シャドウランF   作:WD

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ディア・マイ・サムライ【中 1】

 テオドールにとっての筋肉担当であるファーストと合流し、一時間少々車を転がしてタコマ区に出た。

 タコマ区は再開発された地区とそうでない地区の落差が激しい。清潔なベッドタウンと荘厳な商業施設を外れて二ブロックほども跨げば、腐乱したビルディングと錆びた工場の隙間を薄汚い住人が行き来している。パイクプレイスマーケットの裏路地と違って表通りのお零れが少ないから活気に乏しく、ただ倦怠感と形のない苛立ちが淀むばかりだ。日に日に最新設備の工場に奪われていく仕事と、掃き掃除の埃めいて隅へ隅へ追いやられる圧力を彼らは実感している。

 ファイフの寂れたスーパーマーケットに車を止め、カジノの近くの裏路地で顔見知りを捜す。見覚えのない琥珀色のユニフォームを着たオーク少年がたむろして真っ昼間からビールを煽っている。新しいチーム、新しいカラーだ。また頭の中の勢力地図を更新しなければいけない。

 求める相手は奥まった小道でカツアゲに遭っていた。さっきのオーク少年らと同じ琥珀色をしたジャケットのオークとトロール二人連れに小突かれて顔を腫らしており、フェンスへ押しつけられて磔の格好になっている。薄汚れたブルーカラーの壮年ヒューマンなど彼らに取っては枯れ木同然だろう。オークの方が見せびらかしているナイフなど使うまでもなく、ちょっと手に力を込めるだけで首をへし折られてしまう。

「悪いんだけど、その人に用事があるんだ」

 テオドールはなるべくはっきりと声を張り上げて訴えた。煩わしげにオークとトロールが振り向いてくる。分厚い筋肉に覆われた彼ら二人の総重量は三百キロくらいあるだろうか。彼らにとってみればテオドールの前に進み出たファーストは痩せぎすの小男にしか見えないだろうし、ファーストの人種や腰のカタナに対してもあまり良い印象を覚えなかったかも知れない。日本帝国における苛烈なメタ差別、特にオークとトロールに対するそれはシアトルにも知れ渡っている。

「勘弁してあげてくれないかな。小遣いなら、その人の代わりにこっちであげるから」

 テオドールはなるべく和やかに言い、支払い保証済みクレッドスティックを取りだして見せた。壮年ヒューマンの首を掴んだトロールが唸り、オークがナイフを仕舞い込んだ。と、オークが鋭く拳を振るい、ファーストの顔面を殴りつけた。岩石のような拳骨だ。多分それでファーストをノックアウトしてビビらせ、「金を置いて失せろ」とかなんとか言うつもりだったのだろう。テオドールが食らったら顔面がぐしゃぐしゃになるようなフルスイングのパンチだった。それだけに空振りするとオークは派手によろけた。なんのことはない、ファーストはタイミングよく屈んでかわしただけなのだが、上手く引き付けて避けたからオークには目の前から消えたように見えただろう。たたらを踏むオークの足をファーストの爪先が蹴り払うと、オークはどうと仰向けに倒れ込んでしまった。

「ファック!」

 その遣り取りを見たトロールの少年は当然激昂し、壮年ヒューマンを放り捨ててファーストを打ちのめそうとした。軽く二メートル半はある巨体。トロールは存在自体が凶器だ。怒りの形相で迫ってくる様は人間というよりダンプカーか何かに見える。しかしファーストは至って平静にトロールの懐に潜り込むと、踏み出しかけた足の爪先を踏んづけてつんのめらせ、頭の大きな角を掴んで地面に組み敷いてしまった。トロールは何が起きたか分からない様子で、怒りすら忘れてきょとんと瞬きをしていた。実のところテオドールもその時には何が起きたか分からず、後から眼鏡の録画を見たり、ファースト本人に聞いたりしてようやく理解したのだが。

 テオドールは呆けているトロール少年の鼻先に支払い保証済みクレッドスティックを差し出して微笑みかけた。五十新円。

「ケンカしたいわけじゃないんだ、マジで。これで忘れてくれると助かるんだけど」

 

 ゲイルの顔は酷く腫れており、ナイフで引っかかれた傷も幾つかあったが、緊急手術が必要なほどではなかった。カラオケボックスに連れていき、医療キットの診断を元に処置をする。洗浄して鎮痛剤を投与、創傷部に保護テープを貼付し、打撲患部を冷却──

 ゲイルから話を聞く間、ステラには店の外での警戒をお願いしておく。

「助かったよ、グレイ。それと、あー」

「ファースト」

「ファースト=サン。ドモ、アリガト」

 下手な日本語で礼を述べるゲイルにファーストが会釈を返す。

「さっきのは? なんで絡まれてたの……」

「《スコーチィズ》とか名乗って先々月辺りからうろつきだしてる連中だ。前までいた《サンズ》はやられたか吸収された。僕が絡まれたのは、汚いナリでドーナツを食べ歩いてるのが気にくわなかったからだとさ。それと僕がヒューマンだから。んで、グレイ、何の用? いつもの?」

