古代ギリシャ奮闘 アテナに転生したら処女神ではなく、童貞神でした。   作:アテナくん

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皆様、初めまして!そして知っている方はお久しぶりです!
『古代ギリシャ転生 アテナに転生したら処女神ではなく、童貞神でした。』を執筆していた者です!
前作の小説ですが、色々と矛盾が沢山ございましたので、申し訳ございませんが非公開にさせて下さい…。

改めてですが、よろしくお願い致します…!




プロローグ

プロローグ

異世界転生


 

 人生とは何が起きるのか全く分かったモノじゃない。

 ある日突然重たい病に罹れば宝くじ一等を当てたり、或いは無味無臭味変無しの地味な人生を送ってるジミーだっている。後半のソイツが僕だ。

 

 

 

「善行には『運気』が小さく宿る、ねえ」

 

 

 

 道を案内したり道端に落ちたゴミを拾う等々、砂粒に満たない些細な善行であろうとも善行の一つとして貯まり、それは運気として反映される。

 

 だけどさ。ひとつ思うんだ。

 

 

 

 ───人って、善行に囚われすぎでは?

 

 

 

 別に善い事をするのは素晴らしいと思う。

 それでナニカを変えられるなら僕だって行動に移してしまうだろう。

 

 それでも僕には『運気』という不可視の神秘をどうにも信じる事が出来なかった。

 

 だってさ、眼に見えないんだよ?

 好きな子に振られまくるわ職場でパワハラに遭って退職してしまい現在ニートまっしぐらな僕が嫌でも現実を見せつけられたらさ。そりゃあ信じたいモノの信じられなくなるよね。

 

 不運極まれり。許すまじ運命。

 だから第六感に通じるモノは『小説やアニメに影響されたのかな』程度としか思えないし、総じて否定している。

 

「はあ。気が付けばアラサーかよ。マジで草……、不可避です」

 

 草じゃないよ。なにわろてんねん。不可避じゃなくて笑えないねん。そういえば笑ってたの自分でしたね、はい。

 

 悲しくなり、思わず溜息を吐いてしまった。

 

「僕の息子も三十年未使用で未だ埃被った新品だし、誰か引き取ってくれないかねえ」

 

 本日、二度目の溜息を吐いてしまうあたり、僕は末期なのかもしれない。

 挙句の果てに三十歳とかいう生々しい年齢を未だに引き摺っている為か、過去に知った小説の一節を思い出してしまったよ。

 

 

『───三十年間、女性の姿を見ずにいれば空気の精と寝させてやると約束する者もいる』

 

 

 これは1700年代の小説を抜粋した一節。

 このストイリズムな一節を日本人著者の手が引用した事で徐々に伝わり、とあるきっかけで更に多くのヴァージン男性たちを勇み立ててしまう。

 

 発端はインターネット分野の黎明期。

 

 2002年の某匿名掲示板。

 ───毒男たちが集いし『独身男性板』。

 

 強烈なスレッド名が其処にあった。

 

 

 

『30歳まで童貞で過ごすと魔法が使えるようになる!』

 

 

 

 というスレッドが2002年代に流行り始める。

 これが人気のスレッドになったことで高い知名度を獲得するどころか、今に至っては都市伝説として語り継がれてしまった。

 

 やっぱりあの掲示板の人たちは発想豊かで面白いよね。都市伝説にまで飛躍するって相当だよ?

 お陰で都市伝説の起源を思い出して笑えたし、心から感謝している。

 

 だってさ。

 

 ───トラックと衝突寸前だもん。

 

 

 後悔しかない人生だったけど、まあいいか。

 三十歳で魔法使いという偉業(自称)を刻めたまま死ねた訳だし。

 

 ……だけど。

 

 もし、次があるのなら。

 

「(神秘がある世界で、オリ主チートの魔法使いとして恋愛とか色々したいなあ)」

 

 ああ。

 最期に善行の一つとして言っておこうかな。

 

「よい子の皆……。呉呉(くれぐれ)も、ソシャゲーしながら歩いちゃ駄目だよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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赤子の略奪


 

 気が付いたら転生していましたわ。

 トラックといえば定番のアレが起きるのではと思ってはいたが、本当に起きてしまった。

 

 家の中はログハウスをイメージした造りになっていて、何やらファンタジーっぽい工房がチラホラ見える。多分というか確実に異世界なんだろう。

 

 それと死ぬ間際、不思議な経験をしたんだよね。

 恐らくアレが走馬灯という現象なんだろうけど、その最中に視てしまったんだよ。

 

 ───マグマが渦巻き、まるでピザ生地のように練り上げられて球体の星が出来上がり、原人が黒曜石と木材で造った槍でマンモスを狩っている光景を。

 

 あまりの神秘さ故に粗末な僕の語彙力では言語化なんて無理だが、要はアカシックレコード的なナニカを五体で感じていたんだ。怖いよね、本当。

 本当に恐かったのが、僕の頭・息子・お尻・胸ら辺を触られるような感触がしたんだよね。なんでそこらへんなんだろう。後は引っ張られるというか呑まれそうな感覚もしたんだけど、弱者男性の中でも大分上を征く前世の僕からしたら些細な苦行だった。

 

 ……恐らくアレを耐えたのか知らんけど、何やら身体が『転生特典の内容』を覚えていた。

 今は言葉として伝えられないが、どうやら僕はチート能力を引き当ててしまったようだ。

 

 僕が目覚めた時、日本語とはかけ離れた言語が聞こえたんよね。しかもスラスラと異世界語の意味を理解出来るし、本当に便利。

 

 そして、現在───。

 

「よちよち~」

「ばぶぶー! (でへへー!)」

「んふふ……。可愛いわねえ」

 

 赤子のワイ。緑髪の美人マッマに抱っこされていた。何が起こっているのかよく分からないけど、多分あっちの世界で死んだからこの世界に産まれたのかな?

 とはいえ、だ。ぶっちゃけるとこの態勢はキツい。目の前のママン、エッッだもん。これも30歳童貞のまま死んだためか、身体は子供で心は大人のままである。

 うん? 某名探偵みたいな台詞を言わないでくれ? だが断る!

