苦痛を愛せない者の巡礼   作:プロムン大好きカリジャナリ

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物語の結末を知っていることは、救いではない。
背景の端役に物語での居場所はなく、知識の通じぬ道を進む。
しかし...物語から端役に歩み寄って来たのなら、その限りではないだろう。


余白の随行

都市を震撼させたピアニスト。

その狂騒は怒れる獅子によって幕を引かれ、破壊され尽くした街並みとピアノだったものの残骸がここで起きた出来事の凄惨さを物語っていた。

 

これを機に都市ではねじれと呼ばれる人が人でない怪物と化す事件が多発し、L社跡地にて図書館が建つ。

私の知る物語通りだ。

図書館を中心に大きな渦が巻き起こり、都市の歴史を飲み込んでいく。

そして運命の分岐を越えたのなら、再び光が解き放たれるはずだ。

 

だけど、そこに綴られる物語の中に、都市を這い回る有象無象の足跡はない。

私は確かにこれから先を知っている。しかしそれは私に関わる話ではない。

世界が物語通りに進むことに、私は安堵していた。

――けれど、その安堵はすぐに鋭い刃となって私を切り刻んだ。

物語に記されていない、泥臭く、救いのない日常。

物語の余白に広がる広大な地獄が私を待ち受けていると悟った時、私は深い絶望に襲われていた。

 

私の手元に残されたのは、出所の分からない冷たい鋼鉄の盾と、血の汚れが染み付いたボロボロの衣服だけ。

安らげる寝床も、明日の保証もない。

このままでは私は再び死ぬことになるだろう。それも、一度目の死とは比べ物にならないほどの苦痛を伴って。

 

それからは、名前も知らない裏路地の組織に、寄生するかのような生活を送っていた。

路地に転がるスクラップを拾い集め、泥を払って手に入れた端金のほとんどを上納金として組織へ捧げる。

そして残った少量の金で食い繋ぐ日々。

 

一瞬たりとも気の休まらない日常を過ごし、裏路地で生きていくための力を身につけようと努力した。

時にはいい食事にありつけたり、何も口にできない日々を送り続けて、どれ程の時間が経っただろうか。

視界の端で、かつて目にしたあの眩い光の柱が、再び天を貫いた。

図書館の終幕、それを告げる光が私の頬を白々と照らしていた。

世界がまた一歩、私の知る物語通りに進んだことに安堵しながらも、抜け出せない深い絶望の中で私は今を生きるためゴミを漁り続けた。

 

―――

 

都市を騒然とさせた図書館が都市を去って数か月が過ぎたころ、

来月の上納金を稼ぐために住処を出ていつもの狩場に向かおうとしていた、その時。

 

「最後の囚人、菖蒲(アヤメ)。お待ちしていました。」

 

冷たい風が肌を突き刺す路地で私は私が良く知る人物と対面した。

 

「ファウストは知っています。あなたが都市を巡る流れを過去から未来に至るまでの知恵があることを、そして、その知恵が万能ではないことも。」

「それゆえ何処にも行けて、何処に向かうこともできないという事も...」

 

その人物は全てを見透かしているかのような口調で語り掛け、私の下まで歩み寄ってくる。

今までにないほど鼓動が早くなる、なぜ彼女がここに居るか理解できなかったから。

 

「……ふむ。やはり、この状況はあなたの知恵には記されていなかったようですね」

「私を……勧誘しに来たの?」

「否定します。これは勧誘ではなく、決定事項……すなわち、『命令』です」

 

命令.....。

その冷徹な宣告が、焼き付くようだった私の焦燥を塗りつぶしていく。

 

「Limbus Companyへ入社しなさい。そうすれば――」

「知恵が指し示す、空想のままの道を……貴方に与えてあげましょう」

 

示された道は地獄を巡る物語だが、今の私にとってはそれでもその提案が救いのように感じた。

 

「最後に伝えるべきことがあります」

 

これからバスの旅に同行することに対して沈潜し考えを巡らせていた私は

ファウストの呼びかけで沈んでいた思考を浮上させる。

 

「バスに乗る前に、あなたはこの先呼ばれる名前を決めることができます」

「菖蒲、その名前でこのバスに乗られますか?」

 

ファウストは私に尋ねてくる。

名前.....。正直に言ってこの世界に来てからは全く気にしたことが無かった。

裏路地の過酷な生活でも、私が名前で呼ばれることは無かったから。

その名前で良いか、なんて聞かれたってそれ以外に無いし、他に呼ばれたい名前だってない。

そのままでいいかなんて考えたけど.....一瞬だけ、母のことが思い浮かんだ。

 

「それなら...アイリスと、そう呼んでもらいたいです」

 