「いつもの。この辺の最近のことを教えて貰おうと思って。ああいう連中の」

「はいよ……いつ頃くらいから?」

「取りあえず今々の分だけでいい」

「うぃうぃ。まああんまり変わり映えはしないね。ナントカーズが幾つか出来て、大体消えて、ちょっとしぶといのはマフィアかヤクザかカッターズに持って行かれて、さ」

 ゲイルがすらすらと幾つもの名前を諳んじていく。痛み止めのせいで時々口籠もり、唇から垂れた涎を拭く。テオドールはコムリンクで書き留めながら頭の中の地図や名簿を更新していった。チームの名前。おおよその縄張り。カラー。リーダーや特筆するべき中心人物の名前。

 よほど巨大な集団に育たない限り、ギャングのチームというのは入れ替わりが激しい。無軌道な少年達の集団はあぶくのように生まれては消え、お揃いのマークやファッションが消し炭になって堆積する。若さ故に変革を渇望する力が巨大な囲いと摩擦し、暴力という熱エネルギーに浪費されて消え去っていくが、時折小賢しい奴がそういう無為の熱を金に変換する方式を思い付いて、暫くの間おいしい思いをしたりもする。レックスというフィクサーはどうやらその類いの人間だ。ShadowSEAでランナー達のぼやきを拾ってみても彼の評判はよろしくなかった。ゲイルも彼の悪評は聞き留めていた。老いたヤクザオヤブンに替わって鉄心会を仕切るサトウ夫人(五十二歳)の後援を受けており(不倫関係にあるのではないかという噂だ)、無軌道な少年に鉄心会のシノギを手伝わせ、使い潰し、称してプロの仕事だの影の世界の厳しさだの宣っているようだ。

 そのレックスが、何故テオドールに密告屋を差し向けて来たのか。子供に銃を与えてせこい稼ぎをさせる男と、悪い彼氏にほだされて家出した少女。連想と憶測がもやもやと沸き上がるが、現状当て推量に過ぎないので忘れておく。それよりもトニー少年を追いかけた方が話が早そうだ。

 ゲイルから一通りの話を聞いた後、ステラに改めて周囲を見回って貰った。ギャングの二人はきちんと忘れてくれたらしく《スコーチィズ》が待ち構えている様子はなかったが、念のため全員裏口から出てゲイルも港の方まで送っていった。別れ際、五百新円の支払い保証済みクレッドスティックを渡しておく。

「毎度。気をつけてな、グレイ」

「そっちもね」

 アルフレッドのリストにあった駐車場を調べ回ったところ、夕方になってサウスタコマでトニー少年の車が見つかった。車はざっくばらんな立体駐車場の三段目に停まっており、監視カメラはあったが死角が多い雑な配置だったので、身軽なステラに頼んでちょっと発信器を取り付けて貰った。そのまま近くで陣取って張り込むことにする。三人だと目立つので、ファーストが車と一緒に三ブロック先のカー用品店、テオドールとステラは道路を挟んで斜向かいのハンバーガー店だ。トニー少年がサラ嬢と一緒ならその場で確保、そうでなかったら後をつける構え。

 昨晩きちんと眠ってないのでそろそろ睡魔がやってきた。テオドールはステラと休息を申し入れた。窓際のブース席に陣取ってウェイトレスに睨まれない程度に細々と注文を繰り返しつつ、十五分置きに見張りを交代する。二人がかりの張り込みは天国のようだ。集中力を切らさないで済むし、トイレにも行ける。仮眠も取れる。テオドールは先に貰った休憩時間の間、本格的な眠りで頭がぼんやりしないよう数分だけのうたた寝を繰り返した。ショートスリーパーのステラは特に眠たげな様子もなく、休憩を代わるとコムリンクに没入し、VRモードでトリッドを見ているようだった。続きが気になって張り込みが疎かにならないよう、休憩中にトリッドを見るなら何十回と見て内容を暗記したものだけにするべきだと、テオドールはステラに指導している。彼女の視覚野に直接投影されている映像は特にお気に入りのどれかのはずだ。交代の時間が近付いてステラがジャックインから上がってきたところへ、テオドールは退屈しのぎで何を見ているのか聞いてみた。ステラはお気に入りのB級アクショントリッドを答えた。古い作品だ。《サムライ・ストライダー》よりも更に陳腐でご都合主義な筋書きの映画だ。主人公は悪党と戦う正義のサムライ。ある日、悪辣な宿敵に妻子を攫われて窮地に陥る。しかし不屈のサムライは愛と友情に支えられてあらゆる障害を突破し、悪辣な宿敵を打倒し、家族と共に家へ帰って行く。その大団円のエンディングをステラは何度も見ている。彼女の三年前からの愛蔵盤だ。物理メディアのチップをわざわざいつも持ち歩いている。

 窓の外はすっかり暗くなっていた。時々、眼鏡のアンプと赤外線を調整し、窓の反射も補正してクリアな視野を保った。ステラは裸眼だが、彼女の眼は《ツァイス・イコン》の義眼だ。暗視と望遠がついていて、張り込みではテオドールの眼鏡よりも頼りになる。

