もしも地質ガチな俺が地学部に入ったら【恋する小惑星if】 作:Takuma218
空は快晴。太陽が眩しい。
夏の気配が近づく校庭の片隅で、俺たちは天体観測をしていた。
昼間に何を見るのかというと、太陽だ。
望遠鏡で投影板に映した太陽を観察し、表面に見える黒い点――
「じゃあ、望遠鏡のセットお願いね」
「OKです!! 任せてください!!」
モンロー先輩の声に、みらが元気よく答えた。
あおと二人で三脚を立て、鏡筒や投影板を取り付けていく。
河原では先輩の手元を見ながら動いていた二人も、今では随分手慣れたものだ。
ちなみに、すずちゃんは家のパン屋の仕事があるそうで、今日は来ていない。
準備が整うと、投影板に白い太陽の像が映った。
もちろん、太陽を見るために接眼レンズを直接覗いたりはしない。
天文班が順番に記録用紙へ黒点を写し取っていく。
俺も何度かやらせてもらったが、埃の影まで黒点だと思って描いてしまったことがある。見るだけなら簡単そうなのに、実際にやるとなかなか難しい。
須賀も、今では真面目に用紙へ向かっている。
作業が一段落したところで、その手が止まった。
「なあ、ケンジ。これって結局、何の役に立つんだ?」
「……おまえ、今まで何だと思ってやってたんだ?」
「太陽の活動を記録してるのは分かるって。でも、その変化が俺たちの生活とどう繋がるのか、いまいちピンと来なくてさ」
なるほど。記録を取った、その先の話か。
俺も通信なんかに影響するとは聞いたことがあるが、詳しく説明できるほどではない。
「……それ、私が答えてもいいかしら?」
モンロー先輩が、楽しそうに口を開いた。
「あ、ぜひお願いします」
「ふふっ。いい質問よ、スガくん」
先輩は須賀の記録用紙を覗き込んだ。
「例えば、太陽の活動によってスマホが繋がらなくなることもある、と言ったら?」
「……マジっすか?」
「ええ。黒点の数は、太陽の活動を知る手がかりになるの。活動が活発になると、太陽フレアという爆発や、大量のガスが宇宙へ噴き出す現象も起きやすくなるわ。その影響が地球まで届くと、通信が乱れたり、人工衛星に障害が出たり、大規模な停電につながることもあるのよ」
須賀が、記録用紙から投影板へ目を戻した。
「じゃあ、この黒い点を数えるのも、そういうのに関係あるんスね」
「そうね。今日の記録だけで何かを予言できるわけではないけれど、続けていけば変化が分かるでしょう? 去年や、それより前の記録とも比べられるわ」
須賀は自分の描いた黒点を見つめた。
「なるほどなあ……。太陽って、案外こっちの生活にも影響するんスね」
「毎日見慣れているものでも、知らないことは沢山あるのよ」
モンロー先輩が笑った。
その横で、みらが過去の記録の束をぱらぱらとめくる。須賀も身を寄せ、今日の用紙と見比べ始めた。
ああやって気になり始めると、案外はまるかもしれないな。
*
観測を終え、俺たちは道具を抱えて部室へ戻っていた。
俺は三脚、須賀は望遠鏡を担当する。
先を歩くみらたちに続き、近道になる駐車場へ入った。
最近整備されたばかりで、足元には角張った灰色の石が敷かれている。
踏むたびに、ざくざくと音がした。
その中で、何かが光った。
「ん?」
足が止まる。
「どうした?」
須賀の声に返事をする前に、もう一度足元を見た。
さっきのは、どの石だった?
