もしも地質ガチな俺が地学部に入ったら【恋する小惑星if】   作:Takuma218

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《第10話》標本作りと小さな銀河

「なるほど、それで小惑星を探しているのか」

「そうだよ~。一緒にあおの星を見つけようって、約束したんだ」

 

 放課後の部室で、俺はみらに小惑星を探している理由を聞いていた。

 

 小さい頃、キャンプで出会ったあおから、自分と同じ名前の星があると教えてもらったらしい。

 それは、くじら座の変光星、ミラ。

 

 でも、あおという名前の星はなかった。それなら一緒に見つけて「あお」と名付けようと、二人で約束したのだという。

 

 この前、アルビレオを見ながら話していた再会には、そんな約束もあったのか。

 

「いつ聞いても良い話よね~」

 

 すずちゃんが頬に手を当て、しみじみと言った。

 

「でも星を見つけるなんてできんのか?」

「小惑星ならできると思う。高校生が見つけたという実例もあるし、今でも続々と発見されている」

 

 須賀の疑問に、あおが答えた。

 

「小惑星探索かー。昔どこかでそんな話を聞いた覚えが……」

「なに!? 何か知ってるの!?」

 

 みらがずいっと身を乗り出した。

 近い近い。

 

「い、いや、聞いた覚えと言っても、小さな頃だから殆ど覚えていないし、そこまで詳しく知らないよ」

「なんだ~、情報得られずか~……」

 

 みらががっくりと肩を落とす。

 

「はい、そこまでね~。あんたも紛らわしいこと言わないの!」

 

 すずちゃんがみらの肩を持ち、こちらを睨んだ。

 

 えっ、俺が悪いの?

 

 横を見ると、あおも少し膨れている。

 いや、期待させたのは悪かったけど……。

 

     *

 

「はいはい、それじゃあ部活始めるわよー」

 

 桜先輩が手を二つ叩いた。

 

「桜先輩、今日は何をするんですか?」

「ん? この前、河原で石を拾ったでしょ? あれから標本を作るのよ。もちろん持ってきたわよね?」

「もちろん!! ……ヨイッショ」

 

 みらが足元のバッグを持ち上げようとした。

 だが、腕が伸びただけで、バッグは床から離れない。

 

「……んんっ」

 

 持ち手を握り直し、今度は両手で引っ張る。

 ようやく持ち上がったバッグが、机の上にごとりと置かれた。

 

 口から覗いているのは、ぎっしり詰まった石だった。

 

 いつの間に、こんなに拾ったんだ。

 というか、それをよく学校まで持ってきたな。

 

「……あんた、全部持ってきたの?」

「どれも気に入ってるので!」

 

 みらが胸を張った。

 桜先輩は何か言いかけたが、諦めたようにラベルの束を手に取る。

 

 俺とイノ先輩も配るのを手伝った。

 石の名前、採集した場所、日付、採集者を書く、小さな紙だ。

 

「石をただ拾ってきただけじゃ、標本とは言えない。その紙……ラベルに、石の名前や採取した場所の記録を書いて、石と一緒に標本箱に入れること。それで初めて標本として成立するわ」

 

 桜先輩はラベルを一枚掲げた。

 

「ラベルの付いていない石は標本とは呼べないわ。それはただの石であって、ゴミよ」

 

 ゴミ……。

 

 みらが、バッグから取り出しかけた石を見た。

 すずちゃんも自分の手元へ目を落とす。

 

「わーわー!! 標本として大事な情報がなくなるというだけで、飾って眺める分には問題ありませんからね~!」

 

 イノ先輩が慌てて付け足した。

 桜先輩も皆の顔を見て、小さく咳払いをする。

 

「まあ……、ちょっと言いすぎたわ。標本として残すなら、記録も大切ということよ。それじゃあ、始めるわよ」

 

 皆、机の上に図鑑を広げ、名前の分かる石からラベルを書いていく。

 分からない石は、地質班の面々に聞きながら。

 

 ……須賀はさっきから、同じ石の名前を何度もイノ先輩に聞いているな。イノ先輩も大変だ。

 

 みらの前では、バッグから出した石が小さな山になっていた。

 

「桜先輩!」

「何かしら?」

「これ何ですか?」

「これは……、チャートね」

 

 みらがラベルに書き込み、石の横へ置く。

 それから、手元の紙を数えた。

 

「桜先輩!」

「今度はなに?」

「ラベルが足りません」

「そんなに拾って来るからよ。全部書かなくても、これぞと思う石にだけ付ければ良いのよ」

「でもラベルの無い石はゴミなんでしょ?」

「それは悪かったって……」

 

