【完結】ヒロアカレ⚪︎プ!語録使いになった先輩   作:まだら模様

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ドンドンいくぞー!DJDJ!
キャラ崩壊、ストーリー崩壊等含みます
ご注意ください。


第6話「いいよ!こいよ!(体育祭・一対一)」

 

 

 トーナメント表が貼り出された。

 

 野獣先輩の第一回戦の相手は爆豪勝己。

 

 控え室で切島が「大丈夫っすか?」と聞いてきた。

 

「ま、多少はね?」

 

「多少で勝てる相手じゃないっすよ爆豪くん……」

 

「大丈夫大丈夫、ヘーキヘーキ」

 

「全然ヘーキじゃなさそうな顔してますよ?!」

 

 野獣先輩の顔は至って平静だった。切島が勝手に心配している。

 

 野獣先輩は静かに目を閉じた。

 

 爆豪勝己。個性「爆破」。掌から分泌する爆発性の汗を爆破させる。威力・速度・応用力、全てが高水準だ。USJで一度戦い、体育祭の騎馬戦でも相対した。向こうも野獣先輩の語録をある程度把握している。

 

 読まれている語録は使いにくい。

 

 使いにくいが——使えないわけではない。

 

「ピトン…ポチョン…」

 

 切島が「何それ」と言ったが、野獣先輩はもう目を開けていた。

 

 準備は、できている。

 

-

 

 スタジアムが沸いた。

 

 プレゼントマイクの実況が響く。

 

「さあ始まりました一対一トーナメント! 第一試合は1-A同士の対決! 爆豪勝己くんvsヤジュウ・センパイくん! どちらも体育祭で活躍を見せた二人です!」

 

 フィールドの中央に二人が向かい合った。

 

 爆豪は腕を組んでいない。すでに戦闘態勢だ。目が鋭い。

 

「お前の語録、大体読んだ。「何してんすか」で俺の爆破をキャンセルする気だろ。「痛いですね」でカウンターする気だろ。「こ↑こ↓」で転移して逃げる気だろ」

 

 爆豪が静かに言った。珍しく冷静だ。

 

「全部読んでる。だから——全部叩き潰す」

 

 野獣先輩は爆豪を見た。

 

「いいよ!こいよ!胸にかけて!胸に!」

 

 スタジアムが一瞬静まり返った。

 

 爆豪の表情が変わった。冷静だった顔が、微妙な顔になった。

 

「……何を胸にかけるんだ」

 

「当たり前だよなぁ?」

 

「なってねぇわ!」

 

 開始の合図が出た。

 

 

 

 爆豪が即座に爆破で飛び上がった。上空からの制圧だ。下から狙われにくく、爆破の威力を最大限に活かせる。

 

 野獣先輩は上を見た。

 

「TARGET…CAPTURED…BODY SENSOR…」

 

 爆豪の位置が精確に把握できた。上空十メートル。右方向に移動中。

 

 爆豪が急降下しながら爆破を撃ってきた。

 

「やべぇよやべぇよ」

 

 危機察知が発動した。回避ルートが見えた。左に跳ぶ。爆破がさっきまで野獣先輩がいた場所を焼いた。

 

「遅ぇ!」

 

 爆豪が着地と同時に連続爆破を展開した。右、左、前。逃げ場を塞ぐ形だ。

 

 野獣先輩は後退しながら、口を開いた。

 

「ンアッー!」

 

 スタジアムが静まり返った。

 

 爆豪の爆破が、その瞬間全部止まった。

 

 何が起きたか誰にも分からなかった。爆豪本人も止まった。野獣先輩も何が起きたか分からなかった。

 

 二秒後、爆破が再開した。

 

「今何が——」

 

「ないです」

 

「ないって何がだ!」

 

 爆豪が舌打ちして次の爆破を放った。

 

 野獣先輩は横に跳びながら指を向けた。

 

「こ↑こ↓」

 

 爆豪が野獣先輩の後方にワープした。——転移したのは爆豪だ。物ではなく、人間を直接転移させた。

 

「テメェ、今俺を——」

 

「俺もやったんだからさ」

 

