【完結】残火の太刀を持ってるタイプの禪院扇   作:照喜名 是空

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懐玉編
東京高専


 

 それから少しばかり月日がたった。

 五条の坊は東京高専に入学したようだ。

 娘たちもずいぶん大きくなった。直哉や蘭太の世代も……

 そんな、暖かな春の日のことだ。

 

「私に臨時講師を?」

「うむ、五条の坊がうるさくてな。どうも家を掌握して根回しをやり始めているらしい」

「なるほど、五条から……」

 

 あの坊が発端の話か。

 ならばそういうこともありうるのだろうな。

 どれほど大きくなったか。どれほど強くなったのだろうか。

 少しばかりうれしくなってしまう。

 

「しかし東京高専ばかり行っては世評が悪い。同じ京都にいて京都高専をないがしろにするわけにはいかん」

「そうだな」

「ゆえにそれぞれ短期間で両方行ってもらう。よいな?」

 

 学生にものを教える、か……武術を教えること自体は慣れておるが、面はゆいものを感じるな。

 先達として子供たちにどれほどのものを残せるか……

 意外に、私の心は浮き立っておる。だが……

 

「私は構わん。武辺者の経験が若者の糧になるのであればな。だが、兄者。なんというか……私は政がわからん。パワーバランスとかそういったものは大丈夫なのか?総監部が騒ごうぞ」

 

 兄者はがはは、と大きく笑った。

 

「がっはっは、お前は気にするな!だがまあ、気になるというのであればそうだな……賭けてみたくなったのよ。お前と、五条の坊に」

「……どういうことだ?」

 

 たしかに私も五条の坊も強さで一目置かれているのはわかるが。

 だがそれがどう政につながるのかがわからん。

 

「五条のあの性格は知っておろう?あれは人を惹き付ける。行動力もある。今少し、外に目を向ければ……あれは化けるぞ」

「つまり?」

「案外、加茂を取り込んで呪術界を引っ張っていくかもしれん。今はまだそこまで他者に目を向けていないがな」

「……先行投資のようなものか?五条が加茂と組むなら我らも、と?」

 

 兄者はあの坊にそこまで目をかけていたのか。

 しかし、禪院と五条の因縁は深い。我らの働きでそれを薄めることができるのだろうか?

 

「おおまかにはそうだ。まあ仮に五条がそう動くならば、といういわば無駄になってもよい布石よ」

「なるほど、駄目元の一手というならば、よいのだが……因縁を晴らすのは良いが、しかしやはり総監部に睨まれるのでは?そこまで兄者が動かねばならん何かがあるのか?」

 

 兄者は思ったより気づいたな、という顔で私を見る。

 武辺者とて、そのくらいはわかる。

 たしかに因縁を晴らすのはよい。よいが、それで嫌な顔をする者がいることくらいわかる。

 要は距離感、間合いが変わるという事なのだからな。

 兄者はしばらく考え、慎重に話し始めた。

 

「……いうなれば勘働きなのだがな。妙に盤面に駒がそろいすぎている。そんな気がするのよ」

 

 私はその意味を考える。

 たしかに誰も彼も強く成った。一昔前と比べると全体的に粒ぞろいの世代と言っていいだろう。

 

「単に豊作の時期というだけでは?」

「……そうかもしれん。だが呪術師も呪詛師も呪霊も皆強く成りすぎている。まるで、何かに導かれているかのようにな。……あるいは、何かのタガが外れていると言ったほうが近いか」

 

 兄者自身もとらえきれぬ勘というのは実際そうなのだろう。

 だが、たかが勘と軽んずる気はない。兄者の盤面を読む才は間近で見てきた。

 兄者の勘は当たるのだ。

 

「つまり、戦の気配がすると?」

「言うなればそうだ。天元の同化の時期も近いしな。それに歴史を紐解けば『六眼あるところに乱在り』。わしにはそう思えてならんのだ」

「そのために禪院と五条の因縁を解消し、御三家で固まる。それに賭けるという訳か」

「簡単に言えばな。大まかにはそういう方針だ。……無謀な賭けと思うか?」

 

 たしかにそれは五条の坊に賭けすぎかもしれない。

 慶長の再演になるかもしれない。いや、私がそうならんように動かねばならぬ。

 だからこそ、あえて五条の近くに私を配置したのか?