 桜先輩が、気まずそうに目を逸らした。

 

 自分で言ったこととはいえ、これは分が悪い。

 俺は笑わないようにしながら、余っていたラベルをみらへ渡した。

 

     *

 

 俺の標本箱には、灰色や黒、緑、赤みのある石が並んだ。

 同じ結晶片岩でも、集めてみると随分違う。

 

「あら、カラフルね」

 

 モンロー先輩が、俺の肩越しに覗き込んだ。

 須賀も隣から顔を出す。

 

「おまえ、よくこんなの全部見分けられるな」

「中に入っている鉱物が違うんだよ。これは紅レン片岩で、こっちは――」

「待て。もう呪文みたいになってる」

 

 まだ一つしか言ってないだろ。

 

 先輩が、くすりと笑った。

 

「好きなことだと、いくらでも覚えられるものね」

「じゃあ、先輩の好きなものを教えてくださいよ。そっちなら一発で覚えます!」

 

 須賀がすかさず顔を上げた。

 

「そうねえ……。星かしら」

「それは知ってますって!」

 

 先輩がくすりと笑う。

 須賀はまだ何か聞きたそうだったが、ひとまず自分のラベルへ目を戻した。

 

「桜せんぱーい! これ、どう思いますか~!」

 

 今度はイノ先輩の声だった。

 みらと一緒に、一つの石を覗き込んでいる。

 

「何か見つかったの?」

 

 桜先輩が近づくと、みらが石を差し出した。

 

「これ、葉っぱの化石じゃないですか?」

 

 俺も席を立って覗き込む。

 薄茶色の石の割れた面に、黒い模様が広がっていた。細かく枝分かれしていて、確かにシダの葉のように見える。

 

「うーん。これは忍石(しのぶいし)ね。岩の割れ目にマンガンなどの酸化物ができて、こういう模様になったものよ。化石っぽい見た目だけど、化石ではないわ」

「なんだ~、少し残念……」

 

 みらが肩を落とした。

 だが、石を返しかけた桜先輩の手が止まる。

 

「……ん? ケンジ、ちょっとこれ見てくれない?」

「何ですか?」

「この辺り。模様とは別に、何かあるように見えない?」

 

 指さされた場所をルーペで見る。

 黒い模様に交じって、小さな薄片のようなものが見えた。細い針のようなものもある。

 

「確かに……。でも、何でしょうね。植物か、虫の一部とか……?」

 

 虫と言った瞬間、あおが少し身を引いた。

 

 ……虫は苦手なのか。

 

「私も化石は見慣れていないから、何とも言えないわ。顕微鏡でも使ってみる?」

「顕微鏡かあ……。えっと……、スライムガラスにワニガラスだっけ?」

 

 ……?

 

 俺はみらを見た。

 桜先輩も、顕微鏡を取りに行こうとした姿勢のまま止まっている。

 

「みら……、多分それはスライドグラスにカバーガラスだよ……」

「へっ……!? あっ、それそれ~!!」

 

 あおに言われ、みらが真っ赤になった。

 

 スライドがスライムになるのは、まだ分かる。

 問題は、カバーがどうしてワニになったのかだ。

 

 ……カバー、カバ、ワニ?

 

 いや、どういう間違え方だよ。

 

「気にしないで、誰にだって間違いはあるよ」

「そうよ! そんなみらもかわいいわ!!」

 

 あおとすずちゃんが両側から励ます。

 みらはますます顔を隠してしまった。

 

 桜先輩は呆れた顔で棚へ向かい、顕微鏡を運んできた。

 

「残念ながら、今回の顕微鏡にスライドグラスもカバーガラスも必要ないわ!」

 

 机に置かれたのは、接眼レンズが二つ並んだ顕微鏡だった。

 その下には、石を置ける広い台がある。

 

「これは双眼実体顕微鏡(そうがんじったいけんびきょう)。石をそのまま置いて、立体的に観察できるのよ」

「このままで良いんですね」

「そ。まあ、まずは見てみましょ」

 

 桜先輩は石を置き、照明を当てた。

 接眼レンズを覗きながら位置を動かし、ピントを合わせる。

 

「はい、どうぞ」

「ありがとうございます!」

 

 みらが椅子に座った。

 先ほどの言い間違いも忘れたらしく、早速レンズを覗き込む。

 

「おー……。本当に葉っぱみたい……」

「それが忍石の模様ね。気になるのは、その横の部分よ」

「あっ、こっちか。うーん……?」

 

 みらが少し首を傾げた。

 あおも続いて覗いたが、やはり分からないようだ。

 

