シャドウランF   作:WD

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ディア・マイ・サムライ【中 2】

 

 出元を突き止めてくれたのはシルバという友人の魔法使いだった。彼女はシャーマンではなくドルイドだが、ちょっと込み入った事情によりシャーマン関係にも顔が効く。困ったことに彼女は精霊と話すのは上手いのだが人間相手となるとからきしで、彼女の交友範囲外の人間と交渉をするとなるとテオドールが付き添っていかなければならなかった。

 待ち合わせはエルヴン・ディストリクトの洒落たカフェにした。客の大半が見目麗しいエルフの有閑マダムだからテオドールやファーストは見事に浮くが、逆にこういう場所でなければシルバの方が目立ってしまう。

「みんな」

 と、聞こえた細い声は囁き回線からのものだ。ARの誘導マーカーが床に光の線を曳く。それを目で追うと、奥まった席の脇で立っている北欧系エルフ女性の姿が見えた。絹糸めいた真っ白い髪にすらりとした長身。天然ものの雪化粧(なんとノーメイクだ)を施した色白で精緻な風貌は、“可憐”と表現するには大人びているし、ただ“美形”と言い捨てるには華奢で儚すぎる。稀代の芸術家の手になるアラバスターの彫像が動いているかのような錯覚に陥り、視界に捉えた瞬間、周囲の現実感を奪う。そんな美人だ。パーカーとレギンスという簡素な格好さえ、人形が服を来ているかのようで現実感の乖離に一役買ってしまっている。エルフだらけの店内にあってなお目立つその娘が、楚々とした仕草で手を振っていた。

 テオドールらは席を囲み、食事を注文し、挨拶を交わした。

「大学はどう、シルバ」

「う、ん……最近は、ん、まあまあ」

「論文が忙しい時に手伝って貰って悪いね」

「ん、いや、うん……別に」

 上等な弦楽器に似た美しい声が、どもりを含んでぎこちなく耳をくすぐる。愛想笑いを浮かべるでもなく、ぼんやりした表情のまま俯き気味で最低限以下の受け答えをするシルバの姿は──傍目から何も知らずに伺えば、怜悧な美貌のエルフが超然と構えているようにでも見えるのだろうか。テオドールがジャブ代わりに投げた近況の話題ですらシルバは既にグロッキーだった。テオドールが失策を悟って話題をフェードアウトさせる構えに入ったところで、ステラが首を突っ込んできた。「同盟精霊の絵を描くんだって言ってたやつ、どうなったの?」「まだ……」「なんか新しい魔法覚えた?」「えっと……」「あ、ちょっと見てよ、ヴァシチューブでこんなトリッドあったんだけど、シルバってこういうのできる?」「できるかも……」「マジで!?」小柄で幼げなステラが、長身で大人びたシルバに絡む様はまるっきり子供と大人だ。

 美人エルフの魔法使いなんて言うのはフィクションでは定番過ぎて最近逆に見ないくらい定番のプロフィールであるけれども、シルバは実在するそれだ。少なくとも容姿と魔法で言えば文句なしに陳腐なステロタイプそのままだった。ステラはそんなシルバに憧憬を抱いているのだが、シルバの方ではぐいぐい踏み込んで来るステラを苦手としていた。それでもいちいち一生懸命答えようとしている辺り、付き合いがいいのか柔弱なのか。

 ステラの猛攻に押し倒されそうになったシルバが助けを求める視線を向けた辺りでファーストがステラを制し、「まず仕事の話だ」と場を促した。ステラが残念そうにいずまいを正し、シルバはちょっとだけファースト寄りに位置を直す。ステラから庇って貰おうというようだった。口数が少ないのが良いのか、シルバはファーストには懐いている。二人が並んで歩いたらうっかりファーストが職務質問されかねない眺めではあるのだが。

 さて、と仕切り直し、テオドールは共有領域に資料を広げた。

「じゃあ、シルバ。調べてくれたことを教えて欲しいんだけど」

 