 

 さて、と。

 此処が何処なのかも分からない。自分が何者かも全然分からない。

 

 しかし、僕にはやるべき使命がある。

 

「ほーら、お飲みなさい?」

 

 白磁を彩る肌。

 美しく、豊かな双丘の頂点に在る桃色の突起から流れるミルクを飲む事だ。

 

 前世から現在に至るまでの考察。今の自分の状況や系譜。そしてこの異世界がどのような時代背景か。色々考えすぎて脳をフル稼働させた結果、お腹が空いてしまった。

 

 そう。今まさに───、充電切れの状態となっている。

 だからこそ、目の前にあるミルクを飲まなければならない。

 

 ───さあ、食事の時間だ。

 

 母なる人。母なる神。

 母なる大地に感謝し、飲もうとしたその時だ。

 

「ふむ。天命として宮殿へと赴いたが、異邦の天恵を有する赤子とはな。此れは面白い」

 

 なんと。

 

 鷹が足で窓を開けて入ってくると僕の方へと向かってきた。異世界の猛禽類さんってこんなに賢いんですね。

 

「スカマンドロスの娘、カリローエよ。───大義である」

 

 へっ……?

 

 突如と背後から大きな鷹が僕の服を掴み、攫って行ったのだ。

 

「おぎゃあああああああああああああああ!! (いや、急すぎだろおおおおおおおおおおおおおお!!)」

「ちょっ……!? 待ちなさい、そこな鳥いいいいいいいいいいいい!!!!」

「フハハハハハハハハ!! 男の娘ゲットオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

 

 急な展開すぎて頭が処理追いつかないけど、意識が朦朧とする前に思ってしまった。

 

「だっ……ばぶぅ……。(頼むからさあ。母乳は飲ませてよ)」

 

 そう思い焦っていた僕は空腹のせいか、上空で気を失ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エーゲ海という群青が視界を蓋う。

 巨竜の島を西側に挟んでいるが、それとは比較にならない程の大きな山が聳えていた。

 

 標高2,917メートルに達するその長さは神代世界(テクスチャ)の中でも大きい山脈に分類されており、『鼻』を意味するミティカスの頂にて差し込む陽光の直上を鷲と幼児が飛んでいく。

 

 飛翔。飛翔。飛翔。ただ───、飛翔。

 オゾン層を超えた辺りで鷲が何やら詠唱を始めると、姿を消した。

 

 否。空間転移による移動手段であり、魔術ではない魔法じみた現象(ショートカット)

 まるで自然そのものを内包したような現象が、あの一瞬で発動されていたのだ。

 

 そして、転移の先。

 

 星々が点々と続いている。

 彼らが立つのは人理の役割を担う地球大気の外層部に位置した領域。

 

 ───成層圏や中間圏でもなく、熱圏の先。

 

 中性大気とプラズマが共存する宇宙領域。

 未来の学者であればこの領域を電離圏や超高層大気領域と呼んでいただろうが、先史文明の技術では憶測さえ出来ないので名称は無い。

 

 人間でもその領域をギリギリ認知出来るか否かを重要な点として考察した天文学者は、この領域を『人理が外宇宙として観測出来る限界範囲』と定義した。

 

 そして───、今。

 

 一匹の鷲と一人の幼児は人理の限界範囲に位置されている地球大気の外層部を飛んでいる訳だが、それすらも突破してしまった。

 

 

 

 ───外気圏。

 

 

 

 地球大気の最も外側の領域に位置し、この場所を超えたら『人理が外宇宙としても観測出来ない領域』へと踏み入れる事になる。

 

 故に。

 

 鷲は眠る幼児を抱えながら奥へと飛んでいき! 

 

 

 

 たった今───! 

 

 

 

 人理が観測出来るであろう外宇宙(ユニバース)! 

 

 

 

 その限界範囲を───ッ! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


1節

オリュンポス


 

 

 

 高度───凡そ■■■km。

 

 

 

 そこは人類が未知に分類する外気圏の先。

 人理が定義する外宇宙を超えた領域であり、通常では辿りつけない空間に浮かぶ島。人工物ではなく、神が創りし神造都市(ゴッドポリス)

 星間航行船団と呼ばれる十一機の大舟が建築した事からその船団の一部名称を着けられた理想の都市。

 

 

 

 星間都市───、オリュンポス。

 

 

 

「都市中に皆の声が聞こえる今日も素晴らしき日々よ。艦隊計10機の真体(アリスィア)を削ってまで創り上げた甲斐があった」

 

 

 

 周囲を見渡すと、そこには下界と変わらない人々の姿が暮らしていた。

 

 

 

「五大思想の試験、緊張する……」

「大丈夫!一緒に頑張ろうぜ!」

 

 

 ───現在(いま)を進む者。

 

 

「あー!将来が楽しみだぜ!」

「就職おめでとう!羨ましいなあ!」

 

 

 ───未来(さき)を歩む者。

 

 

「まずい! 直行便乗り遅れるって!」

「マカリオス!?待ちなさいってば!」

 

 

 ───変化(みち)を求む者。

 

 

 様々な信念を抱き、様々な目標を目指して歩む人々がいた。停滞が無く、未来のために進み行かんとする誰しもが夢に見た『成長』をテーマとする理想郷がそこには在るが、同時に不思議ではある。

 些細な事で笑い、何やら大変そうに焦る人がいれば悲しむ人もいるその光景は理想の都市っぽくは無く、下界と何ら変わらないように感じ取れた。

 そんな神々が住まう楽園にて一羽の大きな鷲が都市上空を静止すると、何やら謎の大舟が姿を現れる。

 

「(……理解してはいるが、やはりこう見ると余の真体(アリスィア)だけ桁が違う。戦闘での運用は絶対に避けるべきだな)」

 

 真体(アリスィア)と呼ばれる謎の大舟。

 概念防御に匹敵する頑丈な機体は未知の鋼(アダマス)で構成されていた。

 

 前後にZ状で象った大角。上下には天地を貫かんとする二本の大角。その中心部には万象を見渡す巨顔。

 

 先史文明に於いてその存在は異質そのもの。咎人がその瞳を見わば拝跪し、善人であれば彼の者を仰ぎ見るだろう。故にこの大舟こそ人が崇拝する超越者。

 

