苦痛を愛せない者の巡礼   作:プロムン大好きカリジャナリ

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苦痛はいつの間にか私の下までやってきて、私の隣に立っている。
その温かくも冷たい存在感が、私を追い詰めるから...だから逃れたかったというのに
結局苦痛から逃れることは出来なくて...
結局苦痛は整然と私を追い詰めてくるんだ。


帰属せざるを得ない

―グチャッ!

 

溶けた果肉が地面に勢いよく落ちる音が室内に響き渡る。

一瞬大きく広がった果肉が自らの側にいたものを上から押しつぶすように飲み込み、

とうに輝きを失い、腐り果てた果実から蛆虫がはい出てくる。

それは顔や手のようなものを形成すると再び私たちの下へと駆け寄ってくる。

ユーリは地にへたり込んだまま、その幻想体を茫然と見つめていた。

自分を助けるためにアヤがあの怪物に飲み込まれてしまったから。

 

私も突然の出来事に動揺を隠せなかった。

ユーリではなくアヤがあの幻想体に取り込まれたと知って、その場で立ち尽くしていた。

アヤが、彼女が身代わりになって...

何故今この時になって彼女が?

私が助けたから?

 

沈黙の中で真っ先に動き出したのはグレゴールだった。

彼は再び襲い掛かって来た幻想体に向かって鉤爪を大きく振り下ろす。

絡み合った蛆虫を掻き分けて、中にあるものを掻きだそうと試みる。

そうすればアヤを助けられるという風に

 

しばらくしてダンテからの指示も送られてくる。

未だ動揺を抑えきれないけど、今はとにかくこの幻想体の対処をしないと...

早めに倒せば、もしかしたら助けられるかもしれない。

銃の引き金に手を掛けながら振り下ろされる手を銃身で受け止め、押しつぶされないように受け流す。

そのまま幻想体の胴体部にまで駆け寄った私はゼロ距離でチャージした電撃を放出する。

 

「っ.....あぁ!!」

 

思わず叫び声をあげてしまうほど、私は余裕がなかった。

私の身勝手で救った命だが、それでも私が確かに成し遂げたことだった。

けど、それは私の手の届かないところで消えた。

それがどうしようもなく受け入れられなかった。

認めたくなかった。

消極的で、動機も不純だったけど...それでも私は何かを変えられるんだって

そう思え始めていたのに...結局彼女が死ぬことを私には代えられなかった。

 

「アイリスさん」

 

攻撃を終えて、立ち止まっていた私の下にファウストが歩み寄ってくる。

 

「ファウスト...私の知る道に従わなかったからこんなことになったの?」

「いいえ、あの時申しました通り...貴方の望むままの道が与えられています。」

 

私の言葉にファウストは淡々と道は与えられたと言ってくる。

一体何が与えられていたというのか、私の望むみちが与えられているというなら

何故アヤは死ななければいけなかったというのか...

いや、ファウストは言った。私の望むままの道が与えられていると

私が望んで、アヤも助けられる道を進んでいれば...

私が望んでいれば...

全ては私の傲慢さが招いたことだ。ただ、受け入れるしかない...

この苦痛に従うしか...ないんだ。

 

襲い掛かってくる幻想体の手を力任せに振り上げた銃床で撃ち返す。

そのまま力任せに胴体の果実目掛けて思いっきり銃を振り下ろす。

その横からファウストが刀を勢いよく突き刺す。

グレゴールが頭部の噛付きを受け止め横に弾き、そのまま首元目掛けて鉤爪を突き刺す。

イシュメールとウーティスは無防備になった胴体に同時に刃を突き立てる。

―グジュッという音を立てて果肉と蛆虫が掻きだされ、幻想体の体は徐々に崩されていく。

もうすぐ、もうすぐで終わる。

蛆虫たちが悲鳴を上げながら崩れ落ちる。

そうして内側から黄金色の光が漏れ出す、黄金の枝はすぐそこだ。

その時、幻想体の中から声が聞こえてくる。

 

『薄々こんなことになるんじゃないかって予感してたんだ、

あの時、アイリスが私たちのどっちかが死ぬって話をした時から。』

「あ、アヤさん!」

 