 アンティークショップ《TRUHO》はベルタウンの古く怪しげなビルの地下にあった。店頭のAR広告はいかにもミーハーな魔法趣味者向けといったアクセサリを展示しており、看板にはわざとらしいアルファベット表記のサーリッシュ公用語が踊っていて、バッファローの頭蓋骨のイミテーションが添えてあった。ここが裏に回れば本物を取り扱う店だということを知っている人間は、さほど多くはないはずだ。

 シルバから店の名前を聞いた後、テオドールはポール・スタチューに頼んでこの店のことを調べて貰った。ポール・スタチューが返事をくれた頃には十五時を回っていて、幾つか他のことをするだけの時間があった。ステラにナイト・エラントの知人のところまでお遣いを頼み、彼女と合流して《TRUHO》へやってきた頃には十六時前になっていた。

 店主のホース氏はネイティブ・アメリカン系のくたびれた中年ヒューマンだ。安っぽい先住民衣装はくたびれており、目つきは虚無的な苛立ちと無気力に燻っていて、顔色と体臭から薬物の気配がした。テオドールはこういう手合いをそれなりに見てきた。なまじ魔法の才能があったばかりに全能感に溺れて道を見失い、無手勝流で好き放題に力を振るえる裏社会を選んだはいいが、魔法が使えるというだけでは通用せずにしくじりを犯して評判を落としたり、犯罪組織や警察に目をつけられたりしてやむを得ず足を洗い、前歴を隠してひっそりと暮らすような人間だ。自分如きの魔法では力ずくの世渡りができないことを悟り、しかし今更身の丈にあった成功を手に入れることもできず、学び直す機会もない。ホースはそんな人種の臭いがした。

 シルバとポール・スタチューの話をまとめたところでは、ホース氏はSINも魔法免許も偽造のモグリであるらしい。シャーマンであることは確かで、前はひょっとしたらシャドウランナーでもやっていたのかも知れないが、今はこの胡散臭い店を取り回し、結界の張り替えなどをやって糊口をしのぐ傍ら、パイププレイスマーケットに出て占いやアクセサリー売りなどをやることもあるという。《カッターズ》へ上納金を納めてはいるが、特定の結社やギャング、フィクサーなどと深くつるんでいる様子は全くない。「落ちぶれたケチなまじない屋」というのが界隈の評価だ。口座への金の出入りもしょぼくれたもので、自前で呪物を作る技があるから、それでもなんとかやっていけているようだが……

 ステラを外の見張りに残してテオドールとファースト、シルバの三人で訪問したところ、ホース氏は友好的とは言いがたい様子でテオドール達を迎えてくれた。三人中二人が覚醒者であることは見張りの精霊が報告していただろうし、ファーストのカタナが剣呑な代物であることも分かっていただろう。魔法使いが堅気でないアデプトとマンディンを連れてノンアポで訪ねてくるなど、まともな客でないことは明らかだ。だから彼の取った対応も無理はない。店に入るなり、テオドールらの背後で水の精霊が顕現した。後ろに精霊が張り付いていることはファーストが囁きで警告してくれていたから、人間の輪郭を象った水煙の塊が異様な唸り声と共に顕れた時もテオドールは平静を保っていられた。シルバはおどおどと腹の前で組んだ手指を弄んでいたが、それは目の前の中年男にどう接したものかと怖がっているものであって、魔法的な脅威には至極自然体だった。それとなくテオドールとファーストの脇に一歩離れて立ち、ホース氏とテオドール達が視界に入るように保っていた。そしてファーストは相変わらず、落ちくぼんだ死神の目つきで周囲を睥睨していた。

 顕現というのはアストラル体のまま物理空間に姿だけを投影する魔法的な所作のことだ。人間で言えば服の襟をめくって脇の拳銃を見せびらかすのに等しい。これが精霊の実体化にまで踏み込むと安全装置を解除して銃口を向けた状態だ。幸いにして店内に他の客はいない。

 少しの間、睨み合いがあった。

 こちらが手慣れていることをホース氏は察したようだ。シルバが呪文防御を敷いているから呪文が決まる確率はぐっと低くなっているし、爆発を起こすような防ぎにくい呪文もこの至近距離では使えない。精霊をけしかけてもファーストが迎え撃ち、テオドールが術者を撃つ。ホース氏は緊張の面持ちで精霊を引っ込めた。テオドールは内心で胸を撫で下ろす。もしホース氏が呪文を撃とうとしていたなら即座にファーストのイアイが飛んで流血沙汰になっていたところだ。魔法使いは呪文の隠蔽性をしばしば過信するが、これだけ間近なら呼吸や目配りから呪文の前兆を察知するのは難しくない。ホース氏に分別があったのはどちらにとっても幸いだった。

