もしも地質ガチな俺が地学部に入ったら【恋する小惑星if】 作:Takuma218
「何であんたがいるのよ!!」
部室に響いた声に、思わず肩が跳ねた。
……トラブルというのは、次から次にやってくるらしい。
*
桜先輩と標本箱を開けた日から、数日。
部室へ来るのが、前より楽しみになっていた。
分からない石があれば聞けるし、気になったことを話せば返事がある。
それだけで、標本整理もずいぶん違うものだ。
今日は天文班も加わって、古い標本の整理をしている。
大きな実習机に箱を広げ、石とラベルを確かめていく。人数がいるので作業は進むが、その分、お喋りも多い。
「こんな石ころを大事にするなんて、信じられねーぜ」
須賀が一つの石を持ち上げてぼやいた。
おまえ、その台詞を桜先輩の前でよく言えるな。
俺が向かいを窺うより早く、モンロー先輩が口を開いた。
「でも地球を知るためには大切なものよ」
須賀の手元から黒い石を受け取り、見えるように掲げる。
「例えばこの
先輩が壁の月の写真を指さすと、須賀もそちらを見た。
写真と石を、交互に見比べている。
「へー。地球と月って案外繋がってるんスね」
さっきまで興味なさそうだったくせに、ちゃんと聞いてる。
流石モンロー先輩。しかも、しれっと月の話に持っていったな。
「元々月は地球に別の天体がぶつかって飛び散った破片が集まってできたという説もあるからな」
「ジャイアントインパクト説ね」
「何それカッコいい!!」
俺の話に桜先輩が名前を添えると、須賀が食いついた。
そこかよ。
でも、石ころ呼ばわりしていたときよりは、よほどいい。
俺は笑いながら、次の標本箱を引き寄せた。
みらとあおは遅れて来るらしい。二人が来たら、机の上をもう少し空けないとな。
*
しばらくして、部室の扉が勢いよく開いた。
「あっ――」
入ってきたのは、あおだった。
息を切らしたまま部室を見回し、須賀を見つける。
「スガくん!! 早く隠れて!!」
「いっ……、いったいどうしたんだよ……?」
須賀が石を持ったまま固まった。
俺も手を止める。
隠れろって、何から?
聞く間もなく、廊下から足音が近づいてきた。
「何であんたがいるのよ!!」
入り口に立っていたのは、紫色の長い髪の女子だった。
その視線は、まっすぐ須賀に向けられている。
隣ではみらが慌てて何か言おうとしていた。
あおは間に合わなかったとばかりに、額を押さえる。
「げっ! 鈴矢っ……」
須賀が、珍しく引きつった顔をした。
「なんだか最近みらの様子が変だと思ったら、こういうことだったのね。男子が入ったっていうから不安に思ってたけど……。……何でよりによってあんたなのよ……」
彼女は須賀を睨んだまま、部室へ入ってきた。
さっきより声は低いが、全然落ち着いた感じはしない。
「先輩たち! こいつは中学で学校中の女子にナンパしまくった、女の敵ですよ!!」
おまえ、そんなことしてたのか。
「失敬な!! 俺は年上しかターゲットにしてねー!!」
やったことは否定しないのか。
どのみちヤバいわ!!
「どうせこの部活にも女子目当てで入ったんでしょ?」
……それは、間違ってないんだよなあ。
「私のみらに手を出してるんじゃないわよ!!」
「今の俺はモンロー先輩一筋だ!! そんなちんちくりん、興味無いわ!!」
みらの顔から、表情が消えた。
「ひどい……」
小さな声だった。
須賀も一瞬そちらを見たが、その前に彼女が身を乗り出す。
「何ですって~! みらのどこがちんちくりんよ!! こんなに可愛い娘、他にいないわ!!」
「どのみち俺は年上にしか興味無いわ!」
「あんたの趣味なんて聞いてないわ!! 大体この部室に何であんたみたいな男子がいるのよ。女子だけいれば良いのよ!!」
おいおい。
それを言ったら、俺もいちゃいけないのか?
