もしも地質ガチな俺が地学部に入ったら【恋する小惑星if】 作:Takuma218
波乱の体験入部五日間を終え、俺と須賀は正式に地学部へ加入することとなった。
こうしてメンバーは、
俺と桜井先輩と猪瀬先輩の地質班。
須賀と森野先輩とみらとあおの天文班。
活動内容は、元の地質研究会と天文部をそのまま引き継ぐ形だ。
地質班は周辺の地質調査と定期的な地質巡検。
天文班は日中は太陽の黒点観測に夜間の天体観測と星空の撮影。元々夜間の部活である天文部は昼間は談笑するだけの部活だったらしい。
合併した今では天文班が地質班の手伝いをすることもあるが、まだお互い馴染めていない感じがする。
そんな空気を読み取ったみらが提案した。
「お互い、あだ名で呼び合いませんか?
今ってお互い堅苦しく呼び合ってるから、これを変えるだけでも大きいと思いますよ!」
「あだ名って急に言われてもね…。そもそも一体誰が考えるのよ」
桜井先輩が眉をひそめた。
「そこは私が考えます!!」
みらが胸を張って自信満々に言う。
あだ名を付けたかったんだな。
まあでも一理ある気がする。今のこのギスギス感は、お互いの名字呼びにも原因があると思うのだ。
「それで、どう付けるの?」
「うーん…。そうですね~」
みらはしばらく顎に手を当てて考えると、ぱっと顔を上げた。
「まず、猪瀬先輩はイノ先輩!!」
「そういえば時々、そう呼んでいましたね」
猪瀬先輩はそう言いながら、ニパッと笑った。
次は桜先輩の番だ。みらは少し間を置いてから、
「それで桜井先輩は…、桜先輩!!」
「まんまじゃない」
「でも可愛いですよ~」
猪瀬……いや、イノ先輩が頬に手を当てて喜んでいる。
「あと森野先輩は…、モンロー先輩!!」
「…またどうして?」
「名前とホクロとおっぱい!」
皆の視線が森野先輩に集まった。
なるほどな…。
左目の泣きぼくろ、ふくよかな胸が
「良くわかってるじゃねーか!ナイスネーミング!!」
須賀がみらに親指を立てた。
みらもドヤ顔で親指を立てる。
いつの間にやら仲良くなったな。
「それで俺たちは?」
上機嫌な須賀がみらに聞いた。
「スガくんに、ケンジくん!」
「「まんまじゃねーか!!」」
不覚にも同時にツッコんでしまった。
「じゃあこれからは、このあだ名で呼び合いましょうか」
こうして、地学部ではあだ名呼びが標準となった。
慣れるまでは少し掛かりそうだが、これで少しは変われば良いな…。
…………………………
地学部の活動開始から数日が過ぎた。
今日は須賀は用事があって遅れるらしい。あおとみらも委員会の活動で遅れるという。
俺は一人、旧文化部棟の軋む廊下を歩き、部室の前に立った。
ドアを開けると、そこには桜先輩が一人、机に向かって何かを書いていた。
窓から差し込む午後の光が、静かな部室を照らしている。
二人きり。
正直、気まずい。
俺が入ったことには気付いているはずなのに、先輩は顔を上げない。
……警戒されてるよな、これ。
話しかけるべきか、待つべきか。
沈黙がやけに長く感じる。
視線を彷徨わせたとき、先輩の背後の戸棚が目に入った。
古い木製の箱が何段も積まれている。
あの中には多くの鉱物や岩石の標本が詰まっている事だろう。
「先輩、その棚の標本……見ても良いですか?」
すると桜先輩がビクッと反応した。
「あなた、これに興味があるの?」
その目は探るようだった。
「はい。小さい時から石が好きで、色々な標本を見てきました。この標本も前から気になってたんです」
少しの間固まった先輩だが、やがて立ち上がり、戸棚へ向かった。
鍵を開ける音が、小さく鳴る。
慎重な手つきで、ひとつの標本箱を取り出す。
その瞬間、先輩の雰囲気が変わった。
「これは地質研究会の先輩から、代々受け継いできたものよ」
声が、少し誇らしげになる。
「例えばこれは北朝鮮産の、今では入手不可能な産地のものよ」
箱の中で、結晶がチカチカと光っている。
「これは廃坑した鉱山の最盛期の標本よ。何よりこの特徴的な結晶が見ていてうっとりするわ」
金色に輝く黄鉄鉱の立方体結晶。照りも良く、共生する水晶とのコントラストも最高だ。
それからも先輩のマシンガントークが続いた。
さっきまでの硬い雰囲気は消え、まるで水を得た魚のように先輩の言葉は止まらなかった。
結晶の成長条件、産地の歴史、採集時のエピソード。
どれも熱を帯びている。
俺は圧倒されながらも、心の底から頷いていた。
「凄いです!