 張り詰めた気配が和らいだのを見計らって、シルバが防御の構えを緩めないまま口を開く。

「あの、ホースさん。その、ちょっと伺いたいことがあって、あ、乱暴なことをするつもりはないんです。こっちの二人は友達で、その、ファーストはカタナを持ってますけど、日本人だからで、えっと、カタナを抜いたりは……するかも知れないけど、乱暴な人じゃないんです。あ。それで、こっちのグレイが聞きたいことがあるって。えっと、ああ。指輪! 指輪のことなんですけど……」

 シルバが一生懸命にホース氏へ事情を説明するところを、テオドールは暫くの間、辛抱強く見守った。魔法使いという人種は概してプライドが高く、マンディン(非魔法使い)を緩やかに見下す傾向がある。会話を拗らせないためには第一声をシルバに任せるべきだった……彼女が多少口下手であっても。

 そしてホース氏が「指輪」と言われた瞬間に反応を見せたのに、テオドールは気がついた。劇的な反応というわけではない、むしろ静かで落ち着いた、事前に予測していたことに確信が持てたというような、そういう目の光だった。

 音色は詩吟のように快いがいまいち要領を得ないシルバの言葉を聞き流しつつ、ホース氏はゆっくり息を整えてこちらをじろじろ品定めした。

「なんなんだ、あんたら」

「あ、えっと、こっちのグレイは探偵で……」

 シルバの視線に助けを求められて、テオドールはサラ嬢の画像を広げつつ口を開く。

「ホースさん。少し前、この女の子に呪物の指輪を売ったでしょう。銀細工の。そこらの子供に売るには本格的だなと思いまして」

「俺の商売のことだ。探偵だかなんだかに押しかけられるようなことじゃない」

「彼女は今、家出をしているんです。それもいかがわしい連中に引き入れられています。ただの不良というだけではなく、ある種の……プロのような人間が関与をして、彼女を狙い撃ちしているような様子があります。ですが、彼女はただの高校生です。裏社会の深みに嵌まっていたような前歴もありません。何故彼女が狙われたのか、あなたは何か事情をご存じでないかと思いまして」

「知らねえ」

「指示はアストラル投射で面談して受けているんですか? ですが、見返りを受け取る時にマークされていたら無意味ですよ、ホースさん。アストラル空間で物品は受け取れないでしょうから。この街のフィクサーが貴方のことを知れば、今まで通りには行かないでしょうね」

「……脅す気か」

 勿論、脅す気だった。テオドールが「冷酷非情な謎のエージェント」顔でぶちまけたのは、ポール・スタチューがくれた情報を元に憶測半分ハッタリ半分でデッチ上げたカマ掛けに過ぎない。テオドールの見てくれはお世辞にも迫力がある方ではないが、左脇を膨らませて魔法使いのトモダチを二人も引き連れ、いかにも自信たっぷりスラスラまくし立ててやればけっこうマシになるものだ。少なくとも世間に倦んだヤク中予備軍のシャーマンを、武力的優位を盾に怯ませるくらいの効果はあった。

 サラ嬢が件の指輪を手に入れたのと同時期にギャングが接近してきたというのはタイミングが良すぎた。単なる偶然なら見当違いで済むが、必然であればホース氏がことの根幹と関わっていることになる。だがホース氏の近況はクリーンで、例の《シャドウ・ハウンズ》やレックスは愚か、フィクサーや特定のギャングなど裏社会の人間相手に仕事をしている様子はなかった。なさ過ぎた。だから「あるとすれば魔法絡みだろう」という当て推量を駄目で元々とぶつけて見たのだが、どうやら当たりだったらしい。以前、浮気調査で似たようなやり口に出くわしたのが幸いした。