「やったって何を!」

 

 爆豪が再び爆破で飛び上がった。今度は距離を取りながら、大きな一撃を溜め始めている。

 

 掌に爆発性の汗が溜まっていく。最大出力の爆破だ。

 

「だいぶ溜まってんじゃんアゼルバイジャン」

 

 スタジアムの観客が数人「アゼルバイジャン?」とざわめいた。

 

 爆豪の溜めていた爆発が、強制的に放出された。

 

 溜めていた威力がそのまま爆豪の掌で爆発した。爆豪が「あ゛あ゛!?」と声を上げて体勢を崩した。上空でバランスを失う。

 

 野獣先輩は落下してくる爆豪を見た。

 

「そして天は鳴き、大地は震えるだろうね」

 

 フィールドが振動した。地面が細かく揺れ、着地しようとした爆豪が足をとられた。膝をついた。

 

 野獣先輩がその瞬間に距離を詰めた。

 

「お前さぁ…」

 

 爆豪の思考が一瞬止まった。ツッコミ待ち硬直。一秒間、爆豪が完全にフリーズした。

 

 野獣先輩は爆豪の腕を掴んで、フィールドの外に向けた。

 

「こ↑こ↓」

 

 爆豪が場外にワープした。

 

 場外判定。

 

 試合終了のブザーが鳴った。

 

 

 

 フィールドの外に転移させられた爆豪は、しばらくその場に立っていた。

 

 野獣先輩がフィールドから出てきた。

 

 爆豪が振り返った。

 

「お前、アゼルバイジャンって何だ」

 

「はっきりわかんだね」

 

「わかんないのかよ! お前が言ったんだろ!」

 

「当たり前だよなぁ?」

 

「なんで当たり前なんだ!」

 

 爆豪が叫んだ。叫んでから、深呼吸した。

 

「……「ンアッー!」って何だ」

 

「ないです」

 

「ないって何が!」

 

「多少はね?」

 

「多少で済む話じゃないだろ!」

 

 爆豪が最終的に舌打ちして歩き去った。

 

 その後ろ姿を見ながら、切島が野獣先輩の隣に来た。

 

「……勝ったんすね」

 

「やったぜ。」

 

「かっけぇ……なのかこれ」

 

-

 

 プレゼントマイクは今日、本当に死ぬかもしれないと思っていた。

 

 騎馬戦でギリギリ耐えたのに、一対一トーナメントが始まった途端に第一試合からこれだ。

 

「いいよ!こいよ!胸にかけて!胸に!」

 

 (知ってる)

 

「ンアッー!」

 

 (知ってる!!!)

 

「だいぶ溜まってんじゃんアゼルバイジャン」

 

 (知ってる知ってる知ってる)

 

「そして天は鳴き、大地は震えるだろうね」

 

 (あのシーンのやつ!!!)

 

 プレゼントマイクはマイクを持ちながら、顔が引きつっていた。実況しなければならない。

 

「い、いやぁ~! 野獣選手、独自の語録個性で爆豪くんを翻弄! 「だいぶ溜まってんじゃんアゼルバイジャン」という語録で爆豪くんの溜め攻撃を強制放出! これは……これは……」

 

 プレゼントマイクの声が微妙に震えた。

 

 隣で相澤がメモを取っている。

 

「……ショータ」

 

「なんだ」

 

「お前さっきから何回メモした」

 

「関係ない」

 

「絶対関係あるだろ! 何書いてんの!」

 

「語録の効果記録だ。教師として把握しておく必要がある」

 

 プレゼントマイクは相澤のメモを横目で見た。

 

 びっしりと語録と効果が書き込まれていた。ところどころに「(!)」というマークがついていた。

 

 相澤が「(!)」をつけるのは、よほど驚いたときだ。

 

「ショータ、何個「(!)」ついてる」

 

「……七個だ」

 

「今日だけで七個!?」

 

「実況しろ」

 

 プレゼントマイクはマイクを向き直した。

 

 モニターの中で野獣先輩が「やったぜ。」と言っている。

 

「……や、やったぜ! 野獣選手、見事一回戦突破!!」

 

