【完結】残火の太刀を持ってるタイプの禪院扇 作:照喜名 是空
あれから数日。
とりあえずのリハビリも終わり、退院許可が出た。
体は治ったが義手の慣れは7割といったところか。
あとは組手で慣れていくしかあるまい。
「いやあ、生きててよかったっすわ扇さんも。隊士は、なんつうか。みんな遺書は書いてたんで」
「……皆よく立派に戦った。ならば生き残った者は前に進む義務があろう」
「っすね……」
信朗も車の運転ができるほどには無事だった。
私たちは今東京高専に向かっていた。いずれ天元様を狙って羂索が攻めてくる。
ゆえにいまは術師は東京高専に集まり訓練と作戦会議を繰り返していた。
「ここも変わったな……」
「六月末ですからね……羂索が攻めてくんの。物々しくもなるでしょうや」
高専に近づくにつれ、周囲が物々しくなる。
いくつものコンクリートによる障壁が設けられ、塹壕やシェルターも多い。
なんなら砲台すらある。
「IDplease」
「This」
「okey go ahead」
何重ものゲートとフェンス、検問で信朗は首に下げた身分証を見せる。
この高専の周囲2キロの要塞化は米軍術師部隊の素早い工事の賜物だ。
どうやらあちらの術師にも長寿郎のような使い手がいるらしい。
「決戦か」
「へい。俺らは足手まといなんで裏方に徹します」
「それで十分……しかし六月三十日、夏越の祓か」
「日時を決めて宣戦布告たあ、古風ですわ」
窓を開けて春の風を感じた。コンクリートの匂いがわずかに香る。
戦の香り。そして新しい時代の香りだ。
「七月にどちらが立っているかで世界の形が決まろう。悔いのないものにせねばな」
「俺もやり残しはないようにしときます。ま、出来る範囲でね」
要塞の中心部に入れば、そこは東京高専の森だ。
これは天元様の計らいというものなのだろうな。
■
東京高専に着いて敷地内をしばらく歩く。
木陰のベンチで虎杖悠仁と九相図らしき者たちが朝食をとっていた。
しかしあの緑の丸っこい物はおそらく受肉しきれなかったのだろうが、呪骸が2人……?
「あっ、おはようございます!たしか……禪院先生?」
「うむ、禪院扇だ。初めましてになるな。虎杖悠仁君。それから……君たちが九相図か?」
人間らしい姿をしたのが2人か。
髪を結った背の低い着物を着た顔色の悪い男。
モヒカン?というのだろうか。奇抜な髪に長身でワイシャツを着た浅黒い男。
二人は目をわずかに合わせ、髪を結った男が立ち上がって挨拶をする。
「長兄の脹相だ。悠仁を受け入れてくれたこと、俺たちを受け入れてくれたこと。長兄として感謝している」
「うむ、私は少し口添えしただけだ。そう改まらずともよい」
「おー、おっさんやっぱいい人だなあ!朝飯くってくか?いいだろ兄者?」
緑の丸い者が明るい声で言うと、虎杖悠仁も人型の二人も笑う。
やさしい木陰においしそうな手作り料理。パンにサンドイッチか……
呪骸の2人もキャッキャと笑う。それはまるで童話の絵本のような。
私もつられて笑顔になる。
「いや、私はもう軽く食べてきたので結構だ。兄弟水入らずの時間を邪魔するのも申し訳ない」
「そっかー」
「血塗。それから兄さんも目上の方には敬語を使いましょうね。ああ、申し遅れました。私は次男の壊相と申します」
モヒカンの男が思ったより紳士的な態度で挨拶をしてきた。
なんというか……皆、おもったより穏やかだ。
やはり日の光の下に出れたというのは大きいのだろう。
「オレ膿爛相!」
「ぼく散相」
なんというか、夜蛾学長のメルヘンなセンスで作ったぬいぐるみの姿で言われると現実感がぐらつくな。
「うむ、よろしくたのむ。それにしても悠仁君も皆も……思ったより元気そうで良かった」
虎杖悠仁は少し考えた様子で口を開いた。
「なんつーか、ひどいことかもだけど、俺と同じ思いをしてる兄弟がいるってだいぶ違うんすよ」
「いや!ひどくない!ひどくないぞ悠仁!俺たちはお兄ちゃんとしてお前を支えてやれるのが喜びなんだ」
「それに、日の下でこうやって兄弟そろって食事をいただける……それだけでいいんですよ」
「そーだ!兄弟で飯を食える!まるで夢みたいだ!」
呪骸の二人もそろって騒いで笑う。
そうか、これが大家族の兄弟というものなのだな……
もっと早く私が改心していれば私たち兄弟も子供の内にこうあれただろうか?
