【完結】残火の太刀を持ってるタイプの禪院扇 作:照喜名 是空
甚爾の嫁が倒れた。
そう一報が入ったのは夜中だった。
焦る甚爾を落ち着かせて、私は禪院の伝手をフルに活用して治療に有効そうな術師や医者を叩き起こして回った。
幸い、一命はとりとめた。
だが……ガンだった。呪いでもなんでもない、ただの病だ。
しかもかなり手遅れに近い。呪術を併用してもあと5年……
そういったところだ。
甚爾は荒れなかった。だが目に見えて気力が失せていた。
奥方の見舞いもかねて奴のアパートに行った。
「ああ、叔父貴……悪いな、見舞いに来てもらって」
「いや、思うたより良さそうでよかった」
甚爾は不気味なほど落ち着いた顔で缶ビールを差し出した。
私はコップにビールを注ぎ、津美紀の茹でてくれていたという枝豆をすこしづつつまんでいた。
「まあ、な……ぼちぼちだ」
「そうか……そのなんだ。本来口をはさむべきことではないが……奥方の治療はどうする?」
「……結論から言えば治せねえ。呪術使ってもだ。外法の類を使えば別かもしれねえが……それで、まあ……あいつと何度か話し合ったんだがな」
甚爾も静かに、淡々と枝豆を口に運ぶ。
「……無理はしないことにした。できるだけ薬で痛みを抑えて……あとは残った時間を大切にって感じだな」
「……それが、よいのだろうな」
なにかを言わねばならん。慰めの言葉?だが何も失っていない私が?
家族をこれから失おうという男に何を言ったとしてもそれは絵空事だ。
この男にとってもっとも欲しいものはすでに失われることが決まってしまったのだ。
何も、くれてやることができぬ。
人の命という大きな運命の前に、私が刀を振り回したところであまりにも無力なのだ。
「そんな顔すんなよ叔父貴。あんたにゃ感謝してんだ。家での扱いもよくなったし、今回だってあんたがいなきゃあいつは死んでた。だから……だからいいんだ。しかたねえよ」
「……すまぬ」
「……いいんだ、もう」
その言葉はあまりにも空虚だった。
一夜にして世界のすべてを失った男の言葉だ。
たやすく触れてよいものではない。
「心配すんなよ叔父貴。そんなに俺が明日にでも首くくってそうな顔してるか?」
正直に言えばその通りだ。今の甚爾はまるで抜け殻だ。
穏やかにしていても、その下に荒れ狂う悲しみが手に取るようにわかる。
「……まあその、なんだ。少しな。……そうだ、恵や津美紀はどうだ?不安がってないか?」
「そうだな、まあ……騒いでないかつったらウソになる。けどよ……どうしようもねえじゃねえか」
「……そうだな、違いない」
静かに、晩酌が進んだ。
どこにでもあるような普通のアパート。普通の居間。
そこには、小さくも確かに幸せがあったのだろう。
「恵なんだけどな、この間……影から子犬が出てきた。術式だ」
「……十種影法術か」
「言っとくが、恵は術師になるのを選んでも、禪院の跡継ぎレースに加えるつもりはねえ。これは必ずだ」
「わかっておる。私もできるだけの力を貸そう。兄にもよしなに言っておく」
甚爾は静かに机に頭をつけて私に頼んだ。
「……頼む」
「もちろんだ、頭を上げてくれ」
「悪いな……ならまあよかった」
「うむ……」
それから、しばらく飲みかわし病院から帰ってきた恵と津美紀と挨拶をした。
「おうぎのおじさん!きてたの?」
「ああ、恵くんか。まあ、見舞いがてらにな。元気にしていたか?」
「……まあ、おれは元気」
「そうか。……強く育て。お前の父のようにな」
「え~父さんみたいに?」
津美紀も恵を撫でながら困った様子で笑った。
その笑顔に染み付いた悲しみと疲れに無力を感じる。
「いつもありがとうございます、扇おじさん。父さんもいつもより少し元気そうです」
「いや、大したことではない。だが、少しでも元気づけられるならばよかった」
津美紀は少し声を潜めて私に言う。
どの道聞こえているとは思うがな……
「実は、今回の事で一番落ち込んでいるのは父さんなんです。でも、どうしたらいいか……」
「……悲しむべき時は、悲しめばよい。……だが、きっといつか時が全てを癒してくれよう」
「……そうですね」