 

 

 ──────神である。

 

 

 

「ステルス偽装を再展開」

『 承認。 』

 

 

 

 鷹は都市上空に空間偽装された大舟の額に位置する扉へ入ると、姿が変わったではないか。

 淡い光に包まれ、その中から現れたのは鷹に非ず。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

───稲妻迸る大男が現れた。

 

 

 

 髪は銀色の長髪で、瞳は黄金色。

 白いキトンを着ていて、歩く度に青や黄色の紋様を描かれた何重もの帯が揺れる。

 四肢は筋肉隆々で逞しく、黄金のリングを手脚に装備している。左胸部を黄金に煌く大きな円形の留め具でキトンが開けないように結ばれているが、軽く力を入れただけではち切れそうな筋肉が主張されていた。

 

 その姿こそまさしく、男性が追い求めし理想の肉体。

 色濃く男のフェロモンを撒き、すべての男と女が惚れるような体格を形成していた。

 

 ───だが、目の前の存在が神に在ることを忘れてはいけない。

 

 その神は星間戦闘機の中でも殲滅に特化する機動要塞。高度技術なんてお手の物。故にその大男はステルス偽装された大舟が創りし、人型躯体(アバター)と呼ばれる仮初の肉体のようなものだ。

 もう理解してはいるだろうが、その本体こそ星間戦闘用殲滅型機動要塞と呼ばれる大舟が本当の肉体である。

 

「お帰りなさい。貴方が不在の間、真体(アリスィア)のメンテナンスは完了したわ」

 

 大男が額の奥を進むと、そこには一人の女が壁に寄りかかっていた。

 

 銀色の長髪は一切に澱みなく煌き、右側面の髪を『Z』字のヘアピンで留めている。水色の大きな瞳は美しいけれど、何処か超越的な観点で視ているような威圧感。肩には金属製の機械的な肩当てが装備されていて、星雲と木々が一体化する装飾を施した群青色の衣服。

 

「それで? その幼児が件の子でいいのかしら?」

 

 機械仕掛けの部屋には似合わない幻想際立たせる美女が、大柄な男を見ていた。

 

 

「迎え、ご苦労。ほれ。抱っこでもするか?」

「随分と可愛い子───あら? フフッ……。寝ながら貴方の胸元のキトンを掴んでいるわよ?」

「きっと長旅で疲れて乳でも欲しくなったのだろう。……起きたらこの子の食事を任せてもいいか?」

「ええ。いいわよ」

 

 男児が気絶しながらキトンを掴んでいる姿を見てか、大男と美女が微笑む。

 

「ククッ……。愛らしいな。この子も男児だから女の味も知っておくべきだろう」

「赤子の時から性欲に目覚めたら貴方の男根を切除してあげるけど?」

「ふむ。我が妻の冗談にしては怖───いや、本当にやめてください」

 

 女が舌打ちをすると盛大に溜息を吐いた。

 その姿は何処か、放浪する夫をどうにもできないという苦労が目に見える。

 

「貴方の道化っぷりには呆れるわ。この身体の抑えが効かないって何十回何百回も伝えただろうに」

「そうだな。だが、その一件が無ければ世界がとんでもない事態になっていたではないか」

「世界というより貴方の立場がでしょう? まあ間違いでもないか……。にしても英雄を創るために胤を蒔くとは言ったけど、()を亡くしてからおかしくなっているわよ? 貴方、現実から逃げてない?」

「…………」

 

 何も言わず、ただ静かに両目を瞑る。

 それが意味するのは現実逃避か。もしくは、悲しさと怒りを内に孕む静かな激情か。

 

「図星か。まあ、私も智慧を貴方に呑まれてからやっと感情を理解出来たもの。辛い事は快楽に浸って逃避したくなるのも納得よね」

「…………」

 

 語らない。悟らない。返答は虚空へと霧散していく。

 女が男を憐れんだか知らないが、溜息を吐いて慈しむような視線で男を見据えた。

 

「赦しはしないけど、いいわ。多少の羽目は多めに見ます」

 

 

「助 か る !」

「ぶ っ 殺 す わ よ !?」

 

 

 ───大男。心からの感謝!

 

 

「……はあ。なんか疲れちゃったわ。早くその子を私に渡しなさい」

「そう急くでない。劣化が進んでしまうぞ。ほれ」

「あんた。全能の座に就いたからって調子に乗ってない? そろそろ絞めていいかしら?」

 

 どうやら大男は中々の好色家らしい。

 大男は男児の指を優しく離すと、女が不機嫌ながらも抱擁した。

 

「フフッ……。よくここまで頑張ったわね、君。頬っぺたも柔らかい……♪」

「(まさか。毒舌でヒステリックな妻をここまで絆すとは……。やるではないか)」

 

 男児を介抱するや女の不機嫌そうな気は何処へ行ったのやら。然も無かったかのように払拭されており、男児の頭を優しく撫でる。その姿が様になっていて、何処か聖母を彷彿とするような母性を感じさせる。

 

 底知れない力を抱擁する高潔の美女。

 母性を燻り、銀景色を靡かせる長髪は儚さすらも感じさせ、まるで『高潔』という概念を人の形として具現化したような女性だ。

 

「さて。星の海を渡る者たちとして我々は片手間で行けるが、この子にとっては長旅もいい所だろう。

 

 そんな美しい女性だが、もちろん人ではない。

 

「その子をベッドに寝かして今後の事を考えよう。何せやるべき事が沢山あるからの」

 

 その女も隣の大男に列ぶ超越者。

 神に連なる女神であった。

 

「ええ、そうね。……いけない。私ったらこの子の事も考えずに、ずっと」

「大丈夫だ。お前の子への優しさは万象の神である余が約束しよう。貞潔の神妃にして我が妻───、最高位の女神ヘラよ」

 

 

 

 星間航行(せいかんこうこう)整備母艦(せいびぼかん)。───現名、神妃ヘラ。

 

 

 

 戦闘系列旗艦の整備を担い、星間戦闘用殲滅型機動要塞の専属母艦。

 結婚・母性・貞節を司り、星間航行船団では最高位の母艦として権威を握る女神。

 

