もしも地質ガチな俺が地学部に入ったら【恋する小惑星if】   作:Takuma218

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地学では、地質調査のフィールドワークを『巡検』と呼んだりします


《第13話》巡検と探検隊

 緑豊かな山あい、渓流からはせせらぎの音が聞こえる。

 ここは埼玉県(さいたまけん)秩父市(ちちぶし)の山奥。

 

 こんなへんぴな所へ何をしに来たのかというと、それはもちろん鉱物採取(こうぶつさいしゅ)。

 俺たち地学部は、一泊二日の地質巡検(ちしつじゅんけん)に来ていた。

 

     ◇

 

 話は、数日前の部室に遡る。

 

「巡検(じゅんけん)に行くわよ!!」

 

 腕を組んで宣言する桜先輩に、みらたちが首を傾けた。

 

「……じゅんけん?」

「みんなで色んな鉱物の産地や、地質名所を歩いて勉強をするんです。合宿みたいなものですね」

 

 イノ先輩の説明を聞いて、みらが顔を上げた。

 

「合宿ということは、お泊まりですか?」

「ええ。本当は数日かけていろんな場所を回りたいんだけど、うちみたいな弱小地学部にそんな余裕はないから、今回は一泊二日を予定しているわ」

「ちなみに夜には天体観測もするから、期待しておいてね~」

 

 モンロー先輩が付け加えると、みらがぱっと顔を輝かせた。

 

「やった! あお、合宿だって!」

「うん。楽しみだね」

 

 あおも嬉しそうに頷いている。

 

「いいっスね! 俺も楽しみになってきた!」

 

 須賀まで身を乗り出した。

 まあこいつの場合、何を楽しみにしているのかは分からないが。

 

 桜先輩の言うには、地質研究会の頃から続いている新入生歓迎の行事なのだという。今年は部の合併やその後のゴタゴタで、今まで延びてしまったそうだ。

 

「で、どこに行くんですか?」

 

 俺が尋ねると、桜先輩が答えた。

 

「秩父(ちちぶ)、長瀞(ながとろ)方面に行くわ。秩父では秩父鉱山(ちちぶこうざん)で鉱物採取、長瀞では岩畳の観察に博物館の見学になるわね」

 

 秩父鉱山か。鉱物好きで知らない人はいない有名鉱山だ。いつかは行ってみたいと思っていたけど、いよいよ行けるのか。

 そして長瀞と言えば結晶片岩(けっしょうへんがん)。川沿いにその岩が広く露出している「岩畳(いわだたみ)」が有名だ。あの河原で拾った石を、今度は川に流されてくる前の岩として見られるのか。

 

 配られたしおりを開き、先輩たちの説明を聞く。

 一日目は秩父で鉱物採集。その後は旅館に泊まり、夜には天体観測をして、二日目は長瀞を回るという予定らしい。旅館は温泉地にあるということで、温泉にも期待できそうだ。

 

「道具は持っている人は自分のを使って、無い人は部の備品を使って。服装は長袖長ズボンで、汚れてもいい動きやすい格好にすること。あと日差しを避けるためにも帽子は必須よ。詳細はしおりを見なさい」

 

 持ち物の欄を読みながら、家にある道具を頭の中で確認していく。

 

 隣では須賀がみらたちと宿泊の話で盛り上がっていた。

 俺は行程表へもう一度目を戻す。

 

 どんな石が見つかるだろう。

 しおりを眺めているだけで、早く自分のハンマーを使いたくなってきた。

 

     ◇

 

 そして、巡検当日の朝。

 俺たちは学校の駐車場に集まっていた。

 

 今日は全員、動きやすい私服だ。

 ただ、足元に置かれたリュックを見比べると、班ごとの差がよく分かる。

 

 天文班の四人は、しおりに書かれた持ち物を揃えた、比較的身軽な格好。

 一方、俺たち地質班は、三人とも大きなリュックを持ってきていた。俺のにはハンマーやたがね、ルーペに加え、採集袋や石を包む新聞紙も入っている。

 

「おまえら、何日山に入るつもりだよ」

 

 須賀が俺と桜先輩の荷物を見比べた。

 

「採った石を入れる場所も必要だろ」

「そうよ。帰りには、これくらい必要になるんだから」

「……どんだけ持って帰る気なんスか」

 

 イノ先輩が苦笑いしている。

 

