もしも地質ガチな俺が地学部に入ったら【恋する小惑星if】 作:Takuma218
その後も須賀がモンロー先輩の焼いた肉を独占しようとするなど、多少の騒ぎはあったが、バーベキューはまずまず平和に進んだ。
肉も野菜も、差し入れのパンもすっかりなくなり、皆で後片付けを済ませる。
食べ終わっても、すぐに帰るわけではない。
俺は荷物をまとめながら、さっきから何度も河原へ目を向けていた。
「さて、後片付けも済んだことだし……、腹ごなしといくわよ!」
「はい!! 実は俺、さっきからウズウズしてたんです」
「奇遇ね。私もよ!」
桜先輩と顔を見合わせる。
食べている間も、足元の石が気になって仕方なかったのだ。
すずちゃんが、俺たちを交互に見た。
「何々!? 何が始まるの?」
「バーベキューの後は、河原の石の観察会が企画されていたのです」
「つまり、あの二人は地質班モード全開ってこと」
イノ先輩の説明に、あおが付け足した。
「ああ……なるほど……」
「そういうイノちゃんは混ざらなくていいの?」
モンロー先輩に尋ねられ、イノ先輩は少し照れたように笑う。
「私は地図から地質に入りましたから、まだあの領域には到達できていないんですよね~。桜先輩と対等になるためにも、いつかはと思っています!」
「到達しなくて良いと思いますよ……」
あお、それはどういう意味だ。
*
「それでは準備しますか」
鞄から石を入れる袋と、青い柄のハンマーを取り出す。
「おっ、流石! アンタも持っているわね」
桜先輩も、同じハンマーを見せた。
「二人ともお揃いですか?」
みらが俺たちの手元を覗き込む。
「これはね。ピックハンマーと言って、地質調査の必須ツールよ! 叩いて良し、掘っても良しの万能アイテムなんだから!」
万能は少し大げさだが、あると便利なのは確かだ。
「でもイノ先輩のはちょっと違うんですね」
「ホントは同じ物が良かったのですが、そのメーカーのものは高くて……。私のはホームセンターで買った似たようなハンマーです」
「まあ私はお小遣いを何ヵ月も貯めて買ったし」
「俺のは誕生日プレゼントです」
みらたちが、揃って俺のハンマーを見た。
……何だその顔は。
嬉しかったんだから、別にいいだろ。
「さて、早速見に行くとしますか!」
袋を片手に、石の多い方へ歩き出す。
足元は思ったより砂が深く、ときどき靴が沈んだ。
ここには、妙に平べったい石が多い。
灰色や黒っぽいものに交じって、緑や赤みのある石も転がっている。
一つ拾って傾けると、表面が細かく光った。
薄い層が重なったような側面を指でなぞり、ルーペを出そうとしたところで、みらに呼び止められる。
「ねえねえ、ケンジくん! この石はなに!?」
差し出されたのも、黒くて平べったい石だった。
向きを変えると、一部が銀色に光る。
俺の手元の石と、よく似ている。
この割れ方と光り方なら……。
「
横から、桜先輩が満足そうに頷いた。
「気づいた? その通り、この石は結晶片岩よ。この上流に産地があってね、そこから流れてくるの」
そうか。上流には
名前は知っていたが、ここの河原まで石が流れてきているのか。
「えーっと……、そのケッショウヘンガンってなに?」
あ。みらに聞かれていたんだった。
「地下深くで熱や圧力を受けて変化した岩石よ。中の鉱物が一定の向きに並んで、
桜先輩は石の側面を指しながら説明した。
みらは頷こうとして、途中で止まった。
石と先輩の顔を見比べ、そのまま固まっている。
……心なしか、背景に宇宙が見える。
「ええと、地下でぎゅーっと押されたり、熱を受けたりして、石の中の粒の並び方まで変わったんです。その並びに沿って、薄く割れやすくなっているんですよ~」
イノ先輩が横から石を指さした。
「なるほど! それで、こんなに平べったいんですね」
「そういうことです!」
ようやく納得したみらだったが、河原を見回すと、少し困ったように眉を下げた。
「でもやっぱり石って難しいな……」
「最初はそんなに難しく考えなくても良いですよ。この石だって、銀色に光って綺麗じゃないですか」
イノ先輩は足元から別の石を拾い、みらの石の隣に並べた。
こちらには、細い縞模様が入っている。
「石は一つ一つ個性的で面白いですから、小難しいことは私たち地質班に任せて、皆は好きな石を集めれば良いのです!!」
「そうですね。それじゃあ探そっか、あお!」
「そうだね」
二人は早速しゃがみ込み、足元の石を手に取り始めた。
須賀もつられたように辺りを見回している。
「イノ、ナイス!!」
桜先輩が親指を立てた。
「いえいえ。先輩に散々叩き込まれましたから、このくらいお安いご用です……」
「それもだけど……。あの子たち、楽しそうに石を拾ってるでしょ? あれはあなたのお陰よ」
