もしも地質ガチな俺が地学部に入ったら【恋する小惑星if】 作:Takuma218
会報の話が出てから数日後。
俺たちは部室の机を囲み、須賀の作ってきた菓子を食べていた。
……本当に、作ってきた。
皿に並んでいるのは、三種類のパイと、丸や半月、三日月の形をしたクッキーだ。
パイは苺、黒ごま、抹茶。薄い層が何枚も重なり、それぞれ赤みのあるもの、黒っぽいもの、緑色のものに分かれている。
「
須賀が得意げに言う。
名前を間違えなかったことにも驚いたが、それより、この見た目だ。
一つを横から眺める。重なった層と、その間に入った色。確かに、薄く割れた
「……よく作ったわね、こんなの」
桜先輩も、手にしたパイをしげしげと見ていた。
俺も頷いてから、一口かじる。
さくっと層が崩れ、黒ごまの香りが広がった。
見た目だけじゃなく、ちゃんと旨い。
「おまえ、これ本当に一人で作ったのか?」
「だからそう言ってるだろ。さっきから何回聞くんだよ」
悪い。でも、疑いたくもなるだろ。
隣ではイノ先輩が、落ちた細かな欠片まで皿の上で集めていた。
「こっちのクッキーは、金星の満ち欠けだね!」
みらが形の違う三枚を指さした。
「そうそう。この前、望遠鏡で見たやつ」
「半分に見えたのは、これだね」
あおが半月形の一枚を取る。
この前は「なんか欠けてません?」と驚いていたくせに、今度はそれを菓子にしてきたのか。
「どれも美味しいわ。ありがとう、スガくん」
「いえいえ! モンロー先輩のお口に合えば何よりっス!」
須賀がぱっと顔を輝かせた。
そこは、いつもの須賀だな。
みらもパイを飲み込むと、感動したような顔で須賀を見た。
「神様って、どんな人にも得意なことを一つはくれるんだね……」
「おまえも大概失礼だよな」
褒めているつもりなんだろうが、その言い方よ…。
その横で、すずちゃんが俯いていた。
肩が小刻みに震えている。笑いを堪えているのかと思ったが、どうも様子が違う。
「嘘よ……。須賀がこんなお菓子を作れるなんて、悪夢に違いないわ……」
光のない目で、ぼそぼそと呟いている。
「おまえは俺を何だと思ってるんだ!!」
須賀が叫んでも、すずちゃんは答えなかった。
代わりにもう一口食べ、ますます複雑そうな顔になる。
「……美味しいのが腹立つわ」
「素直に褒めろよ!」
部室に笑い声が広がった。
俺も笑いながら、残りを口に運ぶ。
確かに意外だったけど、これを作るのに時間を掛けたのは本当だろう。
須賀が前に言っていた「結構ハマってて」という言葉を、今更ながらに思い出した。
*
お茶を飲んで一息ついたところで、机に会報のメモを広げた。
皿はまだ真ん中にある。須賀が多めに持ってきたので、もう少し楽しめそうだ。
「それじゃあ、そろそろ会報の話をしましょうか」
モンロー先輩の声に、桜先輩が待ってましたとばかりに鞄へ手を伸ばした。
「そうね。私、考えてきたんだけど――」
「あ、その前に一ついいかしら」
モンロー先輩が手を上げる。
桜先輩の手が、鞄の中で止まった。
「会報について遠藤先生に話したのだけど、全部で四ページ、まずは五十部作ることになったわ」
「四ページ? どうしてですか?」
イノ先輩が首を傾げた。
「紙とインクにも予算があるでしょう? 一枚の紙を両面に印刷して、半分に折る形ね。それなら、折るだけで済むから」
「もう一枚増やすのは駄目なの?」
「増やしたら、重ねて折って、ホチキスで留めなきゃならないわ。五十部全部やるとなると、結構な手間でしょう? その時間があったら、ほかの活動をした方がいいって」
「あー……」
桜先輩が黙った。
俺も、五十部を一つずつ揃えて、ホチキスで留めるところを想像する。
……確かに、それは結構な作業だな。
「まずは無理なく作れるところから、ということね」
「一人ずつ書いたら、結構狭くなりますね」
イノ先輩が紙に四つの枠を描いた。
みらが身を乗り出し、その紙を覗く。
「じゃあ、天文班と地質班で一ページずつにしませんか?」
「その方が、読む人にも分かりやすそうだね」
あおが頷いた。
