【完結】残火の太刀を持ってるタイプの禪院扇 作:照喜名 是空
五条悟の取った初手は距離を詰めての打撃。
まさに胸を借りるといったところか。
そしてならばこそ応じるにはこの手がよかろう。
「極ノ番・南!『斬魄刀』」
その瞬間、すでに私の手には燃え盛る刀があった。
五条悟の目に驚愕と歓び、そして冷静な警戒が宿る。
五条は呪力強化と「蒼」による引力で鮮やかなサマーソルトキックを放ち後退しながら「蒼」の球体をいくつも放つ。
だがとっさで狙いが甘い。回避は可能だ。
「なんだよ!使えんじゃんやっぱ!刀!」
「ふふ、すまないな。これもサプライズだ。騙して悪いが、呪術師の戦いとは騙し合い……一つ勉強になっただろう」
「いいね!基礎を思い出させてくれてありがとう!」
そもそも呪具を使わないとは一言も言っていないし、なによりこれは流刃若火でもなければ呪具でもない。
「しかもそれ呪力で作ったニセモンじゃん!よくそんな器用なことできんね!」
「今回の授業では君たちにも作ってもらうつもりだ」
「この後にもお楽しみあんのかよ!あんまワクワクさせないでくれる?!」
タネは簡単だ。私はもともと刀が折れた場合呪力で刀身を補い、つぎ足すことができた。
また、呪術師の中には武器や呪具が術式に組み込まれている者がいる。式神もその一部だな。
ならば、呪力操作で刀一本まるまる作れぬはずがないのだ。刀身を作れるのだから。
まあ、しょせんは本物にはずっと劣るし、操作を解除すれば消える間に合わせのもの。
ただの呪力の塊だ。
だがその分、現実に存在する呪具より自由度は高い。
なにより隠し持って移動する手間が減るので家では使い勝手が良いと大好評でもある。
しかしいつの間にか、呪具である斬魄刀は忘れられ、技術として名が残ってしまった。
呪具の斬魄刀は数が本当に少ないゆえにな。
だが、今の禪院家はもはや武器を隠し持つ必要すらない。
禪院の術師はその場で呪力から武器を編み上げるのだ!
「じゃあその前にこっちも前回の宿題を提出してやるよ!」
ほう?五条の周囲から無数の呪力弾がまるでバルカン砲のように迫ってくる。
空を蹴って回避してもなお追尾してくるか!なかなかしつこい。
なるほど、これは……
「私の千本桜を真似たか。伝聞だけでやるとは見事」
「正ッ解!これいいね。自動でCIWSがついてくんだもん。本命の攻めには使えないけど確実に相手の択を削れる。そして宿題はこれだけじゃないよ」
「見ようとも。魅せてくれ五条くん」
これはなかなか……激しい攻めが常に続く。
常に避けるか打ち消すことを意識せねばならん。あえて少し『見』に回るか……
私の千本桜が防衛用ならば、これはいわば攻めの千本桜。
プログラムされているのはおそらく『単体の対象に対して呪力弾を打ち続ける』といったところだろう。
自動化されているわりには狙いもよい。常に移動を強制されるのは久方ぶりの経験だ。
「開示するけど、扇さんが開発した呪力のCIWSだけじゃない。『俺はミサイルも作ったんだ。それ、追尾するよ』」
おっと!呪力弾にさらに自律して追尾してくるものまで増えた。
なんなら「蒼」ですら追尾してくるものが混じる!
おそらくは星流れに対抗するための手。今ある手札でよく練り上げた!
あれは体勢を整えるために待ちに徹する必要があったり、黄金の回転のための集中が要ったりとタメを要するからな。
ならばタメる隙を潰す。良い回答だ。
こうなれば回避に加えてミサイルは切り落とす必要が出てくる。
王手にはならんが、確実にやりにくくなる布石!
