昔はあんなに好きなことに熱中できていたのに、今じゃすっかり熱も冷めてしまって。
そんな生活を続けていくうちにどんどん心が沈んでいって...いつしか消えてしまいたいと思う様になっていたんです。
そうしていざ死を迎えた時、思ったのは...死を受け入れられないという強い願いでした。
ホプキンスの死を悼む間もなく私たちの目前に人の何倍もの大きさのある怪物、
幻想体『黒檀女王の林檎』がその姿を現す。
足元から伸びる蔓が施設の広域に広がり、一つ一つが生きているかのように私たちの脚に絡み付く。
――ギッ...ギッ....
枝が軋む音を鳴り響かせながらその身を揺れ動かせて、私たちの下まで歩み寄ってくる。
その時それは言葉を発した。
〖白雪を連れてこい〗
正確には発したというより頭に直接響いてきたといった方が正しいだろう。
怒り、疑心...そういった感情が読み取れる言葉が聞こえきた。
静かにダンテが端末を取り出し、人格をセットする。
私、ファウスト、イシュメールの姿が変わり、他にグレゴール、イサンが前に出る。
<ひとまず、この幻想体とやらをどうにかしよう。>
ダンテの呼びかけと同時に、私たちは『黒檀女王の林檎』に向かって走り出し始めた。
―――
ファウストのアドバイスを元に行われるダンテの指示に合わせて、
私たちは幻想体との交戦を始める。
そんな走り出す私たちの足元から此方を突き刺すように根が飛び出してくる。
「うわっ!?」
「うぅむ...これは近づくは容易ならん。」
「言って止まってる場合ですか?!ぐっ...」
突き出す根が私たちの体を突き刺す。
一撃一撃はそれほど重くないけど、私たちの動きを封じるには十分だった。
その最中、根の影響から逃れた。あるいは受けなかったファウストとグレゴールが女王と謁見する。
そんな二人目掛けて女王は自らの腕を地に突き刺し、色褪せた枝を突き出す。
それをファウストが庇うように前に出て、飛び出した枝に刃を深く突き刺し切り開く。
その合間を縫い、飛び出している枝を踏み台に跳びあがったグレゴールの一撃が、
女王の頭部に深く突き刺さった。
「ふっ...!」
振るわれた鉤爪によって、女王の御尊顔が大きく欠ける。
〖よくも!〗
女王の怒りが私たちに伝播する。
しかし、その怒りとは裏腹に女王の力は落ちていく。
己が身を守るために張り巡らされていた根は力なく萎れる。
今が好機だ。私たちは再び女王の前に立つ。
「ファウストが切り込みます。」
「私も続くよ~」
「あっちの枝は私が受け止めます。」
「俺は左腕...でいいんだよな?」
「私も続かん」
私たちは各々指示に従って、各部位に攻撃を仕掛ける。
戦闘を走るファウストが飛び出る根を切り進み、それに追従する。
「ふっ...!」
「チャージ完了、放出!」
女王の足元目掛け、ファウストの一撃が振り払われる。
続いて私は事前に溜めていた電気を解き放つ。
<床の蔓が邪魔だな、どうにかして蔓を処分できないかな?>
その時ダンテのつぶやきが聞こえてくる。
これは、戦闘中のイベントだろうか?
<イシュメール、お願い。>
「これぐらいなら、容易いです。」
ダンテはイシュメールに呼びかけ、彼女はその指示に従って地に張り巡らされた蔓を掘り返し、
引き抜く。
そのまましばらくして、イシュメールがもっと根深いところの何かを引き抜いたのか、
蔓が一気に萎んでいき、もう蔓が私たちの脚に絡み付くことは無かった。
「この程度、下級任務にも入りません。」
イシュメールがただ一言告げ、再び戦闘が始まる。
張り巡らされた蔓が姿を消し、同時に果実は元の形を取り戻していた。
女王の体に巻き付く蔓の強度は元に戻り、攻撃も通りにくくなるだろう。
どうにか突破口を開くため、私たちはそれぞれ腕と根の攻撃を受け流し、攻撃を当てていく。
<林檎が再び実った。完全に破壊できる方法は無いのだろうか?>
再びダンテのつぶやきが聞こえる。
それと同時にグレゴールを除いた私たちへ、女王の動きを止めるような指示が出される。
グレゴールに果実を斬り落とさせるのだろう。
私たちはそれぞれ動きを合わせて、突き出す根を弾き、伸ばされる枝の一撃を切り裂く。
そして私たちが両腕と根の動きを止めた時、グレゴールが走り出した。
引き絞られたグレゴールの腕が勢いよく突き出され、実る果実を斬り落とす。
――ドスッ...
