もしも地質ガチな俺が地学部に入ったら【恋する小惑星if】   作:Takuma218

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《第3話》はじまりと標本箱

《第3話》はじまりと標本箱

 

 波乱の体験入部を終え、俺と須賀は正式に地学部へ加入した。

 

 地質班は、俺と桜井先輩、猪瀬先輩。

 天文班は、須賀と森野先輩、木ノ幡さんと真中さん。

 

 合わせて七人。

 須賀に散々邪魔された末に、その須賀と同じ部へ入ることになるとは。入学初日の俺に教えてやったら、きっと嫌な顔をするだろう。

 

 活動は、元の地質研究会と天文部のものを引き継いでいる。

 地質班は標本整理や周辺の地質調査、それに定期的な巡検。天文班は太陽の黒点観測や、夜間の天体観測、星空の撮影などだ。

 

 夜の観測がない日は、天文班がお喋りをして過ごすことも多かったらしい。今は、こちらの標本整理を手伝ってくれることもある。

 

 ただ、まだ一つの部になったという感じは薄い。

 同じ教室の中でも、それぞれ元の部の机に集まりがちだし、先輩同士の呼び方もどこか堅い。

 

 そんな中、木ノ幡さんが提案した。

 

「お互い、あだ名で呼び合いませんか? 今ってお互い堅苦しく呼び合ってるから、これを変えるだけでも大きいと思いますよ!」

「あだ名って急に言われてもね……。そもそも一体誰が考えるのよ」

 

 桜井先輩が眉をひそめる。

 

「そこは私が考えます!!」

 

 木ノ幡さんは、待ってましたとばかりに胸を張った。

 

 あだ名を付けたかったんだな。

 まあ、一理ある気はする。呼び方が変わるだけでも、少しは話しかけやすくなるかもしれない。

 

「それで、どう付けるの?」

「うーん……。そうですね~」

 

 顎に手を当て、先輩たちを順番に見る。

 やがて、ぱっと顔を上げた。

 

「まず、猪瀬先輩はイノ先輩!!」

「そういえば時々、そう呼んでいましたね」

 

 猪瀬先輩はにぱっと笑った。

 気に入ったらしい。

 

「それで桜井先輩は……、桜先輩!!」

「まんまじゃない」

「でも可愛いですよ~」

 

 猪瀬先輩――いや、イノ先輩が嬉しそうに言う。

 桜井先輩も、それ以上は文句を言わなかった。

 

「あと森野先輩は……、モンロー先輩!!」

「……またどうして?」

「名前とホクロとおっぱい!」

 

 全員の視線が、森野先輩へ集まった。

 

 なるほど。マリリン・モンローか。

 名前の響きに、顔のほくろ、それに……。

 

 いや、あんまり見たら失礼だな。

 

「良くわかってるじゃねーか! ナイスネーミング!!」

 

 須賀が親指を立てる。

 木ノ幡さんも、得意げに親指を立て返した。

 

 いつの間にやら仲良くなったな、おまえら。

 

「それで俺たちは?」

 

 上機嫌な須賀が、自分を指さす。

 今度はどんな名前が出てくるのかと思えば、

 

「スガくんに、ケンジくん!」

「「まんまじゃねーか!!」」

 

 不覚にも、須賀と声が揃ってしまった。

 

「じゃあこれからは、このあだ名で呼び合いましょうか」

 

 森野先輩改め、モンロー先輩が話をまとめる。

 その流れで、俺も木ノ幡さんをみら、真中さんをあおと呼ぶことになった。

 

 いきなり名前で呼ぶのは、ちょっと落ち着かない。

 でも、向こうからケンジくんと呼ばれるなら、俺だけ名字のままなのも変か。

 

 桜先輩に、イノ先輩、モンロー先輩。

 頭の中で一度確かめる。

 

 慣れるまでは少しかかりそうだが、これで話しやすくなるなら悪くない。

 

     *

 

 それから数日後。

 

 須賀は用事があるとかで、部活に来るのが遅れるらしい。

 みらとあおも委員会だそうで、今日は俺一人で旧文化部棟へ向かった。

 

 きしむ廊下を歩き、部室の扉を開ける。

 中にいたのは、桜先輩だけだった。

 

 窓からの光が、大きな実習机を照らしている。

 先輩はその一角で、何かの資料に書き込んでいた。顔を上げて軽く頷いたものの、すぐに手元へ視線を戻してしまう。

 

 ……二人きりか。

 

 鞄を置き、椅子を引く。

 その音が、いつもより大きく聞こえた。

 

 何か話した方がいいだろうか。

 でも、作業中に声をかけるのも邪魔かもしれない。

 

 まだ警戒されてるのかな。

 須賀と一緒に来たせいだとしたら、あいつには本当に文句を言いたい。

 

 手持ち無沙汰に周りを見ると、先輩の後ろの戸棚が目に入った。

 中には、古い木製の標本箱が何段も収まっている。

 