「見事!単純だがいい手だ。なにより技の完成度が高い。ならばこれはいかにする?」
とりあえずは身体に残日獄衣をまとい、弾幕を一時的に相殺する。
私は空を蹴り、黄金の体捌きで最適な動きで振りかぶり、突撃する。
日の呼吸を交えて空を蹴る力を増し。
さらに背中と足で呪力放出をすることで加速を増す。
この呪力放出によるブースターもまた家のために考えた技術。
空を面でとらえるのを教えるのは難しかった。ものになった者はごくわずか……
ならば一瞬、呪力放出で飛ぶのを連続してやればよい。
今の禪院家は躯倶留隊であっても空を駆け斬魄刀から月牙を撃つ。
漏瑚。お前は確かに私たちの糧になったのだ。
「逆に質問だけどそこから星流れいけんの!?」
「答えはこれだ。一骨!」
直前で刀を維持する術式を放棄して、その分の術式を領域展延に回す!
領域展延。
これもまた娘たちを救うために古文書を漁っていた時に知った技術だ。
術式を付与した領域で自らを覆う。
そうすることで相手の術式を中和しながら殴ることができる。
しかし、そのぶん術式を術式として使う余裕はない。そういう技だ。
五条悟の腹を狙った拳は五条悟の手により掴まれた。
なるほど、青の引力で拳を吸い取ったか!
「へえ、これ触れるんだ俺に。危なかったな。でもここからは俺の土俵だ!付き合ってもらうよ先生!殴り合いに!」
「望むところだ!」
五条悟は蒼による引力で宙を舞い、私は空を蹴って宙を舞う。
互いに空にとどまりながらいつまでも殴り合った。
五条悟の青による引力を活かした拳法は見事の一言。
若いのにこれほどの完成度を誇る格闘技術!私がこれくらいのころとは雲泥の差!
今殴り合いにおいつけているのは単に経験値の差に過ぎない。
「ハハッ……スゲー楽しい!ステゴロってこんな楽しかったっけ!?」
「若者はそうしたものだ五条君。存分に楽しむと良い!」
「まだ腹八分目ってところかな!デザートまで奢ってくださいよ先生!」
私と五条悟が空中格闘戦で均衡を保っていられるのはあくまで経験値の差だ。
だがその差も拳を交わし合う一手ごとに猛烈な勢いで縮まっている。
吸収しているのだ、私の格闘技術を砂漠が水を吸うような勢いで!
それはおそらく、五条悟と実際に拳が当たるという状況でなおかつ全力の空中格闘戦をする者がいなかったからだ。
五条悟は、今ものすごい勢いでこの新ジャンルを『履修』している!
教師冥利には尽きるが、さてこのままではジリ貧だな。
「老体にきつい事を言ってくれる……」
「じゃあこれで終りってのはがっかりだなあ!カッコつけてくれよ!どうすんだよ先生!なあ!」
離れれば弾幕で固められ、格闘戦はいずれ追いつかれてジリ貧。
この状況を唯一打開するのは私も五条悟もわかっている。
流刃若火だ。
流刃若火の側の術式で炎と斬撃を取り戻し、それを私の側の術式である領域展延で覆う。
それが成立せずとも、刀を領域展延している時点でまあ勝てるだろう。
だが、それは何か負けた気がする……そして私がそう思っていることも五条悟には筒抜けだろう。
「月牙!」
ならばこうだ。
私は五条悟に向かって素手で月牙を放ち、その隙に地面にも月牙を打つ。
「目くらましはダサいでしょ!」
「すまんな、ダサい大人で」
そして舞い上がった瓦礫の中にあるのは……木刀!