幻想体からアヤの声が聞こえてきたことで、ユーリが急いで幻想体の下まで走り出そうとする

それに気付いた私はユーリの腕を掴んで止める。

 

「アイリスさん、なんで...。」

『ユーリ、このことは仕方なかったんだよ。』

「あれはもう、アヤさんじゃない。」

 

私の言葉が理解できないと言った様子のユーリは依然とアヤを助けようと試みようとするけど、

私はユーリの手を掴んで離さず、彼女をその場にとどめ続ける。

やがて、何かを引き千切るような音が聞こえ、果実の中から一本の蔓が伸びてくる。

その先端には...

 

『だからしょうがないんだよ、今まで運が良かったんだから...そうでしょ?アイリス。』

 

アヤの頭部が取り付けられていた。

私もユーリも、グレゴールも他囚人もダンテも...皆がその光景を静かに眺めていた。

少し抜けた様な様子で、だけどはっきりとした立ち振る舞いをしていたアヤ。

こんな環境下でもユーリを気遣い、私にも話しかけてくれるような優しい彼女はもう...

 

<あれは...アヤじゃない>

「...あぁ、俺もそう思うよ。」

 

ダンテが口に出した言葉に、グレゴールが静かに淡白に肯定を示す。

そのままグレゴールが吊るされたアヤの首の近くまで歩み寄り、その鉤爪をゆっくりと持ち上げ

今にも振り下ろそうと構える。

 

『私は運が良かったんだよ』

 

そして、動きは止まる。

彼には切り裂けない、目の前の果実を...バラバラに切り裂くことは、できない。

持ち上げられた鉤爪は静かに震え、彼自身の呼吸も少し荒くなる。

 

<切り裂け、グレゴール。>

『そんな顔しないでよ~、私もこんな行動をするなんて思ってなかったんだからさ~』

 

アヤの頭部から紡がれる言葉が、私に罪悪感を感じさせ、己の無力さを思い知る。

 

<切り裂け!>

「う、うわぁあ!!!」

 

ダンテが大声を出すと同時にグレゴールの悲痛な叫びが室内に木霊した。

しばらくの沈黙が流れ、グレゴールが小さく何かを呟く。

そうしてグレゴールが何もできずに立ち止まってしばらくして...

 

「終わりの終わりで、結実を目前にして止まるだなんて。実に嘆かわしい。」

 

コツコツとこちらに歩み寄ってくる複数の足音が聞こえてくる。

そのうちの一人が果実の下まで歩み寄り...

 

「まぁ、こちらとしては好都合か。掴まない好機は流札になるだけだ。」

 

そう言って首を持ち上げていた蔓を断ち切った。

アヤの頭は地に落ち、口から黄金に輝く枝が吐き出される。

 

「枝を探していたのか?」

「あんた...。」

「思っていたより小さいね。でしょ?」

 

集団の内の一人である女性が枝の下まで歩み寄り、語り掛ける。

 

「私はヘルマンよ。これからよく会うことになるでしょう。なぜなら...。」

「私たちは...枝が必要で、あなたたちは...枝を見つけることができて。」

「あなたたちは...死なないけど、私たちは...あなたたちを殺すから。」

 

自ら名乗った女性、ヘルマンはそう語りながらアヤの頭を足で叩く。

 

「もちろん、今じゃなくて。」

「黄金の枝は私の方で安全に回収していくね。」

 

そう言ってこちらに向かって笑いかける。

 

「クボ...我が朋。是が其方の選びし道か?」

「あぁ。もうそれほど残ってないんだ。」

 

イサンがクボと呼ぶ男に語り掛ける。

 

「...久しぶりだね、哥哥。」

「君の服から汚い匂いがしてるけど分かるか?このざまを家族たちも見るべきだったろうに」

 

ホンルが哥哥と呼ぶ男に挨拶を交わすも、取り合ってはもらえなかったようだが。

 

「私からの贈り物はちゃんと取っといてる、坊や?」

「愚息をこんな体たらくにするために渡したわけじゃなかったのに。」

「願ったことはない...一度も...。」

「それでも包み紙は破き切らないと。」

「たったその程度の能力が、私が与えた全てだとでも?」

 

グレゴールがヘルマンと不穏な会話を行う。

私も知らないグレゴールの謎についてのことだろうが、私はこれを知る前にこの世界に来てしまったから...

