【完結】残火の太刀を持ってるタイプの禪院扇   作:照喜名 是空

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花御

 実は私には剣術以外の趣味がある。山登りだ。

 これは師よりの課題で戦い以外にも楽しみを見つけよ、という試練で得たものだ。

 

 趣味と言われて私は戸惑ったが、それでも比較的興味のある分野……

 鍛錬に近いものを選んだ。

 やってみると悪くない。奥深い山の澄んだ空気、鬱蒼とした自然の荘厳さ。

 私の纏う火の匂いが浄化されるようだ。

 

 一心に登るさまも雑念なく剣を振っている時の感覚に近い。

 また、山奥でならば多少思い切り駆けても怪しまれん。

 そういう人か、と思われるだけだ。

 

 故に野山を駆け巡るのは私の息抜きの一つになっていた。

 いつか、娘たちを連れてきてもいいかもしれない。

 

 深い、深い山の中で無心に駆け回り……そこで私は一瞬で呪術師に返った。

 残穢だ。

 それも妙だ。まるで木々に同化しており、しかも呪力特有の穢れた感じがせん。

 むしろこの山の空気のようにさわやかだ。

 

 そこまで考えて、そうか神がいるのかもしれぬと思った。

 ならば山の神だろう。私は立ち止まり、そっと頭を下げた。

 呪霊と精霊は紙一重。時に精霊や神であろうと害なすならば斬らねばならぬ。

 しかし、そうはいっても無益な殺生は剣を濁らせる。

 ……やりたくはないのだ。きっと。

 

「ここにおわす、この山の神よ。私はあなたに害をなしませぬ。どうか安けくお鎮まりください」

 

 静かに、手を合わせ一心に祈る。

 相手は魔のもの。なればこそ祈りから何かを読み取ろうというものだ。

 ……来る!藪蛇だったか!?

 

 私は山登りにつかっていた鉄杖に手を這わせた。

 これでも弱いが呪具には変わりない。二十手ほどならば砕け散る事もないだろう。

 

『あなたは、私が見えているのですか?』

 

 聞いたこともない言語が、不思議と伝わった。

 

「……!はい、山の神よ」

 

 やはりこれは純粋な精霊ではない……!呪霊だ……だが今ならば精霊にも傾こう。

 せめてそうあってくれと私はあくまで相手を山の神として扱うことにした。

 その気持ちこそが呪いの質を定義するのだから。

 術師の私では漏れ出る呪力もなかろうが、それでもあえて呪いにしてしまうこともあるまい。

 

『山の神、ですか……たしかに私は自然の意、それを畏れるあなたがたの想いから生れたもの』

 

 相手は戸惑った様子だ。私はやや構えをといて相手を見た。

 鎧兜の目から枝が飛び出たような顔、仁王像のような体。片手だけが黒い。

 

「私は禪院扇と申します。御身に名はございますか?」

『花御。私にはそのような名前があるようです』

「よき名に思えます。して、この身に何用でございましょうか」

 

 静かな、あまりにも静かな山の中。

 奇妙な出会いだった。今からならば、殺し合いにも話し合いにも転じるだろう、奇妙な間。

 その何とも定まらぬただ純粋に個として向き合う瞬間に私は何かとても自由なものを感じた。

 

『……あなたは呪術師とよばれる人間ですね?私たちのようなものを殺すもの。それでも、あなたにはこの山に入ってから人を呪う気持ちが一つもなかった。ならばこそ、問います』

「私にこたえられる事でしたら」

 

 さて、妙なことになった。この問答の行方次第で我々は殺し合うのだろう。

 だが、いやな気分は互いに寸ともないのだ。

 ただ、和やかだった。凪いでいた。それでいて悪くない気分だ。

 

『自然の嘆きの声が聞こえます。海も山も空も、人に酷使されている。せめて一時でも休みたいと。私は……その声を無視することができません。むろん、人間だれしもが悪とは思っていません。ですがそれは砂漠に一滴の水ほどです。……私はどうすればいいのでしょう。私は、人を呪うべきなのでしょうか』

 

 呪術師に環境問題を突き付けられても困る。

 困るが……自然呪霊ならばそういうこともあるか。

 呪霊であればそれでも無慈悲に徹しようが、しかしいま前にいるのはそのどちらでもない。

 そして、どちらに転ぼうと私はなんとかできる。

 おそらくは特級相当。だがわかる。負けるビジョンがない。

 

