青空の下で、管理人と司書補は何を見る 作:Olrand621
「…私のミスでした」
光に呑まれた俺は、いつの間にかガタゴトと揺れる電車の中にいた。
そして俺の目の前には、至る所から血を流し、元は白かっただろう制服を紅で染めた水色の髪の少女がいた。
「私の選択、それによって招かれた全ての状況。…こんな結末を辿ってしまって、初めてその間違いに気付くだなんて…」
「…図々しいかもしれませんが、後はお願いします、『先生』。」
先生。そう呼ばれるのは、外郭の研究所でコギトの研究をしていた時以来だろうか。…それも正確には、自分のものではなく『A』の記憶なのだが。
「きっと起きた時には…私の言葉は覚えていないでしょうけれど。…大丈夫。貴方ならきっと同じ場面で、同じ選択をされるでしょうから。」
何のことだ、状況を詳しく説明しろ。そう言いたくても、自分の口どころか体が拘束でもされているかのように動かせない。
「重要なのは経験ではなく、選択。貴方が望み、選んだ道。…以前、責任を負う者について話した事がありましたね。…あの時は理解できなかったけれど…今は理解できます。大人の負うべき責任と義務、汚い悪意に晒されながらも自分の為すべきことをやり遂げた、貴方の選択。…私が信じられる大人である貴方なら、きっと…」
水色の髪の少女は、時々血を吐きながら意味の分からないことを話し続ける。
…何のことだ。俺は為すべきことなど、何一つ成し遂しとげられていない。それ以前に、シナリオに従うしかなかった俺たちに選択など無かったはずだ。
「…この捻れて歪み切った結末とは違う…別の結末を迎えられると信じています。……だから先生…」
その瞬間、今までの拘束されたような感覚が嘘のように動けるようになる。
…少女の話はほとんどが理解出来なかった。普通に考えれば、いきなり訳の分からない責任を背負えなどと言われても、ただ拒否して終わりだろう。だが、この話を拒否しても再び意識が光の中に戻るかは分からない。そして光の中に戻ったとしても、ねじれに干渉できるかも、また確証が無い。
ならば、いっそ…
「…了解した。その仕事、引き受けよう」
俺がそう告げると、少女は安心したような微笑みを浮かべ…
俺の意識は、再び薄れていった。
「…生!」
「起きてください、先生!」
知らない声に呼びかけられ、意識が覚醒する。目の前にはおそらく自分に呼びかけていたであろう、眼鏡を掛けた黒髪の少女がいた。
「少々待っていてください、と言いましたのに。随分とお疲れだったみたいですね。なかなか起きないほど熟睡されるとは」
「…ここは、どこだ?それにお前は?」
「…どうやらもう一度改めて今の状況を説明する必要があるようですね」
俺の疑問に対して、少女はため息を吐いてから説明を始める。
「私は、七神リン。この学園都市『キヴォトス』の連邦生徒会幹部です」
…分からないことがまた一つ増えた。連邦生徒会とは何だ?複数の巣の学校を管理でもしているのか?
…いや、それ以前に『学園都市』だと?
確認のために、七神にいくつかの質問を投げかけてみる。ここはどの翼の巣か、裏路地や外郭という単語に聞き覚えはあるか、など。
…結果としては、全てがNO、または質問の意味が分からないという旨の言葉だった。
どうやら、俺の不安は的中してしまったらしい。俺は今、都市でも外郭でもないどこかにいるということだ。
「…もう質問はよろしいでしょうか?」
「ああ。…すまないな、話の腰を折るような真似をして」
俺がそう軽く謝罪すると、七神はそれでは、と一言告げてから続きを話し始めた。
「貴方はおそらく、私たちが呼び出した『先生』…のようですが…。
…ああ、推測形でお話ししたのは、貴方がここに来た経緯を私も詳しく知らないからです。」
「…自分たちで呼び出したのに、経緯が分からないのか?」
「正確に言えば、呼び出したのは私たちが、というよりはこの連邦生徒会のトップに立つ人物が、という形なので…」
…ああ、つまり、なんだ。
「…お前は、自分の組織のトップがやらかした事によって苦労させられている、と」
「…まぁ、はい、そう、ですね…」
「…何というか…苦労してるんだな…」
場所が変わってもやはりこういう事は起こる物なのだな、と思っていると、七神が緩まった雰囲気を戻すかのように咳払いをした。
「…とりあえず、私についてきてください。先生にどうしてもやってもらわねばならない事があります。」
「ふむ。そのやらねばならない事とはなんだ?」
「…」
七神は一瞬考え込んでから、俺の問いに対してなんとも曖昧な答えを口にした。
「…学園都市の命運をかけた大事…ということにしておきましょう」
そう言った七神は俺に背中を向け、部屋を出ていく。ひとまず俺は、その背中を追うことにした。
☆☆☆☆☆
エレベーターホールに辿り着いた彼女は、ボタンを押してエレベーターを呼ぶ。
チン、という音がエレベーターの到着を知らせ、少し遅れてドアが開いた。エレベーターはガラス張りのようで、広い範囲が見渡せた。先ほどまでは気づかなかったが、どうやらここはかなり高い階らしい。
街並みを観察する俺に対し、七神が説明を始める。
「『キヴォトス』へようこそ、先生。キヴォトスは数千の学園が集まって出来ている学園都市です。これから先生が働く場所でもあります」
「…」
キヴォトス。それがこの『学園都市』の名前か。それに数千の学園…それが誇張ではなく本当のことなら、おそらくここは都市よりもよほど広大だ。
「きっと先生がいらっしゃった所とは色々な事が違っていて、最初は慣れるのに苦労するかもしれませんが.....。でも、先生なら、それほど心配しなくてもいいでしょう。
あの連邦生徒会長が、お選びになった方ですから」
「…その連邦生徒会というのは、さっきお前が言った数千の学園を統轄する組織、ということで間違いないか?」
「…とりあえずは、その認識で構いません。後でゆっくり説明させていただきます」
エレベーターの下降が止まり、ドアが開いた。
その先に見える部屋には、異なる制服を着た何人かの生徒が集まっていた。
「ですから今リン行政官を…」
「違うわよ!だから──」
その中で最も目立っていたのは、七神と同じ制服を着た生徒に詰め寄っている表面は白、裏は青のコートを羽織った、青紫の髪の生徒だった。
その生徒はこちらを振り向くとすぐに声を張り上げた。
「ちょっと待って!