 入部してからずっと気になっていたものだ。

 普段整理している石とは別に、わざわざ鍵のかかる棚へ入れてある。どんな標本なのだろう。

 

 俺は少し迷ってから、口を開いた。

 

「先輩、その棚の標本……見ても良いですか?」

 

 桜先輩のペンが止まった。

 こちらを見て、それから後ろの戸棚へ目を向ける。

 

「あなた、これに興味があるの?」

「はい。小さい時から石が好きで、色々な標本を見てきました。この標本も前から気になってたんです」

 

 先輩はしばらく俺を見ていた。

 何か変なことを言っただろうかと思い始めたところで、ペンが机に置かれた。

 

 先輩が立ち上がり、戸棚の鍵を開ける。

 中から標本箱を一つ取り出すと、机の上の資料を端へ寄せた。俺も近くの本を片付け、場所を空ける。

 

「これは地質研究会の先輩から、代々受け継いできたものよ」

 

 蓋が開いた。

 中には仕切りがあり、石と古いラベルが一組ずつ収まっていた。

 

 思わず椅子を寄せる。

 桜先輩は箱の中から一つを選び、俺の方へ向けた。

 

「これは廃坑した鉱山の最盛期の標本よ。何よりこの特徴的な結晶が見ていてうっとりするわ」

 

 先輩が標本を傾けると、小さな結晶の面がぱっと光る。俺は顔を近づけ、示されたところをのぞき込んだ。

 

 それは金色の立方体が集まった黄鉄鉱だった。

 面の照りがいい。共生する水晶もきれいに残っている。

 

「これ、いいですね。黄鉄鉱もですけど、水晶の先端までちゃんと残ってる」

「そうなのよ。よくこの状態で残してくれたと思うわ」

 

 先輩の声が弾んだ。

 こちら側からも見て、と向きを変えてくれる。俺がのぞき込むと、先輩も隣から同じ標本を見た。

 

 そこからは、次々と箱が開いていった。

 結晶の形や産地の話。以前の部員が残した採集の記録。俺が何か尋ねると、先輩は手を止めて答え、ときには別の標本を取り出して見せてくれた。

 

 この人、こんなに喋るんだ。

 

 さっきまで気にしていた沈黙なんて、もう入り込む隙もなかった。

 

「凄いです! どれも凄まじいクオリティじゃないですか!」

 

 先輩の手が止まった。

 

「分かるの?」

「分かりますよ。俺なら、この箱だけで一日潰せます」

 

 先輩は一瞬きょとんとして、それから笑った。

 

「……フフフ。まだ驚くには早いわ! これが地質研のお宝よ!」

 

 戸棚の奥から取り出されたのは、二つの桐箱だった。

 俺は慌てて机の上を空ける。

 

 先輩が一箱ずつ慎重に置き、まず片方の蓋を開けた。

 

 中にあったのは、掌(てのひら)ほどもある水晶だった。

 平たく育った二つの結晶がV字に組み合わさり、全体でハートのような形になっている。

 

 日本式双晶(にほんしきそうしょう)だ。

 

 二つの結晶が、決まった角度で組み合わさって育ったもの。その独特な姿で知られ、日本の名を冠する水晶だ。

 しかも、添えられたラベルには、山梨県の乙女鉱山(おとめこうざん)とある。日本式双晶の名産地として、何度も名前を目にしてきた場所だった。

 

「……乙女の、ですか?」

「そうよ。いい形でしょう?」

 

 俺は頷き、箱の中へ目を戻した。

 大きいだけじゃない。左右の結晶がきれいに開いていて、一目で双晶の形が分かる。

 

 写真で眺めていた名産地の水晶が、今、目の前にある。

 何か言いたいのに、つい見入ってしまった。

 

 続いて、もう一つの箱が開く。

 今度は、銀色の長い結晶が目に入った。

 

 三十センチ近くはあるだろうか。

 表面には細かな筋が走り、見る角度によって銀色にも黒にも見える。研ぎ澄まされた刃みたいな輝きだった。

 

 愛媛県、市之川鉱山(いちのかわこうざん)。

 輝安鉱(きあんこう)。

 

 明治時代に産出した大型結晶が、世界の博物館にも収蔵されている鉱物だ。

 そんなものまで、この部室にあるのか。

 

「凄すぎます!! 日本の代表格じゃないですか!! 本当に博物館級ですよ!! まさかこんな間近で見られるなんて……」

 

 思わず声が大きくなった。

 先輩は驚くどころか、ますます嬉しそうに笑っていた。

 

「フフフッ。あなたもこれの価値が分かるようね。猪瀬達はどうもこれの凄さが分からないようで、その反応を待っていたのよ」

 

 俺は標本から顔を上げた。

 先輩はまだ何か話したそうに、こちらを見ている。

 

「俺でよければ、いくらでも聞きますよ」

 

 そう言うと、先輩は少し目を見開いた。

 それから、机越しに手を差し出した。

 

「改めて、よろしくね。ケンジ君」

 