 色味を失った景色の中、行きすぎる人間の顔を逐一確認する。

 ざっと二時間が過ぎた頃、「ボス」背もたれに寄りかかってうとうとしていたテオドールをステラが呼んだ。はっとして眼鏡に共有視野を呼び出し、ウィンドウでステラ視界を開ける。義眼の暗視望遠ズームにくっきりと写っているのはトニーと思しきエルフ少年の横顔だった。服装はサラ嬢とデートしていた時の写真とは大分雰囲気が違っていて、地味で人目を惹かないチョイスになっていた。見たところ、少年は一人だ。おんぼろのナップザックを背負っており、何かお使いの帰りというような風情だった。今は立体駐車場の精算機を操作して車を下ろしにかかっている。テオドールはファーストに呼びかけて車の準備をさせた。

 トニー少年の車に取り付けた発信器の電波は微弱だが、距離を置いて尾行するには十分だ。ファーストの運転でつけまわしていると、彼の車はファイフのほうへ走っていき、ピューヤラップにほど近い通りで《サザンクロス》という胡乱なクラブの駐車場に停まった。今日更新したばかりのリストを頭の中でめくる。確かその店は《シャドウ・ハウンズ》なる新顔ギャングの溜まり場になっていたはずだ。少し離れた場所でステラ一人を下ろし、テオドールとファーストは適当に車を流してぐるぐる回る。この辺は迂闊なところに停めるとあっという間に車が盗まれてしまうので注意が必要だ。

 ステラが周囲で軽くナンパをしたところでは、その店に一見さんが入るのはオススメできないということだった。予想通りではあったのでステラに預けたドローンを使うことにする。大きさも外見もスズメバチそっくりの小型ドローンだ。コムリンクのトロード経由で思考操作を接続すると、《MCT-フライスパイ》というロゴが眼鏡の中で大写しになり、操作ウィンドウが開く。頭の中で命令し、そっとケースから発進──ステラの幼げな顔が大写しになる。彼女のジャケットの内ポケットから這い出たところだ。

「どこか入れそうなところは?」

「よさげなのがあるよ、ボス」

 囁きを交わすと、ステラは素早くさりげない足取りで店の裏に回り、汚いゴミ袋をするする踏み越えてガタついた換気口まで至った。テオドールはドローンを飛び立たせる。マイクがドローン自身の羽根の音を拾ってブゥーンと唸るが、店内では音楽が流れているはずだから気付かれる恐れは少ないだろう。テオドールはドローンをダクトに潜り込ませたところで半自律モードに切り替え、電波が届かなくなったら店内をさっと撮影して戻るよう命令した。幸い鼠退治用のハンタードローンが配備されていることもなく、ドローンは赤外線と超音波カメラを駆使してダクトを踏破し、ヴァイオレットの照明に飾られ重低音の音楽が鳴り響くクラブのホールに到達した。搭載のAIは素早く、訓練された犬程度には知恵も回る。《フライスパイ》はホールに飛び出すと、素早く店内を一周した。ウィンドウの画像は速すぎて何も見えなかったが、録画をじっくり確かめればいい。ひとまず《フライスパイ》を脱出させ、ステラに回収して貰う。

 テオドール本人は安っぽいコーヒーショップに落ち着き、店内の映像に対しトニー少年とサラ嬢の写真でマッチングをかけた。的中。二人が体を絡め合い、ギャングらしい少年達に混じって踊っている姿が捉えられていた。赤茶色の合皮が《シャドウ・ハウンズ》のユニフォームであるようだ。サラ嬢は上半身に艶出しチューブトップと丈の短いジャケット、下は股下に食い込むようなホットパンツで滑らかな黒肌を大胆に露出していた。じゃらじゃらと煌めくシルバーのアクセサリ。サラ嬢の左肩にちらりと見えるタトゥーシールの図案を拡大して観察する。ジョージ君の言っていた通り、簡略化された狼の姿に見えなくもない。

「連れて帰る?」

 クラブの近くで待機しているステラが言う。音声のみでも《ツァイス》の瞳を爛々と輝かせているのが目に浮かぶようだったが、テオドールは否定した。

「彼らと揉めたら面倒だ。ここじゃまずい。もうちょっと事情を調べてからにしよう」

「ういよ──そしたら今日はどうする?」

「彼女が今どこに住んでるのか追っかけてみようか」

 二十一時を回った頃、トニー少年とサラ嬢は腕を組んで引っ付き、歩いてクラブを出てきた。サラ嬢の表情は明るく、はしゃいでいた。トニー少年はエルフらしい如才ないスマイルを浮かべてサラ嬢をあしらっていた。車はクラブの駐車場に起きっぱなしにするようだった。路地裏に張り付いていたステラがそっと後を付ける。

 彼らの住居を特定するのはすんなりと行った。有り触れたおんぼろアパートメントハウスに見えたが、ステラが見たところでは意外とガードが固いようだった。正面ドアはマグロック付き、監視カメラと通報装置、窓の鍵もしっかりしていて窓自体は金属メッシュで補強されている。それに、警備と思しきギャングの少年が近くをうろうろしている。ステラは中に立ち入らず、外で部屋の明かりが付くのを見張った。四階の角部屋。テオドールはフライスパイを飛ばし、壊れかけの換気扇から中を覗いて、若いカップルが濃密なキスを交わしているところをほんの少しだけ覗き見て離れた。

