【完結】ヒロアカレ⚪︎プ!語録使いになった先輩   作:まだら模様

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キャラの語彙などの崩壊、ストーリー崩壊などの可能性があります。
ご注意ください。
とりあえずチカレタ…ぬわわん疲れたもおあおん(白目)
評価付与、感想をいただけると野獣先輩がやりますねぇ!って褒めてくれます!多分!


林間合宿編
第9話「やべぇよやべぇよ(林間合宿・開幕)」


 

 

 夏休みが来た。

 

 林間合宿の出発日、A組全員がバスに乗り込んだ。

 

 切島が隣の席から「野獣先輩さん! 合宿楽しみじゃないっすか!」と話しかけてきた。

 

「大会近いからね、しょうがないね」

 

「いや訓練合宿っすよ? 大会じゃないっす」

 

「当たり前だよなぁ?」

 

「当たり前じゃないっす!」

 

 バスが走り出した。窓の外を山が流れていく。

 

 野獣先輩は窓に顎をのせて景色を見た。

 

 出発前夜、野獣先輩は夢を見た。森の中に火があって、誰かが叫んでいる夢だった。詳細は覚えていない。でも目が覚めたとき、体に残った感覚だけははっきりしていた。

 

「やべぇよやべぇよ」

 

 窓の外に向かって小声で呟いた。危機察知が、薄く、でも確かに反応していた。

 

 

 

 バスが山の中で止まった。相澤の声が響いた。

 

「全員降りろ」

 

 A組が首を傾げながら降りた。バスが止まった場所は山の中腹で、施設らしきものは見えない。

 

 そこに——四人組が待ち構えていた。全員、猫耳コスチュームにメイド服。

 

 四人がポーズを決めた。

 

「煌めく眼でロックオン!! マンダレイ!」

 

「キュートにキャットにスティンガー!! ピクシーボブ!」

 

「猫の手、手助けやって来る!! ラグドール!」

 

「……どこからともなくやってくる。虎だ」

 

「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!!!」

 

 四人のポーズが決まった。A組が沈黙した。

 

「クソが!」

 

 爆豪が一言で切り捨てた。四人が一斉にずっこけた。

 

「あんたたちヒーロー科ね! 年いくつ!?」

 

 ピクシーボブが目を輝かせながらA組の男子の顔を品定めするように見回した。野獣先輩の目の前で止まった。

 

「……あんた、いい体してるわね」

 

「24歳、学生です」

 

「え!? 24歳!? やったわ! 私28よ、ちょうどいいじゃない! 彼女いる?」

 

「ないです」

 

「ないの!? じゃあ私にチャンスあるわね!」

 

「多少はね?」

 

「多少ってどういう意味!!」

 

 虎がピクシーボブの横に立った。体格は二メートル近い。筋骨隆々で、野獣先輩でも見上げる形になった。

 

「ピクシーボブ、仕事だ」

 

「わかってる! でもちょっとだけ!」

 

「ちょっとだけじゃない。全然だ」

 

 ラグドールがにこにこしながら野獣先輩を見た。

 

「ね、ちょっといい!? あなたの個性、サーチで見てみたんだけど——居場所も弱点も出てくるのに、個性の中身だけが全然表示されないの! こんなの初めて! なんで!?」

 

「ありますあります」

 

「ある! やっぱりある! でも何かわかんない! おもしろ!!」

 

 マンダレイが静かに前に出た。

 

「みなさん、説明します。今いる場所から宿泊施設まで、自力でたどり着いてもらいます。時間制限は正午まで。道中にピクシーボブが作った魔獣が出ます。でも——それを超えることが、個性の限界を突破する最初の試練です。行けますか」

 

「行けます!」

 

 緑谷が叫んだ。爆豪は何も言わずに歩き出した。A組が続いた。

 

 虎がA組の背中を見送りながら腕を組んだ。その目が、野獣先輩の背中で一瞬止まった。

 

「……変わった個性だな」

 

 小声で言ったのを、野獣先輩の耳は拾った。

 

 

 

 

 

 森に入った瞬間、土でできた魔獣が現れた。巨大な土の腕が木を薙ぎ倒しながら迫ってくる。A組が各自の個性で応戦し始めた。

 

 野獣先輩の目の前にも魔獣が来た。土でできた四足歩行の魔獣だ。大きい。

 