 俺も手を伸ばし、握り返す。

 

 さっきまで、話しかけていいのか迷っていたのに。

 今は聞きたいことが、いくらでも出てきた。

 

 この標本は、いつからあるのだろう。

 まだ開けていない箱には、何が入っているのだろう。

 

 手を離すと、俺はまた桐箱をのぞき込んだ。

 隣で先輩が、その標本について話し始める。

 

 こういう話がしたかったんだよな。

 

 俺は頷きながら、椅子をもう少し机へ寄せた。

 

 

     *

 

〈イノ視点〉

 

 委員会の活動が長引いて、部活へ行くのが遅くなってしまいました。

 皆さん、もう来ているでしょうか。

 

 途中でモンロー先輩と合流し、二人で文化部棟へ向かいます。

 

 天文部と合併すると聞いたときは、どうなることかと思いました。

 でも、みらちゃんは明るくて、あおちゃんも少しずつお話ししてくれるようになりました。スガくんは何かと騒がしいですけど、いると賑やかになります。

 

 そして、ケンジくん。

 石に詳しい彼が入ってくれたのは、二人しかいなかった地質班にとって、とても心強いことでした。

 

 文化部棟へ入ると、部室の前にみらちゃんとあおちゃんがいました。

 二人とも扉の陰から、こっそり中をのぞいています。

 

「どうかしたの?」

 

 モンロー先輩が声をかけると、二人が振り向きました。

 

「あっ、モンロー先輩にイノ先輩」

「それが、ちょっと入りづらくて……」

 

 促されて、私たちも中をのぞきます。

 

 桜先輩とケンジくんが、机いっぱいに標本箱を広げていました。

 桜先輩が一つの標本を指すと、ケンジくんが顔を近づけます。何か言って顔を上げると、先輩も嬉しそうに頷き、別の箱へ手を伸ばしました。

 

 二人とも、こちらには気づいていません。

 

「あんなに笑ってる桜ちゃん初めて見たかも」

 

 モンロー先輩が呟きました。

 私は返事をせず、二人を見ていました。

 

 桜先輩は、先輩方が次々と卒業していく中で、地質研究会を守ってきた人です。

 

 私が入部を決めたときも、本当に嬉しそうでした。

 これで巡検に二人で行けると、声を弾ませてくれたのを覚えています。

 

 私が好きだったのは、もともと地図でした。

 そこから地質に興味を持って入部したので、鉱物については知らないことばかり。先輩が楽しそうに話してくれても、途中から相槌を打つだけになってしまうことがありました。

 

 そんなとき、先輩は少し言葉を止めてから、分かりやすく説明し直してくれます。

 それはありがたかったのですが、もっと話したいことがあったのではないかと、気になることもありました。

 

 だから、私も石の本を読みました。

 図鑑で名前を調べ、巡検の後には、その場所の地質を確かめました。少しずつ分かることが増えて、先輩と話せることも増えたと思います。

 

 でも、今、目の前で続いている会話には、まだついていけそうにありませんでした。

 

 桜先輩が笑っています。

 ケンジくんも、同じくらい楽しそうです。

 

 同じ熱さで石の話ができる人が来てくれた。

 よかった。そう思っているはずなのに、二人の間へ入ろうとすると、足が止まります。

 

 私が知らない名前にも、ケンジくんはすぐに頷いていました。

 

 ……もう少し、勉強しておけばよかったでしょうか。

 

 そんなことを考えていると、背後から明るい声がしました。

 

「あれ? みんなどうしたんスか? そんなところに固まって」

 

 スガくんでした。

 私たちの向こうから部室をのぞくと、すぐに口元を緩めます。

 

「どれどれ……。ははーん。ここは任せてください!!」

 

 止める間もなく、扉が開きました。

 スガくんはためらいもせず、中へ入っていきます。

 

「二人だけで何楽しそうにしてるんスか? 俺たちも混ぜてくださいよ!!」

 

 桜先輩とケンジくんが、揃って顔を上げました。

 

「いつから居たんですか!?」

「あなた達もそんなところに居ないで、こっちに来なさいよ。取っておきを見せてあげるから」

 

 桜先輩が、隣の椅子を引きました。

 その先にいる私と目が合います。

 

 私はみらちゃんたちと顔を見合わせ、部室へ入りました。

 机を囲むと、さっきまで二人きりだった場所に、次々と椅子が寄せられていきます。

 

「この標本はね~……」

 

 桜先輩の説明が、また始まりました。

 みらちゃんが箱をのぞき込み、あおちゃんもその隣から顔を寄せます。スガくんは大きな結晶を見つけると、早速身を乗り出していました。

 

 私も先輩の隣で、標本を見ます。

 先ほどまで遠く感じていた笑い声が、今はすぐそばにありました。

 

 胸に残った小さな引っかかりは、うまく言葉にできません。

 でも、皆と一緒にここにいられるのは、やっぱり嬉しい。

 

 今は私も、この時間を楽しんでいたいと思いました。

 

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