それは過去との小さな決別だった。

母から与えられた暖かな愛情を捨て去るような行いだったけど

その名前を背負って生きた人生は辛く苦しいものだったし、母とのつながりも今となっては途切れて久しかったから。

 

「わかりました。それでは行きましょう、アイリス」

 

先導するファウストに続いて私はバスへと歩み出した。

 

―――

 

「ファウストさん、そいつが最後の囚人ですか?」

 

契約を結び、バスへと搭乗した私はそこで赤く光る瞳でこちらを見つける男性、ヴェルギリウスと邂逅した。

 

「そうです」

「ふむ.....」

 

ヴェルギリウスはファウストと言葉を交わしたのち、私をしばらく見つめ

 

「お前が知る流れがこれから先訪れることになるだろう。……だが、」

 

ヴェルギリウスは一度言葉を切り、その赤い視線で私の内側を暴くように見据えた。

 

「何処で、どの様にして知ったかは知らないが……それだけを盲信しない方が良い。」

「この都市では、記述された文字よりも、今流れている血の方が遥かに雄弁だ」

 

ヴェルギリウス、この都市で自らの流れを追う者の言葉が私の胸に深く突き刺さる。

彼に言うことは正しいだろう....、だけど。

物語を信じないで、どうしろと言うのか。

私には、彼らのような強靭な肉体も、研ぎ澄まされた殺意もない。

都市で這いずり回り、泥の中でゴミを漁ることしかできなかった私が、この地獄で生き残るための唯一の命綱が、この摩耗していく知識なのだから。

 

たとえそれが、ヴェルギリウスの言う通り雄弁な血に裏切られる可能性を秘めていたとしても。

 

―――

 

バスが暗い森の中を突き進む。

もうすぐすべての始まりのあの場所にたどり着くだろう...

――ドゴンッ!!

何かがバスに激突する音が室内に響いたと同時にバスの扉が開く。

始めにファウストが降り、それに続いて次々と囚人たちが降りていく。

私も続いてバスを降りた。

 

「私が言うことを心の中で叫んでください」

「お前の星に従え」

 

ファウストが頭部が時計になっている男性。ダンテに話しかける。

ダンテはファウストの言葉に従い――カチッ、カチッ。と音を鳴らす。

その瞬間、ダンテから幾本かの鎖が伸び、そのうちの一つが私の胸元に突き刺さる。

私の時間がダンテに帰属し、彼が持つ黄金の枝の元私たちの力が均一化されていく.....

そのおかげか私の体は今までよりも軽くなっていた。

 

「変な感覚.....というか、均一化されて強くなるって、私シンクレアより弱かったんだ」

 

ちょっとしたショックはあったけど、こればかりは元々都市で生きてた人間とそうでない人間の差だろうから仕方ないだろう。

 

「時計指揮官様...?何はともあれ、戦闘命令を下してください!」

「命令なんて要るか?個別戦くらいしかなくないか?」

「あぁっ!?あ、あの!」

 

他囚人たちの様子もうかがってみればここが自由に動き始め、残った数名がダンテに付き従っている。

なんだか懐かしい気持ちになるな、最初は統率なんて全く取れてなくて

チームワークなんてあってないようなものだった。

獅子と呼ばれる女性と、ダンテに付き従った囚人たちの台本通りに演じられる戦闘を尻目に私も動き始める。

 

「従ってもまともに戦えないだろうし、勝手に突っ込んでようかな」

 

私は背負っていた自らの武器である盾を右腕に取り付け

すぐ近くでこちらの様子をうかがっていた豹の元へ赴く

 

「理解できないな。こんな奴らに獅子がやられたって?」

「まぁそういう流れだから、すぐに済ませてくれるとうれし――」

 

次の瞬間、私の世界は断絶した。

豹が振るった光輪纏う槍が、私の頭蓋を易々と粉砕したのだ。

そうして私の命は終わりを―

 

――カチ、カチ、カチ……。

 

遠くで時計の針が逆回転する音が聞こえる。

 

「―い?.....あぁ、終わったんだ」

 

意識が浮上した時、私は無傷で横たわっていた。

散らばった血肉も、飛び散った脳漿も、何事もなかったかのように私の内側に戻っている。

 

「なんですかこれ?何が...」

 

シンクレアが震える声で呟き、グレゴールが呆然と自分の腕を眺めている。

その傍らでは、あまりの苦痛に耐えかねたダンテが地に崩れ落ちていた。

 

「事態は収拾しました。戻りましょう」

 

ファウストの言葉を聞いて囚人全員が多少困惑の表情を浮かべながらもバスの中へと戻っていった。

第1期アイリス恒常人格(投票数が多いものから順次登場させる予定)

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