そうやってしばらく話し、玄関まで送られて去ることになった。
「じゃあな、叔父貴。達者でな。恵のこと、ありがとうな」
「……ああ、よしなにしておく」
「頼むわ」
私は、何かを言わねばならぬと思い、それでも出た言葉がこれだった。
「なあ、甚爾。捨て鉢になるなよ。お前は父なのだからな」
「……わかってる。そんな心配すんなよ」
そう言って、笑顔で手を振っていた。
その笑顔の儚さに、私は何とも言えぬ。
だが、大切な人が死ぬという状況にあって元気なものなどいようはずもない。
私は無力だ。だが、それで当たり前なのだ。
■
数年がたち、奥方は死んだ。
死ぬ一週間前まで穏やかに過ごしていたという。
葬儀には甚壱に兄者、直哉もついてきた。
皮肉なことだ。結婚式に出ず葬式に総出で出ることになろうとはな……
甚爾は終始能面のように無表情だった。
そして淡々と葬儀をこなしていた。
その様子に、普段は甚爾にべったりと甘えている直哉さえ何も言えなかった。
葬儀後のささやかな宴席、精進落としで甚爾が静かにビールを注いで回っていた。
この男の気遣いや感謝の形はこうしたものなのだろう。
「なあ、叔父貴。恵のことだが……」
「ああ、お前のしたいようにすればいい。そうだろう、兄者」
「そうだな……炳にはいるもよし、お前のように外部の身内として京都高専に通うもよしだ」
甚爾はふっと笑い、うなずく。
「そうか……じゃあまあ、禪院でたのむわ。任せる」
その笑顔はあまりに儚く、まさにこの男が何時か言った通り『明日にでも首を吊りそうな顔』だった。
「甚爾、お前はどうする?」
「どうって……いつも通りだよ。依頼を受けて……それだけだ。こっちの家に帰る」
「甚爾、もしよければ……一家で京都に来ないか?家賃は出す。こっちも引き払わないでよい」
この男に今必要なのは縁だ。少しでもこの世に縛り付けるよすがだ。
それがないと、どこかへ飛んで行ってしまいそうだ。
「なんだ、心配か?大丈夫だよ。俺は、大丈夫だ」
「まあ、心配だな。なあ兄者」
「うむ、お前は少し休め。疲れただろう。そうだな……疲れが癒えたら、また皆に稽古をつけんか?」
「……少し考えさせてくれ」
意外だった。昔ならばこうだろう。
『ハッ、そんなむさくるしい所ごめんだね』
とかそういったはずだ。
だが、しかし……この男なりに何か思う所がないはずがないのだ。
これだけの事があったのだから。
いずれにせよ、あからさまに自暴自棄になるよりはずっとましなのだろう。
「おい甚爾……あまり腑抜けてるんじゃないぞ。……お前にはガキもいるだろう」
甚壱がかなり気を使った静かな口調で話しかけた。
その言葉とは裏腹に、甚壱も沈痛な表情だ。
やはり、この男は不器用だが気遣いの男だ。
次期当主は直哉だろうが、この男がいればよく支えてくれるだろう。
「……ああ、わかってるよ。兄貴」
「わかっているなら、いい」
それだけ言って甚壱は静かに飯を食っていた。
以前ならばここでひと悶着あっただろう。だがみんな大人になった。
甚壱は隊の者に向けるような気遣いを自然に甚爾に向けるようになり。
甚爾もそれにむやみに反発することもなくなった。
……それでいいのだ。失うものはあったが、それで得るものもあった。
そこには、ただの不器用な兄弟の姿があった。
■
意外にも甚爾は禪院で指南役になる申し出を受けた。
だがまあ、休みは多めだ。
その休みでは一日のほとんどを縁側でぼんやりとタバコを吸ったりしている。
賭け事もずっと控えめになった。
安いパチンコを淡々と打ったり、大した金もかけずに競馬場で管を巻いていたりしているそうだ。
この男の中で、何かが折れてしまったのだろう。
だが、それでも……甚爾は生きることを投げ出していなかった。
最低限のことはちゃんとやっていた。ただ、熱が消えてしまっただけだ。
ならば、それもまた生き方というものかもしれない。
いつか、悲しみは時が流してくれる。そのはずだ。いつかは……
順風満帆にしつつ……ちょっとスパイスは欲しい!!(豹変)
すまんやで……でも扇本人は何も失ってないし、少しは事態が良くなっていると思います…