「……大したことは知らない。本当だ」

「あの指輪、同じようなものをこれまでも売ってきたようですが?」

「ああ……全部で六つくらいだ」

「どういう品物なんですか、アレは」

「タグだ」

 

 

 ステラがナイト・エラントの知人から受け取って来てくれたデータチップを裏用コムリンクに差し込む。チップの中身は二週間前に起きたとある強盗事件について、監視カメラの記録や現場検証を元にエージェントAIが画像編集した再現トリッドだ。流石にアレス重工傘下の警備会社は良いエージェントを使っており、動画投稿サイトにでも横流しすればかなりの再生数を稼げるだろう出来映えだった。

 被害に遭ったのはピューヤラップ地区のとあるアパートだったが、そのアパートは一軒まるごと小さな麻薬ディーラー《サムスン&エッグス》のアジトになっていた。当の麻薬ディーラーが防犯機器を設置していたのでナイト・エラントの現場検証はかなり楽だったようだ。

 強盗の一団は裏口から侵入した。

 事件発生直前の21:55から再生し、再現トリッドの視点を裏口に移動させると、警備員と思しき下っ端の若い男が二人、裏口の近くの階段室に詰めているのが見えた。鼻に大きなピアスをした黒人と瞼にリングを通したアジア系。退屈そうにARモードのコムリンクを弄り、無為な会話を交わしたりして時間潰ししている。吸っている煙草もニコチンを摂取するだけの健全な代物だ。階段室にはエアロゾルセンサーがあって、見張りが仕事中に大麻やらブリスやらを嗜むようなら雇い主に通知が行くよう設定されていた。

 22:02。異変が起きる。階段室の何もない空中から突如として青白い炎のようなものが発生し、渦を巻き始めた。空気が蒸発するような異様な物音が一緒に記録されていた。一時停止して火災報知器のログを確認する。温度の異常はなし。

 再生再開。

 炎のような超常のオーラは螺旋を描いて収縮し、ぱっと弾けた。次の瞬間には巨大な狼のようなものがその場に現れていた。体高が人間の腰ほどもあるので狼というより熊に見えるが、骨格や特徴で言えばサイズアップしたハイイロオオカミだ。前兆の炎が見えてから出現まではおよそ一秒。体の輪郭が揺らめいて見え、青白いオーラを纏い、そして空中に浮かんでいる。勿論普通の狼ではない。合成映像という可能性を無視すれば、これは魔法使いが操る精霊だ。何もないところから突然現れたように見えるのは、一度アストラル体の状態で接近してから実体化したためだろう。アストラル体は通常の物質をすり抜けてしまうし、肉眼を含む通常のセンサーでは一切捕捉できない。

 警備員の下っ端二人のうち、鼻にピアスをした黒人の方が咄嗟にUZIサブマシンガンの銃口を向けることができた。もう片方はスリングで吊して腹に乗せたUZIの銃把を探り当てるのにもたついた。しかしどのみち、結果に大差はなかったはずだ。

 黒人が発砲する。三点バーストの銃火がUZIの無骨な銃身で瞬き──テオドールは一秒巻き戻してコマ送りした。斜め上から俯瞰するカメラには、狼の精霊に銃弾が命中する瞬間が写っていた。発砲と同時に精霊の胴体と鼻先の辺りで焚き火が爆ぜるような青い火の粉が舞い散っていて、そしてそれだけだった。狼の精霊は怯みすらしない。アストラル体の状態と違い、実体化した精霊に物理的な攻撃をぶつけることは可能ではある。しかし実体化した精霊の肉体は物理学・生理学的に『不思議なエネルギーで出来た不思議なカタマリ』としか言い表しようがないものだ。銃弾にせよナイフにせよ、人間なら体のどこかに当たれば出血性ショックや動作の阻害といった効果が見込めるところを、精霊に対しては力尽くで削ぎ落とすしかやりようがないため、効率が悪い。映像に映っているようなサイズの精霊と戦うならせめてライフルが欲しいところだ。サブマシンガンでは甚だ心許ない。

 再生を続ける。

 精霊が実体化してから行動に移るまでにUZIは二度発砲されていた。距離が近いのでバーストの二射分、六発の弾丸は漏れなく命中しただろうが、狼の精霊は意に介さず飛びかかり、野太い前足を叩きつけた。鼻ピアスの黒人は階段に叩き伏せられて動かなくなった。

