【完結】残火の太刀を持ってるタイプの禪院扇 作:照喜名 是空
ある春のころ、甚爾がわざわざ時間を取って私を訪ねてきた。
この不愛想でいて自由を愛する男が『叔父貴、時間あるか?話がしてえ』と聞いてきた。
ただ事ではない。
「なんだ甚爾。改まって話とは」
「あー、実はな……あ、どうも」
妻が甚爾に茶を出す。
めずらしいことに甚爾は茶を一口二口飲み、意を決したように短く言う。
「……惚れた女ができた」
「そうか……!」
なるほど、話が見えてきた。
「と、なると相手は一般人か他家、ということだな?」
「ああ、呪術の呪の字も知らねえ一般人だ」
「そうか」
「そうかそうかって、あんたはどう思うんだ」
いかんな、この年になるとつい若者の恋路を応援したくなってしまう。
このひどく傷ついた男が身を預ける相手ができたことが無性にうれしくなる。
「いや、すまん。お前にもそんな相手ができるとはと思うとつい嬉しくてな……」
「祝って、くれんのか……」
「当たり前だ。お前は幸せになってよい。苦労したのだからな」
「そうか……それでなんだがな叔父貴、相手は一般人だし、連れ子もいるんだ。だから……わかんだろ」
私は黙ってうなずき、続きを促す。
「悪い、禪院家ぬけるわ」
私は大きく息を吐き、なにかようやく一区切りついた気持ちになった。
「……わかった、兄者にはよしなに言っておく。そうだ、式はあげるのか?祝い金をだそう。ああ、案ずるな我らは顔を出さないでおく。いや、それよりも仕事はあるのか?」
「それなんだけどな、しばらくは禪院の下請けでもやるつもりだ。仕事をまわしてくれりゃあ、適当にぶっ殺しておく。……ダメか?」
まあそのあたりが現実的な落としどころであろうな。
「いや、その方が良い。お前が禪院と完全に縁を切るつもりがないのであればそれがなによりだ」
「……悪いな」
「なあに、人には往々にして巣立ちの時があるもの。良い縁に恵まれたという事であろう」
甚爾は穏やかに笑った。
「俺にはもったいないいい女だよ。お人好しでな」
「そうか、そうか……おいお前、すまんが金庫から300万ほど出してくれ」
「はい、あなた。甚爾さんもおめでとうございます」
「よしてくれ……いらねえよ。そんなガラじゃねえ」
「ならば生活費の足しにでもすればよい。新婚ともなれば物入りになろう」
それから受け取っておけ、いやよしてくれとしばらく押し問答をした末に甚爾は決まり悪そうに金を受け取った。
そして立ち去る時に甚爾は意外なほどきっちりとした所作で深く頭を下げた。
「叔父貴、ありがとうな」
「よいのだ。そうだ、子が出来たら見せに来るがよい。これは呪術師としてではなく、血のつながった家族としてだ」
「ああ、そのうちな」
甚爾が帰った後私は妻と久方ぶりに晩酌をした。
よい酒であった。
しばらくして甚爾から結婚アルバムなるものが贈られてきた。
どうやら式は挙げたらしい。
着慣れぬタキシードに緊張した面持ちで奥方と写っていた。
連れ子と思わしき娘も幸せそうに笑っていた。
なにより、他の写真で友人らしきガラの悪い男たちと本当にいい笑顔で写っている甚爾を見て不覚にも涙がにじむ。
いかんな、年を取ると涙もろくなってしまう。
そうか。そんな顔で笑えるようになったのだな……
ならばまあ、心配はいらぬであろう。
それが度し難い油断であると気づいたのはずいぶんあとになってからだった。