代行、見つけた、待ってたわよ!今すぐ連邦生徒会長を呼んで来て!
…うん?隣の大人の方は?」
彼女がこちらに走り寄って来ると共に、他の生徒たちも集まってきた。その時、ふと違和感を感じる。
彼女たちの頭上に、光輪が浮かんでいたからだ。
…改めて見れば七神の頭上にも浮かんでいるというのに、何故俺は今まで見落としていたのだろうか。
「主席行政官、お待ちしていました」
「連邦生徒会長に会いに来ました。風紀委員長が、今の状況について納得のいく説明を要求されています」
続けて黒と赤の制服を身に着けた大きな翼を持つ生徒と、腕章を付けたベージュの髪の生徒が話しかけて来る。
「あぁ‥‥‥面倒な人たちにつかまってしまいましたね。こんにちは、各学園からわざわざここまで訪問してくださった生徒会、風紀委員会、その他時間を持て余している皆さん。こんな暇そ‥‥‥大事な方々がここを訪ねて来た理由は、よくわかっています。今、学園都市で起きている混乱の責任を問うため、でしょう?」
七神が苛立った様子を隠そうともせずにそう言うと、生徒たちが口々に不満を叩きつける。
「そこまで分かってるなら何とかしなさいよ!連邦生徒会なんでしょう!?数千もの学園自治区が混乱に陥ってるのよ!?
この前なんか、ウチの学校の風力発電所がシャットダウンしたんだから!」
「連邦矯正局で停学中の生徒達について、一部が脱走したという情報もありました」
「スケバンのような不良達が登校中のうちの生徒たちを襲う頻度も、最近急激に高くなりました。治安の維持が難しくなっています。SRTの出動の話は───」
学園に自治区があり、発電所があるということは、この学園都市における学園とは、都市でいう翼のような物なのだろうか。そして矯正局にSRT、分からない単語が多い。誰か説明してくれないだろうか。
半ば混乱しながらそんな事を考えていた俺は、次の言葉に更なる衝撃を受けることになった。
「戦車やヘリコプターなど、出処の分からない武器の不法流通も2000%以上増加しました。これでは正常な学園生活に支障が生じてしまいます」
…待て。なんだその馬鹿げた数値は。"センシャ"や"ヘリコプター"とやらが何かは知らないが、おそらく言い方からしてそれも武器なのだろう。それの不法流出が2000%増加?どうなっているんだこの場所は。治安に関しては裏路地に近いんじゃないのか?
そんな不安を感じている俺を無視し、話は進み続ける。
「こんな状況で連邦生徒会長は何をしているの?どうして何週間も顔を見せないの!?今すぐ会わせて!」
七神は一瞬こちらを振り返り、何かを言おうとしたが、先に質問に答えることを優先したようだ。
「連邦生徒会長は今、席におりません。.....正直に言いますと、行方不明になりました。」
「…え!?」
「…!」
「やはり…あの噂は…」
今まで七神に捲し立てていた生徒たちが、その言葉に驚愕の表情を浮かべる。
「『サンクトゥムタワー』の最終管理者がいなくなったため、今の連邦生徒会は行政制御権を失った状態にあります」
…なるほど。ようやく状況が掴めて来た。
つまり、連邦生徒会長が失踪したことによって行政が出来なくなった結果各地で様々な問題が発生し、それを解決するために俺が呼び出された、という訳か。
しかし、それはそれで納得のいかない点がある。
何故トップが少しの間いなくなっただけで何も出来なくなるようなシステムにしているのか。
そして何故その解決策として外部の人間である俺に頼っているのか。
…まあ、それはいずれ考えることだ。
今は一先ず、七神のしている説明に集中すべきだろう。
「タワーの認証を迂回できる方法を探していましたが、先程までそのような都合の良い方法は見つかっていませんでした。」
「先程まで....?では今は方法がある、ということですか?」
「はい。」
七神が俺に視線を向け、ようやく俺に話が振られる。
「この『先生』こそが、フィクサーになってくれるはずです」
「「!?」」
「…ふむ、俺がか?」
…この状況の解決策として呼ばれたとは予想したが、フィクサーになるとは予想していなかった。
そもそも俺にフィクサーの才能など無いだろうに。
「ちょっと待って!そもそもこの『先生』は一体どなた?どうしてここにいるの?」
青紫の髪の生徒が俺を指差しながら七神を問いただす。
「キヴォトスではないところから来た方のようですが.....『先生』だったのですね。」
「はい。こちらの衛宮先生は、これからキヴォトスの『先生』として働く方であり、連邦生徒会長が特別に指名した人物です。」
「行方不明になった連邦生徒会長が指名した『先生』...?