「自然の代表、というわけですか。人としては耳が痛い事です。いかにも人は自然を酷使していましょう。そのことで自然の側から反撃されようとも、我々には文句を言う筋合いはありませぬ」

『それが殺し合いになっても?』

「……ですが、あなた方に筋があっても我々は生きるために武器を手にするでしょうな」

『ならば私は呪うしかないのでしょうか?』

 

 迷いが見える。きっと精霊に近く優しい霊なのだろう。

 だからこそ、私は嘘偽りなく全霊で答える。

 呪術師としては失格だ。

 だが、相手が自然の代表というならば、ただ一人の人間として接するのが礼儀だろう。

 

「……それはきっと、人が生まれてきてからずっと続けてきた戦いでしょう。人とはさようなもの。しかし……そのような蛮性はあなたがた自然から授かった物でしょう」

『……確かに。あなた方がこうも自然から奪うのはそれが獣のサガだからでしょうね』

 

 花御はしばらく黙って考え始めた。

 

「今までは人として答えましたが、呪術師として申すならば、我々は術式の解釈を広げる生き物。考えに凝り固まらず自然の定義を違う解釈をする余地はある……と思います」

『……』

「ですが」

 

 私はわずかに呪力をにじませる。山の中に、こげくさい呪力が漂った。

 

「私個人として言うのであれば……さほどに呪いをため込まれているのであれば。それをぶつけるべき人間が目の前にいるのであれば。それもまた自然の当たり前の姿。それもまた山というもの」

『……何を言っているのですか?』

「そして私は人よりほんの少しばかり強い自負があります。受け止めましょう。あなたの呪いを。刃を交わしてこそ晴れる思いもあるでしょう」

 

 静かに鉄杖を構え、全身に呪力をみなぎらせる。

 呪力とはたしかに丹田で産み、頭で手足に行き渡らせるもの。

 しかしそれは事実であっても正確なイメージではない。

 呪術師は全霊で今、ここに存在している者だ。

 

『愚かな……なんと愚かな……ですが、あなたの言っていることも事実でしょう。たしかに、あなたにはそれを言えるだけの力はあるのでしょう。何より、あなたの言葉には偽りも邪さもない。ただ誠意を込めて話しただけなのでしょう』

 

 花御は困惑したようだ。そして深く息を吸った。

 

『ならば、私が自然の猛威としてあなたに牙をむくべきだと』

「それが自然というものでありましょう。そしてそれでも自然を拓いていくのが人というもの」

『……たしかに』

 

 ぐぐ……と花御の全身に呪力がめぐっていく。

 

「しかし、それでも共にあり、共に倒れていない。それが人と自然。そして……神の怒りを鎮める芸を持つ者こそ、呪術師です」

『いいでしょう。あなたが自然の怒りをその身に受けるというのであれば、それに甘えさせてもらいましょう。強き者よ』

「是非もなし。それであなたの呪いが濯げるというのであれば」

 

 私は鉄杖を剣のように構え、花御は拳を構える。

 静寂。

 ……来る!

 

 速く、重く、そして真直ぐな拳だ。

 ゆえに受け流してカウンターを入れるはたやすい。

 

『ぐっ!』

「いい拳をお持ちだ」

『ならば!』

 

 地面から膨大な量の木が生えて襲ってくる。まるで津波だ。

 ならば空を蹴って上に避ける。

 

『ばかな……呪術師とは、そんなこともできるのですか』

「使い手は少ないですが」

『ではこれは?』

 

 枝を編んだ毬?直感だが、もうひと捻りはありそうだ。

 距離を取り、上空であれば気兼ねなく火が使える。

 一瞬、鉄杖が溶けないほどのほんの一瞬火を灯して燃やしておく。

 まあ溶けたら溶けたで切れる手はあるのだが。

 

『相性が悪いですね、ですがまだまだ!』

 

 枝の毬がいくつも複雑な軌道で迫る。

 花御自身も毬の上を飛び移ったり毬に乗って高速移動をする。

 だがそれも私にとって空を跳ねるは地面を歩くも同じこと。

 その程度の飛び道具であればすりぬけて本体に迫るのは……当たり前のこと!