 そこから前後の状況について、テオドールは咄嗟には把握しかねた。

 まずフォードを回してステラを拾い、フライスパイを返して貰った。運転はファースト、テオドールは助手席に座っていて、ステラは後部座席に座っていた。テオドールはミニドローンのケースをスラックスの左ポケットに縫い止めていたので、助手席に座ったままだとドローンを傷つけないように収納することができず、適当に車内のどこかに止まらせていたはずだった。

 道は外套が少なくて薄暗く、眼鏡越しのモノクロ視界では位置の感覚が狂いそうだった。セダンが二台ぎりぎり擦れ違えるくらいの狭い道だ。ファイフの無計画な住宅地、古びたアパートメントハウスが建ち並ぶ辺りで、信号のない十字路があり──ファーストが徐に車を停め、よどみない挙動で外に出た。シートベルトを外し、ドアを開けて立ち上がり、ドアを閉めるまでの一連の動きは全く何気ないもので、まるで帰宅して上着をだらしなく脱ぎ捨てるかのように無造作だった。テオドールは一瞬、ファーストがセダンのドアを魔法で透り抜けたのかと疑ったほどだ。この時にはもうバイクのエンジン音が聞こえていたかも知れない。

 暗視視野の色彩が明滅した。右手側からバイクが飛び出してきてファーストの目の前で急停車した。バイクは二人乗りで、そして突如として何か光を反射するものが煌めき、視界の中でファーストが瞬発的な激しい動きをした。竦み上がるようなクラッシュ音、次いでフルオート射撃の銃声と共に幾つもの細かい破裂音が反響した。

 後から録画・録音を確かめたところでは──

 建物に遮られて死角になった十字路の右側から、二人乗りのバイクが飛び出してくる。バイクはフォードの鼻先へ横付けするように停まり、後ろに座ったフルフェイスヘルメットの人影がサブマシンガンの銃口をこちらに向ける。そこへ歩み出て待ち構えていたファーストが録画では捉えられない速度でカタナを抜き放ち、恐らくは抜きざまに後部座席の人影を斬った。斬った瞬間は確認できないが、そいつは構えたサブマシンガンを撃たないままバイクから転げ落ちているので、斬られたのだろう。イアイだ。ファーストがカタナを両手で握り直して振りかぶり、刀身がセダンのライトを反射して光る。一人乗りになったバイクのライダーはやはりフルフェイスヘルメットで表情が見えないが、ぽかんと固まったまま動かなかった。実際の時間ではファーストがカタナを切り返してそいつを切り伏せるまで一瞬の出来事だったから、彼には反応する暇はなかったはずだ。ライダーがハンドルに突っ伏して動かなくなる。スズキのバイクは自動で自立し、倒れない──これら一連の出来事と大体同時に、右手側から新たな光源が近付いて路地を照らしていた。ファーストはカタナから右手を離してムチのように鋭く打ち振り、すぐさま体を翻して路地の角に潜む。クラッシュ音。数拍置いて連続した銃声。路地のそこらじゅうで小さな光りが弾け、二月に中国人が慣らす爆竹めいた音がする。

 途中の場面はテオドールが見ていない部分なので半分推測になる。刺客はバイク二台に二人ずつ、計四人いた。恐らくは仲間同士で何か抜け駆けのようなものがあり、一台目のバイクが数秒先に現れたためにファーストは先んじて彼らを始末することができた。少し遅れて追いついた二台目の二人は仲間が斬られているところを目の当たりにし、当然と言うべきか、血塗れのカタナを持った男に近付く気持ちにはなれなかっただろうから、急ブレーキをかけた。ファーストはマジシャンの手さばきでクロス・シュリケンを取り出し、無理な減速で横滑り状態になったバイクのライダー目がけ容赦なく投げつけた。ライダーは肩の辺りにシュリケンを食らい、痛みと衝撃でバランスを崩す。そしてクラッシュ。ライダーは転倒の際に失神したが、後部座席のもう一人は身軽に飛び降りて体勢を立て直すことができた。そして兎にも角にもファーストを追い払うべく、手にしたサブマシンガンを闇雲に発砲する。斬られた二人はひょっとしたらまだ生きていたかも知れなかったが、この乱射に巻き込まれて確実に死んだ。

 テオドールの反応が出来事に追いついたのはこの辺になってのことだ。左脇からプレデターを抜き、ドアを遮蔽に外へ飛び出し、状況把握のためにフライスパイを飛ばした。フライスパイは俊敏に路地の斜め上まで上昇すると暗視カメラで状況を俯瞰、コムリンクに常駐している民生用戦術アプリを操作して3Dマップに敵味方と主要なオブジェクトをプロットする。敵四人。二人死亡。一人重症で行動不能。一人健在。テオドールとステラはフォードを遮蔽に様子見、ファーストは曲がり角に潜んで弾幕をやり過ごしている。クラッシュしたバイクと後から来たほうの二人は角の右手すぐそこ、精々五メートルくらいの場所にいたので、フォードが制圧射撃の射線から外れているのは本当にギリギリの幸運だった。さもなければ炸裂弾で外装をズタボロにされていただろう。