「そうか。君たちを心配していた。だが今それだけ笑えるならば安心だ……つらかっただろう、もう大丈夫だ」
「ああ、お兄ちゃんとして全力で弟たちを守る。わかるか?」
「ああ、家族を守る事こそ男の名誉だ」
ずっと私を警戒していた脹相の表情がゆるんだ。
「そうか……わかってくれるか」
「ああ。長兄として君は立派だ。よくここで学んでいきなさい」
「……ありがとう。弟たちもよろしく頼む」
「うむ、君たちが降ってくれたことを無下にはせん。ではな」
「ありがとう扇先生!俺たちも飯食ったらすぐ行きます!」
「ゆっくりで良い。よく食べなさい。鍛錬は食事からだ」
「押忍!」
私たちは手を振って別れる。
よかった。そうか。虎杖悠仁もあんな顔をして笑えるようになったのだな……
■
待ち合わせ会場の視聴覚室は今や巨大な作戦会議室になっていた。
その近く、廊下にあるちょっとした休憩スペースに夏油君と五条君がソファに。
それから体格のいい女性も。
この感じ、精霊か?夏油くんの呪霊操術の範囲内なのだろうな。
『さぁー!いよいよ始まりました東京ドーム宿儺杯!実況はおなじみジョン☆ボビが行います!実況初めて半月なのに東京ドーム出ていいんでしょうか!?』
二人はコガネの腹のモニターで格闘試合をみているようだった。
そうだ、宿儺に挑みたいという術師がそれなりにいるのだからと秤君が企画したのだったな。
上位を取った者が優先的に宿儺と一対一の戦いの場を得るトーナメントだ。
話が大きくなって最終的に東京ドームを借りて試合をすることになり、夏油君が出資したとか。
「入りは飛ばそうぜ傑。ファイト前インタビューが見たい。あ、ども扇さん」
「おはようございます扇先生。ああ、ファイターのスタンスが見たいよね」
「うむ、おはよう。たしか宿儺と戦いたい術師をあつめてやった『予選会』か?」
「ええ、中々レベルの高い戦いをしてますよ」
「ほう、時間もまだある。少し見ていこう」
二人が再生している試合は『鹿紫雲一VS石流龍』とある。
なかなか手の凝った演出だ。年末のK1試合を思い出す。
『俺の人生はいい女もいたし、そこそこうまくいった。料理で言えばフルコースだ……でもデザートが欲しいんだよ俺は。腹八分目のその先を味わいてえ』
『俺の人生にあと一皿のスウィーツが欲しい!石流龍!』
『おいあんまワクワクさせんなよ。俺には触れば崩れる雑魚しかいなかった。いるじゃねえか、ここに!思いっきり殴れる奴らがいっぱいよぉ!』
『弱さを知りたい!鹿紫雲一!』
なかなか熱い試合前インタビューだな……
受肉に対して思う事はあるが、それを除けば解る話だ。
ああ、秤。君が伝えたい熱は私もよく知っている。
限界を超えてぶつかり合う肉体。その先に見えるものは確かに美しい。
「おや、あなたも興味があるのですね。私も以前見たとき感じ入るものがありました。お久しぶりですね」
筋肉質で背の高い女性型の精霊がこちらを見た。
その目からは木の枝が角のように生えている。
だが、顔立ちと体形は柔らかい人間の美女のそれだ。
藍色の髪も生えている。
だが、その特殊な言語ですぐに分かった。
「おお、あなたは花御殿。お久しぶりです。公園に植えられた花は見事でした」
「ええ、あれが私の答え。人も自然の中に巻き込んでしまえばいい」
「なるほど……夏油くんのアイデアでしょうか。良い出会いであったようで何よりかと」
「ええ、傑は私の願いに具体的な道筋を立ててくれた」
ソファに座る夏油君を見ると、ニコッと笑ってうなずいた。
コガネの腹モニターでは試合が始まっている。なかなか熱い戦いだ。
「利害の一致というやつですよ。私も呪霊操術の拡張術式を試したかったですからね」
「ほう、術式の拡張か。あれはいいものだ。努力したな夏油君」
「ええ、御霊信仰と絡めて呪霊を精霊に格上げするんです。アフリカの精霊信仰や、日本の呪霊ブリーダー界隈と話すことで初めてできたんですよ」
夏油君はうれしそうに話す。それは男がいくつになっても誰しももつロマンだ。
そういえば呪霊を飼いならし、売り買いするのは我が家でも普通にあった。
あまりよろしくない手合いではあるのだがな。
「傑、だからあんな界隈関わんなって!必要悪の世界だぞ?呪霊はポケモンじゃねえんだよ」
「悟、蓮の花は泥をすするから綺麗に咲くものさ。それに呪霊操術に近い術式もちの術師と話すのは技術交流として値千金なんだよ」
「あー、なんちゃら史緒乃だっけ?あいつお前の組織にカッチリ入る気合ないだろ」
「フルにコミットするだけがビジネスじゃないよ。そうしたゆるいつながりも大事さ」
「コンサルみてえなこと言ってんじゃねえよ。あっ、アメリカ相手のコンサルやってんだったな」
モニターの試合は術式あり、殴り合いありの熱いものだ。
私たちはそれを横目で見ながら談笑をする。
……きっとこうした時間が後から思えば幸せな思い出になるのだろう。
『アラームです、お時間になりました』
コガネのモニターが消える。
そうか、もうそんな時間か。
「じゃ、そろそろ行こっか。世界を救うための作戦会議ってやつにさ」
立ち上がる五条悟の目は蒼く澄んでいた。