【完結】残火の太刀を持ってるタイプの禪院扇 作:照喜名 是空
「兄者、怪我はどうだ」
「恵が治したので問題ない。どうした?休めるうちに休んでおけ」
「いや……十分に寝た。それよりも戦況はどうなっておる?そろそろ脱出を考えるべきだと思うが」
兄者は相変わらず立派な髭を撫で、机の上から地図を手元に持ってきた。
ここは屋上要塞の天幕の中。まるで陣中だ。
机や通信機器、乱雑に積み重ねられたメモの山があった。
兄者が陣取るのはその真ん中、司令用の大きな机の中心だ。
「うむ、実は総監部の頭越しに日本政府、自衛隊、米軍とすでに話を詰めておる」
「おお……さすがは兄者だ」
そして兄者は京都の地図の一点を指す。あの辺は……八瀬のあたりか。
郊外と言える場所だな。
「八瀬の小学校はもとより避難救助拠点。ここを司令部にしつつ、救助隊を守る。結界の外でそれなりの距離もある。守るならば、ここだ」
「うむ、行政の避難所に重ねて守る形か。その方が協力もしやすかろう」
「そういうことだ。日にちだが、米軍と自衛隊の用意が出来次第わしが『出入り自由、ただし結界外では得点は入らない』のルールを追加する。なあにこちらには切り札がある」
「よいのか兄者」
死滅回遊のプレイヤーという危険分子を抑え込む檻を開けてしまって良いのか……?
「念のため、少なくとも京都コロニーのプレイヤーは明日中に平定し、傘下に入れる。従わんものは……殺せ。わしが命じる。お前は気にするな」
「兄者……わかった。必ず」
「防災無線、街宣車、使えるものはすべて使え。『間引き』が終わり次第、京都校を連れて八瀬へ脱出」
そうだな、一度は投降するチャンスを与えるべきだ。
明日もまた百人単位で虐殺をせねばなるまい。
命ずる兄者もつらかろう。常にない暗い顔をしておる。
「そうか、一息つけそうだな」
「あとは放送局やネットを通じ、投降と術師としての登録を呼びかける。このくだらんゲームの間の罪を不問としてな」
そのために政府との直接交渉を……!兄者、あなたはすごい男だ。
私には何をどうすれば政府と交渉できるのかさっぱりわからぬ。
「……それがよかろう。かかる状況になって誘惑に乗ることは弱さではない」
「なにより、いちいち裁いていてはキリがないわ。超法規的司法取引というやつだな」
よし……日本が治安を回復するために一つ一つ前に向かっておる。
やろう、戦うのだ。日常を取り戻すために。
「ではコロニーより避難して仮の司令部を作り、あとは反乱分子を少しづつ平定していくのが今後しばらくの見通しでいいのだな?」
「10日目までには済ませたいがな……体制を整えた後に『力の意思』……いや、虎杖一派を狩る。死滅回遊の期日までにだ。19日目に何も仕込んでいないとは考えづらい」
「0ポイントプレイヤーに対する術式剥奪で済むわけないというのには賛成だ。おそらくその時が……」
「ああ、間違いなくやつは日本列島まるごと贄にする。前倒しすらありうる」
その通りだ。あの女狐の事、事を起こすのを前倒しにしないはずがない。
しかしあと数日で司令部を作り終え、周辺の安全を確保し、さらにあの女を倒す……
およそ一週間か。……かなりあわただしいな。
「ならば残された日程はあと一週間ほどか?せわしないが、仕方あるまい……」
「そこは米軍と自衛隊のお手並み拝見だな。夏油経由でアメリカも術師はいるらしい」
「規定としては良くはないが……今となっては塞翁が馬というしかあるまいか」
我らがもたもたしている間に夏油は薬を盗み、あえて羂索に乗じ、最後に美味しい所はもっていく、か……
ずいぶんしたたかな男になったものだ。
「転ばぬ先の杖であろうよ。まんまと我らと女狐を利用しよった。あの若造、意外にやりよる」
