【完結】ヒロアカレ⚪︎プ!語録使いになった先輩 作:まだら模様
続きません(多分)
第1話「やめたらこの仕事?(やめない)」
目が覚めた瞬間、まず天井が違うと思った。
知らない天井だ。白くて、安っぽくて、どこかの安アパートみたいな染みがある。記憶の中にある天井とは全然違う。
次に気づいたのは、体が小さいということだった。
手を顔の前に持ってくる。小さい。指が短い。関節のごつさがない。これは——子供の手だ。
野獣先輩は、ゆっくりと上半身を起こした。
部屋を見渡す。六畳ほどの和室。古い家具。窓から差し込む朝の光。カレンダーが壁にかかっていて、そこには知らない年号が書いてある。
頭の中を、前世の記憶が駆け巡る。
自分が誰だったか。何をしたか。何をされたか。インターネットの海で何十年も何に使われ続けたか。「野獣先輩」という名前で、どれだけの人間に笑われ続けたか——全部、ある。全部覚えている。消えていない。夢じゃない。
そして今、自分は転生している。
それも、よりにもよって——野獣先輩は窓の外を見た。遠くに、巨大なビルのシルエットが見える。空を飛ぶ人影が二つ、三つ。ヒーローだ。紛れもなく、ヒーローがいる世界だ。
あの漫画の世界だ、と野獣先輩は理解した。
ヒーローと、個性と、ヴィランが存在する世界。自分が生きていた時代に連載されていたあの漫画の、あの世界に、自分は転生している。
なんで、という疑問は一瞬浮かんだが、すぐ沈んだ。
なんでもいい。もう始まってしまっている。
野獣先輩は布団から立ち上がり、部屋の隅にある小さな鏡に自分の顔を映した。知らない顔だ。でも、どこかで見たことがある輪郭をしている。前世の自分に、少し似ている。
名前は——戸籍上の名前は、野獣先輩のままだった。
この世界でも、自分は野獣先輩として生まれてきた。親がどういう経緯でこの名前をつけたのかは知らない。でも確かに、野獣先輩という名前が戸籍に刻まれている。前世でネタにされ続けたあの名前が、また自分についている。
鏡の中の、幼い自分の顔が、なんとも言えない表情をしていた。
【個性発現——四歳の春】
個性が発現したのは、四歳の頃だった。
母親と近所のスーパーへ買い物に行ったとき、向こうから走ってきた子供が陳列棚にぶつかって大量の缶詰を崩した。重い缶が幼い野獣先輩の足元に向かって転がってくる。
反射的に、口から言葉が出た。
「こ↑こ↓」
その瞬間、転がってきた缶詰が——消えた。正確には、指差した先の地点へ、全部まとめてワープした。崩れた棚の前の空間に、缶詰が整然と集まって積み上がっていた。
周囲が静まり返った。
母親は目を丸くしていた。スーパーの店員も、他の客も、ぽかんと口を開けていた。缶詰を崩した子供だけが、なぜか直立不動で固まっていた。
野獣先輩は指差した先を見て、次に自分の手を見て、また前を見た。
やってしまった、と思った。個性が出た。しかも、なんか変なやつが。
その後、病院で検査を受けた。医者の診断は「転移系個性・発動条件:特定の発声」。発動できる語録の範囲と効果については、まだ精査が必要とのことだった。
精査の結果、判明したことがある。
この個性「ワード(淫夢語録)」は、特定の発声に連動して現象を引き起こす。しかしその発声できる言葉が、著しく偏っている。普通の言葉を喋ろうとすると、喉の奥で何かが詰まったようになる。感情のままに叫ぼうとすると、口から出てくるのは「ファッ!?」か「なんで?」か「やべぇよやべぇよ」のどれかだ。
要するに、語録しか喋れない。
前世でネタにされた、あの語録だけが、自分の武器になっている。
野獣先輩はその事実と、四歳のうちに向き合った。時間はかかったが、最終的には受け入れた。
やるしかない、という結論だった。
【中学時代——語録で生き抜く日々】
中学時代は比較的平穏だった。
語録しか喋れないという制約は、日常生活においては致命的かというとそうでもなかった。「お、そうだな」は相槌として十分機能する。「はっきりわかんだね」は感嘆詞として使える。「当たり前だよなぁ?」は確認の言葉として通じる。
問題は、細かいニュアンスが伝えられないことだった。
友人に「最近どう?」と聞かれたとき、「やべぇよやべぇよ」しか出てこない。教師に「授業の感想を言ってみなさい」と言われたとき、「あーもうめちゃくちゃだよ」しか出てこない。好きな食べ物を聞かれたとき、「冷えてるか〜?」しか出てこない。
それでも、なんとかなった。
