もしも地質ガチな俺が地学部に入ったら【恋する小惑星if】 作:Takuma218
高校生活二日目の昼休み。
俺は机に突っ伏していた。
「昨日はひでぇ目にあった……」
太腿が重い。ふくらはぎも張っている。
階段を上るだけで、昨日どれだけ走らされたか思い出すくらいだ。
サッカー部の体験入部。体験というには、少々きつすぎやしませんかね……。
「まあまあ、やっぱ汗流すのは気持ちいじゃねーか。お前も意外と動けてたし。あれで活躍すりゃ、モテモテ生活まっしぐらだぜ!」
目の前の須賀は、今日も元気だった。
同じだけ走ったはずなのに、何でこいつは平気なんだ。
「俺はそんなの興味無いんだよ!!」
顔を上げて言い返した、そのときだった。
教室のドアが勢いよく開いた。
「たのもー!!」
ビクッと肩が跳ねる。
何だ!? 道場破りか!?
入り口に立っていたのは、明るいオレンジ色の髪の女子だった。
教室中の視線を集めても気にした様子はなく、きょろきょろと中を見回している。
「あっ、いた!! あおー! お昼一緒に食べなーい?」
呼ばれた女子が、ぴくりと反応した。
青い髪を二つに結んだ、確か……真中あおさん、だったかな?
今度はそちらへ視線が集まる。
真中さんはみるみる顔を赤くすると、小さく頷き、弁当を持ってそそくさと教室を出ていった。
「ビックリした~。あれ木ノ幡みらだぜ。同じ中学だったから知ってる」
須賀が声を落として教えてくれる。
「まあ俺の射程範囲外だから接点は無いが」
相変わらず失礼な奴だ。
「……ってことは鈴矢も居るのか? 居るんだろうな……。ほとんどセットだったし。というか、ちょっと見えた気がするし……」
須賀は廊下の方を窺うと、少し顔をしかめた。
さっきまであんなに元気だったのに、急に歯切れが悪い。
その鈴矢という人と、何かあったのだろうか?
*
高校生活四日目。
俺はまだ、地学部に辿り着けていなかった。
一日目はサッカー。
二日目は野球。
三日目はバスケ。
……何でだよ。
毎日ちゃんと、地学部に行くつもりで席を立っている。
なのに、気づけば須賀に捕まり、体育館やグラウンドへ連れていかれるのだ。
最初こそ、俺の抗議に周囲も驚いていた。
だが三日目ともなると、廊下で叫んでいても、ああ、またかという顔で見送られるだけになっていた。
慣れるな。少しは助けてくれ。
「今日こそは、地学部に行かせてもらうからな」
昼休み、俺は須賀を睨んだ。
今日まで邪魔されたら、流石に黙ってはいられない。
「お、おい目が怖いって……。分かったよ、今日は行かせてやるって。そんなガチな目すんな」
須賀が両手を上げ、身を引く。
そもそも、おまえに許可をもらう必要はないんだが。
*
そして放課後。
ようやく俺は、旧文化部棟へ向かっていた。
校舎の裏手へ回り、木立の間の小道を進む。
グラウンドの声が少しずつ遠ざかり、木々の向こうに古い建物が見えてきた。
「おー。随分と古い建物だな~」
隣から、のんきな声がする。
「というか……、何でお前がいるんだよ?」
須賀は悪びれもせず、俺と並んで歩いていた。
「いや~、たまには文化部も悪くないかなと思ってな。それに、お前をそこまで引きつける“地学”ってやつにも興味が湧いたし」
どうせ半分は冷やかしだろう。
まあ、邪魔さえしなければいいけど……。
近づいてみると、壁の塗装はところどころ剥がれ、窓枠も年季が入っていた。
中へ入るとひんやりとしていて、足を踏み出すたびに床がきしむ。
確か、一階だったよな。
廊下を進むと、目当ての名前が見つかった。
扉の上の古いプレートには、『地質研究会』。
その下に、テープで留められた『地学部』の紙。
なるほど。名前は変わったけど、部室はそのままらしい。
ここに来るだけで、四日もかかってしまった。
俺は鞄を持ち直し、小さく息を吸った。
「し、失礼します! 地学部入部希望の松原ケンジです!」
扉を開けると、中にいた五人が一斉にこちらを向いた。
……女子しかいない。
一瞬、部屋を間違えたかと思った。
いや、扉にちゃんと書いてあったし、ここで合ってるはずだ。
見覚えのある顔もあった。
同じクラスの真中あおさんと、この前、教室に突撃してきた木ノ幡みらさん。二人とも地学部だったのか。
部室は思っていたより広かった。
棚には標本箱が並び、机の上にも石や資料が広がっている。
おお……。ちゃんと石がある。
どんなものが置いてあるのか、つい棚の方を見てしまう。
すると、黄色い髪の小柄な先輩?が近づいてきた。
「あなたが噂の男子の入部希望者さんですか?」
噂になっていたのか……。
まあ、三日連続で叫びながら引きずられていれば、目立ちもするか。
「はい……多分……そうです」
思ったより声が小さくなった。
何かやらかしたわけでもないのに、妙に居心地が悪い。
「では、そちらの方も……?」
先輩の視線が、俺の横を通り過ぎた。
そういえば須賀が静かだ。
嫌な予感がして振り向く。
「あなたは女神だ。俺は貴方に会うために、この学校に来たのかもしれない……」
……須賀がナンパしていた。
灰色の長い髪を一つにまとめた先輩の前で、片膝をつき、その手を取っている。
何やってるんだコイツは!?