 ヘラが赤子に視線を向けて言った後、大男は胸に抱き抱える赤子を赤子用のベッドに優しく寝かした。

 

「何時にも増して元気ね。貴方」

「それはそうとも。天命が脳裏に過ったので急いでアイダ山の集落へと赴いたが、よもやこの赤子に稀有な力が秘められていようとは思うまい」

 

 男はヘラの神威を受けながら軽く言葉を述べると、女が溜息を吐いて威圧を抑えた。

 この大男はヘラの神気を軽々と避けているどころか、威圧に物ともしていない。瞳はまるで雷を彷彿とするかの如き黄金色に煌めいている。

 

 ヘラの神気に耐えられる者となれば一人。否、一柱しかいないだろう。

 

「稀有な力……。まあ、別に子供を育てるなら力の優劣なんてどうだっていいのよ」

 

 その大男。旧時代の礎に打ち克った舟なり。

 第二世代の旗艦が属するティターン艦隊に勝利し、最終障壁たる原初母艦を撃墜して大戦の勝者となる。撃ち落とされた母艦カオスを継いで第三世代星間航行船団の長として君臨し、永き年月を経て究極の知と力を修得した(カミ)

 

 そして78%の着陸条件をクリアした青い星へと降り、時間をかけて多くの偉業を成して(カミ)から(かみ)へと至った。

 

「でも、念のため言っておかなきゃね」

 

 

 

 其は銀河と星雲を裂き、宇宙を砕くモノ。

 

 

 ───星間戦闘用(せいかんせんとうよう)殲滅型(せんめつがた)機動要塞(きどうようさい)

 

 

 

 だが、それは星の海を航行していた頃の旧き銘に過ぎない。現に今、この星へと降り立った時に助けられ、ニュンペーを自称する人間に授けられた名前が在る。

 

 

 

 ───その名が意味するは天空。その名が意味するは輝き。

 

 

 

「本当に、原初の方針ごと下界を変えられるの?」

 

 

 

 其は世代の大戦(マキア)を征し、混沌を打ち負かした神。

 人々は天を統べし御方を仰ぎ見て、こう呼ぶだろう。

 

 

 

「そこの可愛い子が全てに喜劇を齎す希望の神なの───?」

 

 

 

 偉大なる全知にして全能の王。

 

 

 

「ねえ、答えて頂戴」

 

 

 

 星を裂く雷霆。

 

 

 

「ゼウス」

 

 

 

 

 

 

 ───大神(たいしん)ゼウス、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───然り」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


2節

人理届かぬ輝きの額にて、頭痛を抱く


 

 ゼウスが果たさんとする思い。

 それが真実か否かを見定めるように曇りの無い青き瞳が、最高位の超越者に向けられる。

 

 原初の方針ごと下界を変え、全てに喜劇を齎す希望の神。最も解りやすく言うのであれば、即ち。

 

「ふうん……。母性を司るこの私の前で、幼子に未来を託す。そう言ったのよね?」

「ああ」

 

 

 

 ───未来を変える。

 

 

 

 猛禽類の(ワシ)に変化して攫った赤子が、原初という決められた在り方ごと変える。ゼウスはそのように宣言し、下界へと赴いたのだ。

 

「母星の礎となった(メティス)の子を思い出したの?」

「……そうだな」

 

 機械の部屋にて、二神は過去を振り返るように目を瞑る。

 

 真体(アリスィア)を構成する神鋼(アダマス)は外宇宙の産物。

 

 営みの音は聞こえない。

 人理を弾く輝きの機体でさえ、神鋼(アダマス)の裡を通す事を許さなかった。

 

 ───例外として許されるのは、この部屋を知る二柱と一人のみ。

 

「決められた航路を歩むのではなく、自分がなりたい未来を。長い旅を経て決めるのです」

「懐かしいな。あの娘の口癖か。あの言葉あってこそ母星の民は活気づいていたし、今の我々がいるのだと断言出来る。……だが」

 

 かつていた機械仕掛けの小さな舟。

 不器用な信号で民の心を救った少女艦(むすめ)。無償の慈しみを以て星を救わんとした今は亡き小船を想い、ただ目を瞑る。

 

 この虚無感は人の輝きを以てしても払拭されることは難しいのだろうと。

 そう主張するようにして暗雲の静寂が延々と続かれていた。

 

「………………」

「………………」

 

 人理届かぬ輝きの部屋にて。

 夜の帳を彷彿とする静寂は未だ続き、二神は家族を想う。

 

 二柱は戻ってこない。ただ過去を浸り、惨事を思い出して噛みしめている。

 

 そんな悲しみが響動めき、営みの音さえ聞こえない部屋に───ひとり。

 

 

───ブゥッ! 

 

 

 音を出し、異を唱えるものがいた。

 

 

 

「「!?」」

 

 それは赤子の放屁であった。

 しかし、赤子の放屁だとしても。その音があってこそ二柱は現実へと戻れたのだ。

 

「フッ。余とした事が、情けない」

「そうね。フフッ」

 

 ゼウスとヘラが微笑むように元気を取り戻し、過去に浸る事を止めた。

 

「止めましょ? 今と未来を進む私たちが、赤子を前にして過去を語るなんて私が許さないわ」

「そうだな。悩み続けて頭痛に悩まされるなんて余らしくないからな。お前は家族と子供、そして結婚を控える者の味方だからそう言うと思っていたぞ」

 

 ヒトと神の世界とはベクトルが違う。

 

 例え悲劇を克服しようとも、喜劇の最中にいようとも。悠久を生きる神々にとっては些事に過ぎず、瞬く間に現在から未来を渡っている。

 三歩進んで地球を一周する神がいれば、靴を履いて境界を超える神もいるように、神々の普通とは『無理』を押し通すのが当たり前だ。要は転調が常に起きているような状態と思った方が理解し易いだろう。

 

「……そういえば、一つだけ問い質さねばいけない事があるわ」

 

 であれば、無理を押し通す神代世界(テクスチャ)のことだ。

 出鱈目且つ馬鹿が考えたような出来事(イベント)がこの先に有るのは必然故にゼウスは身構えた。

 

「どうした」

 

 事態は転調を以て、一変。

 微笑ましい余韻は瞬く間に過ぎ、微温湯に浸かるような温もりは平温へと。

 