 俺も代わって目を当てる。

 

 拡大すると、黒い枝分かれの模様とは違う、小さな欠片がいくつも見えた。

 平たいものの表面には、細かな筋がある。

 

「……魚の鱗とかでしょうか?」

「私も、そう見えたのよね。でも、これだけじゃ決められないわ」

 

 桜先輩は石を見ながら腕を組んだ。

 

「今度、博物館で見てもらいましょう」

「じゃあ、化石かもしれないってことですね!!」

 

 みらの顔がぱっと明るくなった。

 

「まだ分からないけどね」

「でも、可能性はあるんですよね!」

 

 さっきまでとは打って変わって、嬉しそうだ。

 再び顕微鏡を覗く背中を見て、桜先輩も小さく笑った。

 

     *

 

 他の皆も順番に石を覗いた後、みらがラベルを手に取った。

 

「これ、名前はどう書けば良いですか?」

「忍石のある泥岩、とでも書いておきましょうか。化石らしいものについては、まだ調べている途中と分かるようにしておけば良いわ」

 

 みらが頷き、一文字ずつ書き込んでいく。

 俺も自分の席へ戻ろうとすると、イノ先輩が机の石を見渡していた。

 

「こうして見ると、本当に色々な石を拾ってきましたね~」

「同じ河原なのに、随分違うのがあるものね」

 

 モンロー先輩の言葉に、イノ先輩が大きく頷いた。

 

「そうなんです! それには、ちゃんと理由があるんですよ!」

 

 桜先輩がその顔を見て、口元を緩める。

 

「イノ、あれを見せてあげたら?」

「はい!」

 

 イノ先輩は早速引き出しへ向かい、折り畳まれた紙を持ってきた。

 皆で石や箱を少し寄せ、机の真ん中を空ける。

 

 広げられたのは、様々な色で塗り分けられた地図だった。

 

「わっ! かわいい地図ですね!」

「そうでしょ! これは地質図といって、どこにどんな岩石や地層があるかを示した地図なんです!」

 

 みらの反応に、イノ先輩が嬉しそうに答えた。

 いつもより、声が弾んでいる。

 

「私たちが石を拾ったのは、この辺りですね」

 

 指が川沿いの一点で止まった。

 それから、地図に描かれた川を上流へたどっていく。

 

「ここまで戻ると、結晶片岩がある地域に入ります。桜先輩が河原で教えてくれた、長瀞の辺りです」

 

 結晶片岩を一つ取り、地図のそばへ置いた。

 

「それで、あんなに平べったい石が多かったんですね」

「そうですぅ。この辺りの岩が崩れて、川に運ばれてくるんですね」

 

 今度は砂岩や泥岩を手に取り、別の場所を示す。

 みらが「木星みたい」と言っていた石も、その横へ加わった。

 

「じゃあ、この石もここから来たんですか?」

「ここは候補の一つですね。同じような石がある場所は他にもあるので、ぴったりここだとは言えませんけど……」

 

 イノ先輩は地図の別の場所も指さした。

 みらが身を乗り出し、川の線を目で追っている。

 

 石が一つ置かれるたびに、皆の視線が地図の上を移動した。

 さっきまで箱の中に収まっていた石が、少しずつ上流の山や谷と結びついていく。

 

「こうして見ると、色々な所から集まってきたんですね」

 

 あおが呟いた。

 

「そうなんです! 河原の石って、上流にどんな岩石があるかを知る手がかりになるんですよ。周りの地域の地質を、ぎゅっと集めたような場所なんです!」

 

 イノ先輩が地図を見渡した。

 石を置いた場所から川をたどっていくと、最後はあの河原へつながっている。

 

 なるほどな。

 俺は石そのものばかり見ていたけど、イノ先輩はこういう見方をしていたのか。

 

「凄い! まるで小石の地図ですね!」

 

 みらが、石と地図を交互に見た。

 イノ先輩は嬉しそうに頷いたが、皆が自分を見ていることに気づき、少し頬を赤くする。

 

「あはは……。ちょっと語りすぎちゃいましたね」

「いえ、何気なく見ている河原の石に、そんな意味があったなんて驚きました」

「そーですよ!! 次に河原に行ったときは、どこから来たのかも考えてみます!!」

 

 あおとみらが答えると、イノ先輩は照れくさそうにはにかんだ。

 桜先輩も、その横で満足そうに頷いている。

 

     *

 

「あの、これも顕微鏡で見てみたいんですけど……」

 

 地図を片付け始めた頃、あおが石を取り出した。

 河原で見つけ、三人で分けた水晶だ。

 