「はあ……」
先輩は手を取られたまま、困惑した顔で須賀を見下ろしていた。
木ノ幡さんの「えぇ……」という声が聞こえる。
真中さんは固まっている。
俺に話しかけていた先輩も、目を丸くしていた。
初対面だぞ!?
部室に入って、まだ一分も経ってないんだぞ!?
しかも、こいつを連れてきたのは俺だと思われている。
まずい。このままでは、俺の地学部ライフが始まる前に終わる。
「し、失礼しましたーー!」
俺は須賀の首根っこを掴み、先輩から引き離した。
そのまま部室の外へ引っ張り出す。
「待て! 俺の運命が!!」
「うるさい!!」
背後で扉が閉まった。
棚の標本は、まだ一つも見ていない。
……いつになったら活動できるんだ!!
*
「……行っちゃいましたね」
ついさっきまで男子二人が立っていた場所には、何もなくなっていた。
「噂に聞いていた男子生徒って、彼で合ってるの?」
「はい。毎日、騒ぎながら隣の彼に引きずられて行くのを見ていました」
あおが小さく頷いた。
「それにしても部室に入っていきなりナンパとか……見上げた根性しているわね」
「元気な子だったわね~」
「そういう問題じゃないでしょ!!」
のんびりした森野の感想に、桜井がすかさず返した。
その横で、みらが記憶をたどるように口を開いた。
「あれ、須賀くんですよ。中学で同じ学校だったので知ってます。たしか……学校中の女子の先輩にナンパしまくって伝説になってました」
「何気に凄い伝説ね……」
桜井が眉を寄せる。
「すずちゃんとは犬猿の仲だったから、今日すずちゃんが仕事で来てなくて良かったかも……」
その言葉に、先輩たちは顔を見合わせた。
入部希望の男子がいると聞いたときの、すずちゃんの反応はまだ記憶に新しい。
「でも地学部志望の方は、見覚えがありませんでした」
みらが顎に手を当てる。
「地質研志望で入学したらしいけど、博物館のイベントでも見たことないのよね。遠くから来たのかしら?」
桜井も首を傾げた。
石が好きだというなら、少しくらい話してみたかったのだが、その暇もなかった。
そこへ、再び扉が開いた。
「何だ、今日も来ていないのか?」
入ってきた
「それが、来たのですが……」
「逃げちゃいました」
「……は?」
遠藤は、扉に手をかけたまま固まった。
*
高校生活五日目。
ついに、体験入部期間の最終日になってしまった。
昨日は部室に入れた。入れはした。
しかし、あれを体験入部と呼んでいいかは大いに疑問だ。
今日こそは邪魔されずに地学部へ行く。
そう決めて迎えた放課後だったが、拍子抜けするほど何も起きなかった。
「今日はやけに静かだな」
須賀がいない。
ホームルームが終わると、いつの間にか姿を消していた。
どこか好きな部活へ行ったのだろう。
……いや、昨日の今日で、その考えは少し楽観的すぎる気もするが。
妙な胸騒ぎを覚えながら、俺は旧文化部棟へ向かった。
木立の間を抜け、昨日と同じ廊下を進む。
今日こそは、ちゃんと活動したい。
扉の前で一度息を整え、コンコンとノックする。
「失礼します。改めて地学部志望の松原ケンジですぅ……?」
語尾が変な方向へ曲がった。
部室の中に、見慣れた金髪がある。
そいつは昨日の先輩に話しかけていて、俺に気づくと片手を上げた。
「よう!! 遅かったな。」
「なんで、お前がそこにいるんだ!?」
「俺も地学部に入る事にしたぜ!!」
……なん……だと……!?
思わず周りを見た。
部員たちは、揃って少し困ったような顔をしている。
「お前、地学って何か分かっているのか?」
「あれだろ? 石とか火山とか地震とか……」
「それと宇宙や天気もね」
灰色の髪の先輩が補足した。
「その程度の知識で地学部に入ろうと?」
「その辺はこれから知っていけば良いだけだ。俺の森野先輩への愛があれば何でもできる!!」
完全に不純な動機じゃねえか!!