「私も、前の巡検では、帰りに石が入りきらなくなっちゃったので……」

「先輩もそっち側っスか」

 

 まあ、せっかく見つけた石を置いて帰るのは惜しいですからね。

 

 そんな話をしていると、見慣れないワンボックスカーが入ってきた。

 

 運転席にいるのは、遠藤先生だ。

 俺たちの前で車を止め、窓を開ける。

 

「あれ、先生そんな車でしたっけ?」

「さすがにお前たち七人を乗せるとなると、私の車じゃ入りきらないんだよ。という訳で、借りてきたわ」

 

 なるほど。泊まりの荷物に採集道具、それに望遠鏡まであるのだから、普段の車では厳しいだろうな。

 

 皆で荷物を積み込み、順番に車へ乗り込む。大きな車でも、これだけの人数と荷物が入ると、車内はいっぱいだ。

 

 俺も席に収まり、シートベルトを締めた。

 

「モンロー先輩、隣で良かったっス!」

「ふふっ。よろしくね」

 

 須賀はモンロー先輩の隣に座れて上機嫌だ。

 

 全員座ったことを確認し、遠藤先生が前を向いた。

 

「よし、全員乗ったな?」

「はい。忘れ物もありません!」

 

 イノ先輩が頷く。

 

「それじゃあ、しゅっぱーつ!」

 

 みらの元気な声に合わせて、車が動き出した。

 

 いよいよ秩父へ。

 どんな石が採れるだろう。そう考えるだけで、自然と頬が緩んだ。

 

     ◇

 

「それで、今日行く鉱山って、どんな所なんですか?」

 

 車が走り始めてしばらくすると、みらが尋ねた。

 窓の外を見ていた桜先輩が顔を向ける。

 

「ん? 秩父鉱山(ちちぶこうざん)ね。主に亜鉛(あえん)や鉄を掘っていた、日本有数の鉱山よ。他にも金や銀、銅や鉛なんかも採れてたわ」

「金や銀もですか!」

「ええ。それに、見つかる鉱物は百種類以上。鉱物好きの間でも、有名な産地なのよ」

「百種類!? そんなにあるんですか?」

 

 みらが目を丸くする。

 桜先輩は、その反応に満足そうに頷いた。

 

「それで、今日回る産地は二か所よ。まず、一か所目の見どころはガーネットの壁ね」

「ガーネットって、あの宝石のですか!?」

 

 みらが声を弾ませた。

 

「そうよ。壁一面が、ガーネットの結晶でできているの」

「おお! そりゃ凄そうっスね!」

 

 須賀まで食いついた。

 確かに、聞くだけなら凄い光景だ。

 

 ただ、イノ先輩が苦笑いしている。

 

「宝石店に並んでるみたいなのを想像すると、ちょっと違うかもしれませんけどね…」

 

 だが、みらと須賀は期待に満ちた顔のままだ。

 あれは聞いてないだろうな。

 

「しかも、そのガーネットの下には、金が採れる鉱脈(こうみゃく)が走っているわ!」

「金まで!?」

「マジっスか!?」

 

 みらたちの反応に気を良くしたのか、桜先輩がどんどんまくし立てる。

 

「そして、二か所目でも金が出るわ。しかも、こっちのは『糸金(いときん)』といってね。糸みたいに細い、珍しい形の金なのよ」

「金……」

「他にも車骨鉱(しゃこつこう)や毛鉱(もうこう)、菱マンガン鉱(りょうまんがんこう)とか……」

 

 桜先輩は次々と鉱物の名前を挙げ、熱く語り続けていた。

 だが、みらは「へえ~」と気の抜けた相槌を返すばかりで、もう話を聞いていないようだった。

 

 ……これは金しか頭にないな。

 

 ただ、秩父鉱山の糸金は写真で何度も見たことがあるし、憧れていたのは俺も同じだ。

 

     ◇

 

 車はそのまま、山間部へと入っていった。

 窓の外には、白い石が山積みになった工場や、白い岩肌の露出した崖が見える。

 

 桜先輩はそうした景色を見つけるたびに、窓の外を指さして解説してくれた。

 

「あの白い石は大理石(だいりせき)よ。石灰岩(せっかいがん)と同じ炭酸カルシウムからできているんだけど、ここではそれを使ってセメントを作っているの」

 

