胸騒ぎを感じつつ兄と呑む。
「兄者、もしやこれが……」
「ああ、動いたな。盤面が」
久々の兄弟水入らずの晩酌だ。
最近は家族や一族の者とよく宴席をするが、たまにはこうして二人で呑む夜も良い。
……お互い年だ。あと何度この機会があるかわからん。
「戦か……この年でとはな」
「ああ、この年でだ。まったく棺桶に片足突っ込んだジジイに無理をさせよる」
兄者の焼く七輪のハマグリがぱかりと口を開けた。
「来るべき時か……御三家の絆、今こそ試されるな」
「ああ、お前が結んだ絆だ。そう簡単に断ち切れまいよ」
「兄者……しかし私は今になって武者震いがするのだ。この老骨は家族を守れるのかと」
情けない話だ。こういう時のために鍛えてきたというのを忘れたのか禪院扇!
都合半世紀鍛えて、特級にまでなって、それでも不安か。この臆病者め。
「……与幸吉への『投資』を急がせる。『敵』に付け入れられる隙を与えたくないのでな」
「そうか、それは良い……!」
与くんは、その天与呪縛に付け入れられる可能性とその術式の希少さから保護すべきだと先日から話題に上っていた。
私もメカ状態の彼にその旨を伝えて相談した。その結果……
彼は『外法でもいいから治す』と言ってくれた。
つらい決断をさせてしまった。だが、任されたからには禪院家は十全に投資する。
まず、徳川家の御老体に働きかけ、彼のクローンを作った。
……脳も意識もない、首から下のクローンをな。
宮本武蔵のクローンを見逃す代わりにこの条件を飲ませた。
警官隊を避難させるために殿をするのはなかなか大変だったのだぞ?
あのご老、呪術師よりも発想が呪術であるわ。
グラップラーのよしみと、こういった時のための貸しとして見逃したが……
正直呪詛師として斬った方がいいと思う。
「移植手術はいつ行えそうだ?扇」
「徳川側はもう準備ができている。与くんも来週までにはおそらく」
拒絶反応の出にくいクローンにさらに足りんところは米国アームズテック社の強化外骨格技術。
呪物による強化、保護も加え……ボディの方は健康すぎるほどに健康体にできた。
あれならばピクルともいい勝負ができよう。
「……今週中までにできんか?」
「それほど事態は急なのか?」
「虎杖香織の呪詛師認定が来週頭。不確定要素は潰しておきたい」
「……急がせよう。では『敵』はその時動くと?」
「うむ、おそらくはな」
兄者は私にハマグリを渡し、カツオのタタキを七輪に乗せる。
わらを豪勢に乗せて……
「扇、火を頼む」
「うむ」
私は術式で呪力を優しく放出し、軽くカツオを炙る。
良い匂いだ。このくらいでよかろう。
「相変わらず見事だ。それで、そうだな……虎杖香織の息のかかった組織はおよそ十団体八千人だ」
「はちっ……兄者……それは」
兄者がそっとノートの切れ端を渡す。
母体の『力の意思』三千人。呪詛師集団X八百人、ちんぴら術師の集まり九龍会千人……
宗教団体だけではなく、裏社会、単独の殺人鬼共の徒党、暴走族を術師化したもの……
あの組織とこの組織も虎杖香織でつながっていたか。……女狐め。
ありとあらゆる『ならず者』の集団だ。ならば遠慮はいらんな。
頭には入れた。メモを燃やす。読んだら燃やせと書いてあったからな。
「もちろんほとんどが術師。暗数もあろう。だがおおよそは2級以下。使い物になる兵は」
「百人ほどか……」
おそらく、術師の中で特級術師は万人に一人。
一級ならば千人に一人。だが二級ならば百人に一人。
これは経験則からだが、おそらくあっている。
ならば一級から特級は一人二人。二級三級が数十人。
勘だがそんなところか?