見ろ、先輩が苦笑いしてるぞ。
別に、最初から詳しくなければ入れないなんて言うつもりはない。
でもこいつの場合、地学を知りたいから来たわけじゃないのが丸分かりだ。
「先輩方も良いのですか? こんな不純なヤツが入って?」
「まあ人手不足は事実だし……、とりあえず今日体験して貰って、決めれば良いんじゃないかしら」
森野先輩はそう言うと、机の方へ俺たちを促した。
いいのか、本当に。
案外気にしていないのか、それとも、こういう奴の扱いに慣れているのか……。
どうにも釈然としないが、ここで俺が揉めても仕方がない。
ひとまず頷き、鞄を置いた。
*
体験入部期間の最終日にして、ようやく俺は地学部の活動に参加できていた。
今日の作業は、古い標本の整理。
机へ運ばれた箱には、大きさも色もばらばらの石が収まっている。石の名前がある程度分かると話したところ、分類も手伝わせてもらうことになった。
この黒くて角張った石は、ホルンフェルスだな。白い桜石も見える。
こっちの金色は黄銅鉱で、緑色は孔雀石。……足尾にでも行ったか?
気になった石を持ち上げ、裏側も見てみる。
同じ箱でも、ぱっと見ただけでは分からないものがある。向きを変えると、小さな結晶が光った。
こういうのでいいんだよ、こういうので。
俺がやりたかったのは。
ちなみに、晴れていれば天文班と合同で太陽の黒点観測をする予定だったらしい。
それも気になるが、今は目の前の箱だけで十分楽しい。
ふと横を見ると、須賀は木ノ幡さんたちと談笑していた。
森野先輩――地学部の部長だそうだ――とも、もう普通に話している。
流石、こういうところは強いな。
昨日あんなことをしておいて、どうしてそこまで馴染めるんだ。
それに対して、こちらはというと……。
「仙台から来たのですか」
「はい。親の転勤で、こちらで心機一転頑張っていこうと思いまして」
黄色い髪の先輩は、二年の猪瀬先輩。
何かと話しかけてくれるのだが、こっちはまだ少し緊張していて、返事がぎこちなくなる。
そして赤い髪の副部長、桜井先輩は、向かいで黙々と整理を進めていた。
ときどき顔を上げ、俺や須賀の様子を見ている。目が合って軽く頭を下げると、先輩も頷き、また手元へ視線を戻した。
……やっぱり、警戒されてるよな。
昨日のあれを見た後なら、無理もないけど。
須賀の笑い声が聞こえた。
俺は手の中の石を置き、次の標本へ手を伸ばす。
やっと辿り着いた地学部。
石は面白い。活動も楽しそうだ。
ただ、人間関係の方は……。
全く、先が思いやられるな。
*
その日の活動が終わり、部員たちが帰った後。
夕日の差す部室に、森野と桜井が残っていた。
机の上には、整理を終えた標本箱が並んでいる。
桜井は一つの蓋を閉めると、窓際に立つ森野へ顔を向けた。
「森野さん、本当にアンタ、アイツを入れるつもり? 地質研志望の子はともかく、もう一人は明らかに不純な動機よ」
「ええ。わかっているわ」
森野は窓の外から目を離し、桜井へ向き直った。
「それでも今は一人でも部員が欲しいの」
桜井は箱に手を置いたまま、黙って続きを待った。
「今年は木ノ幡さん、真中さん、松原君が入ってきてくれたから良いけど、それでも私達が抜けたら猪瀬ちゃん含めて四人よ」
まだ始まったばかりの新年度。
それでも、三年生の二人に残された時間は長くない。
「年々部員は減っている。去年なんて、天文部には一人も入部が無かった……。来年も何人入ってくれるかわからない」
森野の目が、部室に並ぶ机を見渡した。
今日、新入生たちが座っていた椅子は、まだ少しばらばらの向きになっている。
「私達にはもう、選り好んでいる余裕なんて無いの。どんな理由であれ、私は彼の入部を認めるつもりよ」
穏やかな口調だったが、言葉に迷いはなかった。
桜井は視線を落とし、標本箱の角を指でなぞった。
部員が必要なのは、地質研究会だって同じだった。
だが、人が増えればそれでいいとも思えない。今日一日で、その懸念が消えたわけではなかった。
「……甘いのよ、アンタは」
「そうかしら?」
森野は机へ戻り、出しっぱなしになっていた資料を重ねた。
「でもね、部活って理由から始まるものじゃないと思うの。あなたもそう思わない? 桜井副部長?」
桜井はすぐには答えなかった。
棚へ戻そうとしていた箱を見下ろす。その中には、今日、ケンジが熱心に見ていた石も入っている。
あの隣の男子も、いつか同じように石や星を面白がるのだろうか。
今はまだ、とても想像できない。
森野は返事を急かさず、残りの資料を片付けていた。
桜井もやがて箱を持ち上げ、戸棚へ戻した。
この話の序盤(体験入部3日目)までは、みらサイドはアニメと同じような展開を辿っています。なので教室に突入したみらのセリフも、アニメと全く同じです。
つまりアニメ展開の裏側の別サイドの話として進行している訳です。
それが絡み合う事でどうなるのか…。