 下っ端のもう片方、瞼にリングのアジア系がここでようやく自分のUZIを掴むことに成功するが、揺らめくオーラが肌を炙るほど間近で精霊に睨み付けられ、硬直した。銃を向ける前に頭を囓り取られそうな間合いだ。しかも頼みのUZIは目の前の敵に効果がないということを見せつけられている。これで戦意を保てという方が無理な話だ。

「扉 ヲ 開ケロ」

 狼の精霊が牙の間から軋るような音声を発する。驚くには値しない。精霊が魔法的なロボットではなく知性体であることは既に一般知識の範疇だ。だが実際に精霊から声を掛けられた経験のある人間は少なく、いざそうなったら大抵は肝を潰す。

 瞼リングのアジア系は何度も頷き、言われた通りにした。

 再現トリッドをズームアウトし、建物を半透明に、裏の路地が見えるようにする。

 裏口のロックが解除されるのとタイミングを合わせ、潜んでいた強盗五人が殺到してきた。五人のうち三人は大柄、もう二人はそれよりも大分小柄に見えた。小柄な二人は並んで行動しており、どうやら片方がふらついているのをもう片方が補助しているようだ。五人は全員覆面をして、民生用アーマージャケットとサブマシンガンで武装していた。

 アジア系はドアを開けて逃げだそうとし、その五人と鉢合わせした。五人の先頭にいた大柄な一人が虫でも追い払うように軽い仕草でアジア系を殴り、裏路地の片隅に転がした。調書によれば彼はその一発で死亡したようだ。

 アパートの上階ではUZIの銃声を聞いた《サムスン&エッグス》の幹部格がカメラで状況を把握し、精霊がいると分かって武器を準備していた。アサルトライフル一丁とショットガン二丁。ショットガンから散弾を抜き、炸裂スラッグ弾を装填するのに手間取った。

 事件当夜、このアパートにいた《サムスン&エッグス》の人間は計七人。アパートの表側にも警備の下っ端が二人と、三階のベントハウスに幹部格が三人いた。それと近隣を縄張りにするギャング《ブラック・ボーン》に金を払っており、警報に応じて駆けつけてくる約束をしていた。

 強盗の五人は迷わず三階へ殺到した。大柄な三人のうち二人が前に、一人がしんがりに立ち、小柄な二人を守って行動していた。階段室から三階へ通じるドアは頑丈だったし施錠されていたが、強盗はマグロックパスキーでシステムを騙してこれを突破した。

 《サムスン&エッグス》側は階段の上から彼らを迎え撃てれば良かったのだろうが、銃の準備にもたついたためベントハウスのリビングを挟んで撃ち合うことになった。幹部格三人は防弾加工されたドアのある寝室に立てこもって迎え撃ったようだ。強盗の銃はいずれもサブマシンガンだったから、アサルトライフルとショットガンを準備した《サムスン&エッグス》の方が装備は良かった。

 しかし、彼らの背後に精霊が出現した。

 記録の最初でもあった手管だ。アストラル体で潜り込んでから実体化する。魔法使いを相手に戦う時は精霊がいつどこで実体化するか分からないということを忘れるべきではないのだが、《サムスン&エッグス》の面々はそれができなかった。

 彼らは精霊によって遮蔽から蹴り出され、浮き足だったところを強盗の一人、アジア系を殴り殺した大柄な男に撃たれた。強盗のリーダー格と思しきその男──小柄なトロール女性か細身のオーク女性かも知れないがひとまず男とする──は記録された限りでも異様に素早くて銃の扱いが上手いように見えた。サムライかも知れない。この時も二人は急所に当てて即死させ、一人は脚を撃って動きを封じるに留めている。強盗はこの生かしておいた《サムスン&エッグス》幹部を脅して金庫を開けさせ、クレッドスティックとブリス五〇〇グラムを奪った後、幹部を改めて撃ち殺して逃走した。

