もしも地質ガチな俺が地学部に入ったら【恋する小惑星if】 作:Takuma218
緑豊かな山あい、渓流からはせせらぎの音が聞こえる。
ここは
こんなへんぴな所へ何をしに来たのかというと、それはもちろん
俺たち地学部は、一泊二日の
◇
話は、数日前の部室に遡る。
「
腕を組んで宣言する桜先輩に、みらたちが首を傾けた。
「……じゅんけん?」
「みんなで色んな鉱物の産地や、地質名所を歩いて勉強をするんです。合宿みたいなものですね」
イノ先輩の説明を聞いて、みらが顔を上げた。
「合宿ということは、お泊まりですか?」
「ええ。本当は数日かけていろんな場所を回りたいんだけど、うちみたいな弱小地学部にそんな余裕はないから、今回は一泊二日を予定しているわ」
「ちなみに夜には天体観測もするから、期待しておいてね~」
モンロー先輩が付け加えると、みらがぱっと顔を輝かせた。
「やった! あお、合宿だって!」
「うん。楽しみだね」
あおも嬉しそうに頷いている。
「いいっスね! 俺も楽しみになってきた!」
須賀まで身を乗り出した。
まあこいつの場合、何を楽しみにしているのかは分からないが。
桜先輩の言うには、地質研究会の頃から続いている新入生歓迎の行事なのだという。今年は部の合併やその後のゴタゴタで、今まで延びてしまったそうだ。
「で、どこに行くんですか?」
俺が尋ねると、桜先輩が答えた。
「
秩父鉱山か。鉱物好きで知らない人はいない有名鉱山だ。いつかは行ってみたいと思っていたけど、いよいよ行けるのか。
そして長瀞と言えば
配られたしおりを開き、先輩たちの説明を聞く。
一日目は秩父で鉱物採集。その後は旅館に泊まり、夜には天体観測をして、二日目は長瀞を回るという予定らしい。旅館は温泉地にあるということで、温泉にも期待できそうだ。
「道具は持っている人は自分のを使って、無い人は部の備品を使って。服装は長袖長ズボンで、汚れてもいい動きやすい格好にすること。あと日差しを避けるためにも帽子は必須よ。詳細はしおりを見なさい」
持ち物の欄を読みながら、家にある道具を頭の中で確認していく。
隣では須賀がみらたちと宿泊の話で盛り上がっていた。
俺は行程表へもう一度目を戻す。
どんな石が見つかるだろう。
しおりを眺めているだけで、早く自分のハンマーを使いたくなってきた。
◇
そして、巡検当日の朝。
俺たちは学校の駐車場に集まっていた。
今日は全員、動きやすい私服だ。
ただ、足元に置かれたリュックを見比べると、班ごとの差がよく分かる。
天文班の四人は、しおりに書かれた持ち物を揃えた、比較的身軽な格好。
一方、俺たち地質班は、三人とも大きなリュックを持ってきていた。俺のにはハンマーやたがね、ルーペに加え、採集袋や石を包む新聞紙も入っている。
「おまえら、何日山に入るつもりだよ」
須賀が俺と桜先輩の荷物を見比べた。
「採った石を入れる場所も必要だろ」
「そうよ。帰りには、これくらい必要になるんだから」
「……どんだけ持って帰る気なんスか」
イノ先輩が苦笑いしている。
「私も、前の巡検では、帰りに石が入りきらなくなっちゃったので……」
「先輩もそっち側っスか」
まあ、せっかく見つけた石を置いて帰るのは惜しいですからね。
そんな話をしていると、見慣れないワンボックスカーが入ってきた。
運転席にいるのは、遠藤先生だ。
俺たちの前で車を止め、窓を開ける。
「あれ、先生そんな車でしたっけ?」
「さすがにお前たち七人を乗せるとなると、私の車じゃ入りきらないんだよ。という訳で、借りてきたわ」
なるほど。泊まりの荷物に採集道具、それに望遠鏡まであるのだから、普段の車では厳しいだろうな。
皆で荷物を積み込み、順番に車へ乗り込む。大きな車でも、これだけの人数と荷物が入ると、車内はいっぱいだ。
俺も席に収まり、シートベルトを締めた。
「モンロー先輩、隣で良かったっス!」
「ふふっ。よろしくね」
須賀はモンロー先輩の隣に座れて上機嫌だ。
全員座ったことを確認し、遠藤先生が前を向いた。
「よし、全員乗ったな?」
「はい。忘れ物もありません!」
イノ先輩が頷く。
「それじゃあ、しゅっぱーつ!」
みらの元気な声に合わせて、車が動き出した。
いよいよ秩父へ。
どんな石が採れるだろう。そう考えるだけで、自然と頬が緩んだ。
◇
「それで、今日行く鉱山って、どんな所なんですか?」
車が走り始めてしばらくすると、みらが尋ねた。
窓の外を見ていた桜先輩が顔を向ける。
「ん?