私が木刀を掴まんと手を伸ばすのと、五条悟がそれに蒼を放つのは同時だった。
「あ~、来ちゃったか、デザート」
「どうやらそのようだな」
だが木刀すらブラフ。しかし既に手には斬魄刀。
領域展延と術式は同時には出来ん。だが、斬魄刀はあくまで呪力操作。
術式は本来要らないのだ。ならば術式を付与せずに領域展延の方を付与すればよい。
刃を研がずに刃引きもできるしな。
「それ、同時使用できるもんなんだ。いや違うか。刀を作るのには術式は必ずしもいらなくて、術式はそっちのちっさい領域に回してんのか。器用だね」
「領域展延というそうだ。五条君こそよく見ている」
「眼がいいもんでね!」
炎こそ出ないが、現段階の五条悟の格闘技術は『確認』した。
今ならば刀があれば対処可能!
あとは素手の五条悟に一撃当てるだけ。空中であることは問題にならない。
「ならこうしかないよねえ!」
五条悟が千本桜を再開した。
こちらの必殺の一撃が来るならば弾幕による攻勢のガード。
諦めんか。良い根性だ。
「良き粘りだ!」
もちろん、迫りくる弾幕をすべて切り落としつつ迫る。
さてどうする?引き打ちか?こっちのスタミナ切れを狙うか?
そのすべてを切り伏せてくれよう!
「すげえ、これが苦戦ってやつか!」
「ならばできるだけ高い壁にならねば学びにならんな!」
弾幕の嵐を抜け、ついに格闘戦の間合い。
「これが、俺だ!」
「これがわが剣だ」
五条悟の最速、最高の拳。
私の剣士として限界の一刀!
その時、戦場に黒い火花が散った。
黒閃。
黒い火花が微笑んだのは……五条悟!
だが、勝利の女神が微笑んだのは……禪院扇!
五条悟の黒閃を伴った拳は、斬魄刀でいなして逸らせた。
そして、私の刀は狙い通りに五条悟のこめかみを打った。
人を殺すには三寸切り込めばよい。
人を倒すにはほんの少し脳を揺らしてやればよい。
刃引きした鈍らならば、骨で止めるは容易。
五条悟の身体が、地に落ちる。
先回りして抱えるべきか?
「アハッ」
「何!?」
あれだけ殴った!確実に脳を揺らした!綺麗に入った!
起き上がれぬはずだ。気を失ったはずだ!
そう、『はず』だ。
黒閃で僅かに軌道がブレたかもしれん。
シンプルに思った以上に頑健なのかもしれぬ。
「アハハッ、アハハハハハッ!」
「仔細、なし」
私はすぐに間合いをとると、五条悟は異形とすら思える笑顔をして天を仰いだ。
道場に不気味にタガが外れた笑い声が響き渡る。
そして、五条悟の怪我が治っていく。
そうか、そういうことか!
黒閃によるゾーン状態!そこにさらに脳を揺らされる生命の危機!
闘いの中で最高潮に上がったボルテージ!
そうか、つまり……
「成ったな」
「あー……そうか?そうかも。そーだよなあ!俺わかったよ先生!わかったんだ!」
「……仕方あるまい」
私は瓦礫の中から本物の流刃若火を呼び寄せる。
手になじんだ呪具だからこそできる呪具と主人の引き合い。
刀を構え、鞘を腰に差す。これはある意味私の負けだ。
ここから先は鉄火場になろう。だが今の五条悟はいわば羽化したばかりのさなぎ。
完璧な蝶になるのを邪魔することは何人たりともゆるされぬ。
まして今の私は臨時とはいえ教師。なにより大人として。
その羽化の激情を受け止めぬという選択肢はない。
「第二ラウンドだ先生!つきあってくれるよなあ!」
「それを受け止めるのが大人の役割……さあ来い五条の麒麟児よ!」
やれやれ。老骨にきつい事を言う。
だが大人とはきついものだ。
■
「術式反転『赫』」
赤い球体!回避!
背中をしたたかに打たれる。やはり斥力弾か!