ますますこんがらがってきたじゃない...。」
…このキヴォトスにおいて、『先生』とはどういった意味を持つ言葉なのだろうか?
彼女たちの口ぶりからして、単に教師や研究者を指す言葉とは思えない。
…まあ、そんな事を考えるよりも彼女たちに自分が何者かというのを示す方が先だろう。
「俺は…X。管理人Xだ。妙な名前だと思うかもしれんが、あいにく名乗れる名前はこれしかない。先生でも管理人でも、好きなように呼ぶといい」
「こ、こんにちは、先生。私はミレニアムサイエンススクールの────って、挨拶なんて今している場合じゃ....!」
「そのうるさい方は気にしなくても───」
「誰がうるさいですって!?私は早瀬ユウカ!覚えておいてくださいね!X先生!」
「ああ。よろしく頼む」
そう言いながら少女──早瀬の差し出して来た手を握る。
「....先生は元々、連邦生徒会長が立ち上げた、ある部活の担当顧問としてこちらに来ることなりました。連邦捜査部、通称「S.C.H.A.L.E」。単なる部活ではなく、一種の超法的機関。
連邦組織の為、キヴォトスに存在する全ての学園の生徒達を、制限なく加入させることも可能。各学園の自治区で、制約なしに戦闘活動を行う事も可能です。
何故これだけの権限を持つ機関を、連邦生徒会長が作ったのかは分かりませんが...
シャーレの部室はここから約30km離れた外郭地区にあります。
今は殆ど何も無い建物ですが、連邦生徒会長の命令でそこの地下に「とある物」を持ち込んでいます。」
そう説明した七神は、窓の外へと視線を向けた。そしてその視線の先では、黒煙が騒動が起こっていることを知らせていた。
「先生をそこへお連れしなければなりません。……モモカ、シャーレの部室に直行するヘリが必要なんだけど────」
そう言いながら七神が誰かを呼び出すと、目の前にホログラムが現れた。
『シャーレの部室?.....あぁ、外郭地区の?そこ、今大騒ぎだけど?』
モモカと呼ばれたその生徒は袋から何かの菓子─おそらくポテトチップスの類だろう─をつまみながらそう言った。
「大騒ぎ....?」
「矯正局を脱走した停学中の生徒が騒ぎを起こしてるの。
そこは今戦場だよ?」
「.......」
七神の顔つきが鋭くなるが、ホログラムの生徒は呑気に続ける。
『連邦生徒会に恨みを抱いて、地域の不良達を先頭に周りを焼け野原にしてるみたいなの。巡航戦車までどっかから手に入れて来たみたいだよ?それで、どうやらシャーレの建物を占拠しようとしてるらしいの。
まるでそこに何か大事なものでもあるみたいな動き。
ま、でもとっくにめちゃくちゃな場所なんだから、別に大した事───
あ!!先輩、お昼ご飯のデリバリーが来たから、また後で連絡するね!』
と、ふざけたことを言いながらホログラムは消えた。
俺はため息を吐きながら、握り拳を作り身体を震わせる七神に声をかけた。
「…一旦深呼吸でもして落ち着け。
あいつの説明からすると、今はそんな下らないことに怒っている暇も無いのだろう?」
「....っ、だ、大丈夫です。少々問題が発生しましたが、大した事ではありません。」
そう言って、七神はどうにか笑いを作る。
…こめかみも震えているし、どう見ても怒りを抑えきれていないが。
すると、七神は何かを思いついたかのように早瀬たちの方へ視線を向けた。
「....な、何..?どうして私たちを見つめてるの?」
「いえ、ちょうどここに、各学園を代表する、立派で暇そうな方々がいるので。」
「えっ!?」
もはやオブラートに包むことすらせず、七神は続ける。
「キヴォトス正常化の為に、暇を持て余した皆さんの力が今、切実に必要です。さあ、行きましょう。」
そうして困惑する他の生徒たちを置いて、七神は歩き出す。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!どこに行くのよ!」
そういって七神を追いかける早瀬たちの後に続き、建物を出た俺は──
「…管理人?」
突如聞こえて来た声に、足を止めることになった。
一話仕上げるのに時間がかかり過ぎる今日この頃。
いやマジで改善しないと投稿頻度ががが…