「ケンジくん、どうしたの?」
みらも振り返った。
「いや、今足元で何かが光った気がして……」
「えっ、ウソ!? 何があったの!?」
桜先輩が駆け寄ってきた。
俺は三脚を地面へ置き、しゃがみ込む。
少し探すと、灰黒色の石の中に金色の粒が見つかった。拾って傾けると、小さな四角い面が光る。
「何これ!? まさか……、金!?」
みらが俺の手元を覗き込んだ。
「残念ながら、これは金じゃないな。
「なんだ~。折角、大儲けかと思ったのに……」
そんなこと考えていたのか。
みらは「望遠鏡を買う夢が……」と呟き、肩を落とした。
その隣で、桜先輩が別の石を拾う。
「ちなみに黄鉄鉱は、よく金と間違えられたから『
「へー」
みらが感心したように頷いた。
……今の流れだと、おまえが愚者になるんだが。
気づいていないようだし、黙っておこう。
よく見ると、他にも同じような石があった。
イノ先輩も腰をかがめ、桜先輩と見つけたものを見せ合っている。
「あのー」
あおが片手を上げた。
「一旦、部室に戻りませんか?」
顔を上げる。
あおの視線の先では、須賀が望遠鏡を抱えて立っていた。
腕が、ぷるぷるしている。
あ……。
「気にしなくていいっスよ! 俺は空気が読める男っスから!!」
「いや、戻ろう。何と言うか……、すまん」
俺は慌てて三脚を持ち直した。
ちなみに、道具を置いてからもう一度探しに行ったが、通りかかった教師に「何をなくしたんだ?」と心配された。
……石を探しているだけです。
*
部室へ戻ると、それぞれ今日の作業の続きに取りかかった。
天文班は黒点の記録を広げ、時刻や天候を書き込んでいる。
須賀も望遠鏡を片付けながら、みらたちの話に加わっていた。
俺たち地質班は、拾った石を机に並べた。
桜先輩がルーペを覗き、イノ先輩が見つけた場所をメモしている。
同じ部室で、一方は太陽、もう一方は石。
どちらからも話し声はするが、机を挟んで別々の作業が進んでいた。
「……なんかさあ」
みらが記録用紙から顔を上げた。
「せっかく一緒の部活になったのに、やってることはまだ別々って感じだよね」
「別に悪いことではないでしょう。天文と地質じゃ、扱うものが違うんだから」
桜先輩が答えた。
みらは椅子ごとこちらへ向き直る。
「それはそうなんですけど……。でも、同じ地学部なんだし、何か一緒にできたら楽しそうじゃないですか。星のことも石のことも、どっちも面白いってわかるようなやつ!」
「例えば、展示とかですか?」
イノ先輩が首を傾げた。
「でも文化祭なんてまだ先よ。今から準備するの?」
「展示もいいんですけど、なんかもっとこう……皆が気軽に見られるやつ!」
みらが腕を組み、少し考える。
それから、机の上の記録用紙を手に取った。
「ほら、今日の黒点のこととか、さっきのキラキラした石のこととか。そういうのをまとめて、読んだ人が『地学部ってこんなことしてるんだ!』ってわかるようなの!」
「新聞みたいなヤツってことか?」
須賀が望遠鏡のケースを閉じながら言った。
「あ、いいねそれ! 部誌! 新聞! おたより! なんでもいいけど!」
「……会報、みたいなもの?」
あおが口を開いた。
「会報……いいかもしれないわね」
モンロー先輩が頷く。
「活動記録にもなるし、文化祭や新入部員勧誘の時にも役立ちそうだわ」
「えっ、本当に!?」
「ええ。天文班は星や観測の話、地質班は標本や巡検の話を書けるでしょう? 皆で持ち寄れば、地学部のことを知ってもらえると思うの」
みらの顔が明るくなる。
だが、桜先輩は少し渋い顔をしていた。
「……書くのはいいけど。そもそも会報なんて誰が読むのよ。地質の記事なんて、一般生徒は三行も読まないわ」
イノ先輩が、手にしていた石を置いた。
「何をやっているか分からないから、近づきにくいのかもしれませんよ。天文も地質も、知らない人には難しそうに見えますし」
「それは……そうかもしれないけど」
「少なくとも、見てもらわないことには始まらないんじゃないですか?」
「……俺も、そう思います」
思わず口を挟むと、皆がこちらを見た。
「河原でも、最初はみらたちに石の説明が通じなくて、どうしようかと思ったんですけど……。好きな石を探し始めたら、皆、楽しそうだったじゃないですか。水晶を顕微鏡で見たときも」
みらが頷いた。
あおも、自分の標本箱へちらりと目を向ける。
「ああいう面白さが伝われば、読んでくれる人もいるんじゃないですかね」
「それに、会報で知名度が上がれば、文化祭でももっと多くの人に見て貰えるかもしれませんよ!」
イノ先輩が続けると、桜先輩が短く呻いた。
「うっ……」
「そういえば、去年の文化祭って何やったんスか?」
須賀が尋ねた。
「地質研究会は石の展示をやったわ。でも、内容が余りにも地味だったのか……」
「お客さん、ほとんど来なかったんですよね……」
桜先輩が俯き、イノ先輩が苦笑する。
……それで、あんなに渋っていたのか。
「その点、天文部は大人気だったもんね! 何せモンロー先輩がバニ……」
「わ、わー!! それ以上言わなくていいわよ!!」
みらの言葉を、モンロー先輩が慌てて遮った。
その顔が真っ赤になっている。
今、何を言いかけた?