「TARGET…CAPTURED…BODY SENSOR…」

 

 索敵が発動した。魔獣の動きが把握できた。

 

「菅野美穂」

 

 神ノ歩が発動した。足裏の感覚が研ぎ澄まされた。

 

 魔獣が飛びかかってきた。野獣先輩は横に一歩だけ動いた。魔獣が空を切った。

 

「そして天は鳴き、大地は震えるだろうね」

 

 地面が振動した。着地した魔獣の足元が揺れて体勢が崩れた。野獣先輩は崩れた魔獣の横を素通りした。

 

 しばらく走ると「うわあああああ!!」という上鳴の叫び声が聞こえた。魔獣の上に乗せられて振り回されている。

 

「何してんすか」

 

 野獣先輩が言った瞬間、上鳴を掴んでいた魔獣の個性が一瞬キャンセルされた。上鳴が落ちた。

 

「ぶべっ」

 

「大丈夫大丈夫、ヘーキヘーキ」

 

「全然ヘーキじゃなかったっすよ!!」

 

 上鳴が文句を言いながら走り始めた。走りながら、野獣先輩は上鳴の横顔をちらっと見た。元気そうで良かった。……それだけだ。何もない。でもちらっと見たのは本当だった。

 

 

 

 宿泊施設に辿り着いたとき、正午の少し前だった。

 

 施設の前に、小さな男の子が立っていた。七歳くらい。帽子をかぶって腕を組んでいる。こちらを見る目が鋭い。

 

「……ヒーロー科の連中か」

 

「ふん。別に」

 

 男の子がそっぽを向いた。マンダレイが施設から出てきた。

 

「洸汰。挨拶くらいしなさい」

 

「しない」

 

 短く言って、男の子——洸汰は施設の中に入っていった。マンダレイが静かに言った。

 

「……申し訳ありません。従甥の洸汰です。気にしないでください」

 

 

 

 翌日から個性強化訓練が始まった。

 

 野獣先輩の担当は虎だった。

 

 虎が野獣先輩の前に立った。見上げる形になった。

 

「俺が担当する。まず何でもいいからやってみろ。個性を見る」

 

「いいよ!こいよ!胸にかけて!胸に!」

 

 虎が少し止まった。「……今の、何の効果だ」

 

「当たり前だよなぁ?」

 

「当たり前じゃない。説明しろ。書いてもいい」

 

 野獣先輩は地面に指で書いた。

 

「相手を誘い込む。動きが釣られる」

 

「誘い込んで、どうする」

 

「転移する」

 

「なるほどな」

 

 虎が頷いた。腕を組み直した。

 

「じゃあ次。我が攻撃する。お前は語録で対処しろ。ただし——声を殺して語録が発動するか試せ」

 

「ないです」

 

「できないじゃなくて試せと言っている。できなくても俺には関係ない。それはお前の問題だ。とにかく試せ」

 

 虎が動いた。個性・柔体で腕を蛇のようにしならせて攻撃してくる。読めない軌道だ。

 

 野獣先輩は声を殺した。喉の奥で語録の輪郭だけを作った。音にしない。でも形だけある——

 

「………」

 

 微かに。ほんの少しだけ、危機察知の反応が出た。

 

「今何かあったぞ」

 

 虎が攻撃を止めた。するどい目で野獣先輩を見た。「もう一回やれ」

 

「ありますあります」

 

「ある。でももっとある。繰り返せ」

 

 虎のスパルタ訓練が始まった。

 

 二時間後、野獣先輩は地面に座り込んでいた。全身が疲弊している。虎が水を差し出した。

 

「飲め」

 

「喉渇いた…喉渇かない?」

 

「渇いてるからやってんだろ。飲め」

 

 野獣先輩は黙って受け取った。

 

 虎が隣に腰を下ろした。こんな体格の男が地面に座ると、不思議と威圧感が和らいだ。

 

「お前の語録——声に乗せると強いが、声なしだと出力が落ちる。それは分かった。今のお前は声が命綱だ。声を封じられたら詰む」

 

 野獣先輩は黙って聞いた。

 

「しかし」と虎が続けた。「今日、微かに声なしで発動した。あれは本物だ。あの感覚を体に刻め。訓練はそれだけだ。量より質、その一点を毎日繰り返せ」

 