 敵の銃はイングラム・スマートガンX。スマートリンク内蔵のサブマシンガンだ。標準装備の抑音器を通した銃声は咳き込むように不明瞭だが、代わりに炸裂弾の着弾がやかましい。フライスパイが捉えた彼の姿はやはりフルフェイスヘルメットだったが、男物のストリートファッションで体格が良く、一目でオーク男性だと分かった。彼は右手でスマートガンXを小分けに連射しつつ、左手で腰の辺りをまさぐっていた。テオドールが眼鏡のウィンドウを強く凝視するとドローンのカメラが自動ズームし、彼のベルトに手榴弾が吊してあるのを見咎めた。金属のリングに安全ピンを引っかけており、片手でも手榴弾を思い切り引っ張れば安全ピンを抜いて着火できる装着方法だ。

 スマートガンXの弾薬クリップは標準で三十二発。そう長く弾幕を張ってはいられないが、ガク引きしない程度の配慮が効くならあと三秒か四秒は保たせられるだろう。そいつが手榴弾を着火し、仲間に構わず投げつけ、炸裂するくらいの時間は稼げるということ。

「手榴弾!」

 テオドールは囁き回線に向けて警告を叫んだ。ステラがぴくりと身動ぎして飛び出しかけたが、ファーストは警告するまでもなくとっくに動いていた。彼はまずカタナを握り直し、左手を鞘に見立てて刀身の根元部分を逆手に持った。普通に握ったままだと具合が良くなかったのだろう。重心だとか、手元の動きだとかが。刀身の根元は切れ味が鈍いし鍔を固定する金具が嵌っているから、握っても手は傷つかない。そしてファーストは建物の壁に向き直り、一歩だけ助走し、思い切り跳んだ。彼の右足が壁を蹴る。テオドールが同じことをやっても腰の高さに足跡をつけるくらいが精々だろう。ファーストの右足はそれよりはずっと高い位置を踏みつけた。だが、彼の行動はそういう次元の話ではなかった。

 ファーストは蹴りつけた右足を取っ掛かりに、壁を駆け上がった。

 垂直な壁を垂直に駆け登ったのだ。

 あまりに自然で無造作な動きだから、まるで壁に立てかけたハシゴを素早く登っているだけのようにも見えるのだが、勿論そんなものはない。超常的な動きだ。大股四歩、三メートルばかり上がったところで向きを斜めに変え、今度は曲がり角を跨ぎ超える。

 するとファーストが出るのは角を曲がってすぐそこにいる敵の頭上、斜め上だ。銃弾は彼の眼下を通り過ぎていく。敵は左手で探り当てた手榴弾からピンを抜こうとしており、ファーストに気付かない。敵のヘルメットはディスプレイを内蔵しておらず、視界が狭かったのも災いしたようだ。

 ファーストが壁を飛び降りた。黒いコートをはためかせ、悪夢の使いめいて。左逆手に持ったカタナを右手で掴み直し、左手は峰に添えるようにして──

 落下の勢いのまま、撫で斬った。

 ファーストがそいつの背後に着地する。左肩をざっくりと割られたそいつは雨樋から溢れる泥水のように大量の血を流してふらつき、力の抜けた手からサブマシンガンを取り落とし、やがて倒れた。

「パねえわ……」

 ステラが感嘆を通り越して呆れた調子で呻く。

 ファーストはゆったりした仕草でカタナの血を振り払い、鞘に戻す。あれだけの大立ち回りを演じながら息の一つも乱しておらず、今し方作り上げた血の海を睥睨してなんら感情を浮かべていない。落ち窪んだ彼の眼は淡々と周囲を見回して、敵が死んだ振りをして隙を伺ってはいないか、新手が来ないかと機械的に警戒しているだけだ。そのあまりに平静な佇まいは暗視カメラ越しにも何か不吉な、亡霊や死神のようなヒトではない存在に思える。そして実際、ファーストがやってのけたイアイも壁を駆け上がる手品も人間技ではない。

 比喩ではなく事実として、人体が本来持ち得る力ではなかった。

 ファーストは広義の魔法使いだ。

 タツジン、《アデプト》と呼ばれる類の覚醒者である。

 アデプトは修行によって神秘的な“キ”(氣)の力を身につけ、人間を超えたパフォーマンスを発揮する。“キ”は鋭い反射神経や瞬発力といった肉体面の増強をもたらし、目に見えない精神的な要素を変質・拡張させ、また時には物理法則を無視した外的な働きかけを成し遂げる。そうした“キ”の顕れ方はアデプトごとに多種多様で一口には言えないのだが、ある種のステロタイプは存在する。古風な格闘技のタツジンがそれだった。例えば中国のカンフーマスター、日本のニンジャ、インディアンのバーサーカー……