「実は妙な事が起きているの、貴方は知っているわよね?」

「……うん?」

 

 再び───、暗雲の陰が渦巻かれる事になる。

 

 

「女神ヘベが給仕係を辞めたらしいが、これは貴様の仕業か?」

 

 

 

 ───ゼウス。性なる疑惑を匂わせた。

 

 

 

『 警告 警告 真体内にて 神気の解放を確認 / 該当神格名:ヘラ 』

『 致死的難癖を付けられる前に説得を推奨 』

 

 真体(アリスィア)内部にて、何やら一女神に失礼且つ不躾なアナウンスが警戒音と一緒に流れていた。しかしヘラとゼウスの痴話喧嘩は最早日常的になっているので二柱は無視している。

 

「(はあ……。ただの一睨みで真体内の光源魔術を壊すとは流石だな。やはり妻が夫を組み伏せてこそ柱というもの)」

 

 少女のような外見には不釣り合いの威圧感。

 青い瞳を一睨み効かせると、真体の内に灯される光源魔術が壊された。

 

「そうだ。防腐の魔術を施した葡萄酒とネクタルを渡してな。ヘベには契約満了を伝え、給仕を辞めてよう促した」

「……なるほど。葡萄酒とネクタルが無いと思えばそういう腹か。

 

 

 

 ─── 屑 め 。

 

 

 ヘラは瞳孔の(ハイライト)を消し、ありったけの殺意を込めてゼウスを睨む。

 

 

「ヘラ。殺気を抑えよ」

「黙れ。───貴様。この子を男娼に仕立て上げる気ではあるまいな?」

「笑止。天命を機に酒を断ったが故の判断だ。息子を男娼に育て上げるなど神として在ってはなるま「ッ ざ け ん な !!」……はい」

 

 ヘラは怒りのあまり、ゼウスの言葉を途中で遮ってしまった。

 

「よもや貴様の専属であるこの私を欺けられるとでも? 放浪癖と女癖の悪さも相俟って信用出来るものか」

 

 妻とは夫を迎え入れ、夫に何かあるのであれば労るのが妻の役目。ヘラは誰よりも母性に富み、家庭的な女神だ。

 一柱の妻として夫の行動を気にするのだが、母性という権能の性質と『家庭的な在り方』を尊ぶヘラの感情も相まってか、夫への愛が異常に重たかった。この世界ではなくカオスという起源にあるので、機神ゼウスの専属母艦としての存在意義が彼女の感情をより冷徹に激化させる。それだけならまだ可愛い方だろう。

 

 

 

 尤も───、その出来事が発生しなければ。

 

 

 

 ヘラがゼウスか浮気相手のどちらを罰するのかを考えていた時だ。神造霊脈に紐付く補助機構(ソフトウェア)が動作不良を起こし、ヘラは夫の浮気相手を呪い殺す愚行を選んでしまった。

 

 それからだ。ギリシャ全土にヘラの男気に振った愚行が伝わり、別の意味で畏れられてしまう。

 

「(機体と霊脈の点検整備(メンテナンス)を徹底すべく、微かな誤作動を起こすよう意図して補助機構(ソフトウェア)を霊脈に埋め込んだのだが……、ふむ。得策ではなかったか? 暫くは様子見だな)」

 

 曰く『ヘラの怒りは島の民総てを呪殺する恐怖の女神』として畏れられ、別の地方では『果敢にも拳で女性を守ってくださる傑物と高潔の女神』として改めて別の信念で崇拝されたが、精悍で傑物じみた内容を聞いた機神たちは何とも言えずに沈黙し、目を逸らしていたそうな。

 夫を思って行動しても何もかもが裏目に出てしまい、感情の抑制なんて他者には通じなさそうな今へと至る。

 

「貴様はあれか? 馬と鹿と書いて馬鹿と読むアレか?

 孕ませたい欲求を抑えきれず、遂には愚物の皮のように萎びた己の演算機構に貴様自身という馬鹿の概念でも孕ませたか?」

 

 ───罵詈(ばり)讒謗(ざんぼう)の嵐。

 

 折檻とも形容できる圧倒的な言葉の暴力がゼウスを突き刺す。

 

「 浮気をする度に『変身したから問題ない』だの『我は天空故に問題ない』と私に吼えた事、あるよな?」

「……うむ。あるな」

「その義務教育の敗北を感じざるを得ない言い訳。あれを面白いと思って口にしてるのか?」

「……いや、その。否定出来ん」

 

 

 

 ───まさに、正論。

 

 

 

 最高存在を前にしての、啖呵。

 これにはゼウスもあまりの凄まじい毒舌っぷりに苦笑してしまう。

 

 その光景を表すのならば、そう。

 

「嗚呼、屑が。屑屑屑屑……、屑屑屑屑屑屑屑屑屑屑屑屑屑屑屑屑屑 屑 屑 屑 屑 屑 屑 屑 ッ ッ ッ ッ !!!! 

 

 

 

 ───(メン)(ヘラ)

 

 

 

 根拠なく罵倒して心を突き刺し、かと言って真実を淡々と口にする姿はまさしく鬼嫁。

 

「(我が妻を怒らせると怖いな……。だが、暴走されてはこの子に影響を与えるだろう。ならば行動するしかない)」

 

 えげつないが、ゼウスは此処で決心した。

 

「納得出来ぬならば、こう答えよう。───家族が欲しかった(・・・・・・・・)

「何?」

 

 

 ───家族。

 

 

 ヘラの司る権能のひとつに『家庭』が在るのだが、権能の特性によるものだろうか。ゼウスの言葉に耳を傾けて訝しむ。

 

「その理由で、ヒトの子供を攫ったと?」

「然り。だが、理由あっての決断だ」

「言うまでもないが、腹は括れよ?」

「会談は冷静でいなければならない。まずは平常に戻るがいい」

「さっさと───「ああ。その前に言っておくぞ」あァ? 