周囲の人間は最初困惑したが、しばらくすると「野獣くんはそういう喋り方をする人」として受け入れてくれた。クラスメイトの中には「野獣語録解読」を趣味にする者まで現れた。「やべぇよやべぇよ」が出たときは焦っている、「当たり前だよなぁ?」が出たときは機嫌がいい、という具合に。
個性の戦闘面での有用性も、中学の個性訓練の授業で徐々に判明してきた。
「こ↑こ↓」で指定座標への強制転移。「なんで?」で相手の能力効果を一瞬反転。「やべぇよやべぇよ」で危機察知アラートが自動発動し回避率が上昇する。「お前さぁ…」で相手の思考が一瞬停止する。
使いづらい。使いづらいが、使えないわけではない。
野獣先輩はこつこつと語録の効果を把握し、戦闘に応用する練習を続けた。
そして中学三年の秋、雄英高校の受験を決意した。
理由は単純だった。この世界にはヒーローがいる。誰かを守ることが職業として成立している。前世で笑われ続けた男が、今度こそ笑わせながらも誰かを守る側に立てるなら——それでいい。
本人は至ってマジメだった。ギャグは全部無自覚だった。
雄英高校の入試前日、野獣先輩は自室で最終確認をしていた。
机の上に、語録と効果の対応表を書いたノートが広げてある。自分で作った。几帳面な字で、丁寧に書かれている。
拘束・妨害系。強化・バフ系。空間・環境操作系。防御・カウンター系。確率・バグ枠。
全部で三十二種類の語録が、現時点で戦闘に転用できることが確認されている。組み合わせることでさらに応用が利く。「いいゾ〜これ」で状態異常を無効にしながら「当たり前だよなぁ?」で威力を上げる、といった複合運用も試行済みだ。
問題は、発動のタイミングだ。
語録は感情と連動している部分がある。極度の緊張状態では出てくる語録が限定される。逆に、リラックスしているときのほうが引き出しが広い。入試本番でどこまで冷静でいられるかが鍵だった。
野獣先輩はノートを閉じ、天井を見上げた。
前世では、自分は笑われる側だった。自分の意思でやったことが拡散されて、文脈をはぎ取られて、ネタにされ続けた。名前も、顔も、言葉も、全部笑いの材料にされた。
それは今も、消えていない記憶だ。消えないし、消えなくていい、とも思っている。
あの記憶があるから、誰かがネタにされているのを見ると、黙っていられない。あの記憶があるから、弱い立場の人間が踏みにじられているのを見ると、口から勝手に何かが出てくる。
その「何か」が、たまたま個性と連動している。
それだけのことだ、と野獣先輩は思った。
翌朝、起きたらすぐ飯を食って、雄英に行く。それだけだ。
目を閉じながら、ふと脳裏に言葉が浮かんだ。
前世でよく言われた言葉——「やめたらこの仕事?」
そうだな、と野獣先輩は思った。やめない。この仕事——ヒーローを目指すことは、やめない。
【入試当日——受付にて】
雄英高校の正門前は、朝から人だらけだった。
受験生が何百人もいる。みんな緊張した顔をしている。個性の気配がそこかしこに漂っていて、空気がぴりぴりしていた。
野獣先輩は列に並びながら、周囲を観察した。
隣に並んでいる緑色の髪の少年が、ぶつぶつと何かを呟きながらメモを取っている。すごく緊張しているのが伝わってくる。あと、なんか見覚えがある気がする。でも今は考えない。
受付で名前を告げる。
「野獣先輩です」
受付の職員が手元のリストを確認して、一瞬だけ動きを止めた。顔を上げて、野獣先輩の顔を見て、またリストを見た。
「……野獣、先輩さん。はい、確認できました。番号札をどうぞ」
プロだ、と野獣先輩は思った。動揺を顔に出さなかった。
番号札を受け取って、指定された試験会場へ向かう廊下を歩いていると、前から歩いてきた大柄な男性教員とすれ違った。
大きい。とにかく大きい。筋肉の塊みたいな体格で、顔にはオールバックの髪と細い目。
相澤消太——いわゆる「抹消」の個性を持つプロヒーロー、イレイザーヘッドだ。原作で読んだ。
すれ違いざま、相澤はちらりと野獣先輩の番号札を確認した。それだけだった。表情も変えず、そのまま通り過ぎていく。
問題なかった。
野獣先輩は自分の試験会場へ向かった。
【筆記試験】
筆記試験は、問題なかった。
語録しか喋れないが、文字は普通に書ける。頭の中で考えること、計算すること、記憶することは通常通りできる。制約は発声のみだ。
数学、国語、理科、社会、英語——全科目、淡々と解いた。隣の席の受験生が途中で鉛筆を落として焦っているのを横目に見ながら、野獣先輩は最後の問題まで解き切った。