「金や銀もですか!」
「ええ。それに、見つかる鉱物は百種類以上。鉱物好きの間でも、有名な産地なのよ」
「百種類!? そんなにあるんですか?」
みらが目を丸くする。
桜先輩は、その反応に満足そうに頷いた。
「それで、今日回る産地は二か所よ。まず、一か所目の見どころはガーネットの壁ね」
「ガーネットって、あの宝石のですか!?」
みらが声を弾ませた。
「そうよ。壁一面が、ガーネットの結晶でできているの」
「おお! そりゃ凄そうっスね!」
須賀まで食いついた。
確かに、聞くだけなら凄い光景だ。
ただ、イノ先輩が苦笑いしている。
「宝石店に並んでるみたいなのを想像すると、ちょっと違うかもしれませんけどね…」
だが、みらと須賀は期待に満ちた顔のままだ。
あれは聞いてないだろうな。
「しかも、そのガーネットの下には、金が採れる
「金まで!?」
「マジっスか!?」
みらたちの反応に気を良くしたのか、桜先輩がどんどんまくし立てる。
「そして、二か所目でも金が出るわ。しかも、こっちのは『
「金……」
「他にも
桜先輩は次々と鉱物の名前を挙げ、熱く語り続けていた。
だが、みらは「へえ~」と気の抜けた相槌を返すばかりで、もう話を聞いていないようだった。
……これは金しか頭にないな。
ただ、秩父鉱山の糸金は写真で何度も見たことがあるし、憧れていたのは俺も同じだ。
◇
車はそのまま、山間部へと入っていった。
窓の外には、白い石が山積みになった工場や、白い岩肌の露出した崖が見える。
桜先輩はそうした景色を見つけるたびに、窓の外を指さして解説してくれた。
「あの白い石は
さっきまで鉱物の名前を挙げていた先輩は、今度は道沿いの岩の説明に忙しい。
俺も窓の外へ目を向けた。目的地に着く前から、見逃せないものが多い。
やがて車は、小さなトンネルの脇にあるスペースへ入って停まった。
ここが、一か所目の産地らしい。
「着いたぞー。忘れ物しないようにな」
遠藤先生に促され、順番に車を降りる。
外へ出ると、川の流れる音が聞こえてきた。
「んーっ! やっと着いたー!」
みらが両手を伸ばす。
俺も固まった体を少しほぐしてから、荷物を取り出した。
青いウインドブレーカーを羽織り、帽子をかぶる。腰のハンマーケースにハンマーを差し、ルーペもすぐ取り出せる場所へ入れておいた。
隣では、赤い上着の桜先輩がリュックの中を確かめている。イノ先輩も黄色い上着を着て、腰にハンマーケースを付けていた。
みらたちもそれぞれ帽子をかぶり、リュックを背負った。
桜先輩は部の道具を入れた袋から、ヘルメットを二つ出している。
「それも使うんですか?」
みらが手元を覗き込んだ。
「ええ。崖の下で採るから、安全のためにはかぶった方が良いわ。部の備品が二つあるから、交代で使いましょう」
先輩から一つ受け取り、リュックに留める。
みらは俺たち三人を見回し、目を輝かせた。
「わあ! 三人とも探検隊みたい!」
今度は、俺たちの腰元へ目を向ける。
「ハンマー、そこに入れるんですね!」
「両手が空くから、歩くときに便利なんですよ」
イノ先輩がケースに手を添えた。
「朝から荷物多いと思ってたけど、気合いが違うな……」
須賀が感心したように言う。
天文班の四人も山歩きのできる格好ではあるが、こうして並ぶと、俺たちの方が随分と物々しい。
みらは自分の服を見下ろし、あおの袖を軽く引いた。
「あお、私たちもああいうの着た方が良かったかな?」
「しおりに書いてあった通りには、してきたけど……」
その声に、桜先輩が顔を上げた。
「本格的にやるんだったら、このくらいの装備はあった方が良いけど、今は大丈夫よ」
「良かった! でも、あのハンマー入れるの、ちょっと欲しいなあ」
「ふふっ。もう欲しいものが増えちゃったの?」
モンロー先輩に言われ、みらが照れくさそうに笑う。
まあ、気持ちは分かる。
俺も初めてハンマーを腰に下げたときは地質学者になったみたいで、ちょっと嬉しかったし。
ちなみに、装備を買うのに付き合ってほしいとみらに頼まれた桜先輩が、俺たちにも声をかけ、結局みんなで買いに行くことになったのは、また後の話だ。
支度を終えて顔を上げると、遠藤先生はまだ運転席に座っていた。
「先生は行かないんですか?」
「私は車を見ているから、行っておいで」
「車なら、鍵を掛ければいいんじゃ……」
「ここまで運転してきたんだぞ。少しくらい休ませてくれ」
まあ、それを言われると弱いのですが……。
「桜井、あとは頼んだ」
「はいはい。戻ってきたときに寝てないでくださいよ」
「起こしてくれればいいから」
もう寝る気なんですね…。
「先生! 金が見つかったら見せますね!」
みらが声をかけると、先生はにやりと笑った。
「おう、期待してるぞ」
窓からひらひらと手を振る先生を残し、俺たちは歩き出した。
引率がこんなんで良いのかとも思ったが、ここまで運転してくれたのは確かだ。少しくらい休ませてあげても良いだろう。
桜先輩を先頭に、草を分けて細い道へ入る。
道というより、獣道に近い。すぐに川へ向かう急な下りになった。
「わっ、結構急ですね!」
「足元をよく見て、ゆっくりね」
桜先輩に言われ、みらが慎重に足を下ろす。
俺も木の幹に掴まりながら、一歩ずつ斜面を下った。
川の音が近づいてくる。
最後の段差を下りると、木々の間から河原へ出た。
次回は結構本格的な好物採取に入ります