「おかのした」

 

「わかったなら行動しろ」

 

 虎が立ち上がった。歩き始めて、振り返らずに言った。

 

「今日はよくやった」

 

 それだけだった。野獣先輩は虎の背中を見た。

 

「ありがとナス!」

 

 

 

 夕食前、ラグドールが野獣先輩を捕まえた。

 

「ちょっとちょっと! さっきからずっと気になってたんだけど! 個性、サーチしても全然わかんないの! 居場所は分かる、弱点も一応出てくる、なのに個性の種別だけが表示されないの! なんで!? 教えて!」

 

「多少はね?」

 

「多少あるの! でも多少って何!? ね、ちょっと説明してほしい! もちろん嫌なら別にいいんだけど!」

 

 野獣先輩は少し考えてから言った。

 

「しかし、修行やってます。いつの日か世界を救うと信じて。」

 

 ラグドールが目をまんまるにした。

 

「……え!? 世界を救うの!? そんなに大きいの!? あちきら四位一体で協力できることあったら言ってよ! 本当に!」

 

「当たり前だよなぁ?」

 

「当たり前なんだ!! すごい!!」

 

 ラグドールが眩しい笑顔で笑った。悪意が一切ない。ただ純粋に明るい人だと、野獣先輩は思った。

 

 ラグドールが「あ、そうだ」と思い出したように言った。

 

「さっきサーチしてて気づいたんだけど——あなたの弱点のところに「声」って出てくるの。なんか……気をつけてね。ヒーローは弱点を知った上で戦う。それが大事だから」

 

 それだけ言って「夕食の時間〜!」と楽しそうに走っていった。

 

 野獣先輩は空を見た。

 

「はっきりわかんだね」

 

 

 

 夕食後、野獣先輩は施設の外を歩いていた。

 

 木立の間に洸汰がいた。一人で岩の上に座っている。

 

 野獣先輩が近づいた。洸汰が振り返った。

 

「……何しに来た」

 

「まずうちさぁ、屋上…あんだけど、焼いてかない?」

 

「何言ってんだ。意味わかんない」

 

「ないです」

 

「それも意味わかんない」

 

 野獣先輩は洸汰の隣の岩に腰を下ろした。

 

「勝手に座るな」

 

「多少はね?」

 

「多少ってどういう意味だよ」

 

 洸汰が不機嫌そうに睨んだ。でも逃げなかった。二人で並んで森を見た。

 

「……お前、ヒーロー目指してんだろ。なんで」

 

「しかし、修行やってます。いつの日か世界を救うと信じて。」

 

 洸汰が少し止まった。「……世界を救うって、ヒーローみたいなこと言うじゃないか」

 

「王道を征く」

 

 洸汰が黙った。野獣先輩も黙った。虫の声が聞こえてきた。

 

「……俺は嫌いだ。ヒーロー。個性も。お父さんもお母さんも、ヒーローだったから死んだ。守って死んだ。そんなの——」

 

 洸汰が言葉を止めた。「……お前には関係ない話だ」

 

「お前さぁ…」

 

 洸汰が止まった。何か刺さったような顔をした。

 

「……なんだよ」

 

「ないです」

 

「「お前さぁ」って言ったくせに」

 

「多少はね?」

 

 洸汰がまた不機嫌になった。でも、さっきよりほんの少しだけ表情が和らいでいた。

 

「……変な大人だな」

 

「24歳、学生です」

 

「学生なのかよ」

 

「当たり前だよなぁ?」

 

 洸汰が小さく「ふん」と言って立ち上がった。数歩行って、振り返らずに言った。

 

「……また来ても別にいい」

 

 野獣先輩はその背中を見送った。

 

「やったぜ。」

 

 

 

 三日目の夜。肝試しが始まった。

 

 出発前、ラグドールが全員に言った。

 

「サーチ使って見てるから安心してね! あと変な声聞こえたりしても大体ピクシーボブのやらかしだから!」

 

「ピクシーボブさんじゃなくて私がやることもある」

 

 虎が淡々と言った。

 

「えっ虎さんも参加してるの!? こわいよ!!」

 

 A組の誰かが叫んだ。

 

 野獣先輩のペアは上鳴だった。

 

「野獣先輩さん、怖いっすか?」

 

「喉渇いた…喉渇かない?」

 