試験官が「終了です」と告げたとき、口から出てきたのは「やったぜ。」だった。
周囲の受験生が数人、振り返った。
ら
野獣先輩は静かに答案を裏返して、前を向いた。
実技試験の説明は、プレゼントマイクが担当した。
金髪で長髪、でかいヘッドフォン。テンションが高い。マイクを使った拡声系の個性らしく、声がよく通る。
「イェーーーーーーッ!雄英高校の入試ルールをかましてくぞオラァ!」
受験生がどよめく中、野獣先輩は静かに説明を聞いた。
仮想敵都市に三種類のロボットが配置されている。それぞれ一点、二点、三点。制限時間内にできるだけ多くポイントを稼ぐ。ゼロポイントロボットという障害ロボットもいる——これは倒しても点にならず、むしろ無駄に相手をすると時間を食う。
理解した。
野獣先輩の個性は、直接的な破壊力よりも制御と妨害に向いている。ロボット相手には相手の「思考停止」は使えない——あれはAIには効かない可能性が高い。転移系と環境操作系を中心に組み立てる必要がある。
頭の中で戦略を組む。
「スタートォ!」
ゲートが開いた。
仮想敵都市に踏み込んで、最初に遭遇したのは一点ロボットが三体だった。
人型の金属ボディ。動きは単純。センサーで受験生を検知して突進してくるタイプ。
野獣先輩は立ち止まり、三体が自分に向かって走ってくるのを見た。
落ち着け。語録を選べ。
「こ↑こ↓」
指差した地点——三体のロボットが密集していた地点の十メートル先——へ、三体がまとめてワープした。勢いがそのままついていたので、三体は激突して重なり合って転倒した。
野獣先輩はそのまま歩いて近づき、転倒したロボットのセンサー部分を踏み潰した。
三点獲得。時間にして十二秒。
我ながらいいな、と思いながら次の区画へ向かう。
次は二点ロボットが二体。こちらは少し動きが速い。突進だけでなく、腕を振って攻撃してくる。
一体目が腕を振り上げたところで、野獣先輩は口を開いた。
「なんで?」
ロボットの攻撃モーションが——反転した。振り上げた腕が、自分の頭部センサーに向かって振り下ろされた。自爆だ。センサーが粉砕されてロボットが停止する。
二体目が突進してきたとき、野獣先輩は一歩だけ横に動いた。
「やべぇよやべぇよ」
自動的に危機察知が発動し、最適な回避角度が直感で分かる。ロボットの突進を紙一重でかわしながら、勢いを利用して「こ↑こ↓」で壁面にワープさせた。ロボットは壁に激突して停止した。
二点×二体、四点追加。
悪くない。
野獣先輩は淡々とポイントを稼ぎ続けた。
試験開始から四分が経過したころ、地面が揺れた。
来た、と野獣先輩は思った。ゼロポイントロボットだ。
巨大な金属の塊が、建物を押しつぶしながら移動してくる。あれに関わると時間を無駄にする。周囲の受験生が逃げ惑っている。
野獣先輩は状況を確認した。逃げ遅れている受験生が一人いる。足が縺れて転んでいる。ゼロポイントロボットがそこへ向かっている。
迷わなかった。
走る。転んでいる受験生——緑色の髪の少年だ、さっき列に並んでいた子だ——のそばに近づきながら、ロボットを見上げた。
でかい。本当にでかい。十五メートル以上ある。直接「こ↑こ↓」でワープさせるには対象がでかすぎる。転移できるのは俺より小さいものだけだ。
じゃあ違う手だ。
「ぬわああああん疲れたもおおおん」
叫んだ瞬間——野獣先輩を中心に、重力増加フィールドが展開された。
半径十メートル以内の重力が、急激に上昇する。転んでいた緑色の少年が地面に押しつけられてうめき声を上げた。申し訳ないが今は我慢してくれ。
重力増加フィールドの効果は——重いものほど、より強く引っ張られる。
十五メートルの巨大ロボットが、急速に速度を落とした。脚部が地面にめり込んでいく。推進力が重力に負けて、動きが止まる。完全停止まで三秒。
三秒で十分だ。
「こ↑こ↓」
停止したロボットの頭部センサーユニット——唯一、取り外せるサイズのパーツ——を指差した。
センサーユニットが手元にワープしてきた。野獣先輩はそれを地面に叩きつけた。
ゼロポイントロボットが、完全に停止した。
重力フィールドが解除される。緑色の少年が「ぐっ」と声を上げて立ち上がろうとしている。
野獣先輩は少年の腕を掴んで引っ張り上げた。
「やりますねぇ!」
言いながら走り出す。ロボットの残骸が崩れてくる前に、その場を離れた。
試験終了の合図が鳴ったとき、野獣先輩の獲得ポイントは合計四十一点だった。