イノ先輩がみらたちを見て、それから少し照れたように笑った。
俺も、つい名前を当てることばかり考えていた。
まず気に入った石を拾えばいい。確かに、それで十分なんだよな。
「本当に助かりました」
「いえいえ、お役に立てて何よりです」
イノ先輩は頬を掻くと、自分も袋を手に、二人の方へ歩いていった。
*
すずちゃんは、荷物のそばに立ったまま皆を眺めていた。
さっきまで隣にいたみらも、今はあおとしゃがみ込んで石を拾っている。
ときどき顔を上げては先輩を呼び、拾ったものを見せていた。
「どうした? おまえは行かないのか?」
声をかけてきたのは、片付けを終えた遠藤先生だった。
「いえ、私は地学部ではありませんし……」
すずちゃんは足元へ目を落とす。
靴の先にあった小石を、軽く転がした。
「でも、バーベキューには参加しただろう?」
「それは、そうですけど……。石も地学も、わかりませんし」
遠藤先生は河原の方を見た。
「その辺は、あいつらも似たようなものだぞ」
ちょうど、みらが丸い石を掲げていた。
「あお見て!! この石、木星みたい!!」
「ほんとだ、
二人で覗き込み、石の向きを変えている。
みらが何か言うたびに、あおも楽しそうに頷いていた。
「あいつら、石の名前なんて気にしてないだろ?」
「……そうですね」
すずちゃんの口元が、わずかに緩んだ。
「好きなやつが夢中になってるものを、ちょっと覗いてみる。それだけでも十分じゃないか」
先生が言い終わる頃、みらがこちらに気づいた。
「すずちゃんもこっちおいでよー!!」
石を持っていない方の手を、大きく振っている。
隣のあおも顔を上げた。
すずちゃんは一度、遠藤先生を見た。
先生は何も言わず、顎で二人の方を示した。
「……今行くから、ちょっと待ってて!」
すずちゃんは足元の小石をまたぎ、二人の方へ歩き出した。
*
皆が探し始めると、俺たち地質班も忙しくなった。
桜先輩のところには、みらが次々と石を持っていく。
少し離れたところでは、イノ先輩があおとすずちゃんに、小石の混じった石を見せていた。すずちゃんが何か尋ねると、イノ先輩は嬉しそうに説明を始めた。
どうやら、すずちゃんも楽しめているらしい。
「ケンジくん、この石は何かしら?」
顔を上げると、モンロー先輩が立っていた。
手に持っているのは、白と黒の粒が混じった石だ。
「
受け取って向きを変え、粒の見えやすい面を先輩へ向ける。
先輩も少し身をかがめ、俺の指先を目で追った。
「へえ……。一つの石でも、よく見ると色々な粒が入っているのね」
「そうなんです。ルーペ、使ってみますか?」
「ええ。ありがとう」
渡したルーペを覗きながら、先輩が石を傾ける。
しばらくして顔を上げると、楽しそうに笑った。
「また分からない石があったら、お願いね」
「はい。俺に分かるものなら」
先輩が石を袋にしまうのを見て、俺も少し嬉しくなった。
天文の話では教わってばかりだが、こっちなら多少は役に立てそうだ。
ところが、その横へ須賀がすっと現れた。
「モンロー先輩、この石をあなたに」
わざわざ片膝をつき、両手で石を掲げる。
ピンク色をした、妙に綺麗なハート形の石だった。
……そんなの、どこで見つけてきたんだ。
「えっと……、ありがとう……」
先輩が困ったように笑いながら受け取った。
ちなみに、あれは
だが、須賀にはそんなことどうでも良いんだろうな。
「気に入っていただけましたか!」
「ええ。綺麗な形ね」
須賀が俺の方を向き、にっと笑って親指を立てた。
はいはい、よかったな。
あの形を見つけるまで、結構探したんだろうな。
*
「桜せんぱ~い! この石を見てくださ~い!!」
みらが石を掲げ、桜先輩の方へ駆けていった。
その足が丸い石を踏み、ぐらりと体が傾く。
「危ない!」
桜先輩がとっさに腕を伸ばした。
みらの体が支えられ、踏ん張った靴の下で砂がずれた。
「……桜せんぱい……、命の恩人です~」
「そりゃどうも。全く……、足場が悪いんだから、気を付けなさいよ」
先輩が息を吐く。
みらはその腕に掴まったまま、何度も頷いた。
「みら、大丈夫!?」
「怪我はない!?」
あおとすずちゃんも駆け寄ってくる。
「心配かけてごめんね~。大丈夫だよ」
「もう……心配かけないでよ」
「本当に気をつけてね」
二人に念を押され、みらが少し肩をすぼめた。
「それで? 何を見せたかったの?」
桜先輩に聞かれ、みらは思い出したように手を開いた。
「あら、面白い石を持ってきたわね」
灰色の丸い小石を、白い筋がぐるりと取り巻いている。
桜先輩は受け取った石を、一周させて眺めた。
「これは
「せきえい……みゃく……?」
「そ。ケイ酸分に富んだ熱水が岩の割れ目に染み込んで、石英が晶出したの。それが崩れてこんな風に転がって来たのね。この白い部分が石英よ。表面だけじゃなく、内側まで続いているの」