 

『空を駆けて近づく!これだけの弾幕を前に楽ではないでしょうに』

「剣士たるは飛び道具には慣れたものです」

 

 やはり毬から追尾の枝が伸びるな。だがそれもさして歯ごたえなく燃やし尽くせる。

 刀を振るうまでもなく、纏った呪力の特性である炎でさくりと焼けていく。

 

『しかし近づくルートは限られましたね。これで沈まないでくださいね』

 

 むっ、至近距離での種の弾丸……苦し紛れの一手、にしては殺意が強い。

 ギミックがあると見た。回避には確かにわずかに遅い。

 迎撃するしかないが、武器破壊もありうる。

 鉄杖には当てず、纏った炎で焼くか。

 

『これでも当たりませんか。やはり相性が悪い。ですが、この距離ならば』

 

 なるほど剣を振り切った一瞬の隙をついて本体による打撃か。

 種弾と毬の位置、燃え方……ならばすでに灰になっている弾幕にあえて突っ込み、背中を斬る!

 毒の可能性もあろう、花粉かもしれぬ。だが肉を切らせて骨を断つ!

 

『……人とは、これほど強いものなのですね』

「いかにも、それがあなたの対している相手です。人とはかようなものです」

 

 花御の肩から黒い左腕が飛んでいった。

 念のために消し炭にしておく。炭化まで秒を超えた硬さの相手は久々だ。

 実際、手ごたえも鍛錬用の竹どころではない。

 するりと焼き切ったとはいえ、あれほど堅い相手はそういないだろう。

 

『そうですか、不思議です……あなたは強く、私は死ぬかもしれないというのに……私は今、妙に楽しんでいる』

「闘争心もまた、自然からの授かりもの。あなたが自然そのものであるというのならば、闘いを楽しむことに何の卑しさがありましょう」

『なるほど、これが獣が牙を剥く感覚なのですね。不思議ですが、悪くない』

 

 花御の左手がぼこぼこと泡立って再生する。

 私はあえてそれを見逃し宙を蹴って中距離を保つ。

 これは驕りだ。油断だろう。敵に塩を送っている。

 だがそれでも……まだまだ見たいのだ。この相手にはまだ可能性を感じる。

 

「ええ、私も良い気分だ……!もっとあなたの奥を、見たい!」

『いいでしょう、あなたこそ私の挑むべきもの、人間です。あなたを倒さずして人から星を奪い返すなどできはしない!』

「いかにも。私一人倒せぬようでは……あなたはもっと舞えるはずだ!」

『舞ってみせますとも!』

 

 種弾、毬、そして足元から回避範囲を狭めてくる木の枝!

 それに加えて単純な呪力放出も加えた全力の射撃!

 それぞれ速さが微妙に違うのがいやらしい。たしかでぃれい、だったか。

 直哉がそんな用語を言っていた。

 

「左様か。ならば……術式開放、極の番・西、残日獄衣!」

 

 私の身体に纏った呪力がその呪力特性を全力で発揮して高温で燃え上がる。

 私自身をガードする呪力と釣り合っているからこその技だ。

 おそらくは10分は持つが、全力で使い続けたことはない。

 周囲のすべてが燃え尽きる方が早いからだ。

 私を特級にした技でもある。

 いかんな、鉄杖も呪力で守ってはいるがそろそろ怪しい。

 

『あ、あああああ!!』

「……終わりか」

 

 現に目の前の花御も見る間に炭化していった。

 哀れな……焼けて死ぬはつらかろう。

 私は残日獄衣を解いて落ちゆく花御に近づく。

 

「お見事な戦いであった、介錯いたす!恨んでくだされよ」

『……なるほど、これが』

 

 いや、これは!?

 

『領域展開』

 

 ほう、そう来たか。死に際で呪力の核心を掴んだか!

 ならばこちらも抜かねば無礼というもの。

 

「領域展開……」

 

 正面からの領域の押し合いなどいつぶりか。

 

『朶頤光海!』

「火火十万億死大葬陣!」

 

 私の足元には斬ってきた骸の消し炭どもが。

 花御のほうには無限の花の奥にらせん状にねじくれた大木が。

 その美しさに思わず見とれてしまう……いかん!これは術式効果!

 一瞬の隙のように見えたが、気が付けば再生をすでに許してしまっている!