 マイクを通さない声で、プレゼントマイクはぼそりと言った。

 

「……こいつ、どこまでやるんだ……」

 

 

 

 二回戦の相手は上鳴電気だった。

 

 上鳴が「俺で良かった……でも、野獣先輩さん相手は厳しいな……」と正直に言っていた。

 

 フィールドに向かい合って立った。上鳴が苦笑いしている。

 

「野獣先輩さん、よろしくお願いします。手加減はしないっすよ?」

 

「おっ大丈夫か大丈夫か?」

 

「俺が心配されてる!?」

 

 開始の合図が出た。

 

 上鳴が即座に全方向への放電を展開した。広範囲の電撃だ。逃げ場がなくなる。

 

「やべぇよやべぇよ」

 

 危機察知で回避ルートが見えた。地面を転がりながら電撃をかいくぐった。

 

「す、すごいっすね回避力! でも——まだあります!」

 

 上鳴が再び放電した。今度はより広い範囲に。

 

「カスが効かねぇんだよ」

 

 電撃が野獣先輩に直撃した。が——ダメージがない。無敵フィールドが展開された。

 

「えっ」

 

 上鳴が目を丸くした。

 

「電撃効かない個性じゃないですよね? さっき確認したんですけど……」

 

「ないです」

 

「じゃあなんで!」

 

「多少はね?」

 

「多少じゃない!!」

 

 上鳴が出力を最大にした。スタジアム全体に影響が出るほどの電撃だ。周囲の機材が一時的に誤作動する。

 

 野獣先輩は電撃を受けながら、真っすぐ歩いた。無敵フィールドが続いている間に距離を詰める。

 

 そして上鳴の目の前に立った。

 

「お前どう?」

 

 上鳴が「ハ?」という顔をした。

 

「どうって……」

 

「お前どう?」

 

 上鳴が固まった。試合中に「調子どう?」と聞かれた経験がないらしく、完全に思考が止まった。

 

 野獣先輩は上鳴の肩を軽く押した。

 

 上鳴がフィールドの外に出た。

 

 場外判定。

 

 上鳴がしばらく地面に座っていた。

 

「……なんで負けたのか説明できない……」

 

「当たり前だよなぁ?」

 

「当たり前じゃないでしょ!!」

 

 

 

 準決勝の相手は轟焦凍だった。

 

 トーナメント表を見た瞬間、切島が「うわぁ……」と言った。二回目だった。

 

「野獣先輩さん、轟くん強いっすよ。左半身の炎と右半身の氷を使い分けて、しかも今日は右しか使ってない……」

 

「ピトン…ポチョン…」

 

「明鏡止水でいくってこと?」

 

「当たり前だよなぁ?」

 

「……なんか勝てそうな気がしてきた!」

 

 切島が謎の確信を持ち始めた。

 

 フィールドで向かい合った。

 

 轟は無表情だ。今日ずっと左の炎を使っていない。氷だけで戦っている。

 

「野獣先輩」

 

 轟が珍しく先に話しかけてきた。

 

「今日の試合、全部見てた。語録の効果、大体把握した。氷には「おまたせアイスティー」の冷却が干渉してくる。転移は「こ↑こ↓」。回避は「やべぇよやべぇよ」。無敵は「カスが効かねぇんだよ」」

 

 轟が淡々と並べた。

 

「だから、氷を使わない」

 

 左半身から炎が出た。

 

 今日初めて轟が左側を使った。

 

 スタジアムがざわめいた。

 

「行くぞ」

 

「いいよ!こいよ!」

 

 轟の炎が迫ってきた。

 

 野獣先輩は正面から受けた。

 

「痛いですね…これは痛い」

 

 カウンター発動。炎のダメージが跳ね返った。轟が熱波を受けて後退した。

 

「……炎もカウンターできるのか」

 

「ありますあります」

 

 轟が氷に切り替えた。右半身から大量の氷が広がってくる。フィールド全体が凍り始める。

 

「おまたせ!アイスティーしかなかったけどいいかな?」

 

 野獣先輩の冷却フィールドが展開された。轟の氷と野獣先輩の冷却フィールドが干渉して、氷の広がりが止まった。

 