 アパートの表側にいた警備二人は駆けつけるかどうしようか迷った挙げ句、あっという間に雇い主がやられてしまったので逃げ出してしまったようだ。

 《ブラック・ボーン》のメンバーが重武装で駆けつけてきたのは、強盗が引き上げてからおよそ三分後だった。

 ナイト・エラントが調べたところによれば、《サムスン&エッグス》はこれまでロシアン・マフィアの傘下で商売をしていたが、つい最近仕入れ値の折り合いがつかずに関係を絶ち、別の後ろ盾を探していたところだったという。つまり《サムスン&エッグス》を潰しても報復に動く組織はない。むしろ揉めたロシアン・マフィアの方が襲撃を手引きした可能性さえある。また、ナイト・エラントもこの事件の捜査にはあまり力を入れていない。一般市民の犠牲者は出ていないし、ピューヤラップ地区でこの手の血生臭い抗争は日常茶飯事だからだ。

 

 

 一応ホルヘの《T&T》社も調査に人手を割いてくれてはいるのだが、アルバイトの調査員が洗ったサラ嬢の学校生活については通り一遍でしかなく、選択科目や評価が分かってもあまり参考にはならなかった。目についたのは近代史のプレゼンが高評価だったことくらいだが、プレゼンの内容までは入手できなかったようだ。また若い女性調査員がサラ嬢の親しい友人に聞き取り調査を行っており、その対象には両親との面談で名前が出たマリア・タナーも含まれていたが、やはりめぼしい話は出てこなかった。特に親しい友人であったと言うし、サラ嬢のボーイフレンドがギャングだという話も彼女から出ていたからもう少し何か知らないかと期待していたのだが……

 ホリィと夕食を摂るにあたっては、ちょっと段取りを凝らして記録に残らないよう人目につかないよう工夫をした。テオドールが使い捨てのアドレスから送った意味ありげな入店手順は彼女の興味をより一層惹きつけたようだったが、それらは別に演出でもなんでもなく必要な手筈だった。これまでの成り行きを鑑みるに、テオドールが彼女とつるんでいるところを誰かに見咎められると危険なことになる恐れがあった。

 行きつけの店に時間を三十分ほどずらして入店し、予約したブース席で落ち合った。《ホールA》のバーテンダーはテオドールと顔なじみであり、裏口から未成年の客を迎え入れるくらいの融通は利かせてくれた。

 テオドールが十八時過ぎにステラと二人で《ホールA》へ入店すると、ホリィはボーイフレンドと一緒に待っていた。下顎から覗くキュートな牙に金メッキのグリルが光っていて、黒基調のストリートファッションで変に気合が入っているのが見て取れた。

「今日はあのカタナのヨージンボーはいないの?」

 とファーストを気にしており、いないと答えると残念そうにしていた。ボーイフレンドは早く終わらせて欲しそうに気怠くビールを呑んでいた。テオドールとステラが着席して間もなく揚げ物とサラダのざっくばらんな夕食が運ばれて来て、ウェイターは多めのチップを受け取ったらもうブースには近寄らなくなる。他の席からの視界や音もしっかり遮られる場所だ。

「シャーマニズムのクラブ活動に興味があったみたい。科目も本当はもっとそっち系を取ろうとしてたんだけど、後から取りやめたって。パパに反対されたんだってさ」

 フィッシュ&チップスを摘まみながらホリィが話してくれた内容は、《T&T》のアルバイト調査員よりはずっと上等なものだった。一体学生の生活というのは外から隔絶されているところがあって、接点のない人間からすると摩訶不思議な価値観で成り立っているものだから内側から話を聞き出してくれる伝手の存在は非常に有り難い。だが彼女らの情報網は狭くて有効期間が短く、それにテオドールのような人種との関わりは甚だ悪影響になるので付き合いを維持するべきでもなかった。こういう案件での伝手の確保はいつも悩ましい問題だ。

 ホリィの話によれば、サラ嬢はテオドール達が当初思っていたよりも熱心にアメリカ先住民の文化、とりわけシャーマニズムに関心を持っていたようだ。そして家族の口から聞くよりもずっと露骨に摩擦が生じていた。エファーソン夫妻の信仰に対する忠誠は子供から玩具や映像作品を取り上げるほどではなかったようだが、費用を支払って子供にシャーマニズムを学ばせるほど寛容ではなかった。それだけに表面化しづらく、そして夫妻の自覚も乏しかった。