 しかもこれは再生ではない。

 変態だ。肩に花が生え、そのつぼみが開いていくのを私はただ見とれてしまっていた。

 戦意をそぎ、そこから必中必殺の技が来る!そういう領域か!

 

『供花。そう名付けましょう』

 

 光が……やはり飛び道具か。

 だが私とて呪術師。呆けたままで死にはせん!呪力を振り絞れ!

 たとえ死すとて最後まで戦いの中で!

 師よ……私に力を!

 

「ごくの、ばん……!北!天地灰尽ッ!」

 

 この一撃で杖が溶けてしまうのはもはや安いもの!

 死に際に恥とならぬありったけの一撃を!

 

「おおおおっ!」

『あああああっ!』

 

 つぼみから出る光線と、私の放つ炎の斬撃。

 それが真正面からぶつかり合っていく。

 余りに眩しい。

 それはまるで私の炎が世界中の生命を燃やし尽くすことがあればこうなろう、というような。

 おぞましくも美しい。そういう輝きだった。それは生命の輝きだ。

 命を燃焼させる輝きというものを物理的に目にした人間というのはそう多くないだろう。

 気が付けば、心にあるのは感謝だった。

 あまりにうつくしい。

 

「はあっ、はあっ……!」

 

 領域展開が終わる!

 私は溶けた鉄杖を放棄して拳を構える。

 まだだ、まだあの手は伏せておく。ギリギリまで伏せて油断を誘ってこそのあの手だ。

 

「……花御殿?」

 

 しかし、なんという光景だろう。

 山の三分の二ほどの山林が枯れ、あるいは炭になった。

 私は慎重に炭の上に降り立つ。

 炭化したのは私のせいだろう。だが、枯れているのはおそらくあちらの縛りだ。

 山の自然を犠牲にあの技を放ったのか。

 

『……いつかまた、この山が緑でおおわれる頃……見に来てください。その時までに私の答えを出しましょう』

 

 私の足元にふわりと花が咲いた。極彩色のしかし毒々しさはまったくない。美しい花畑……

 それが一面の灰から芽吹き、花御の気配はもうわからない。

 この花にも戦意喪失の術式が込められている。

 闘いは、終わったのだ。

 勝った……そう言っていいのだろうか?

 

「その時は、呪いとしてではなくお会いしたいものです」

 

 美しい……青い煙が空にたなびき、焦げ臭いにおいがする。

 だがそれをあっという間に花のかぐわしい匂いが埋め尽くしていく。

 哀れな霊だった。だが、もしいつか……違う道があれば。

 そう祈らざるを得ない。

 

 ■

 

 ほうほうのていでなんとか下山した。

 あまりにも広範囲を焼いてしまった故、兄者に後始末を頼む羽目になった。

 

「まあ、止むをえまい。遭遇戦も珍しい事ではないからな。山火事で済んでよかった。珍しい事ではないからな」

「すまぬ、兄者……」

 

 禪院の屋敷にて私は証拠としてあの花畑の花をいくばくか取ってきて見せた。

 兄者は花を一輪とって香りをかぐ。

 

「ふん、呪いがこれをな……自然への畏れ、か」

「ああ、身につまされる思いだが、いかんともできん」

「それでも、呪いを背負って進むのが人であろう。おい扇、この香りは悪くないが、男には似合わぬ。奥方にでも生けてもらえ。お前の娘たちにお似合いだ」

 

 平和の香り、か……

 

「うむ、戦場の香りこそ、我らに似合いなのだろうな……」

 

 妻と娘たちは思いがけぬ花に驚いていた。

 

「まああなた、山でこれを?」

「ああ、思わぬところに花があってな。思うたより良い香りゆえとってきた」

「そうですか、確かに良い香り……なぜでしょう、女性(にょしょう)を思わせるかおりですわね」

 

 たしかにあの霊は凛とした女の声をしていた。

 あれは女神なのだろうな、きっと。

 

「さてな、山の女神にでも呪われたかもしれぬ」

「まあ、それは大変……あなたの親切に妙な勘違いをする女も意外といるのですよ?」

「うむ、気を付けよう」

 

 笑む妻の目には男に量り知れぬ何かがあった。

 あとできちんと説明がいるなこれは……

 女の勘、か。あなどれん。

 

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