 

「さぁ、挨拶はここまで。」

 

ジア・ファンが二度手を叩くと視界が暗くなる。

あまりの出来事に私たちは咄嗟に動き出すことはできず、

視界が開けたころには彼らはすでに立ち去った後だった。

 

―――

 

怒涛の展開だった。

全てが終わって、私たちはバスへ戻って来たけど...

私は生き残ったユーリと現場に唯一残されていたアヤの破れたバッグ、

その中にあった彼女の私物とホプキンスの遺品を見つめながら物思いに耽っていた。

ユーリの事、アヤの事、これからの事...

色々なことが頭を過るが浮かんでは消え、ただボーッとしてしまう。

 

一度うまく行ったからって次もうまく行くなんて、そんなことないのに...

全部自分でどうにかできるなんて、驕り高ぶって...

私の身勝手で二人の命が消えた、歪んだ運命の代償を払った。

そして私は...ユーリの生存という代償を背負うことになった。

 

「...ファウスト。」

「何でしょう。」

 

私は静かにファウストを呼び出す。

彼女はその言葉に反応を返す。

 

「...自我心道で聞いたと思うけど、ユーリは入社できるかな?」

「...可能性はあると思います。」

 

あの時一度聞いた事を再び聞き返してみるも、ファウストは曖昧な答えしか漏らさない。

せめて可能であると断定してもらえたなら、少しは安心できたんだけどな。

 

私はバスの空席に座って項垂れているユーリを横目に見ながら考え込む。

ユーリを庇って死に、幻想体に弄ばれ、

救っておいて、最後まで責任を取らず死なせてしまったアヤ。

彼女を思い起こすたびにまるで自分が空っぽになってしまったかのような虚無感を感じる。

果てにはN社の手によってその首を取られ、それを見ていることしかできなかった...

戦力差を考えれば当然のことではあるけど、

それでも彼女を本当に救いたいと思っていたのなら動くべきだった。

 

今思い返せば、私は私の思う様に世界を書き換えたかっただけだったのだろう。

アヤという原作における死者を救い出すことによって私は私を肯定したかったのだ。

そこでユーリまでも助けて見せるなんて気も見せられていれば結末は少し違ったかもしれない。

でも私はそうしなかった。

誰だって自分の命が最優先。そうじゃない人間なんてそうそういるものじゃない。

私も自分が一番で、だからあの時の私はユーリまで救った後の物語がどうなるか...

それを受け止めきる覚悟が無いから、だから身勝手にユーリを諦めた。

全ては私が苦しまないため。

きっと、物語を私の力で変えられると感じることで過去の私の罪さえもなかったことにしたかったんだ。

だけど、犯した罪は全て私に圧し掛かってきて...私を苦しめる。

項垂れるユーリの姿がただの血と肉の塊と化したピアノの前に佇むある男の姿と重なる。

その姿が私にこう語りかけてくるような幻覚を覚える。

 

『もっといい結末があったんじゃないか?』

 

あの時、自ら死を選んだあの時から何も変わっていない。

私は私が楽と思う方へしか進もうとしていない。

少しでも耐える心があればどうにでもなったかもしれないのに...

地獄に足を踏み入れたと知覚したとき、知識を盾ではなく武器にしていれば...

もっと貪欲に手を伸ばしていれば...