先輩は白い筋を指でたどりながら、楽しそうに説明する。
だが、みらの視線も、その指につられて石を一周したまま戻ってこない。
……さっきも見たぞ、この顔。
「岩に開いた割れ目を、“水晶のもと”を含んだ水が通って、そこに石英ができたんです。その部分が、白い帯のように見えているんですね」
イノ先輩が、みらの顔を覗き込んだ。
「ちなみに、水晶も石英の一つなんですよ~」
「なるほど~」
「こういう石は、“ハチマキ石”って呼ばれたりもしますね」
「ハチマキ石……。イノ先輩、翻訳サンキューです!!」
「ちょっと! 翻訳って、私が未知の言語話しているみたいに言わないでよ!!」
「まあまあ、落ち着いてください」
イノ先輩が桜先輩をなだめる。
俺も口を挟もうかと思ったが、余計なことを言いそうなのでやめておいた。
二人が話している間に、みらは石を受け取ってしゃがみ込んでいた。
袋からマジックを取り出し、何やら描き始める。
「あお、すずちゃんもこれ見て!」
「わっ、かわいい」
「へー、いいじゃない」
みらが掲げた石には、にこっと笑った顔が描かれていた。
白い帯が、ちょうど額のハチマキになっている。
なるほど。そうきたか。
「……何やってるのよ、もう」
桜先輩は呆れたように言ったが、口元は緩んでいた。
イノ先輩も小さく吹き出している。
みらは満足そうに石を眺め、袋へ大事にしまった。
*
俺も自分の石を探しながら歩いていると、少し先であおがしゃがみ込んでいた。
拾った石を、顔の近くまで持ち上げている。
「あお、どうかした?」
「あっ、ケンジくん。これ、みらが見つけたハチマキ石に似ているけど、なんだか穴が空いてるの」
差し出された石にも、白い筋が通っていた。
ただ、みらのものよりずっと太い。その真ん中には、細い隙間が口を開けている。
向きを変え、隙間の奥へ光が入るようにしてみた。
……これは、もしかして。
「どうしたの?」
桜先輩が近づいてきた。
俺から石を受け取ると、同じように隙間を覗き込み、小さく頷く。
それを見て、俺もあおへ向き直った。
「あお。これ割ってみてもいい?」
「いいけど、何があるの?」
「割ってからのお楽しみ」
俺たちの様子が気になったらしく、みらとすずちゃんも集まってきた。
石を安定した場所に置き、皆に少し下がってもらう。
保護眼鏡をかけ、ハンマーを握り直した。
狙いを決めて、一度。
手応えを確かめ、もう一度。
ぱきりと割れた石を、そっと拾い上げる。
大きく三つに分かれた、その内側には――細い水晶が並んでいた。
「ほら」
あおへ差し出す。
白っぽい結晶の先が、光を受けて小さく光った。
「きれい……」
あおがそっと石を受け取った。
顔を近づけ、少しずつ傾けながら、中を覗いている。
「隙間の中で、水晶が育っていたんだね」
俺が言うと、あおは石から顔を上げた。
「ありがとう!」
嬉しそうに笑う。
さっきまで石を見ていたはずなのに、今度はその顔から目が離せなくなった。
……かわいい。
不意に横から視線を感じた。
すずちゃんが、じっとこちらを見ている。
わかってますよ。
何もしてないだろ、俺。
慌てて残りの石へ目を戻すと、あおがみらたちに声をかけた。
「そうだ、丁度三つに割れたし、私たちで分け合わない?」
みらとすずちゃんが、揃って目を丸くする。
「それは嬉しいけど、良いの? せっかくあおが見つけたのに」
「うん! 私たちの友情の証として……、ダメ……かな?」
「全然ダメじゃないよ!! アリガト、あお!」
「もう、ホントかわいいんだから!!」
すずちゃんが、二人まとめて抱きついた。
「わっ、すずちゃん! 石、落としちゃう!」
「あっ、ごめんごめん」
慌てて腕を緩めるすずちゃんに、みらが笑った。
あおも手の中の水晶を確かめて、ほっとした顔をする。
俺は残りの二つを拾い、みらとすずちゃんへ渡した。
三人は手を寄せ合い、それぞれの石を見比べている。
「こっちにも、ちゃんと水晶あるね!」
「うん。ここ、光ってる」
「私のも。小さいけど、綺麗ね」
ついさっきまで一つだった石を、三人で覗き込む。
どれを誰が持つかで迷うかと思ったが、それぞれ受け取ったものが気に入ったらしい。
みらはあのハチマキ石も取り出し、水晶の隣に並べていた。
「あ、それとケンジくんもありがとね!!」
「まあ、少しは認めてあげないこともないわ」
すずちゃんも、水晶を手にこちらを見る。
……それは、お礼ということでいいのだろうか。
俺はただ石を割っただけだ。
でも、三人ともあんなに喜んでくれるなら、まあ――。
「どういたしまして」
原作では石拾いした川のモデルは明言されていませんが、この物語では埼玉県の荒川を参考にしています。
あとこの作品の地質班は原作よりもレベルが高めです。