「……氷で氷を止める」

 

 轟が眉を動かした。今日何度目かの表情変化だ。

 

「Foo↑気持ちぃ~」

 

 野獣先輩の全身に力が湧き上がった。高揚状態バフが発動した。動きが軽くなった。

 

 轟が炎と氷を同時に使った。左から炎、右から氷。二方向からの同時攻撃だ。

 

「ファッ!?」

 

 時間が止まった。コンマ三秒。

 

 その間に野獣先輩は二方向の中間を素通りした。

 

 時間が戻った。轟の炎と氷が互いに干渉して中和した。

 

「……今、時間が止まったか」

 

「当たり前だよなぁ?」

 

 轟が短く考えた。

 

「俺に勝ちたいなら、炎を止めてみせろ」

 

 轟の左半身から、これまでより大きな炎が出た。フィールドの温度が上昇する。

 

 野獣先輩は炎を見た。

 

「まずうちさぁ、屋上…あんだけど、焼いてかない?」

 

 スタジアムが完全に静まり返った。

 

 轟が止まった。

 

「……今、焼くと言ったか」

 

「ないです」

 

「ないとはどういう意味だ」

 

「多少はね?」

 

 轟がしばらく沈黙した。それから言った。

 

「……よくわからないが、強い」

 

 轟が炎の出力を最大にした。前面全体を覆う炎の壁だ。

 

 野獣先輩は炎の壁を見た。

 

「菅野美穂」

 

 神ノ歩が発動した。足裏の感覚が極限まで研ぎ澄まされた。

 

 野獣先輩は炎の壁の下、地面すれすれを走った。

 

 炎は上方向に燃え広がる性質がある。地面ぎりぎりには炎の薄い部分がある。菅野美穂で研ぎ澄まされた足裏が、その隙間を探し当てた。

 

 炎の壁を潜り抜けた。

 

 轟の目の前に出た。

 

「お前さぁ…」

 

 轟の思考が一瞬止まった。

 

 野獣先輩は轟の両肩を掴んだ。

 

「こ↑こ↓」

 

 轟が場外にワープした。

 

 試合終了のブザーが鳴った。

 

 スタジアムが沸いた。

 

 

 

 フィールドから出てきた轟が野獣先輩に近づいた。

 

 無表情だ。でも今日の試合で何度か表情が動いたので、轟にとってもこの試合が特別なものだったことは分かる。

 

「一つ聞いていいか」

 

「入って、どうぞ!」

 

 轟が少し止まった。それから続けた。

 

「「まずうちさぁ屋上あんだけど焼いてかない?」というのは、何かの意味があるのか」

 

 野獣先輩は轟を見た。

 

「ないです」

 

「ないのか」

 

「当たり前だよなぁ?」

 

 轟がしばらく考えた。

 

「……わかった」

 

 轟が歩いていった。

 

 何が分かったのかは謎だが、轟が納得した顔をしていたので問題ないだろう、と野獣先輩は思った。

 

 切島が飛んできた。

 

「野獣先輩さん! 決勝行くんすか!!」

 

「やりますねぇ!」

 

「っしゃああ!!!」

 

 

 

 決勝の相手は緑谷出久だった。

 

 トーナメント表を見た野獣先輩は、内心で少し驚いた。緑谷が決勝まで来た。

 

 緑谷は今日ずっと個性を使っていない。一度も使っていないのに決勝まで来た。頭と体だけで戦ってきた。

 

 控え室で緑谷が野獣先輩のところに来た。

 

「野獣先輩さんと決勝……正直、すごく嬉しいです」

 

「いいねぇー」

 

「でも、手は抜きませんよ」

 

「当たり前だよなぁ?」

 

「……はい」

 

 緑谷が笑った。いい顔だ。

 

-----

 

 フィールドで向かい合った。

 

 緑谷は構えている。野獣先輩の語録を一番理解しているのは緑谷だ。ノートを作っているくらいだから、対策も一番考えている。

 

「野獣先輩さん」

 

「お、そうだな」

 