 彼らは修行した魔法様式に精神的な基礎が根付いているため、しばしばトリッドの役者めいた不条理で時代錯誤な振る舞いをする。銃を持った敵にカタナで挑み、あまつさえ勝ってしまうケンディスト(剣道家)のソード・アデプトといった風に。

「ボス、一人生きてるけどどうする」

 完全に呆けていたテオドールをステラの声が呼び戻した。気がつくと彼女もそばにいなくなっていて、襲撃者四人の面相を手早く改めているところだった。三つの死体と一人の重症患者の顔画像が共有領域に上がっている。ヒューマン、男、若い。ヒューマン、男、若い。オーク、男、若い。オーク、男、若い──風防の下から表れた顔はどれも幼く、精々十代の後半というくらいに見えた。

 ファーストに斬られた三人は即死と思われ、或いはまだ意識不明であるかも知れないが、生存の見込みがある者はいなかった。息があるのは二台目のバイクのライダー、転倒して意識を失っているオークの少年だ。シュリケンを受けた肩の出血と擦過傷、打撲、骨折などが疑われた。テオドールは頷き、「連れていこう」と答えた。

 移動の間、車の後部座席でオーク少年に止血処置を施した。テオドールは医師ではないが、応急キットの指示は適切だった。キットは眼鏡のARオーバーレイとリンクして手順を逐一表示し、シュリケンの摘出手順や鋏の歯が立たないアーマージャケットの脱がせ方を指示してくれた。縫合と止血は付属のハンディソーイングマシンを傷口に押しつけて自動でやって貰った。クロス・シュリケンは四方に刃が突き出た構造上、さほど深く突き刺さらないのが幸いし、アーマージャケット越しだったこともあって少年の創傷は軽かった。心配なのは転倒した際のダメージだったが、これもひとまず命に別状はないという診断だった。

 エルヴン・ディストリクトに小五月蠅い詮索をしないモーテルを取り、少年を連れ込んだ。ファーストは見た目の割に力持ちだが、オークの少年は軽く一○○キログラム以上はありそうだったからテオドールと二人がかりで担ぎ込まなくてはいけなかった。

 少年をベッドに寝かせると、テオドールはまず縫った傷口が出血していないことを明るい場所で確かめた。それからプラスチック拘束具を使って少年の両手両足を“腕組み・気をつけ”の姿勢で縛ったが、それでも彼が暴れたらテオドールくらいは打ちのめしてしまうかも知れない。何しろ腕といい胸板といい、テオドールとは倍ほども太さが違うのだ。テオドールはいつでもプレデターを抜いて突きつけられるように身構え、一声で少年をちびらせるような気の効いた脅し文句を頭の中で練習しておかなければならなかった。しかし残念ながら、失神した少年はテオドールに実践の機会を与えてくれる様子はなかった。ファーストは部屋の入り口に黙って突っ立っており、ステラはベッドの下に転がって一眠りしていた。ほどなく手配した闇医者が来て、応急キットと大体同じ診断をして帰っていった。

 少年のコムリンクを(ちょっと親指を借りてロックを外し)調べて見たところ、彼が《シャドウ・ハウンズ》のメンバーであること、《ダリオ》という通り名であることが分かった。グループメッセージアプリの暗号はテオドールの手持ちツールで解除できるような簡単なものであったため、襲撃の経緯についてもおおよそ知れた。“誰かさん”にテオドールとステラの始末を頼まれたものらしい。事情を知らされないまま命令され、顔と名前を渡され、交通管制に不法アクセスして車の追跡をするツールを貸し与えられていたようだ。テオドールとステラの情報は表向きの職業程度、ファーストのことは触れられておらず、彼がアデプトの用心棒であることも当然知らなかった。情報の少なさについては仲間の間で、つまり死んだ他三人との間で若干議論はあったようだが、「これもシャドウランだ」というリーダー格(最初にファーストに斬られた少年だった)の一声で打ち切られていた。

 シャドウラン。

 テオドールは舌打ちを堪えた──シャドウラン。金ずくで実行される違法行為を、そんな風に気障ったらしく呼び慣わしたのはどこの誰なのだろう。今やシャドウランナーは職業と錯覚されるほど社会の隙間に根を下ろし、恒常的な需要を引き込んで金の流れを貪り、あまつさえ市場めいたものすら形成している。結局のところ、彼らの役割は企業や犯罪組織が珊瑚の毒触手めいて伸ばす末端、細く透明で切り離し可能な器官に過ぎないというのに。

 少年達に「シャドウラン」を持ちかけたフィクサーは、彼らとの連絡では《タイラー》という名前を使っていたものの、連絡に使ったコムコードから辿れば容易くレックス氏であることが分かった。密告屋を差し向けるだけではなく、実力行使に及んだというわけだ。だが、ここまでする理由が分からなかった。レックス氏から恨みを買った覚えはない。過去に何らかテオドールが思い至らない因縁がないとは言い切れないが、だとしたら今更、お粗末な密告屋を頼ってテオドールを調べるはずがない。もっと以前から調べをつけているはずだ。つまり原因は直近の仕事、サラ嬢の捜索依頼にあるのだろう。だがテオドールが家出娘を一人連れ帰ろうとしているからなんだというのだろう。《シャドウ・ハウンズ》の連中が仲間のガールフレンドを守ろうとして勝手にいきりたったというなら、まだ分からなくはない。それであればちょっと銃やカタナをチラつかせ、賄賂を交えた駆け引きをすることで穏便に解決できただろう。だが現実には初っ端から流血沙汰だ。刺客らは事情を知っていた形跡がなく、“仕事”の一環として金ずくで襲ってきた。テオドールがサラ嬢捜索の過程で《シャドウ・ハウンズ》を探っていたことも、トニー少年のガールフレンドを連れ戻そうとしていたことも、彼らは知らなかった。