「話そらさないでくださいよ! ちなみに俺ちょっと怖いっす」

 

「大丈夫大丈夫、ヘーキヘーキ」

 

 二人で暗い道を歩いた。

 

 上鳴が「野獣先輩さんって語録しか喋れないじゃないですか。それって……寂しくないっすか?」と聞いた。

 

 野獣先輩は少し止まった。「ないです」

 

「そっか……でも、なんか語録で全部通じてる気がするんすよね。不思議だなって」

 

「当たり前だよなぁ?」

 

「……当たり前なんすかね」

 

 上鳴が笑った。野獣先輩はその横顔を見た。暗い森の中で、懐中電灯の光が顔にあたっている。

 

 悪くない。……本当に何もない。何もないが、悪くないと思ったのは本当だった。

 

 野獣先輩は前を向いた。

 

 その瞬間——

 

「やべぇよやべぇよ!!」

 

 今度は本気の危機察知だった。叫んだ。反射で叫んでいた。

 

 森の向こうから、白い煙が流れてきた。有毒ガスだ。そして——遠くから爆発音が聞こえた。

 

 

 

 マンダレイのテレパスが全員の頭に直接届いた。

 

『緊急事態です。ヴィランが合宿地を襲撃しています。ガスは有毒です。口を塞いで高台へ。戦える人間はクラスメイトを守ること——』

 

 野獣先輩は上鳴の腕を掴んだ。

 

「走れ!」

 

 また——語録じゃない言葉が出た。

 

「走るっす!!」

 

 二人で走った。ガスが濃くなってきた。

 

「TARGET…CAPTURED…BODY SENSOR…」

 

 索敵が展開された。ガスの中にヴィランの気配がある。一体が近い。

 

「何してんすか!」

 

 近くのヴィランの個性発動がキャンセルされた。

 

「こ↑こ↓!」

 

 ヴィランを茂みの中に転移させた。

 

 マンダレイのテレパスが再び届いた。

 

『敵の目的は——爆豪くんです。全員、気をつけてください』

 

 野獣先輩は足を止めた。

 

 索敵を全開にした。爆豪の気配を探した。見つけた。でも——爆豪の周囲に複数のヴィランの気配があった。

 

 そしてもう一つ。大きい気配が、別の方向で動いていた。その先に——小さい気配があった。洸汰だ。

 

「やべぇよやべぇよ!!!」

 

 野獣先輩は洸汰の方向に走った。

 

 

 

 崖の上に洸汰がいた。

 

 前に巨大な男が立っていた。身長二メートルを超える筋肉の塊。目が異常だ。殺意が顔に出ている。

 

 マスキュラー。

 

 洸汰が後退した。崖の縁だ。

 

「お前の両親、俺が仕留めたんだ。懐かしい顔してんな」

 

 マスキュラーが笑った。洸汰の顔から血の気が引いた。震えている。でも逃げなかった。

 

 野獣先輩が崖の上に飛び出した。

 

「いいよ!こいよ!胸にかけて!胸に!」

 

 マスキュラーが振り返った。「あ? 誰だてめえ」

 

「24歳、学生です」

 

「学生ぉ? そこをどけ」

 

「ないです」

 

 マスキュラーが腕を振るった。

 

「痛いですね…これは痛い」

 

 カウンターが発動した。マスキュラーが自分の拳のダメージを受けた。「個性……面白いな。でも、お前じゃ俺には勝てねえぞ」

 

「当たり前だよなぁ?」

 

「当たり前じゃねえ——」

 

 本気の一撃が来た。吹き飛んだ。岩に叩きつけられた。肺の空気が全部出た。

 

 洸汰が「逃げろ!!」と叫んだ。

 

 野獣先輩は立ち上がった。

 

「馬鹿野郎お前俺は勝つぞお前!」

 

 天下無双が発動した。全身に力が満ちた。

 

 その瞬間、後方から「待ってくれ!!」という声が聞こえた。緑谷だ。全力で走りながら崖に向かってくる。

 

 野獣先輩は洸汰を見た。洸汰がこちらを見た。

 

「こ↑こ↓」

 

 洸汰が——緑谷のそばに転移した。

 

「な——!」

 

「洸汰くん! 無事か!?」

 

「……デクじゃないか——」

 

 二人が合流した。

 