 

 手が出る瞬間、ゼウスは言葉に力を入れるように放った。

 

「お前の神気、子供にまで届くところだったぞ」

「───ッッ!?」

 

 その言葉と共にヘラの怒りは渦巻く神気と共に薄れ、群青色に濁った瞳はまるで潮が引くように綺麗な青い瞳へと戻っていく。

 

「家庭を守るお前がしてはならない。頭を冷やしてくれ」

「……ごめんなさい、暴走してたわ。ちゃんと否定してたのに」

「余も悪いさ。だからそう落ち込むでない」

 

 ヘラが落ち着くまで背中を擦り続けて数分。

 やっと本題に入り、二柱は今後の将来を見据えるための家族会議が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


3節

起源


 

「さて。お前の質問に応じよう」

「そうね。……この子は神ではなく、ヒトの身分で英雄として歩ませる選択肢は無かったの?」

「まず結果から話すとしよう。───無理だな」

「……」

 

 ヘラは神妙に唸らせるゼウスの表情を見て察してしまったのか、まるで動揺するように手を微かに震わせる。オリュンポスに攫ってきたという事は相当な事情があるのだろうと。

 子供を庇護する立場に在る女神として恐かったのか、ヘラは遮るように視線を地面に向けてしまった。

 

 

 

 ───この子の悲劇的な運命なんて聞きたくない。

 ───この先の言葉を聞きたくなかった。

 

 

 

「(駄目よ、私……! 此処で挫折してたら私の智慧をゼウスに託した意味が無くなってしまう!)」

 

 顔を下に向けるが、覚悟を決めるかのように再度ゼウスの方へ視線を向けた。

 

「ヒトを守護する神々の王として見過ごせない大きな理由がある。あとは息子が欲しかったというのも理由にあるぞ? ああ。勘違いしないでほしいから敢えて言おう。余の逞しい息子ではなく、我らの息子であってだな」

「貴方って猥談しないと気が収まらない呪いにでも掛かってるわけ? さっさと話しなさいよ」

「……この子が星の方針を回避し、そうで在れと願えば路が開拓される。更に全能をも上回る異才がヒトの英雄として君臨していたら、どうなると思う」

「……どういう事よ。それ」

「質問を質問で返すでない。───この子こそ、原初に強制されない無限の運命力を内包していると言っているんだ。いや、無窮と言った方が良いだろう」

「は───?」

 

 ──────後世の神話に曰く。

 

 初めにカオス在りき。その次にガイアが生まれ、全てを産み落としたとされている。

 しかしそれは星の海を渡る者たちが人々に伝えた神話であり、この星が悠久を経て刻んだ神話ではない。

 

 この星に曰く、すべての生命は原初から始まった。

 此処でいう原初とは『根源』またの名を『根源の渦』と呼ばれる存在を指し、この世全ての真理が詰まっている。謂わば、純正という何もかも正された概念がその渦に在るのだという。

 

 だからこそ忘れてはいけない。何もかもが正しい故に刻むべし。

 

 根源とは全ての始まりにして全ての終点。

 

 そこから産まれたら避けては通れない人生の道しるべにして絶対命令───『起源』が設定されてしまう。その道行きに喜劇や悲劇がどうであれ、善行を積み重ねようが終わりは終わりだ。

 

 

 

 ───決められたものは変えられない。余韻など感じる間もなく『無』に帰す。

 

 

 

 人間とは窮地に立たされるほど覚醒の兆しが見られるが、行き過ぎてはならない。

 死に急ぐ行為は自己犠牲であり、本来そのような機能は人体に備えられていない為、仮に起源を知って覚醒してしまえば根源の方針に異を唱える行為に繋がって人格に異常を来たしてしまう。

 

 

 

 ───最悪の場合、根源そのものを識れば人格が根源に呑まれるという。

 

 

 

 根源や起源がどうあれ、本質というモノに染め上げられる仕様は中々に厄介な在り方であった。

 

 

 

 ───概念。時空間。物質。位相。並行世界。

 ───観測宇宙。外宇宙。無。生命。死。

 

 

 

 ありとあらゆるものが根源に在るが故、原初の在り方には逆らえないだろう。

 

 外宇宙とは外に拡がる宇宙空間。並行世界とは『並行された少しだけ違う分岐』を辿った、有り得たかもしれない物質の構造から何もかも全く同じ世界だ。

 

 ───では。

 

 物質の造りや構成は同じだが、神秘という概念の無い『あり得ざる』世界。

 あらゆる事象を以てしても観測出来ない『現実』を突きつけた世界。

 

 数多の運命『』が記した原点の世界。

 

 その中でも『』に熱狂的なファンが異世界転生されたのならば、この世界は一体どのような結末を向かえるのだろうか。

 

 原初の全てまで記されているという事は根源から逸脱したも同然であり、根源という法則から外れた世界になる。

 

 故に。それが意味するものとは、朗報と悲報を含めて二つ。

 

「無窮……!? 複数や無数でもなく、成長に限界の無い無限の運命って意味よね? それって行き着く事象が無限に在るって言っているようなモノじゃない! 消されるわよ、ソレ!?」

 

 悲報は言うまでも無い。

 脅威対象として星のシステムに警戒される可能性が真っ先に挙げられるだろう。

 

「そしてぶっちゃけると、だ。異世界から転生された説があるぞ」

「ああ、なるほど。ディオニュソスと同じ……は───?」

「然り。我らは人理及ばぬ亡き原初(カオス)の方針に従うモノであるが故、仮に根源と接続しようとも呑まれない。そして地球に産まれたこの子にも通用しない」

 

 起源とは魂が持つ属性であり、絶対的な命令を示す。

 であれば幼子の持つ起源は『無窮』だと捉えられるが、果たしてそうなのだろうか。

 

 無窮とは、『無限』という類語でもある。

 仮に絶対的な命令が幼児の中に存在したとしても、無限故に指定なんて出来ない。それはもう『起源』という概念の粋を超えている。

 

 それは生命が備わってはいけない命令(オーダー)

 無限に等しい可能性を秘めていて、更にド直球に言うのであれば、原初すら覆せる運命まで秘めているという事だ。

 

「だからこそ演算したのだろう。ヒトの英雄として道を進むのであれば間違いなく運命に消され、在るべき運命へと是正されるだろうと。……何にせよ。この子は全うにヒトの人生を送れないのは確実だ」

 