 

「いや、兄者の勘は信じておる。ただ、少しばかり壮大な話になって面食らっているだけだ」

「はは、そう堅く考えるな。要するにほんの少しだけ歩みよればよいのだ」

「慶長のようにならぬように、だな」

「うむ。空振って何も起こらねばそれはそれでよし、御三家同士がほんの少しだけ関係が雪解けするだけだ。パワーバランスは変わろうが、それはそれで調整可能な範囲内だ。そこはわしに任せてくれていい」

 

 気が付けば、ずいぶん私も乗り気になっていた。

 御三家の因縁解消か……単純な話ではないだろう。だが、新しい時代の風を感じた。

 なんというか、それは……退屈が裏返るような。そんな予感がするのだ。

 

「わかった。大きく動かず将来の布石になるようにだな?」

「ああ、気楽に行け。政の面倒なところはわしが引き受ける。簡単に考えればよい。ほんのちょっと他家と交流する、それだけだ。今はな」

「……うむ、心してかかろう」

「気楽にいけというのに」

 

 そう言って兄者はまた酒を一口飲んで豪放に笑った。

 今の私たちには、想像もつかなかった。

 はるか先の未来で事態があそこまで展開するとは、私の矮小な想像力では、とても。

 

 ■

 

 かくして私は東京へ降り立った。

 家の者へ土産を買うのも早々に、東京高専の所有する「運動場」の一つで学生たちを待つ。

 これは東京の学長の配慮の一つだ。天元様の上で派手にやるわけにはいかぬ。

 さらに学生たちへも極秘のサプライズとして行われるらしい。

 これも『配慮』の一つだ。『私を見た五条悟が興奮してその場で致しかねない』とのことだ。

 

 下品な言い回しに思う所はあるが、まあそうだろうなとも思う。

 そして、相変わらずあの感じなのかとほほえましくも感じる。

 

 いずれにせよ、避けられぬ勝負の時だ。

 慶長のときのようにせず、しかし一応の決着はつけたい。

 反転術式のアウトプットができる学生もいるからご存分にとは言われているが死人を出すわけにもいかん。

 

 いや、いかんな。勝つ前提は油断だ。

 そもそも、臨時講師として学生に何を残せるかを考えねば……。

 そう思いつつ刃禅をしていれば、にぎやかな声が聞こえる。

 

「そもそもこんな山奥に来てまで教えを請わなきゃならない相手っている?扇のおじさんくらいでしょ。僕が何かを学べる人なんて」

「悟、そういう言い方はよくないよ。何かを学ぶのに対等である必要はないんじゃないかな。自分より弱い人から何も学ばなかったわけじゃないだろう?」

「そーいうところだぞ傑?やっぱお前のそれポジショントークじゃん」

「しかしだね悟……」

 

 私は流刃若火を壁の刀掛けにかけて、姿勢を正して道場に立つ。

 しかし、そうか……あの五条悟にも友人ができたのか。

 善い事だ。若者はそうでなくては。

 

「ねーその話またやんの?飽きないわね……」

「はいはい!静かにしろ!では今回の臨時講師はこの先にいる。くれぐれも静かにな!」

「先生さぁーサプライズっつっても扇のおじさんクラスじゃなきゃ……扇のおじさんじゃん!」

 

 夜蛾教諭によって道場の引き戸が開き、私と五条悟の目が合う。

 なかなか洒落たサングラスだ。六眼用なのだろうな。

 そうか、そうだな。もうおしゃれをする年頃か。

 