 サラ嬢は思ったより厄介なことに巻き込まれているのだろうか。ただ悪い彼氏に着いていったニュービー・バッドガールというだけではなく、裏社会の利害に嵌り込んでしまったのか。その利害当事者はレックスか──或いはもっと後ろに誰か別の人間がいるのだろうか。

 考えを捏ね回しているうち、テオドールは意識の焦点がぼやけ、思考が空転を始めた。自然とあくびが出る。

「休んだらどうだ」

 というファーストの勧めに逆らわず、床に寝転がってステラの横で眠った。

 結局、オーク少年のダリオが目を覚ましたのは夜明け近くになってのことだ。

 

「傷は痛むか」

「用便は大丈夫か」

「水を飲むか」

 テオドールが起床すると既にステラは起きていて、ファーストは恐らく起きっぱなしだった。時刻は午前九時を過ぎていた。既に二人と少年の間で会話があったらしく、共有領域にステラの録画記録が置いてあった。記録は05:06から始まっていた。

 痛み止めの注射がまだ聞いていたのが幸いし、ダリオ少年は目を覚ました時にパニックを起こしたりはせず、怯えて失禁することも、逆も興奮して暴れ出すこともなかったようだ。ファーストが淡々と傷の具合を確かめ、トイレの心配をし、水を勧めるのに対し、少年はぼんやりと受け答えをしていた。ファーストが仲間を斬り殺した男だと把握するまで一時間くらいは掛かっていたようだ。断続的でぎこちないやりとりがぽつぽつと交わされ、ステラが目を覚ましてもそれは変わらなかった。

「なんで殺らねえんだ……」

 ダリオ少年がファーストにそう聞いたのが午前七時過ぎ。トリッドからの借り物めいた言葉選びではあったが、少年の口ぶりや物腰はおずおずと遠慮がちであり、怯えを押し隠し、死刑の実施はいつになるのか遠回しに探ろうとしていた。

「無為に殺す気はない。お互い仕事でやっているだけだろう」

 ファーストの答えは少年は安堵させると共に、それとなくプライドを擽ったようだった。この男にしては上手いこと乗せたものだとテオドールは感心する。それとも本心なのだろうか。ダリオ少年は何度か躊躇った後、「あんたらも……その……ランナーか?」と尋ねた。ファーストは肯定。ステラは黙っていた。頷きさえしなかったようだ。

「あんたみたいなヤツがついてるなんて、全然、聞いてなかったんだ。あんたみたいなヤバいサムライがいるなんて」

「俺はサムライではない」

「え、あ、そ、そう、なのか……とにかく、聞いてなかったんだ」

「そうか」

「みんなは……死んだ? 死んだ、よな……」

「四人のうち、お前以外の三人死んだ。やったのは俺だ」

 会話が途切れた。十五分弱、スキップする。ダリオ少年が「トイレに行きたい」と素直に言い出せたのが08:17。ファーストが少年の足を縛る拘束具をナイフで切り、立ち上がらせる。ステラに見守られて二人でバスルームに入っていき、すぐに戻ってくる。

 また暫く沈黙。

 ダリオ少年は落ち着かない様子で押し黙る。寡黙なファーストは強いて自分から会話を切り出すこともなく、ステラは相変わらず黙っている。

 スキップ。テオドールが起きる前の最後の会話。

「俺、どうしたらいいんだ、ランをしくじって、みんな死んで……あんたもランナーなんだろ、なあ、どうすりゃいい?」

「お前はどうするつもりだった? もししくじったら」

「……考えて、なかった……考えてなかった……」

「そうか」

「……」

「仲間の仇討ちをするなら相手をしよう。俺一人で。腕を解いて銃も貸す」

 ダリオ少年は顔を伏せて、力なく首を振った。啜り泣きの嗚咽が漏れた。

 そして現在。ダリオ少年は俯いたままだ。テオドールが起き上がると視線をちらりと寄越すが、すぐに視線を落としてしまう。大きな図体をして、テオドールにさえ怯えているようだ。

「朝飯にしようか」

 自販機でソイバーとニュートリソイ・ケーキを買い求め、朝食にした。テオドールはソイバーを一つ食べた後、腕が使えないダリオ少年の口にニュートリソイケーキとコーラを運んでやった。ステラはコーラだけ、ファーストは顰めっ面でニュートリソイケーキをかじった。

 食事が済むとテオドールは改めて名乗り、職業が探偵であること、家出人捜しをしている旨を述べ、何故自分達を襲ったのか尋ねた。ダリオ少年は知らないと答え、テオドールがじっと見つめると、本当に知らないと繰り返した。コムリンクに記録されていた会話通り、本当に知らないのだろうと思われた。