どれも凄まじいクオリティじゃないですか!」
先輩が、少しだけ目を見開いた。
「分かるの?」
「分かりますよ。これ、結晶の保存状態が異常に良いですし、この透明度、普通じゃないです」
数秒こちらを見て固まっていたが、
「……フフフ」
初めて、柔らかい笑みを見た。
「まだ驚くには早いわ!これが地質研のお宝よ!」
そう言って、戸棚の奥に更に厳重に仕舞われた桐の箱を二つ出した。
一箱ずつ慎重に机に置き、ゆっくりと蓋を開ける。
そこにあったのは――
それは掌ほどの大きさの水晶だった。
二つの平らな水晶がV字に合わさり、その形状は綺麗なハート型を成している。
そしてもうひとつの箱を開けると、ギラリとした輝きが目に入った。それはまるで研ぎ澄まされた日本刀のような冷たい輝きを持つ、三十センチ近い大型の結晶。
産出地を愛媛県の市之川鉱山と記されたその鉱物は、
息が止まる。俺は、思わず身を乗り出して観察した。
結晶の条線、反射、面の鋭さ。
間違いない、これは本物だ…。
「凄すぎます!!日本の代表格じゃないですか!!本当に博物館級ですよ!!
まさかこんな間近で見られるなんて…」
「フフフッ。あなたもこれの価値が分かるようね。猪瀬達はどうもこれの凄さが分からないようで、その反応を待っていたのよ」
目が合う。
「改めて、よろしくね。ケンジ君」
差し出された手を、俺は迷わず握った。
温かい。
ようやく。
ようやく、ここに居場所ができた気がした。
そして俺たちは、時間を忘れて標本について語り合った。
…………………………
(イノ視点)
今日は委員会の活動で部活に行くのが遅れてしまいました。皆さんもう来ているでしょうし、急がなきゃいけませんね。
天文部と合併してどうなるかと思っていましたが、新入生のみらちゃんもあおちゃんも明るくてかわいいし、スガくんは良いムードメーカーになってくれてます。
そして何よりケンジくんは凄く石に詳しくて、二人しか居なかった地質班の心強い新メンバーです。
途中でモンロー先輩と合流し文化部棟に入ると、部室の前にみらちゃんとあおちゃんが居ました。二人ともなんだかこっそりと部屋を覗いています。どうしたのでしょうか?
「どうかしたの?」
「あっ、モンロー先輩にイノ先輩」
「それが、ちょっと入りづらくて…」
二人に促されて中を覗くと、桜先輩とケンジくんが石を見ながら談笑していました。
二人ともとても楽しそうで…。
「あんなに笑ってる桜ちゃん初めて見たかも」
モンロー先輩の呟きに私は心の中で頷きました。
桜先輩は、先輩方が次々と卒業していく中で、ほとんど一人で地質研究会を守ってきました。
元々人の少ない趣味です。一人で寂しかったのでしょう。
私が入部を決めたとき、桜先輩は本当に嬉しそうでした。 「これで巡検に二人で行けるわね」と、 いつもより少しだけ声が弾んでいたのを覚えています。
でも私は、地図から地質に興味を持った人間です。 地質図や地層の広がりを見るのは好きでも、 鉱物の話となると途端についていけなくなる。
桜先輩が楽しそうに話す横で、 私は相槌を打つことしか出来ないことが、何度もありました。
そのたびに、ほんの一瞬だけ。 桜先輩が切なそうな顔をするのです。
すぐに笑顔に戻るのですが、 あの一瞬の寂しさを、私は見逃せませんでした。
だから私も石の本を読みました。 鉱物図鑑を開いて、専門用語を覚えました。 巡検の後は、家で産地の地史を調べました。
少しでも、隣に立てるように。
それでも、桜先輩の“本当に楽しい話”には、 どこか、届かないままでした。
ようやくケンジくんという、志を同じくする仲間を得たのですね。喜ばしい限りです。
それでも…なんだか少しだけ、……複雑な気持ちがします。
桜先輩が笑って嬉しいはずなのに、何なのでしょうかこの気持ちは。
私たちがそっと見守っていると、背後から明るい声が聞こえました。
「あれ?みんなどうしたんスか?そんなところに固まって」
スガくんです。彼は中を覗くと、
「どれどれ…。ははーん。
ここは任せてください!!」
するとスガくんはためらいなくドアを開け放ちました。
慌てる私たちをよそに、部屋に入っていきます。
「二人だけで何楽しそうにしてるんスか?俺たちも混ぜてくださいよ!!」
それに気づいた二人はこちらを見て、
「いつから居たんですか!?」
「あなた達もそんなところに居ないで、こっちに来なさいよ。取っておきを見せてあげるから」
私たちはお互いに笑い合い、部室に入りました。
「この標本はね~……」
二人の解説を聞きながら標本を見ます。
そこには皆の笑顔が溢れていて、今はこれで良いと思いました。