だが、彼女はこちらを見もしない。
須賀しか目に入っていないらしい。
……背景扱いか、俺。
二人の声が、どんどん大きくなる。
みらが間に入ろうとしても、言葉を挟む隙がない。あおはその隣に立ち、険しい目で須賀を見ていた。
イノ先輩はおろおろと二人を見比べ、何度か口を開きかけていた。だが、どう声をかければいいのか分からないらしく、困った顔で桜先輩を見る。
椅子を引く音がした。
桜先輩が立ち上がり、眉を吊り上げて二人へ歩み寄った。
「ちょっと、あんたたち――」
パチン!
その声に重なるように、乾いた音が響いた。
モンロー先輩が手を一つ鳴らし、二人の間へ入った。
「二人とも、そこまで!!」
須賀が口を閉じる。
紫髪の彼女も、言いかけた言葉を飲み込んだ。
「動機がどうあれ、スガくんの入部は私たちが認めた事よ。それに、この部室に男子が居たらいけないなんて、誰も決めていないわ」
いつもの柔らかい笑顔はなかった。
先輩は彼女から目を逸らさず、言葉を続けた。
「今では彼ら二人は、掛け替えの無い私たちの仲間よ」
その視線が、須賀と俺へ向く。
つられるように彼女もこちらを見て、わずかに目を見開いた。
「あ……」
目が合った。
しかし、何を言えばいいのか分からず、俺も黙ったままだった。
「これ以上言うなら、いくらあなたでも出禁にするわよ。これからは仲良くすること。良いわね?」
彼女は唇を引き結んだ。
何か言い返しそうに口を開きかけたが、言葉は出てこなかった。
みらがそっと近づく。
その手が届く前に、彼女は顔を背け、部室を出ていった。
バタン、と扉が閉まる。
「私、すずちゃんを追います!」
「私も行きます!」
みらとあおが、慌てて後を追った。
急に静かになった部室で、誰もすぐには動けなかった。
桜先輩は入り口を見たまま、深く息を吐いた。
イノ先輩も胸元に手を添え、何か言いたげにモンロー先輩を見ている。
机の上には、さっきまで見ていた石がそのまま並んでいる。
「先輩……信じてましたよ……。あなたは俺の味方なんですね……?」
沈黙を破ったのは須賀だった。
……おまえな。
モンロー先輩が振り返る。
口元には笑みが浮かんでいたが、目はまったく笑っていなかった。
「スガくん……、あなたも同罪よ」
須賀の背筋が伸びた。
「これからはすずちゃんと仲良くしてね。それと、みらちゃんには謝りなさい。……罰として、一週間、部室の掃除をしてもらいます」
「そんな~」
いや、そこは素直に反省しろよ。
ひとまず口論は終わった。
机の上には整理途中の石が広がったままだが、誰も作業に戻ろうとはしなかった。
……まだ発足して一週間ちょいだよな?