「今日のここまでの語録、全部見てました。「ンアッー!」が時間停止、「だいぶ溜まってんじゃんアゼルバイジャン」が強制放出、「そして天は鳴き大地は震えるだろうね」が震動、「菅野美穂」が足場感覚強化。全部ノートに追記しました」

 

「はっきりわかんだね」

 

「把握してます。だから——」

 

 緑谷がこちらを見た。

 

「全部わかった上で、それでも全力でぶつかります」

 

 開始の合図が出た。

 

-----

 

 緑谷が走ってきた。

 

 個性を使っていないのに速い。体だけで詰めてくる。

 

「やべぇよやべぇよ」

 

 危機察知が発動した。回避ルートが見えた。右に跳ぶ。

 

 緑谷が軌道を変えた。

 

 読んでいる。

 

「こ↑こ↓」

 

 緑谷の前方にワープしようとした。が——緑谷が転移先を予測して先回りした。

 

「語録ノートのおかげで転移先も予測できます!」

 

「うせやろ?」

 

「うせじゃないです!」

 

 緑谷が野獣先輩の腕を掴んだ。そのまま投げようとした。

 

「お前さぁ…」

 

 緑谷の思考が止まった。硬直した緑谷の手が、一瞬緩んだ。

 

 野獣先輩は逃げた。

 

「それも対策しておくべきでした……!」

 

 緑谷が悔しそうな顔をした。それでも追いかけてくる。止まらない。

 

「野獣先輩さん、一つだけ確認してもいいですか!」

 

「ないです」

 

「試合中ですが! 「お前さぁ…」って、僕以外の人間にも毎回効くんですか?」

 

 野獣先輩は走りながら答えた。

 

「当たり前だよなぁ?」

 

「じゃあ自分に使ったら?」

 

 野獣先輩が止まった。

 

 自分に「お前さぁ…」を使ったら。

 

 自分の思考が止まる?

 

「ないです」

 

「試したことないんですね。じゃあ——」

 

 緑谷が跳んだ。上から来る。

 

「せめて一回! 自分に使ってみてください!」

 

「なんで?」

 

 緑谷の動きが止まった。

 

 「なんで?」が緑谷に直撃した。緑谷が空中で動きを失って、そのまま地面に落ちた。

 

 ドスン、という音がした。

 

「……今の「なんで?」は質問じゃなくて個性の発動ですか……」

 

「ありますあります」

 

「どっちもあるんですか!?」

 

 緑谷が立ち上がった。膝が少し擦れている。

 

「野獣先輩さん、最後に一個だけ聞いていいですか」

 

「入って、どうぞ!」

 

「……もう質問は入れません。行きます」

 

 緑谷が走った。

 

 今度は語録の合間を狙って来る。語録を使った直後の一瞬の隙を突く作戦だ。観察眼がいい。

 

 野獣先輩は走りながら考えた。

 

 緑谷は語録を全部把握している。使った直後に来る。ならば——

 

「He didn’t…he begin…」

 

 スタジアムが静まり返った。

 

 緑谷が止まった。

 

「……今の語録、ノートにないです」

 

「ありますあります」

 

「なんの効果ですか!」

 

 効果は——野獣先輩自身もまだ完全には把握していない語録だった。

 

 発動した感覚はある。何かが発動した。でも何が発動したかが分からない。

 

「これもうわかんねぇな」

 

「本人もわかんないの!?」

 

 緑谷がノートを出した。試合中なのにノートを出した。

 

「メモしていいですか」

 

「いいよ!こいよ!」

 

「メモしながら試合します!」

 

 緑谷がノートに「He didn’t…he begin…→効果不明(本人も)」と書きながら、片手で野獣先輩を追いかけてきた。

 

 そのまましばらく逃げと追いかけが続いた。

 

 最終的に野獣先輩が「こ↑こ↓」で緑谷を場外に転移させようとしたとき、緑谷が踏ん張った。

 

 ノートを鞄に戻して、両足で地面を踏みしめた。

 

「今日の試合で、個性を使う覚悟ができました」

 

 緑谷の右手に、微かな光が灯った。

 

「いくら転移させようとしても、全力で戻ってきます」

 