 さっきまで鉱物の名前を挙げていた先輩は、今度は道沿いの岩の説明に忙しい。

 俺も窓の外へ目を向けた。目的地に着く前から、見逃せないものが多い。

 

 やがて車は、小さなトンネルの脇にあるスペースへ入って停まった。

 ここが、一か所目の産地らしい。

 

「着いたぞー。忘れ物しないようにな」

 

 遠藤先生に促され、順番に車を降りる。

 外へ出ると、川の流れる音が聞こえてきた。

 

「んーっ! やっと着いたー!」

 

 みらが両手を伸ばす。

 俺も固まった体を少しほぐしてから、荷物を取り出した。

 

 青いウインドブレーカーを羽織り、帽子をかぶる。腰のハンマーケースにハンマーを差し、ルーペもすぐ取り出せる場所へ入れておいた。

 隣では、赤い上着の桜先輩がリュックの中を確かめている。イノ先輩も黄色い上着を着て、腰にハンマーケースを付けていた。

 みらたちもそれぞれ帽子をかぶり、リュックを背負った。

 

 桜先輩は部の道具を入れた袋から、ヘルメットを二つ出している。

 

「それも使うんですか?」

 

 みらが手元を覗き込んだ。

 

「ええ。崖の下で採るから、安全のためにはかぶった方が良いわ。部の備品が二つあるから、交代で使いましょう」

 

 先輩から一つ受け取り、リュックに留める。

 みらは俺たち三人を見回し、目を輝かせた。

 

「わあ! 三人とも探検隊みたい!」

 

 今度は、俺たちの腰元へ目を向ける。

 

「ハンマー、そこに入れるんですね!」

「両手が空くから、歩くときに便利なんですよ」

 

 イノ先輩がケースに手を添えた。

 

「朝から荷物多いと思ってたけど、気合いが違うな……」

 

 須賀が感心したように言う。

 天文班の四人も山歩きのできる格好ではあるが、こうして並ぶと、俺たちの方が随分と物々しい。

 

 みらは自分の服を見下ろし、あおの袖を軽く引いた。

 

「あお、私たちもああいうの着た方が良かったかな?」

「しおりに書いてあった通りには、してきたけど……」

 

 その声に、桜先輩が顔を上げた。

 

「本格的にやるんだったら、このくらいの装備はあった方が良いけど、今は大丈夫よ」

「良かった! でも、あのハンマー入れるの、ちょっと欲しいなあ」

「ふふっ。もう欲しいものが増えちゃったの?」

 

 モンロー先輩に言われ、みらが照れくさそうに笑う。

 

 まあ、気持ちは分かる。

 俺も初めてハンマーを腰に下げたときは地質学者になったみたいで、ちょっと嬉しかったし。

 

 ちなみに、装備を買うのに付き合ってほしいとみらに頼まれた桜先輩が、俺たちにも声をかけ、結局みんなで買いに行くことになったのは、また後の話だ。

 

 支度を終えて顔を上げると、遠藤先生はまだ運転席に座っていた。

 

「先生は行かないんですか?」

「私は車を見ているから、行っておいで」

「車なら、鍵を掛ければいいんじゃ……」

「ここまで運転してきたんだぞ。少しくらい休ませてくれ」

 

 まあ、それを言われると弱いのですが……。

 

「桜井、あとは頼んだ」

「はいはい。戻ってきたときに寝てないでくださいよ」

「起こしてくれればいいから」

 

 もう寝る気なんですね…。

 

「先生! 金が見つかったら見せますね!」

 

 みらが声をかけると、先生はにやりと笑った。

 

「おう、期待してるぞ」

 

 窓からひらひらと手を振る先生を残し、俺たちは歩き出した。

 引率がこんなんで良いのかとも思ったが、ここまで運転してくれたのは確かだ。少しくらい休ませてあげても良いだろう。

 

 桜先輩を先頭に、草を分けて細い道へ入る。

 道というより、獣道に近い。すぐに川へ向かう急な下りになった。

 

「わっ、結構急ですね!」

「足元をよく見て、ゆっくりね」

 

 桜先輩に言われ、みらが慎重に足を下ろす。

 俺も木の幹に掴まりながら、一歩ずつ斜面を下った。

 

 川の音が近づいてくる。

 最後の段差を下りると、木々の間から河原へ出た。




次回は結構本格的な好物採取に入ります
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