「そうね。最初のページは私が活動報告をまとめるとして、二ページ目が天文班、三ページ目が地質班。残りにスガくんのレシピを載せましょうか」
「了解っス!」
須賀が返事をして、残ったパイへ手を伸ばす。
「それで、それどっちを載せるの? 両方は無理でしょ」
桜先輩が皿を指した。
「まあ、クッキーの方が楽っスね。生地を作って冷やして、伸ばして形を抜いて、焼けば良いんで」
「パイは?」
「そっちはまず、生地でバターを包んで伸ばして折るんスよ。それを冷蔵庫で休ませて、また伸ばして折って――」
「まだ焼かないの?」
みらが聞く。
「まだ。それを何回か繰り返してから――」
「クッキーにしましょう」
モンロー先輩が言った。
誰も反対しなかった。
「えっ、もう決まり?」
「読んだ人にも、作ってみようと思ってほしいものね」
イノ先輩まで、うんうんと頷いている。
俺もクッキーに一票だ。パイは須賀に作ってもらおう。
「私の活動報告には、写真も入れようと思っているの」
モンロー先輩が鞄から取り出したのは、小さなデジタルカメラだった。
電源を入れ、背面の画面をこちらへ向ける。
皆が椅子を寄せ、覗き込んだ。
「結構撮ってあるから、どれを使うか迷うのよね」
画面には、河原で石を探す俺たちが写っていた。
次は望遠鏡を組み立てているみらとあお。その次は、部室で標本箱を囲んでいるところだ。
「わっ、こんな写真もあったんですね!」
みらが嬉しそうに指さす。
自分も写っているのに、撮られた覚えがまるでない。
先輩、いつの間にこんなに撮ってたんだ。
そう思っていると、次の写真で先輩の指が止まった。
「あ、これは――」
「ふぇっ!? 私!?」
イノ先輩が声を上げた。
画面の中では、イノ先輩が両手を広げ、見事に体勢を崩していた。
足元に椅子が見える。どうやら部室でつまずいた瞬間らしい。
「ちょっと、あんた。撮ってる場合じゃないでしょ」
「たまたまカメラを向けていたら、転んじゃったのよ」
「そ、それは載せないでくださいね~!」
イノ先輩が慌てて念を押す。
モンロー先輩は「分かってるわ」と笑い、次の写真へ送った。
今度は、顕微鏡を覗くあおと、その肩越しに話しかけているみらだった。
二人とも、カメラには全く気づいていない。
横からすずちゃんが、ぐいっと身を乗り出した。
「それ、売ってください!」
「すずちゃん……」
「ハアハア」と鼻息も荒く迫るすずちゃんに、みらとあおがそっと身を引く。
「売り物じゃないわよ?」
モンロー先輩が苦笑し、カメラを引っ込めた。
……会報より先に、写真の買い手がついてしまったな。
「で、地質班のページね。私はこれを書くわ!」
桜先輩が話を戻し、改めて鞄から本を取り出した。
表紙には色とりどりの宝石が並び、柔らかな字体で『誕生石』と書かれている。
俺は本を見て、それから先輩を見た。
みらも同じように視線を動かしている。
「……どうかしたの?」
「いえ、桜先輩の事だから、もっとガチガチの石の解説をすると思っていたんですが、そんなかわいい本を選んだのが意外で」
「あんた達、私を何だと思っているの」
須賀もさっき、似たようなことを言っていたな。
「興味を持ってもらうんでしょ? だったら、自分の誕生月の石くらい、知りたい人もいるじゃない」
「それは良いと思います! ちなみに私は地図に関することを書きたいです!」
イノ先輩が、自分のノートを開いた。
「桜先輩がそれなら、俺はこの前の河原の石の事でも書きましょうかね」
「そうね。どれくらい入るかは、書いてみないと分からないけど……」
桜先輩が三つ目の枠に書き込んでいく。
誕生石、地図、河原の石。
この三つを一ページか。思っていたより、場所の取り合いになりそうだな。
「天文班はどうするの?」
「私は惑星について書こうと思っています」
「私は宇宙のことを!」
あおに続いて、みらが元気よく答えた。
「……宇宙の、何について?」
「それをこれから考えます!」
広いな。紙面は狭いのに。
「じゃあ、まずはそれぞれ考えてみましょう。来週、持ち寄って見せ合うことにして」