「一体何をやったんスか!?」
須賀が椅子から立ち上がった。
「何でもないわ。……ただのプラネタリウムよ」
「ただのプラネタリウムで、そんな風になりますか!?」
「そんなこといいじゃないの。さっ、話を進めましょ」
「今年の参考に聞かせてください!!」
「おい、そこまでにしとけ」
俺は須賀の腕を引っ張った。
「スガくん、落ち着いて!」
「そうですよぅ。今は会報の話ですから!」
みらとイノ先輩にも止められ、須賀はようやく席へ戻った。
「いつか聞かせてくださいよ!!」
まだ諦めてはいないらしい。
ほっと息をついたモンロー先輩へ、桜先輩が身を寄せて何か囁く。
先輩はますます赤くなり、ちらりと俺たちを見た。
……正直、俺も気にはなる。
だが、今聞いたら須賀と同じ扱いになりそうだ。
「と、とにかく。今は会報の話を進めましょ。それで、どうするの? 桜ちゃん?」
モンロー先輩が、強引に話を戻した。
「そうね……。わかったわ。知名度を上げなきゃいけないのも事実だし、やるだけやってみましょう」
「決まりですね!」
イノ先輩が顔を明るくする。
「た・だ・し! 書くからには手は抜かないわよ!!」
桜先輩が拳を握った。
こうなると、今度は記事が専門的になりすぎないか心配だな。
……俺も人のことは言えないけど。
*
残っていた作業を片付け、机を囲み直した。
「さて、じゃあ早速……、誌名を決めましょうか」
「……普通そこって、内容から決めません?」
「あら、名前も大事よ」
モンロー先輩が、当然といった顔で答える。
まあ、確かに必要だけど。
「はいっ! 私、名前を考えました!!」
「はい、みらさん」
「『週刊 小惑星を探せ』!! 毎号、望遠鏡のパーツが付いてくる!」
どこかで聞いたような企画だな。
「却下! 天文班に偏りすぎ」
「あと、週刊は無理ですね。付録も予算がありますし……」
桜先輩とイノ先輩が、ほぼ同時に突っ込んだ。
「じゃあ桜先輩は、どんなのがいいんですか?」
「そうねー。『マイカ・タイム
「アウトー!!」
「いきなり何よ!?」
自分でも分からないが、思わず叫んでしまった。
「なぜか分かりませんが、なんかダメな気がします!」
「何よそれ……」
桜先輩が不満そうに口を尖らせる。
その横で、みらがもう一度手を上げた。
「じゃあ……、『目指せ小惑星!!』」
あおまで、うんうんと頷いている。
「あんたたち、良い度胸ね」
桜先輩の目が細くなった。
ここは俺も、一つくらい出してみるか。
「じゃあ、『月刊 地元の鉱物コレクション』!! 石の紹介のほか、毎号、地学部の採取した石が付いてくる!!」
「誰得だよ!! そんなの喜ぶの、地学部以外そうそういねーよ!」
「えー……。採ってきた石なら、予算も掛からないと思ったんだけどなー……」
「それに今度は、地質班に寄りすぎね~」
モンロー先輩が苦笑した。
「じゃあ、これはどうかしら? 『月刊 今月の月』……」
「だから、今度は天文班!! いい加減にしなさい!」
桜先輩が即座に切り返す。
部長までこの調子では、いつになったら決まるんだ。
「じゃあ俺は方向を変えて……、『モンロー先輩 グラビア写真集 三十ページ』!!」
「……はい、次いくわよー」
「誰か突っ込めよ!!」
須賀は見事に流された。
「私は……、えっと、えっと……」
「イノ、大喜利じゃないんだから、無理に出さなくても良いわよ」
イノ先輩が、ほっとしたように手を下ろした。
机の真ん中に置かれた紙には、妙な誌名ばかりが並んでいく。
最初は真面目に書き留めていたあおも、途中からペンを止めていた。
*
「ヤバ……。もうこんな時間。あなたたちも、早く帰りの準備しなさいよ」
時計を見た桜先輩が、鞄を取りに立ち上がった。
「結局、何も決まらなかったね」
「途中から、話が関係ない方向に飛んでたし……」
みらの言葉に、あおが苦笑する。
「名前はまた考えましょう。それぞれ、記事の案も持ってきてね」
「ところであんたたち、書くことは決めてるの?」
桜先輩が、みらとあおを見た。
「私は星の事を書こうと思ってます!」
「私は宇宙の事を」
「……もう少し絞って考えてきなさいよ」
確かに、随分広い。