 ただ、サラ嬢は以前からそういった分野に関心を持っていたわけでもないようだ。友人の話では、精々ここ半年ほどのことだという。子供の気まぐれにしては熱心に調べ物をしていたという証言が文化人類学の教師から得られている。そして学校で学習する機会を逸した彼女は、マトリックスや学校外に手を伸ばしたであろうことは想像に難くない。

 取り留めなく右往左往するホリィの話の中から要点を掻い摘まむと、そんなところだった。

「ミス・サラは何故シャーマニズムに興味を持ち始めたか、っていうのは分かる?」

「さあ? でも、けっこうそんなもんじゃない。何かの切っ掛けでいきなり目覚めちゃったり」

「なるほどね……」

 テオドールは曖昧な風に相づちを打ったが、実際のところ、その通りではあった。

「ミス・サラがそういうことを相談してそうな子って言ったら誰かな」

「マリア・タナーって言う子と仲が良かったみたい。住所要る?」

「ああいや、その子なら知ってる」

「もう聞いたんだ」

「他の人がね」

「んで、んで? 何か言ってた?」

「大したことは」

「それさ、絶対何か隠してるよ。もうちょっとちゃんと調べてみた方がいいんじゃない、そいつのこと」

「まあ、そうだね」

「そんでさ、グレイ」

「うん?」

「情報量。これ、幾らぐらいになる?」

 ホリィの稚気めいたおねだりに、百新円の支払い保証済みクレッドスティックで応じる。

「ありがとう。いい情報だったよ」

「へへ。どう? 私、探偵になれる?」

「探偵なんかよりもっと面白いこといっぱいあるよ。これっきりにしておくのがいい」

「えぇ、なんで? 役に立ったじゃん」

「ファーストがなんで居ないかって話してなかったっけ。昨日の夜、銃で撃たれたんだ。まだ意識が戻ってない」

 傷一つなく返り討ちにして、今はホテルで仮眠を取っているところだと言う必要はない。

 絶句するホリィを置いてテオドールとステラは席を立った。

 

 シャーマニズム。自然崇拝。テオドールも全く知らないというわけではない。

 史上最初に記録された大規模な魔法〈大いなる交霊の舞い〉についての史実は学校で嫌というほど学んだし、学術番組やバラエティ番組、そして《サムライ・ストライダー》を初め各種娯楽作品にシャーマンが出てきて魔法を披露することはままある。なんなら自分の目で彼らの魔法と接したこともある。つい数時間前にだって危うくそうなるところだった。だが彼らの価値観、認識、世界を見る視点について理解しているかと言えば甚だ怪しい。魔法という実利的な力は顕れ方の一側面に過ぎず、本来は人間が生きる上でもっと根本的で卑近な、空気のようなもののはずだ。

 シャーマニズムに従う人々は大地そのものを崇め、あるがままの感受性を尊び、大いなる自然への一体化を指向している(というのがテオドールの解釈だが、サーリッシュ・シー出身の人に披露すれば恐らく鼻で笑われるだろう)。クリスチャン的な価値観に内在する無自覚な傲慢を指弾し、人間が自然界に対し特権的な支配者であるという保証はどこにもないと、それを保証する神はまやかしに過ぎないと、暗にそう説いている。UCASの国民感情と先住民部族連盟の溝が半世紀経っても埋まりきらないのは戦争被害によるものばかりでなく、価値観の断絶も要因の一つだろう。皮肉なことには《覚醒》と先住民部族連盟の台頭によって前世界末期に漫然と広まっていた無神論的風潮が却って一掃され、シャーマニズムに対するアンチテーゼとしてのクリスチャニズムが鮮明化したという。

 そういった土台があるので、エファーソン夫妻がシャーマニズムに関心を寄せた娘のことをごく当然のように恥じ、積極的に話したがらなかったのも無理はないのかも知れない。彼らからすれば「娘がサバトの乱交儀式に参加している」と告白するようなものだったのだろうから。

 