 野獣先輩は前を向いた。マスキュラーがこちらだけを見ている。

 

「いいゾ〜これ」

 

 野獣先輩が言った。マスキュラーが踏み込んだ。

 

 

 その後の戦いは、緑谷が洸汰を守りながらマスキュラーと死闘を繰り広げた。野獣先輩はマスキュラーの動きを牽制したが、純粋な戦闘力では歯が立たなかった。最終的に緑谷がワン・フォー・オール100%で決着をつけた。

 

 全てが終わったとき、野獣先輩は岩の上に座っていた。体中に打撲がある。

 

 洸汰が近づいてきた。緑谷に寄り添いながら、こちらをちらっと見た。

 

「……お前も、戦ってたな」

 

「多少はね?」

 

「……ヒーローみたいだった。少しだけ、見直した」

 

 野獣先輩はその背中を見送った。

 

「やったぜ。」

 

 

 

 全員が集合したとき、爆豪がいなかった。

 

 Mr.コンプレスに爆豪が攫われた、という事実が全員に伝わった。追おうとした。全員が動こうとした。でも——ヴィランたちが合流して、逃げられた。

 

 夜の森に、A組が立ち尽くしていた。

 

 そこへ虎が、ぐったりしたラグドールを抱えて戻ってきた。

 

「ラグドールがやられた! 個性を奪われた!」

 

 ラグドールは意識があった。でも目の焦点が合っていなかった。いつもの明るさが、消えていた。

 

「ともこ……」

 

 虎がラグドールの名前を呼んだのは、野獣先輩が初めて聞いた呼び方だった。

 

「……わかんない。何が、どこに、わかんない——」

 

 ラグドールが小さな声で呟いた。個性を奪われた。あの大きな瞳で見続けていた、100人分の情報が——全部消えた。

 

 虎の顔が、野獣先輩がそれまで見た中でいちばん険しかった。

 

「そんな仲間を傷つけやがって……男がヘラヘラするんじゃあないよ」

 

 低く、静かな声だった。でもその声の底に、煮えたぎるような怒りがあった。

 

 野獣先輩は消えた方向を見た。

 

「He didn’t…he begin…」

 

 静かに言った。この夜が、終わりではなく始まりだという感覚があった。

 

 

 

 救護エリアで手当てを受けていたとき、虎が隣に来た。ラグドールの治療を確認してから、野獣先輩の隣に立った。

 

「洸汰を転移させたな」

 

「当たり前だよなぁ?」

 

「よくやった。あの場でお前一人が二つを抱えられるとは思えなかった。的確な判断だ」

 

 野獣先輩は黙っていた。

 

「ラグドールが言っていた。お前の弱点は声だと。サーチに出ていたと」

 

「ないです」

 

「「ない」じゃなくて「ある」。俺が今日の訓練で確認した。声なしでも微かに発動できていた。あの感覚を覚えているか」

 

「ありますあります」

 

「なら鍛えろ。次に声を封じられたとき、お前が諦めなくていい理由になる」

 

 虎がそれだけ言って立ち上がった。

 

「今夜はラグドールの側にいる。明日から訓練は続けない。合宿は終わりだ」

 

 虎の声に、珍しく感情が滲んでいた。怒りでも悲しみでもない——静かな、仲間を傷つけられた者の声だった。

 

「ありがとナス!」

 

 虎が少し止まった。振り返らなかった。

 

「……我に礼を言う前に、次は自分の仲間を守れ。それが礼だ」

 

 

 

 相澤が怪我をしながら野獣先輩を見た。

 

「洸汰を転移させたのはお前か。判断は正しかった」

 

「ないです」

 

「謙遜しなくていい。——一つ聞く。今夜、語録じゃない言葉が出ただろう」

 

 野獣先輩は止まった。

 

「それはどういう状況だった」

 

「やべぇよやべぇよ!!!」

 

「……緊急時か。原理はまだわからない。だがそれも含めてお前の個性だ。把握しろ」

 

 野獣先輩は夜明けの空を見た。爆豪がいない夜明けだった。

 

「大会近いからね、しょうがないね」

 

「しょうがなくはない」

 

 相澤が目を閉じたまま言った。

 

「取り返す」

 

「当たり前だよなぁ?」

 

 夜明けの光が、山の向こうから差してきた。

 

 

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