試験官の発表でも、上位グループに入っていた。
救護テントで、回復ヒーローのリカバリーガールに腕の擦り傷を治してもらった。小さなキスを頬にされた瞬間、傷が塞がった。便利な個性だと思った。
「あんた、変わった戦い方するわね。語録個性ってのは珍しいけど、使い方がよかった。重力増加は消耗が激しいから気をつけなさい」
リカバリーガールにそう言われたとき、野獣先輩は素直にうなずいた。
「はっきりわかんだね」
「……そう。分かってるなら結構」
リカバリーガールは慣れた様子で流してくれた。経験豊富なプロだ。
テントを出ると、さっきの緑色の少年が腕を包帯で巻かれて座っていた。何かをやったらしく、腕がかなりダメージを受けているようだった。
野獣先輩は少年の前で立ち止まった。少年が顔を上げる。
「あ、さっきの……! 助けてくれてありがとうございました! すごく、すごかったです!」
少年は目を輝かせていた。本当に嬉しそうだった。語録しか喋れない自分の戦いを、すごかったと言ってくれている。
野獣先輩は少し考えて、口を開いた。
「お前のことが好きだったんだよ!」
少年がぽかんとした顔になった。
「え……? あ、ありがとう……? えと……」
真っ赤になっている。誤解させてしまった。そういう意味じゃない。言いたかったのは「お前のこと気に入ったよ」に近いニュアンスだ。でも語録にそういう言葉がない。
野獣先輩は内心で苦笑しながら、軽く手を上げて歩き出した。
「いいよ!こいよ!」
少年が何か言いかけていたが、野獣先輩はそのまま帰路についた。
合格発表は後日だ。
やるだけやった、と思った。
その日の夜、雄英高校の職員室では採点作業が進んでいた。
相澤消太は手元のタブレットで試験映像を確認していた。
気になった受験生が二名いた。一人は無個性と言われながら独自の戦い方を見せた緑色の髪の少年。もう一人は——
「野獣先輩……」
相澤は声に出してから、口を閉じた。隣の席のプレゼントマイクがのんきな顔でこちらを見ている。
「知り合い?」
「いや」
短く答えて、相澤はタブレットに視線を戻した。
映像の中で、野獣先輩が「ぬわああああん疲れたもおおおん」と叫びながら重力フィールドを展開している。
相澤は無表情を保った。保ったが——こめかみがわずかに動いた。
知っている。その言葉を知っている。
学生時代、先輩に教えてもらったオールドネットのアーカイブ。100年以上前に流行ったという動画文化。その中に、確かにあった——野獣先輩、という名前で呼ばれた男の動画が。
まさか本人が転生してくるとは思わなかった。
いや、転生とは限らない。ただの同名で同じような語癖の個性持ちかもしれない。
相澤はそう自分に言い聞かせながら、採点を続けた。
評価は——高い。妨害系、転移系、環境操作系を状況に応じて使い分けている。即興性と判断力がある。ゼロポイントロボットへの対応は特に評価できる。直接戦闘を避けて、弱点を的確に狙った。
実技、筆記ともに上位圏内。合格ラインは超えている。
相澤は採点結果を入力しながら、一度だけ映像を止めた。
画面の中で、野獣先輩が「やったぜ。」と呟いている場面だ。
相澤は三秒間、その画面を見つめた。
それから何事もなかったように採点を再開した。
隣のプレゼントマイクが「どしたの?」と声をかけてきたが、相澤は答えなかった。
合格通知が届いたのは、試験から数日後だった。
封筒を開けると、ホログラム映像が飛び出してきた。筋骨隆々の大きな人物が、満面の笑みで語りかけてくる。
「合格おめでとう! 君は雄英高校ヒーロー科に合格した! 来たまえ!野獣少年!ここが君のヒーローアカデミアだ!」
ナンバーワンヒーロー、オールマイトだ。
野獣先輩はホログラム映像を見ながら、静かに息を吐いた。
合格した。
この世界で、ヒーローを目指すことができる。語録しか喋れなくても、前世の記憶を全部抱えていても、自分は合格した。
「やったぜ。」
誰に言うでもなく、部屋の中で呟いた。
ホログラム映像の中のオールマイトが笑っている。その笑顔を見ながら、野獣先輩は思った。
この人も、知っているのだろうか——とは、思わなかった。そんなわけがないと思った。
だからその考えは、すぐに頭から追い出した。
合格通知を丁寧に折りたたんで、机の引き出しにしまった。
明日から、入学の準備を始めよう。
野獣先輩は立ち上がり、窓の外を見た。夕暮れの空に、遠くヒーローの影が飛んでいる。
「いいゾ〜これ」
呟いて、カーテンを閉めた。