「やれやれ……わかった、手のすいている者は今日中に荷造りだな?」
「ああ、わしからも通達するが、お前からも言ってやれ」
「わかった」
避難か。解ってはいたが、禪院家のこの家財を……?途方もない作業だ。
……それでも、一つ一つやっていくしかない。
それが大災というものだ。
■
そして2日後。
荷物はすべて運転手ごと大枚をはたいて買ったトラックに乗せた。
バスは観光会社から少しばかり借りた。あとで金は振り込むそうだ。
計五台くらいになってしまったが……まあ妥当だな。
貴重な文献、呪具をできるだけ。子飼いの呪霊は出来る限り。
残りはすべて燃やしていくしかあるまい。
羂索の手に渡るよりはずっとましだ。
それでも、祖先に対して腸がよじれる程の慙愧の念はある。
「すまぬ、すまぬご先祖よ。わが身のふがいなさをお許しください」
我が天地灰燼で持って行けぬ家財をすべて燃やす。
飼っていた呪霊まで……すまぬ、すまぬ。
すべて私のせいだ。私がふがいないせいだ。
「……もえちゃった」
泣きそうな真理を妻が抱きしめた。
「真理、仕方のない事なのです。呪詛師を恨みなさい。皆、多かれ少なかれ羂索というあの女にこのように奪われているのですから」
「……うん。そっか……わるい人たちのせい?」
「そうよ。この悔しさをよく覚えておきなさい。その悪い人たちを倒すのが呪術師よ」
「……はい、おかあさん」
真希、真依も静かに燃える我が家の財産に手を合わせていた。
「ご先祖様、仇は討つから」
「……必ず、家を絶やさないから」
炳と灯の皆も、灰と化した呪物を見て、忸怩たる表情を隠さない。
皆、眉間にしわが寄ったり、目を見開きじっと灰を見ていた。
手を合わせながら怒りのあまり震えている者もいた。
「……ものごっつ気ぃ悪いわ。あのドブカス女、この礼は高くつくで」
「はい、直哉さん。もうこれ以上、何も、誰も奪わせません」
「……気ぃ張りすぎんなよ。蘭太、直哉。お前らが生き延びるのが俺たちの勝ちだ」
そういう甚壱の手はぎゅう、と握りしめられかすかにふるえていた。
「さて、そういう訳だ。我らは八瀬にて雌伏に入る。そして民を守る。だが必ずここに帰ってくる!軍とともに、日本を奪い返す!捲土重来を我ら御三家は誓う!」
兄者に続き、加茂代表として憲紀君がうなずいて続けた。
「我ら御三家!ただでは起きない!ならず者共に呪術師ここにありと示してやれ!」
「五条家も若様から伝言をうかがっております『会えると信じている』と。共に戦いましょう!」
そういえばこの五条家の者、見覚えがあるな。
そうか、あの幼き頃の悟殿を迎えに来た世話係に似ている。
おそらくは血縁者だろう。
「うむ、行くぞ!出発だ!」
図らずとも決起集会のようになってしまったな。
避難民たちと非戦闘員がバスに乗り、戦えるものは周囲を警戒していた。
躯倶留隊と灯が非戦闘員を守れるように乗り込み……
その時、そのおぞましい呪力が現れた。
「ほう、御三家勢ぞろいか。なかなかに食いごたえがありそうだ」
「いいわね!御三家の生け造り!これは映えるわよ~!羂索もいいオススメ知ってるじゃない!」
玄関の横道。そこにつけていたのは古風な着物をまとった黒髪刺青の男。
そやつがボンネットに立つ車に乗るのは二人の美女。
ざ、と血が湧きたった。
この威圧……!特級どころではない!
その上にもう一つ級を作りたくなるほどの最上級!
女の方は一段か二段ほど落ちるにしても上澄みには違いない。
それが3人……?
「私が
気づけば指示を飛ばしていた。
そしてその声が気付けになったのか、バスは用意ができた車両から全速で逃げていく。
戦闘可能な者たちはすばやくバスの屋根に飛び乗り、守る構えだ。
時間を稼げ禪院扇!今こそ戦う時だ!死しても私の宝を守る!