「馬鹿野郎お前俺は勝つぞお前!」

 

「僕もです!」

 

 二人が同時に動いた。

 

 野獣先輩が「こ↑こ↓」で転移と同時に「お前さぁ…」を発動した。緑谷の思考が止まる。

 

 が——緑谷の右手がデトロイトスマッシュを放った。無意識の反射だ。思考が止まっていても、体が動いた。

 

 直撃した。

 

 野獣先輩が吹っ飛んだ。フィールドの端まで飛んだ。

 

 ぎりぎりフィールド内だった。

 

 野獣先輩は立ち上がった。全身が痛い。

 

「痛いですね…これは痛い」

 

 カウンター発動。ダメージが緑谷に跳ね返った。緑谷が膝をついた。

 

 二人が同時に立ち上がった。

 

 どちらも限界に近い。

 

「野獣先輩さん」

 

「お、そうだな」

 

「今日の試合、楽しかったです」

 

「いいゾ〜これ」

 

 緑谷が笑った。

 

 そして緑谷が右手にデトロイトスマッシュを溜め始めた。全力だ。

 

 野獣先輩はそれを見た。

 

「しかし、修行やってます。いつの日か世界を救うと信じて。」

 

 緑谷が、一瞬、動きを止めた。

 

 コンマ三秒。

 

 その隙に野獣先輩が「こ↑こ↓」で緑谷を——転移させようとした。

 

 が、間に合わなかった。デトロイトスマッシュが放たれた。

 

 直撃した。

 

 野獣先輩が場外に吹っ飛んだ。

 

 試合終了。

 

 緑谷の優勝が決まった。

 

 

 

 

 

 救護エリアで、二人が並んで手当てを受けていた。

 

 緑谷の右手に包帯が巻かれている。野獣先輩は全身に打撲がある。

 

「……すみません、最後はほぼ無意識で」

 

「ないです」

 

「謝罪は受け取ってください!」

 

「当たり前だよなぁ?」

 

「当たり前じゃないと思うんですけど!」

 

 緑谷がため息をついた。それから少し笑った。

 

「野獣先輩さんと戦って、一つ分かりました」

 

「お、そうだな」

 

「語録は……まだ全部は解読できません」

 

「はっきりわかんだね」

 

「これからも解読続けます」

 

「いいゾ〜これ」

 

 緑谷が嬉しそうな顔をした。

 

 野獣先輩は包帯を巻かれながら、今日の試合を振り返った。

 

 準優勝か、と思った。

 

 悪くない。

 

「やったぜ。」

 

「準優勝で「やったぜ」なんですね」

 

「当たり前だよなぁ?」

 

「……まあ、当たり前かもしれないですね」

 

 今回は緑谷が納得した顔をしていた。

 

 

 

 全競技が終わり、スタジアムの照明が落ち始めた頃。

 

 プレゼントマイクが放送席の椅子に深く沈み込んでいた。

 

 隣で相澤がメモ帳を閉じた。

 

「……何語録、今日」

 

「二十三種類だ」

 

「二十三!!」

 

「俺のメモに二十三種類の語録と効果が記録された。うち七種類は今日初めて確認したものだ」

 

「よく記録できたな……俺なんか実況しながら死にかけてたぞ……」

 

 相澤がメモ帳をしまった。

 

「……ちなみに、「ンアッー!」で時間が止まった理由は分析できていない」

 

「俺も分からん」

 

「本人も分からないと言っていた」

 

「分からないことが三人揃ったな」

 

 二人の間に沈黙が流れた。

 

 プレゼントマイクが天井を見上げた。

 

「ショータ」

 

「なんだ」

 

「「まずうちさぁ屋上あんだけど焼いてかない?」って轟くんに言ったとき、轟くんなんて返した?」

 

「「……よくわからないが、強い」だ」

 

「それ正解すぎるだろ……」

 

 プレゼントマイクが力なく笑った。

 

 相澤がメモ帳を再び開いた。

 

「お前、来週の授業でこの語録を全部使った演習を考えてみろ」

 

「無理に決まってんだろ!!」

 

 職員室の明かりが、しばらく消えなかった。

 




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