モンロー先輩がそうまとめた。
ひとまず、やることは決まった。
俺はメモを取りながら、もう一枚クッキーを取った。
さて、何から書こうか。
*
一週間後。
同じ机の上に、今度は菓子の代わりに原稿が並んでいた。
「おー……。ちゃんと会報っぽくなってるな」
須賀が紙を持ち上げる。
俺も、みらとあおの原稿を覗き込んだ。
大きな見出しは『金星』。
短く区切られた説明の間に絵が入り、下の方には漫画まで描かれている。
「今回は金星にしたんだ」
「うん。この前、皆で見たし、スガくんのクッキーも金星だから」
あおが答えた。
その隣で、みらが漫画の部分を指さす。
「こっちは私が描いたの! ヴィーナスの話とか、金星にまつわる話を漫画にしてみたんだ」
女神らしい人物まで、みらの絵になると随分親しみやすい。
絵につられて台詞を追い、そのまま横の解説も読んでしまった。
なるほど。考えたな。
「最初は別々に書いてたんですけど、あおの説明を読んだら、絵にしたくなっちゃって」
「それで、二人で合わせてみました」
「分かりやすいわね。見た目もかわいいし」
モンロー先輩に褒められ、みらが嬉しそうに笑った。
「地質班はどうなったの?」
「こっちも、結局三人で書いたわ」
桜先輩が俺たちの原稿を差し出した。
こちらの題材は、河原の石だ。
石の写真と短い説明、その横には川と周辺の地図が並んでいる。
「あれ? 誕生石じゃないんですか?」
「次の機会にするわ」
みらの問いに、桜先輩が少し唇を尖らせた。
「この二人が、途中から一緒に書き始めたのよ」
そうなのだ。
俺が拾った石のことを書いていたら、イノ先輩はその石がどこから来たかを地図で説明しようとしていた。
互いの下書きを見たところで、これなら別々にする必要はないのでは、という話になった。
「同じ石の説明を二回することになりそうだったので……」
「一緒にした方が、場所も取らないですしね」
俺に続いてイノ先輩が言うと、桜先輩は腕を組んだ。
「そうしたら、私だけ浮くじゃないの」
昨日も、全く同じことを言われた。
そこから先は早かった。
桜先輩も俺たちの原稿を覗き込み、ここはもう少し説明が必要、これは削れる、と書き直していくうちに、自分でも文章を書き始めていたのだ。
「でも、三人でやったお陰で、ちゃんと収まりましたね!」
「アンタたち、最初のままだと字が多すぎたもの」
その割には、先輩も途中で説明を増やしていた気がする。
最後にイノ先輩が「これ、どこに入れましょうか」と困った顔をするまで、俺たちは気づかなかった。
「地図があると、どこで拾ったのかも分かるね」
あおが川の線を指で追った。
みらもその横から覗き、石の写真を見ている。
「あっ、これ私も拾ったやつだ!」
そう言ってもらえると、少しほっとする。
少なくとも、読まずに飛ばされることはなさそうだ。
*
記事が揃ったところで、モンロー先輩がパソコンへ向かった。
原稿を見比べながら、画面の中で文章や写真の位置を動かしていく。
「みらちゃん、この辺りにも絵を入れられるかしら?」
「はい! 何を描きましょう?」
「記事に合うものなら、お任せするわ」
みらが早速、紙とペンを取り出した。
あおと相談しながら、空いた場所の大きさを確かめている。
俺たちも横で文字や石の名前を読み直した。
須賀はレシピの手順を指で追い、時々、持ってきたメモへ目を戻す。
「スガくん、これ何分焼くの?」
「あっ、時間抜けてる。そこ、書き足していいッスか?」
危ないな。完成しないクッキーになるところだったぞ。
しばらくすると、みらが絵を持ってきた。
小さな星や石のほか、タイトルの文字まで描かれている。
「こんな感じでどうですか?」
「いいわね。これ、最初のページに使いましょう」
モンロー先輩が受け取り、取り込んだ絵を紙面に置いていく。
ただの文字だった『キラキラ』が、途端に会報の名前らしく見えた。
地質班のページにも、顔の付いた石が加わる。
額の辺りを、白い帯が一周していた。
「これ、あのハチマキ石?」
「はい! 覚えてました?」