 

後悔は先に立たない。今更あの時ああしていればなんて考えたところで無意味だ。

分かっていても、考えてしまう。

どれだけ逃れようとしても、この苦痛は私の下へやってきて...私を苦しめるんだ。

 

―――

 

「...ありがとうございました。」

 

旧L社支部からバスに乗車して少し離れたところで、私たちはユーリと別れることになった。

 

「ユーリ~本当に下りちゃうの?」

「マスコットとしてバスに乗るのも悪くはないと思いましたけど、私は事務所と契約した社員ですから。」

 

ユーリは自分のいるべき場所へ帰ることにしたらしい。

そのことに対してロージャが少し惜しむような声を出すが、答えは変わらないようだ。

 

「えっと...アイリスさん。」

「...。」

「その...ありがとうございました。」

 

ユーリが私の方に近づくと頭を下げてお礼を言う。

そのことに私は思わず困惑してしまう。

 

「お礼を言われるようなことはしてないと思うけど...」

「そうかもしれません、でもアイリスさんは私を...直接ではないですけど助けてくれましたから。」

 

ユーリが言ってることはおそらくアヤが犠牲になって助かったことを言ってるのだろう。

ユーリも、あの時あの瞬間。

死ぬのが自分だと悟っていたんだろうけど、それがアヤによって助かったから

 

...彼女は知ることはないだろう。

自分の命が助かったことが私にとっての予定外であり、今現在私を苦しめる原因であることを。

彼女の苦しみを抱えながらも、生きていることを実感させる笑みが私に深く突き刺さっていることを。

私はそれ以上ユーリの前に居続けることが苦しくなり、逃げるようにバスの中へと戻った。

これ以上彼女を見続けていたらおかしくなってしまいそうだったから...

 

座席に座って時間が過ぎ去るのをただじっと待つ。

しばらくして別れを済ませた一同がバスに乗り込み、バスは動き出す。

次の目的地に向けて

揺れるバスの中で私は全てから目を背けるように静かに目を瞑った。

 

▲▲▲

 

「...行ってしまいましたね。」

 

アイリスさんは私に顔を合わせることもなくバスの中へと駆けこんでいってしまい、

私はその様子を眺めていることしかできなかった。

バスも出発してしまって、もうその姿も見えない。

 

ずっと不安そうな目をしていたあの人は、いったい何を思っていたんだろう?

私とアヤさんに向けて言った言葉、まるで未来を知っているようで

でも、アヤさんが死んで私が生き残ったことがまるで異常であるかのように

何かを恐れるような目で私を見つめて...

 

最後に見たあの人の姿が脳裏に浮かぶ。

まるで裁かれるのを待っているかのようなあの姿が...

きっと私に憎まれごとを言われたかったんでしょうけど、それを言うのは私じゃない。

それはホプキンスさんやアヤさんの役目だから。

だから私は代わりにこう言うんです。

 

「ありがとうございます。」

 

もはや砂煙しか見えなくなったバスの姿を見つめながら、私はもう一度深くお辞儀をした。




自分が物語を変えられる証明として救った命が、予想外の働きをして自分が捨てようとしたものを拾ってきた。
そしてその結果救われた命からは感謝されるなんて罪悪感たっぷりで見てられないでしょうね。
でも救われた側からしたらそんなの知ったこっちゃないでしょう。
まぁ時々なんで私を助けたなんて言う人もいるでしょうけど、都市でそういう人はごく少数でしょう。
だからユーリはありがとうって言います。生きることは罪ですが、それでも生き残ったなら最後まで強く生きていく責任があるので。
対してアイリスは逃げ続けます。自身を取り巻く地獄を受け入れたくないので、その結果何も変われず永遠に回帰し続けるとしても。

前回投稿からもうすぐ二週間が過ぎようとしていましたが、そうなる前に一度描き上げられて良かったです。
これで1章は締めくくりになります。次回からは2章の話になりますが、最初の1,2話ぐらいは閑話を挟むかもしれません。
それから次話辺りでアンケート取るかも?

余談になりますが、今回のとある春の夜の夢3でアイリスが園児化した場合を考えたのですが
前世の記憶を持ったまま転生している都合上ドンキのように園児っぽく振舞うアイリスが誕生すると思います。
そんなアイリスの料理への関心度合は皆無でお腹を満たせてかつ適度においしいならなんでもいいと言った感じになると思います。
まぁそれをはっきりと口に出したりはしないでしょうけど。

第1期アイリス恒常人格(投票数が多いものから順次登場させる予定)

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