「そういう桜先輩は、何を書くんですか?」
みらに聞かれ、桜先輩は得意げに笑った。
「そんなの決まっているじゃない。私は鉱物のことを書くわ!」
「えっ、俺も鉱物の事を書こうと思っていたんですが」
「えっ、そうなの? ……困ったわね、内容が被るじゃない」
先輩と顔を見合わせる。
俺たちも、まだ何の鉱物を書くかすら決めていなかった。
人のことは言えないな。
「うふふ……。どこかで折り合いはつけないといけないわね」
モンロー先輩が笑った。
「俺たちはいいとして、須賀は何を書くんだよ?」
「えっ、俺!?」
須賀が自分を指さした。
少し考えたが、すぐには浮かばないらしい。
「無理しなくても、私と一緒に部の活動記録でもいいわよ」
「先輩と一緒っていうのは魅力的ですけど、どうせなら自分の記事を持ちたいっスね」
意外だった。
あいつなら、即座に飛びつくと思ったのに。
須賀は顎に手を当て、しばらく考えてから顔を上げた。
「じゃあ……、料理とかどうっスか……?」
「「「「料理!?」」」」
皆が一斉に須賀を見る。
「スガくん、料理できるの!?」
「ああ。料理っていうか、菓子だけどな」
みらの驚いた顔を見て、須賀が少し得意げになった。
「昔、モテたくて料理を練習したことがあったんだけど、気づいたら結構ハマっててな。お菓子とかも、凝ったのを作るようになったんだ」
動機は、やっぱりそれか。
でも、続けていたのは少し意外だ。
「全然知らなかった……」
「あはは……。調理実習のときは、周りのノリに合わせてたからな」
みらはまだ、信じられないという顔で須賀を見ている。
「料理っていうと……レシピでも載せるのか?」
「そうなるな。俺が地学モチーフの菓子を作って、そのレシピを載せようと思う」
「でも大丈夫なの? 地学モチーフって、結構難しいと思うけど」
「まあ、そこはノリでどうにかするっス」
桜先輩に聞かれても、須賀は胸を張っていた。
ノリって……。
大丈夫なのか、それ。
「まあ、そこまで信用できないなら、今度何か作ってくるんで、そのときに決めましょう!」
「あら、それは楽しみね」
モンロー先輩の一言で、須賀がますます張り切った。
「任せてください!!」
これは期待していいのかもしれない。
少なくとも、先輩に食べてもらうものなら手は抜かないだろう。
*
部室を出ると、外はすっかり薄暗くなっていた。
林の小道を抜けたところで、みらが空を見上げる。
「わー! 星きれー!!」
俺たちも、つられて足を止めた。
紺色の空に、いくつもの星が光っている。
前から、星空を見るのは好きだった。
でも、今はあの河原で望遠鏡を覗いたときのことを思い出す。
金星の欠けた形や、土星の輪。
それに、色の違う二つの光。
また皆で見に行けたらいいな。
今度は俺も、望遠鏡の操作を教えてもらおうか。
「キラキラ……」
あおが小さく呟いた。
「えっ?」
みらが顔を向ける。
あおは少し迷ってから、皆を見た。
「会報の名前、『キラキラ』はどうかな? 星も石も、キラキラな物を探す私たちにはぴったりだと思って……。だめっ、かな……?」
「うんうん。いいと思う。すっごく可愛い!」
みらがすぐに頷いた。
「キラキラかー」
「いいわね」
「私たちらしいですね!」
先輩たちの反応を見て、あおの表情がほっと緩んだ。
俺も、口の中でその名前を繰り返した。
河原で見つけた水晶。
望遠鏡の中のアルビレオ。
顕微鏡で覗いた、小さな結晶。
確かに、皆で色々なキラキラを見つけてきた。
難しい名前を知らなくても、まず綺麗だと思って覗き込む。そこから、話がどんどん広がっていったのだ。
ふと足元を見る。
ここは昼間、黄鉄鉱を拾った駐車場だった。
昼は下を向いて石を探し、今は皆で星を見上げている。
同じ場所なのに、忙しいものだな。
少し笑うと、モンロー先輩が横から顔を覗き込んだ。
「どうしたの? いきなり笑って」
「いや、いい名前だなって……」
「そうね」
先輩も空を見上げ、それから皆へ向き直った。
「それじゃあ、会報の名前は『キラキラ』でいいかしら?」
「「「「賛成~!」」」」
あおとみらが、嬉しそうに顔を見合わせる。
こうして、俺たち地学部の会報は『キラキラ』になった。