 下界で暮らせば間違いなく誰かに消される。仮に英雄の道を用意しようとも、都合良く原初の良い様に書き換えられてしまうだろう。

 

「戯けた真似を! 子の運命をッ! 原初世界の屑共は何だと思っているんだ!?」

 

 残酷な現実を知ってか、ヘラは再び激情の炎を纏う。

 

トレース、オン。

 

 すると、ゼウスが何かを唱えると掌にドーナツ状のようなナニカが現れた。

 

「ゼウス!? それって、もしや───!」

 

 松明のように暖かく、それでいて懐かしさや真新しさを想起する記憶を感じる。何処となく潮の匂いを感じ、農耕を彷彿とする芳醇な薫りも漂う。

 

「心配するでない。余が統べる神器を模倣品として投影しただけだ」

 

 ───虹色に輝き、まるでこの世ならざる力を発しているソレは何だろうか。

 

「余は神器と同期しているが故に全能であり、知恵の神格機構を喰らったが故に全知である。術式や天恵の構造など、瞬く間に我が手中へと収まる」

 

 旧世代の名残を感じるそれは原初世代の神秘。

 天球型時空要塞(カオス)が創った神造根源にして、第二世代の希望だった産物。

 

 ティターン艦隊の神理。

 

 

 神器環状体───、クロノス=クラウン。

 

 

 全知全能とは人には理解出来ない領域だ。

 ゼウスの掌に収まっている環状体(トーラス)の結晶こそまさしく永遠に理解されない劇物であり、原初世代が創りし外宇宙の神造根源のひとつ。例えるのであればウルク第一王朝の第五代王にして最古の王『英雄王ギルガメッシュ』が持つ宝具『全知なるや全能の星(シャ・ナクパ・イルム)』をもしかしたら上回るとも言えよう。

 

「この計算機を以てしても理解出来ぬ。まさしく未知の事象だろう」

 

 ───そんなゼウスですらも、理解不能と唸らせているのだ。

 

「弱者を排斥して強者を迎え入れる、か。

 ……それは正しい。本来在るべき姿なのだろうよ」

 

 ゼウスは両目を瞑り、静かに語っている。

 

「だがそれは本能としての正しさ。仮に理性抱く者がその在り方を豪語するのであれば『独善』に他ならない。理と知が支配する霊長の新世代に於いて自然淘汰されるべき障壁の一つだ」

 

 ゼウスの体が淡く輝き始めた。

 

「強者を、迎え入れ───フフッ」

「……?」

 

 ヘラはゼウスの奇行を見て訝しんでいる。

 何やら笑っているが、可笑しくなったのだろうかとヘラは心の中で焦っていた。

 

バチッ───。

(よわ)い己を認めぬ───、ククッ……」

「……ゼウス?」

バチッ───……、

「フッ──。ハハッ───ハハハッ───」

バチッ───……! 

「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」

 

 

 

「……え。ちょっと───、貴方!?」

 

 

 

 全知にして全能の神は高らかに笑う。まるで恐怖をものともせず、堂々たる佇まいで天を見上げていた。

 哄笑あるいは憐憫だろうか。────否。

 挑発的に口角を上げるその表情が意味するもの。それ即ち男が誰しも抱き、未だ下界には無い至極当然の概念。

 

 

 

 

 

 

 ──────競争と挑戦。

 

 

 

 

 

 

 

「面白いッッ!!」

 

 

 

ドオオオオオオオオオンッッ!! 

 

 

 

 堂々たる佇まいを以て、天上の頂点に君臨せし全能の神が天を見上げる。抗えない運命を無理矢理にねじ伏せようとするゼウスが虚空に吼えた。

 それは原初に対する敵意であり、挑戦を含む闘争心も含まれよう。

 

「秩序を知り、悪も受け入れる! 脆弱を識り、強さの糧とする! その旅の途中に間違いがあるからこそヒトは正解を辿り、真なる正義の路へと歩んでいく!」

 

 堂々たる佇まいを以て、天上の頂点に君臨せし全能の神が地球を見据えた。

 

「星を戴き、生命を営み、比肩する事すら叶わぬ正しき真理よ」

 

 抗えない運命を。不条理を。好好爺は全てを受け入れる。

 

「そして、尊さを受け入れぬ星の機構よ」

 

 それは正しい。強固な文明を築き上げるには否定しようの無い正しさであると。

 

「かつて死の淵を彷徨っていた我らにご助力賜った賢人メリアスの恩義に報いたい。しかし、原初殿よ。───どうやら貴方は正しすぎたようだ」

 

 ゼウスは全ての真実を。正論を。真理を否定せず受け入れた。

 

「余は正しくないのだろう。何しろ娘とメリアス殿を救えなかった阿呆でな。……余が唯一贈れる至高の賛辞だ。どうか、受け取って頂きたい」

 

 全知の言葉という極上の賛辞(コーヒー)

 全能の真体という神鋼の空間(テーブル)

 

 まるで目上の存在に珈琲やお菓子を贈るかのように丁寧で、それらすべてを最高なる献上品のように見立てる。何もかも正しさ極まった原初が指し示す方針を、偉大なる地球の原初相手にゼウスが敬意を示して答えた内容とは。

 

 

 

「盤外の転生者を前に臆するとは片腹痛いわ!」

 

 

 

 ちゃぶ台返し(クソ喰らえ)───ッッ!!

 

 

 

 ゼウスは右手に持つクロノス=クラウンの模倣品を握り潰すと、まるで歓喜するように虹色の光が真体の裡を煌かせた。

 

 我こそ理と謂わんばかりに(ほえ)る神としての強さ。

 人が持つ不器用さを肯定する父性としての強さ。

 

 主神ゼウスの供した品々は、神の怒りを以て一瞬にしてちゃぶ台返しの餌食となった。

 

「紙一枚ほどの薄い概念だというのに『尊さ』を受け入れず、無に終わらせるその在り方!