こんなんで大丈夫なのか、俺たち。
*
その後は、とても部活という空気ではなかった。
みらはあの女子――幼馴染のすずちゃん、
そういえば、前に須賀がその名前を呟いていたよな。
あのとき嫌そうな顔をしていた理由が、よく分かった。
あおだけが、みらの荷物を取りに一度戻ってきた。
鞄を手に取ると、先輩たちへ頭を下げる。
「……お先に失礼します」
須賀には目も向けず、そのまま部室を出ていった。
須賀は扉の方を見ていたが、結局何も言わなかった。
桜先輩が石を箱へ戻し始める。
俺も近くの標本を手に取ったが、さっきのように話しかける気にはなれなかった。
イノ先輩がラベルを揃える音が、妙にはっきり聞こえた。
モンロー先輩はしばらく扉の方を見ていたが、やがてこちらへ向き直り、片付けに加わった。
結局、その日は早々に解散となった。
帰り支度をしている横で、須賀がほうきを動かしている。
いつもなら何かしら話しかけてくるのに、今日はやけに大人しい。
……いや、だからって掃除は手伝わないけど。
鞄を肩に掛け、俺も部室を後にした。
*
「ただいま」
「お帰り。どうしたの? そんな顔して」
玄関の鏡を見ると、確かに疲れた顔をしていた。
そんなに分かりやすかっただろうか。
「大丈夫だよ」
「それならいいんだけど……。宿題、早くやっちゃいなさいよ」
「分かってるよ」
母さんの言葉に返事をし、自分の部屋へ向かった。
鞄を下ろすと、そのままベッドに突っ伏す。
「……何でこうなった……?」
さっきまでは、皆で普通に石を見ていたのに。
須賀だって珍しく興味を示して、これから楽しくなりそうだったのに。
すずちゃん、だったか。
あの子が来てから、一気に空気が変わってしまった。
……でも、須賀も須賀だよな。
目の前であんなことを言われたら、みらだって傷つくだろう。
中学時代から仲が悪かったようだし、遅かれ早かれ衝突していたのかもしれない。
それでも、あそこまで言い合わなくてもいいだろうに。
「はぁ……」
寝返りを打ち、天井を見る。
明日は普通に活動できるだろうか。
みらもあおも、ちゃんと来てくれるだろうか。
……考えても分からん。
「あーーっ! ……宿題するか」
体を起こし、鞄を引き寄せる。
教科書とノートを机に出し、クリアファイルを開いた。
……ない。
「あれ?」
中の紙を一枚ずつめくる。
数学の課題プリントが見当たらない。
教科書の間も、鞄の底も確かめた。
ついでに、さっき中身を出したばかりの机の上も見た。
やっぱりない。
「部室に忘れたか……?」
そういえば、標本箱を広げるときに、机に出していた物を端へ寄せた覚えがある。
あのとき置いたままだったかもしれない。
よりによって明日提出のやつだ。
問題も分からないんじゃ、手のつけようがない。
時計を見る。
帰ってきてから、まだそんなに経っていなかった。
須賀も掃除で残っているだろうし、今なら間に合うはずだ。
「取りに行こう」
鞄を持ち直し、部屋を出た。
「宿題忘れたから取ってくるよ」
「気をつけてねー」
母さんの返事を背に、再び家を出た。
*
学校に着いた頃には、文化部棟に夕日が差していた。
林の中の小道を抜け、建物へ入る。
昼間はあちこちから聞こえていた声もなく、廊下には俺の足音だけが響いた。
部室の前で立ち止まり、ドアノブを回す。
ガチャリ。
よかった。まだ鍵は掛かっていない。
扉を開けたが、須賀の姿はなかった。
掃除はもう終わったらしい。椅子は机の下に収まり、床に置いていた箱も壁際へ寄せられていた。
夕日が長い実験台を照らしている。
昼間は気にならなかった机の傷まで、妙にはっきりと見えた。
さて、プリントはどこへやったっけ。
自分が座っていた場所へ向かい、鞄を置いた、そのとき。
――コトリ。
部屋の奥で、小さな音がした。
誰か残っていたのか。
振り向くと、窓際の机のそばに人影があった。
「モンロー先輩……?」
「ケンジくん……」
先輩は、その場から動かなかった。
目元が赤い。
その顔を見て、俺も続く言葉が出なくなった。
遂に潜んでいた火種が爆発しました。
男子を登場させる以上すずちゃんをどうするのか、というのは一番の問題で、とりあえず話が進むまでは退場して貰いました。
一応この間は、みらやあお、妹の芽(めぐ)とかすずちゃんの両親が協力して、部室に近づけないようにしていたという設定です。
それでもさすがに10日が限界で(それでも良く持ったなとは思います)、遂に爆発してしまう…。
これから一体どうなるのか…!?
まあバットエンドにはしないので、ご安心を。