しかしこれでハッキリした。
五条悟が反転術式と術式反転を使える今、私の勝利はなくなった。
相打ちはなりふり構わなければできよう。だがそれは問題外。
ならばいかにうまく負けるか、いや『いかにこの場を乗り切るか』だ。
すなわち『慶長の再現にしない』が私の勝利条件に今なったのだ。
「天上天下 唯我独尊」
「……見事」
黒閃と才能の開花による一時的な全能感……か。
それは錯覚に過ぎない。
だが、若者が初めて自分の翼で空を飛んだ瞬間を邪魔するのはしのびない。
「じゃあ見事ついでに試運転付き合ってよ!これは花丸だろ先生!」
「術師としてはな。いいとも、付き合おう」
「そうこなくっちゃ!簡単に壊れないでくれよ先生!」
五条悟が間合いを詰めて格闘戦の構えを取る。
今までの「引っ張る打撃」だけではない「押し出す打撃」も加わるだろう。
苦しい戦いだ……
だが穏便に事を進めるにはおそらくある程度つきあって熱が冷めるのを待つのが手っ取り早い。
故に受けに徹する!
「なるほど、なるほどね!こうか!こういう感じか!」
「早速使いこなすか。筋がいい」
「だろ!?」
まるで新しい玩具をもらった子供だな。事実その通りだが。
あっという間に術式反転による格闘を乗りこなし始める。
それは自転車のコツをつかんだ時の娘たちのようだ。
しかし厄介だ!吸引と放出、さらに飛び道具!おまけに攻撃無効化!
術式ありの格闘戦で私が挑戦者側になるのは久方ぶりだ。
こちらも領域展延と術式、飛び道具を駆使して、さらに剣術を限界まで上げていっているが、ついていくのがやっと。
フェイントも織り交ぜたうえで勝ちを狙わずに受けに徹してようやくしのげるくらいか。
「今からデカいの撃つから死なないでくれよ先生!」
「……よかろう」
む、赫の斥力場で押し出された。五条悟はこちらを指さして打つ構えだ。
ならば来るのはおそらく……
回避?否、観客席が危うい。相殺?受けきるにはあれしかあるまい。
「虚式 茈」
「極ノ番 旭日刃!」
紫の球体と燃え輝く斬撃がぶつかり、しかし旭日刃が茈をそらした。
結果は……双方無傷。しかし。
「はあ、はあ……」
「どーしたの先生、へばっちゃった?」
「そのようだ……ここは降参、とさせてもらえんか」
「は?」
私は夜蛾教諭をちらりと見る。
今や道場は完全崩壊し、観客たちはかなり遠くから呆然と見ていた。
夜蛾教諭は即座にうなずいた。
「五条!」
「ちっ……なんだよ……」
「試合終了だ!五条、縛りを忘れるな!」
「はいはーい……ったく……せっかくいいところだったのにさあ」
「すまんな、だらしない先生で。少しこの老骨には疲れてな」
実際、私の残り呪力は2割程度。ウソではないラインなのだ。
虚式さえなければもう2割は残ったろうがな……
五条悟は失望の顔だ。
露骨に興がそがれた、とか禪院扇でさえついてこれないのか、といった心境だろう。
それも仕方あるまい。だらしない大人ですまない。
だが仮にも授業で命がけにするわけにはいかん。
「……そういうことにしとくよ」
どうやら、少しは頭が冷えたらしい。
この場でこれ以上暴れて死人がでるのはさすがにまずい、と気づいたようだ。
さすがは夜蛾教諭。この麒麟児を止められるとは。
ちゃんと「先生」をしているのだな……
「両者、互いに礼!」
「ありがとうございました。すばらしい課題提出だった。成長したな五条くん」
「……ありがとうございました。まあ、終わってみればスゲーたのしかったよ扇先生」
しかしまあ、一面瓦礫の山だな。うまく避難してくれた夜蛾教諭には感謝するしかない。
やはり付け焼刃の教師ではうまくいかんな。
だが、五条君のいい学びになれたならば、まあギリギリ及第点といったところだろう。
……それにしても虚式か。
やはり行きつくところは皆同じなのだな。