 挙句の果てに人の『運命』まで一方的に決めるとは老骨極まれり!」

 

 それは原初に対する敵意であり、挑戦を含む闘争心も含まれよう。

 まさしく未来のローマ皇帝が述べるであろう、万雷の喝采。

 

「人の行く末はヒトが決めるもの! 生と死───、その道中に巡り合うだろう未知の運命もな!」

 

 人々が感涙し、原始時代から崇拝され続けてきた稲光。

 それらが人々を勇気づけるように、オリュンポスの周囲へと落ちていった。

 

「彼方にこそ栄え在り!届かぬからこそ挑み続けてこそが人に在るッ!摂理と地平の果てさえも超えてみせよう人々の在り方ッ!

 

 即ち───、愛と希望の物語なりッッ!!」

 

 星霜の闇を消し去る、唯一にして無二の雷。それ即ち最高神自らの言祝ぎであれば、何者にも侵されぬ強き光にもなろう。

 人々の未来を喜劇へと向かわせる激励が、眼前の妻の心を揺さぶった。

 

「(嗚呼。やっぱり、我が夫は───)」

 

 例え貞操観念が皆無の夫であろうとも、言葉として口に出来なかった。

 

 

 

 ───否、口にしてはならなかった。

 

 

 

 数多の大戦からずっと一緒にいたからこそ解る。ゼウスが口にした言葉は嘘偽りの無い本心なのだと。 

 

「ヒトの行く末を根源に決められるのも限界だったのでな。

 ───そろそろ我々なりに喜劇の詩歌を綴っても良かろう?」

 

 ゼウスは考えた。

 

 起源を知った事で人格異常が伴い、生命の死に方まで設定されているのが原初の本質であれば、根源をも覆す盤外の『異能』を以て盤面をひっくり返し、独りよがりの方針を覆せばいいのだと。

 

「ヘラ。我が額の最奥に眠るあの()の思い出を持ってくるがいい。

 白き滅びの大戦(レウコスマキア)で生まれて間もなく星間防衛としての役割を果たして散っていった我が娘(アイギス)の意志をこの子に託す」

「わかったわ。───私も、腹を括るしかないわね」

「嗚呼。共に背負っていこうぞ。この子は既に我が家族であり、栄光なるオリュンポスの仲間入りだ」

 

 ゼウスが先ほどクロノス=クラウンを握り締めた右の掌を広げると、球体が急に出現した。

 

「これをあの子に照らし合わせる」

 

 緑色の淡い光が優しく、周囲を照らす。

 その球体はいったい何なのだろうか。

 

「第三魔法を以てオリハルコンに自然現象を封じ込めた。我が子に施された異能の原理は解析できぬが、この世界の常識に影響されないのは素晴らしい。あの子が全快したら直ぐに神位栄転の儀(オリュンピオイ・パイデス)を始める」

 

 

 

 オリハルコン。───それは地球上に存在しない外宇宙の流体金属。

 

 

 原理や法則性は不明だが、自然現象が発生する瞬間を流体金属(オリハルコン)の中へと封じる事が可能だという。また、動物及び植物由来のタンパク質を混ぜれば飲食としての代用が可能であり、飲食用の流体金属はナノマシンと呼ばれている。

 

 だが、ゼウスが持っているのは流体金属ではなければ飲食用のナノマシンでもない。

 ───自然現象を封じ込めた後の金属だ。

 

 オリュンポス神の関係者曰く、過程の前と後では質が大分異なる為、そこはハッキリと解りやすく明確に別の物として区別しているという。

 

「……それは、一体」

権能(クリロノミア)だ。これは防衛本能を発生させた瞬間を流体金属(オリハルコン)の中へと封じたもの。名付けるならば『守護の権能』といった所か」

 

 

 

 権能(クリロノミア)。───流体金属(オリハルコン)に自然現象を封じ込めた後の産物。

 

 

 

 この権能(クリロノミア)を体内に収めると、全体に行き渡る。体液が混合し融和が成功すると『我こそ自然現象である』と定義され、最終工程では魂に指定した空間転移の術式を用いる事で正真正銘の神へと至れるという。

 

 オリュンポス神は体内の収容から空間転移までを儀式として扱っており、その一連の儀式を『神位栄転の儀(オリュンピオイ・パイデス)』と呼んでいる。そして儀を終えると、偉業のひとつとして自身の権能に名前を付けられるそうだ。

 

 

 

 ────ゼウスであれば、ゼウス・クリロノミア。

 ────ヘラであれば、ヘラ・クリロノミア。

 

 

 

 神曰く、名称は自由らしい。殆どの神は自身の神名を刻んでいるとのことだが、そっちのほうが信仰に繋がるそうな。

 

 こうして体内に赤血球と結合した権能(クリロノミア)を駆け巡るが、まだ内容があった。

 なんと、結合された権能(クリロノミア)を自身が認めた者に飲み込ませる事で、特殊な効果が付与されるという。

 

 そんな神の体内を奔る権能(クリロノミア)だが、オリュンポス神はこのように呼んだ。

 

 

 

 神の産物───テオス・クリロノミアと。

 

 

 

「さて。これより始まるは神がヒトを支える物語。原初の方針とは異なる喜劇の神話」

 

 

 

 ───風が吹いてきた。

 

 

 

「神秘が薄れるその時まで。ヒトが神の庇護を必要としない時代を導いていこうぞ」

 

 

 

 強すぎず、かといって弱すぎないそよ風は心地よく。

 まるで子を迎えるように優しい。

 

 ゼウスはまるで詩人のように優しく、赤子へと語っていく。

 

 

 

「盤外の希望よ。───今日から君の名はアテナ(・・・)だ」

 

 

 

 




【用語説明】
・星間航行船団
 ギリシャ神話ではオリュンポス神として位置づけられている新型の神群。
 この世界では外宇宙から移住してきた機神とのことで、真体(アリスィア)と呼ばれる頑丈な鋼の肉体を持つ。

・ティターン艦隊
 ギリシャ神話ではティターン神として位置づけられている第二世代の神群。
 星間航行船団より旧い旗艦『ティターン系列艦』が在籍し、母星再建に異を唱えた『星間航行船団』に牙を剥ける。
 こうして始まったのが『ティタノマキア』と呼ばれる、原初の母艦を筆頭としたティターン系列艦とオリュンポス機神群の抗争。

端末(アバター)
 ヒトと対話する為だけに造られた仮初の体。
 人型躯体もしくは擬体とも呼ばれるが、名前の違いに意味は無い。
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