「できるだろう?術師百人斬り。新しい伝説になるな」
おそらくは精鋭はその程度。うまく戦場を構築できれば……
一般人に被害が及ばぬためにはううむ。
それに、残りの数千人は雑魚とはいえ仮にも術師。
好き放題分散して動くとして……ううむ。
「直哉と甚爾に……最悪は恵も出し、五条も協力すれば、間違いなく」
「まあ、全員を相手取る全面開戦は最終手段だ。覚悟だけはしてもらうが、わしはその手を取らん」
それはよかった。一対一ならば殺し合いで負けるつもりはない。
だが非術師を盾にされたり地形で有利を取られれば数千人の三級から四級でも恐ろしい。
全面戦争を回避できるならばそれに越したことはない。
「ならば頭を潰す、か……」
「そうなる。電撃的に奇襲をかけ、虎杖香織の首を取りあとはその勢いのまま威圧して平定する……」
わらが炭になり、兄者は灰を取り払って盛り付ける。
見事なカツオのたたきだ。
その、血生臭い匂いとこれから来る未来が重なる。
「そううまく行けばよいが」
「なあに、その辺は任せておけ。団体戦の心得とてないわけではない」
「うむ、兄者の作戦に私は剣をあずける」
互いに酒を注ぐ。今日の酒は妙に甘いな。
兄者は辛口が好きなのだが……
「がっはっは、気張れよ扇。正念場だ」
「またこうして酒が呑めるよう死力を尽くそう。兄者も死んでくれるな」
妻よ、娘たちよ。お前たちが平和に暮らせる世界のためならば、私は修羅になろう。
すべて斬り、焼き尽くす。私はそのために生まれたのだ。
カツオの味は、まるで水のように自然に喉に流れて行った。
「その時はお前を後見人に直哉に任す!」
「ああ、覚えておこう」
■
その日は奇しくも五月十日。母の日だった。
母、か……あんな女でもな……虎杖少年が哀れでならぬ。
出立のまだ暗い深夜、私は妻の手作り料理を食べていた。
『勝ち栗』『打ち鮑』『昆布巻き』『赤飯』
禪院家に伝わる伝統的な出陣料理だ。
いや、一般的な出陣料理に少し手を加えただけだが。
私はこの日のために仕立てた動きやすい着物に着替え、静かに食した。
そして、真理の寝顔だけを見て玄関に向かう。
勝つ。勝って帰る。
「あなた、ご武運を」
「うむ、お前は娘たちと家に。兄者も甚壱もいる……案ずるな」
「はい。あなたも必ず帰ってきてください」
「ああ、約束しよう」
妻はうなずき、火打石をカチカチと鳴らした。
これも武運長久を祈る儀式。
呪術的にはさして力はないが、それでもその祈りが私の背中を押す。
「ふわぁ~。今日は朝早いわ。おじさん緊張せんといてや。僕は今日伝説打ち立てて帰るで」
「ああ、必ず皆揃って帰ろう」
直哉はいつもの調子だ。この男のこうしたふてぶてしさに何度救われただろう。
「はりきってんな、直哉」
「こんな規模の捕り物そうそうないやん?甚爾くんと轡を並べるのもな」
「そうか?何回かあるだろ」
「何回かしかないんやで」
直哉と甚爾は相変わらず仲がいい。いや、仲が修復されたというべきか。
「準備はいいですかい?お足、用意できてます」
「うむ、信郎。仔細はない。行くぞ皆」
「しゃあっ!腕が鳴るわ!今日の僕は六速ギアやで!」
「八千人か。久々にでけえ喧嘩だな」
出発だ。
私たちは分散してそれぞれの車に乗り込む。
かつてのように移動中の襲撃も考えているからだ。
躯倶留隊も精鋭の中から決死の覚悟のある者をえらんでおる。
「出しますぜ。大丈夫です、みんな今日死んでも覚悟はできてますわ」
「そうか……頼りにしている、信朗。共に生きて帰るぞ」
「へい。信じてやす」
信朗のほかには助手席に腕利きが。二列目の座席は私がまるまる占有。
後ろの二列にも精鋭がすでに刀に手をかけて周囲を交代で警戒している。
こんな時のために用意してきた装甲化キャデラックだ。今使わずしていつ使う。
静かに、四輪の大型獣が夜明けの名神高速を滑って行った。