「ボスはさー。魔法って使えたら欲しい?」

 ファーストをホテルまで迎えに行く車内でステラがそんな話題を振ってくる。

「昔は欲しかったけど、今はそんなでもないかな。才能もないみたいだし」

 ありきたりな答えだなと、テオドールは自分の口から出た文句を他人事のように分析した。魔法が社会通念上でより重要な位置を占める地域はどうか知らないが、UCASに暮らす良い年をした大人なら大抵はそんな風に思って生きてきただろう。漠然とした憧れと隔意。魔法の素質がある人間は統計上およそ百人に一人。素質を見出されて適切な訓練を受ける機会に恵まれるのはそのうちの更に何割か。大抵の人間にとってみれば、自分には無関係な世界の話でしかない。

 とはいえ、一万人いれば百人、百万人いれば一万人は魔法の素質がある計算だ。このシアトルの魔法人口がどれくらいかは諸説あるが、地勢上、一般的な割合よりもずっと多くの覚醒者がひしめいている可能性は高い。

 テオドールは自分がその一人ではないかと強く夢想したことがある。実際に適正検査を受けてみたこともあった。結果は陰性。様式を変えて五回やってみたが全て同じ結果が出た。その後、魔法の実情をそれなりに調べて諦めをつけた。

「どんな凄い魔法使いだって、なんでもかんでもできるってわけじゃないみたいだし……それに使えたら使えたで大変そうだしね。シルバやファーストを見てると」

「あぁ、修行と勉強大変そうだもんねー。修行は面白そうだけど、勉強はやだなあ」

「ステラは魔法欲しい?」

「欲しいなあ。精霊とか怪我を治す呪文とか、あと、バシーッてやっつける呪文とかさ」

「……精霊と怪我の手当はともかく、武器に使うなら銃でいいんじゃ?」

「えー、カッコいいじゃん」

「みんな一発撃つたびに凄く疲れてて大変そうだよ」

「あー、そんなにきついのかな、アレ」

「らしいよ」

「《サムライ・ストライダー》でさ、呪文のドレインで顔中から血がドバッて爆発してたことあったけど、マジでああなるもんかな。シルバはそこまでにはなんなかったよね」

「なったことはないけど、力の入れかた次第ではなるかも知れないって」

「聞いたことあるんだ?」

「そりゃね。呪文をお願いしたせいで倒れられたら大変だし」

「そっかー。でもさー、やっぱ欲しいな。カッコいいじゃん。それに顔がドバってなるくらい力込めたらさ、銃より凄い威力が出るんじゃん? 防護服着たサムライ・トロールでも一発で吹っ飛ばすみたいな」

「魔法がどうこう言うより、そんなのと戦うような成り行きになった時点でどうかなって思うけど……」

「なんだよ。ボスは夢がないなあ」

「夢ってそんなんでいいの?」

「手からビーム出したいっていうのは夢じゃん? やっぱ。魔法じゃなくてもキとかカラテでもいいけど」

「それも魔法でしょ、結局。アデプトの」

「そっか。そう言えば、ファーストはどうなのかなー」

「呪文は全然だって言ってたよ」

「知ってるけどさ。そうじゃなくて、キのビーム使いたいって思ったことあるかな」

「聞いてみたら?」

「やだよ。怒るかも知れないじゃん。ファーストって冗談通じないし。──どっちだと思う? 最初から使うつもりなくって練習してないのか、使いたかったけど駄目だったか。案外、使ってみたかったけど駄目だった方かも。ニップの男って子供の頃に絶対やってみるんだってさ。ほら、アレの」

 ステラが助手席で体を捩り、開いた両手を腰だめに、真面目腐った顔で古い古いカートゥーンの真似をして見せる。陰気な目つきのファーストが柔道着姿でそれをやっているところを想像してしまい、テオドールは不覚にも吹きだしてしまった。

「っくく……ファーストには言わない方がいいよそれ、マジで」

「言わないって」

「まあ、そうだね。……あるなら使いたい魔法っていうのはあるけどね」

「どんな?」

「んー……恥ずかしいから言わない」

 それにテオドールが使いたい魔法は、どんなに強力な魔法使いでも、大いなるドラゴンでも使えない、絶対に実在しえないものだ。

 それくらいは調べたので、知っている。

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