 サラ嬢とトニー少年の写真を見せ、二人について知っていることはないかと質問すると、こちらの方には答えた。やはりトニー少年は《シャドウ・ハウンズ》のメンバーだった。仲間内での呼び名は《フィル》だ。テオドールはトニー少年のタグをフィル少年に張り替えた。これが最後のタグになりそうだった。

 サラ嬢はトニー少年改めフィル少年が招き入れる形で最近仲間入りをしたようだ。フィル少年は“ボス”のお気に入りで、よく内緒の使いっ走りをやらされている。他のメンバーからは軽いやっかみを受けているようだ。ここ最近は特に大事な仕事を任されているらしく、フィル少年とサラ嬢にちょっかいを出してはいけないと“ボス”から通達があった。

 ダリオ少年の言う“ボス”は、彼の方では名前を伏せようとしていたようだったが、テオドールがタイラー(=レックス)の名前を出して突っつくと諦めてそう認めた。

「そうだよ、タイラー=サンだ」

「《シャドウ・ハウンズ》のリーダーはオブシーダ=サンとか言わなかったっけ? ストリート・サムライの」

「リーダーとはまた別で、ボスは……タイラー=サンは、元締めっつーか、仕事をくれる人っつーか……なあ、俺が言ったってことは」

「言わない、言わない。それで、フィル君とミス・サラは《ハウンズ》の中で何してるの」

「……リーダーと、それからうちでも特にヤるやつらとでつるんで、何かコソコソやってる。大きな仕事、するんじゃないかって噂だけど」

「ミス・サラもそれに参加してる?」

「つるんでる風には見えた。フィルのやつにひっついてる、だけかも知れないけど」

「オブシーダ=サンがその仕事に参加させてる人の名前、分かる範囲で教えてくれないかな」

 流石にこの質問はダリオ少年も渋ったが、「こちらで調べれば分かることだが、サラが何か危険な目に遭う前に連れ戻したいので君がここで教えてくれると助かる」「言えばこれ以上は何も聞かない。警察にも連れていかない」と説得し、五人の通り名と特徴を聞き出した。

 昼前にチェックアウトし、ダリオ少年を車でタコマまで送った。

「オブシーダ=サンとタイラー=サンによろしく。伝言はきちんと録音した? こっちはミス・サラを連れ戻したいだけで他意はない。何か誤解があるようだからきちんと話し合いたい。だから銃を向けてきたダリオ君を手当したし、こうやって丁重に送ってやった。警察にも話していない。こっちなりの誠意だ。だからテオドール・マガトのコムコードまで間違いなく連絡をくれ──と、そう伝えて欲しい」

 拘束を解きながらそう念押しすると、ダリオ少年は戸惑い気味に頷き、テオドールらが離れるまで立ちつくしていた。

 昨夜の悶着とダリオ少年に預けた伝言により、何かサラ嬢の立場に悪影響があるのではないかという気がかりはあったが、思ったより事情を把握できていないことが分かった以上、下手にタコマをうろついて彼らを刺激する方が危険だった。それに、眠っている間に幾つか新しい話が届いていた。

 フリーウェイに入る前にスタッファー・シャックでトイレを借り、飲み物を買って、車の運転をファーストからステラに交代して貰った。結局徹夜だったファーストは缶マッチャに手をつけることもなく、後部座席に着くなりさっさと眠ってしまう。ステラはハンドル片手にチュロスを囓って、フリーウェイに入った辺りでようやく表情を和らげた。

「ねえボス、あいつさあ、あのダリオっての」

「うん」

「ブッ殺されるよ、多分」

「やっぱりそうなるかな」

「多分ね。ああいう連中のやり口って、そうだから……ああ、別にボスをどうこう言うわけじゃないんだ。だって、こっちが気を使ってやる理由なんてないじゃん? 成り行きで死に損ねただけで、ファーストだって命だけは助けてやろうとか、そんなことは思ってなかっただろうし──ボスだって、折角だからちょっと話を聞いて、ついでにこっちのポーズを見せるのに使っただけ、だろ……」

「まあ、ね」

「だからどうしたってワケじゃないけど」

「気分悪かった?」

「──ちょっとね。けど、どうしようもないよ。大体、そういうことやるのを決めたのはあいつ本人なんだしさ」

「うん……」

「……悪かったよ。ボスだって分かってただろうし、好きで仕向けたわけじゃないんだってくらいはさ、あたしでも分かるよ。凹ませたかったわけじゃないんだ」

 ソイ・ラテを一杯飲み干す間にフォードはダウンタウンへ入った。

 テオドールは車輌センサーを活用して尾行に十分な注意を払った。ダリオ達が使っていた交通管制への侵入ツールは、タコマの裏路地ならともかく幹線道に入れば追跡はできないだろう。

 本当ならファーストは一度帰らせてきちんと休憩を取って貰いたいところだが、まだ働いて貰わないといけない理由があった。サラ嬢の指輪の出元が分かったという知らせが入ったのだ。

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