「久しいな、五条くん。元気にしていたか。それから、よくお越しになられた東京高専の皆」

 

 この呼び名はプライべートならば御三家の立場を考えて悟殿なのだが、しかし今は講師と学生。

 それはまずかろうと頭をひねって考えた呼び名だ。

 夜蛾教諭と五条悟、そして私は三者三様の笑顔で近づいていく。

 

「ハハッ、マジで?幻術とかの類じゃなくって?マジかよ、嘘だったら殺しちゃうかも」

「五条!お久しぶりです、禪院特別特級術師。騒がしい奴らですいません」

「なに、若者は元気が一番というもの。私は禪院扇。幸いにして特別特級術師の位を授かった者だ。今回は実戦的な呪力操作を教えようと思う。よろしく頼む」

 

 私は五条悟に笑顔を返し、夜蛾教諭と握手をすると皆に向けて頭を下げた。

 

「特別特級術師……この人が。悟はこの人の知り合いなのかい?禪院といえば御三家らしいけど」

「バッ……お前なあ。そうだよその禪院だよ。まあ……昔ちょっとな」

「はいうるさいぞ男子共!これは授業中だ!では禪院術師、よろしくお願いします」

 

 いきなりバトンを渡されてしまったな。

 だが、ちゃんと用意はしてある。

 

「うむ、特級と言えど初対面の者も多い。そして、私を知ってもらうためには、五条君が落ち着いて話を聞くために……最初に五条君との組手を行おうと思う。それが何よりの自己紹介になろう」

 

 その瞬間、五条悟が目を開き、虎のような笑顔をした。

 

「いいね、そうこなくっちゃ。レギュレーションはどうすんの?」

 

 腕まくりをするような仕草をしてこちらに近づいてくる。

 だがその茶目っ気も近づくにつれて鎮まり、私の前で静かにたたずんでいる。

 本気だ。虎はとびかかる瞬間こそ最も静かだ。

 

「そうだな、今回は反転術式を使える家入くんがいる。術式あり、とどめは無し、降参と審判によるレフェリーストップもあり。それを縛りとして結ぼう。審判は夜蛾先生に頼みたい」

「わかりました。残りの者は私と二階の観覧席へあがれ。流れ弾がいかないようにな」

「え~またハンデ戦かよ。いい加減刀抜いてほしいんだけどな。あとで言い訳しないでくださいよ~先生」

「すまんな、あくまで授業なのでな」

 

 ここまでは打ち合わせ通りだ。

 事前に禪院の雇った結界術師たちにより、何重にも結界と帳がかけられている。

 多少の事は外に漏れん。多少の事ではないが。

 

「悟、勝てよ」

「当たり前だろ、傑」

 

 たしか夏油君と言ったか。良い友人のようだ。

 若人とはこうでなければな。

 五条悟が彼にサングラスをあずける。

 

「も~、また治療係?まあ勉強になるけど」

 

 二階へ皆が退避すると、五条悟は指を鳴らしながらこちらに近づいてきた。

 

「正直、あれからこんな日が来ないかな~と思ってたよ。まあそうなるように動いたんだけど」

「そのようだな。私も正直、避けて通れるとは思っていなかった」

「禪院家が乗ってきたのは意外だったかな。さてと……クラスの皆の前なんだ。かっこつけさせてもらうよ」

 

 五条悟はぐねぐねと柔軟運動をするのをやめ、すっとこちらに向き合った。

 

「ふむ……すまんが今日の私は教師でな、少し私も格好つけさせてもらおう」

「刀もなしで?」

「魅せてみせるとも」

 

 ふ、と互いに笑い合う。健全な時間だ。

 上から夜蛾教諭の声がした。

 

「位置について、互いに、礼!」

 

 あらかじめ書いておいた白線に互いに並び立つ。

 一礼。

 

「はじめっ!」

 

 試合が始まる。さあ、今こそ魅せる時だ!

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