「そりゃ、あれだけ見せられればね」
桜先輩が小さく笑った。
文章を詰めていたときとは、随分違う雰囲気になってきた。
「最後のページ、下が空きますね」
イノ先輩が画面を指した。
クッキーのレシピは、写真を入れても上半分に収まっている。
「何か入れる?」
「皆で、一言ずつ書くのはどうでしょう?」
あおが言った。
「活動の感想とか、これからやりたいこととか……」
「いいね! 部員のコメント欄!」
みらが乗り気になる。
モンロー先輩も頷き、俺たちへ紙を配った。
「じゃあ、短く一言ずつお願いね」
一言か。
長い記事を書くのとは、また違った難しさがあるな。
少し考えてから、俺は「次に河原へ行くのが楽しみだ」と書いた。
隣で須賀も何やら書き込み、すぐに先輩へ渡している。
「スガくん。『お菓子の感想募集中』はいいけれど、『女子限定』は消すわね」
「そこ大事なんスけど!」
「消すわね」
「……はい」
残念だったな。
俺は笑いながら、自分の紙も渡した。
集まったコメントが、最後の空白に入っていく。
モンロー先輩は画面を一度上から見直し、俺たちへ振り向いた。
「どうかしら?」
皆で画面を覗く。
一ページ目には、みらの描いた会報のタイトルと、モンロー先輩の活動報告。
二ページ目には金星の説明と漫画、三ページ目には俺たちの河原の石の記事がある。
最後はクッキーのレシピと、七人分のコメントだ。
絵が入った分、全体的にかわいらしい。
初めに俺が書いた、文字ばかりの下書きとは大違いだった。
「いいと思います」
俺が言うと、桜先輩も頷いた。
「ええ。これなら、手に取ってもらえそうね」
「それじゃあ……完成だね!」
みらが小さく拍手をした。
俺たちもつられて手を叩く。
四ページだけだが、出来上がってみると嬉しいものだ。
名前を考えて大騒ぎしていた会報が、本当に形になった。
*
翌日の放課後。
印刷した五十部の会報を皆で二つ折りにし、職員室前の机へ運んだ。
モンロー先輩が先生に話を通してくれていたらしく、置き場所はちゃんと空けてある。
みらが『ご自由にお取りください』の紙を立て、その横へ会報を並べた。
「よしっ!」
みらが満足そうに一歩下がる。
俺も、通りかかった人のつもりで眺めてみた。
うん。悪くない。
……と思う。
「誰か、持っていってくれるかな」
「そんな、置いたばかりで分からないでしょ」
桜先輩はそう言いながら、廊下の先へ目を向けていた。
気になるのは、皆同じらしい。
俺たちは少し離れて様子を見ることにした。
ここに七人で立っていては、取りに来る人も近づきにくい。
すると、女子生徒が二人、机の前で足を止めた。
「あ、これじゃない?」
「本当だ。貰っていこう」
一部ずつ取り、話しながら歩いていく。
「……持っていった!」
みらがあおの腕を軽く叩いた。
あおも嬉しそうに頷く。
良かった。まずは二部。
俺がほっとしたところへ、今度は男子がやってきた。
一部を取って表紙を確かめ、そのまま持っていく。
その後も、また一人。
さらに、数人連れが机へ近づいた。
「……随分、来るな」
須賀が呟いた。
俺も頷く。
嬉しい。嬉しいのだが、何かおかしくないか?
さっきから皆、迷わずこの机へ来ている。
「すみません。地学部の会報って、これですか?」
近くにいたモンロー先輩が、女子生徒に声をかけられた。
「ええ、そうよ。良かったら持っていってね」
「ありがとうございます! 会長から聞いて、楽しみにしてたんです」
……会長?
皆の視線が、みらへ集まった。
みらもきょとんとしていたが、やがて「あっ」と声を上げる。
「そういえば、お姉ちゃんに今日配るって話した……」
それか。
みらが慌ててスマホを取り出し、画面を見て固まった。
「……皆に勧めておいたって」
もう一度、机の方を見る。
新しく来た生徒が、友達と一緒に会報を開いていた。
置いたばかりの山は、もう目に見えて低くなっている。
俺たちが一週間かけて、どうすれば興味を持ってもらえるかと考えた会報。
それが、会長のひと声でこんなに……。
……いやそうはならんやろ。