「ああ、あれね。貸してみて」

 

 桜先輩が受け取り、顕微鏡の下へ置く。

 割れた面が上を向くように調整し、ゆっくりとピントを合わせた。

 

 しばらく覗いてから、顔を上げる。

 

「……これ、期待していいわよ」

 

 あおが椅子に座った。

 みらとすずちゃんも、その横から様子を窺っている。

 

 接眼レンズへ目を当てたあおが、小さく息を呑んだ。

 

「きれい……」

 

 その後は、何も言わなくなった。

 両目をレンズへ向けたまま、じっと見入っている。

 

「そんなに綺麗なの?」

「うん。みらも見て」

 

 名残惜しそうに席を立ち、みらへ譲る。

 覗いたみらも、「わあ……」と声を漏らしたきり、しばらく動かなかった。

 

 そんなに違うのか。

 俺が割ったときも綺麗だったが、二人の反応を見ていると、早く覗きたくなってくる。

 

 すずちゃん、先輩たちと順番が回り、俺も接眼レンズへ目を近づけた。

 

 細い水晶が、いくつも並んでいた。

 肉眼では白っぽく見えた部分も、一つずつの結晶に分かれて見える。小さくても柱の形をしていて、先端にはきちんと面がある。

 

 透明なところ、少し濁ったところ。

 照明を受けて、面だけが明るく光るところ。

 

 同じ石なのに、河原で見たときとは随分違う。

 隙間の奥まで、目で追いたくなった。

 

 ……これは、本当に宝物だな。

 

「どうだった?」

 

 顔を離すと、あおがこちらを見ていた。

 

「凄く綺麗だった。割って良かったな」

「うん!」

 

 あおが嬉しそうに笑った。

 

「河原で拾えるものなのね。こういう水晶って、売っているものしか見たことなかったわ」

 

 すずちゃんは自分の水晶も取り出し、手の中で傾けた。

 

「次は、すずちゃんのも見ようよ!」

「いいの?」

「もちろん。私のも見たいし!」

 

 みらも袋を探り始めた。

 桜先輩が受け取り、順番に顕微鏡へ置いていく。

 

 同じ石から割れたものでも、結晶の付き方は少しずつ違っていた。

 みらが奥の長い結晶を見つけると、すずちゃんも覗き直す。あおは自分の石と見比べながら、何度も頷いていた。

 

「これって小さくても、拡大するとちゃんと水晶の形なんですね」

「そうよ。育つ条件によって違いはあるけど、小さくても結晶は結晶なの」

 

 桜先輩が答えた。

 

 あおはもう一度、水晶へ目を向ける。

 さっき地図の上にあった石も、こうして覗けば、また違うものが見えてくるのだろう。

 

「……星みたい」

 

 あおが、ぽつりと呟いた。

 

「え?」

「星も、肉眼で見ただけだと小さな光だけど、望遠鏡で見ると違って見えるでしょ。石も、よく見るとこんなに色々なものがあって……」

 

 みらが、机に並ぶ標本箱へ目を向けた。

 

「そっか! 石って小さな星みたいなものなんだ! それがたくさん集まってるあの河原って、まるで銀河みたいだね!!」

「何よそれ」

 

 桜先輩が呆れたように笑った。

 

 石が星で、河原が銀河。

 みららしい、随分大きな例えだ。

 

 でも、この前は望遠鏡の前に集まり、今日は顕微鏡の前に集まっている。

 皆で順番を待って、覗いては驚いて、次の人へ場所を譲る。

 やっていることは、案外似ているのかもしれない。

 

 みらが水晶を標本箱へ戻した。

 隣には、さっき書いたラベルが添えられている。

 

 名前も、拾った場所も、日付も。

 あの日、皆で河原へ行った記録だ。

 

     *

 

「石オタクに星オタクに地図オタク……我ながら、とんでもない部活に入ったかもしれねえな」

 

 皆の様子を見ながら、須賀が呟いた。

 その隣へ、すずちゃんがすっと立つ。

 

「あら、やめるなら今のうちよ。みらの近くも静かになるし」

「馬鹿言え。誰がやめるかよ」

「そう。じゃあ、せめて活動中くらい真面目にやりなさいよね」

「やってるだろ。今日だってちゃんとラベル書いたぞ」

「名前を三回も聞き直してたじゃない」

「覚えにくいんだよ、石の名前って!」

 

 すずちゃんが鼻で笑い、須賀がむっとした顔をする。

 

 ……仲直りした、というより、喧嘩の仕方が少し変わっただけかもしれない。

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