という音を立てて果実は地に堕ち、女王はその動きを止める。
それと同時に女王の体は吸い込まれるように萎んでいき、残った無数の蔓が絡み合ったオブジェだけだった。
―――
「...ホプキンスさん。」
幻想体の消失と同時に彼を貫いていた蔓は消え、身体にぽっかりと穴の開いた遺体が地に転がる。
ユーリの言葉が虚空に溶けて消えた。
彼女は複雑な気分だろうな。
彼は嫌な人ではあったけど、だからって死んでいいとは思ってなかっただろうから。
「ユーリ、このことは仕方なかったんだよ。」
アヤが悲し気な顔をするユーリに歩み寄る。
「私があのタイミングで責めなければ死ななかったでしょうね。」
「それは~...」
「本当は彼がくすねた瞬間を見てたんですよ。」
私の言葉にアヤが何か言葉を紡ごうとするよりも先に話し始める。
「アヤさんに不自然な動きを指摘されてた時、彼がポケットに何かを入れるのを見てたんです。」
<アイリスも見てたんだ。>
「はい、ダンテさんはその時見て見ぬふりをしたみたいですけどね。」
「私もその時はそうしましたし...」
私はそう言葉を紡ぎながらホプキンスの所持品を集める。
その様子を見ていたアヤが自分の鞄を取り出して遺品を詰め込む。
「でも、やっぱりそれはいけないって思ったんですよ。彼の行いは違反行為だったでしょうから。」
「後になって罰を受ける前にしっかりと正しておくべきだと、そう思ったので。」
私は自分が責められているわけでもないのに、それらしい言い訳を並べ始める。
「だから、彼の所業を暴きました。その結果こうなるとは思っても見ませんでしたけど...。」
今持てる遺品を全て回収し、私は彼の遺体から離れる。
「ユーリにも言ったけど、このことは仕方なかったんだよ。」
遺品を仕舞い終えたアヤが私の後ろから話しかける。
「ホプキンスが勝手なことをしなければこんなことにはならなかっただろうからさ~、」
「あなたの言ったことは正しかったし、それで責任を感じる必要は無いよ。」
アヤはそう言って私を慰めてくれる。
だけど、私は本来死ぬはずだった彼女から言葉を掛けられる度に罪悪感が蓄積されていた。
アンジェリカを見捨てた時ほどじゃないけど、確かな重みが私の体を押しつぶしてきた。
幻想体の制圧とホプキンスの死の整理が終わり、誰もがこの場を離れ始めた時。
私は再びアヤとユーリの元へと歩み寄った。
「アヤさん、ユーリさん。少し良いですか?」
「はい?どうかしましたか?」
「何かあったの?」
不思議そうな顔でこちらを見つめてくる二人に、私は目を合わせることもせず
俯いたまま話しかける。
「もし、もしですよ...もしあなた達が死ぬかもしれないとして、誰かを犠牲にすることで助かるとしたら...どうしますか?」
「....。」
「...う~ん。」
その質問にユーリは何か思うところがあったのか、目を伏せる。
アヤは唸り声を上げながら顔を上に向けて思案する。
その沈黙が数秒続いて先に答えが出たアヤが口を開く。
「考えてみたけど、私はその人が全く知らない人なら多分犠牲にしちゃうと思うかな~。」
「知ってる人だったら、ちょっと悩むけど~...多分犠牲にするよ。」
「アヤさん...。」
アヤの答えに少し顔を上げ、彼女の顔を見つめる。
彼女は先ほどまでと変わらない優しい笑みを浮かべながら私を見つめる。
「...今後、あなた達のどちらかがおそらく死ぬことになります。」
「え?」
言った。言ってしまった。
本来なら言うべきではない。でも、ここで少しでも話して楽になれればって思ってしまったから。
「ただ、それだけ言いたかったんです。」
「...アイリスさん。」
もうすでに狂ってしまった物語だ、さらに狂わせたって変わらないだろう。
●●●
<アイリス、二人と何を話してたの?>
「えっ?、あっと...」
話しかけられると思ってなかったのか、アイリスはあからさまに動揺した様子を見せて言い淀む。
「少し聞きたいことがあったので、それについて話してました。」
言葉を詰まらせ、視線を泳がせてからそう経たぬうちに私の方へと視線を向けたアイリスははっきりと言葉を紡ぐ。
その様子はここまでの間ですっかり見慣れた彼女の姿だった。
だからこそ、気になった。
ホプキンスを問い詰めるときや、ユーリ達と話している時。そして、先ほどの焦りを見せた時の...
迷子の子供のような顔が、いったい何だったのかが。
<アイリス、君は...命令されてバスに乗ったんだよね?>
「そういったじゃないですか、そしてここ以外に居場所がないってことも」
<その時君はそう言ったけど、今の君を見てるとこの場所が君にとっていい場所のようには見えないんだ。>
「それは...。」
<ここに、本当の君の居場所はあるの?>
「っ!?」
―――
<ここに、本当の君の居場所はあるの?>
ダンテの鋭い指摘に私は何も言い返せなかった。
ここ以外に居場所がないのは事実だった。
でも、ここが本当に私の居場所なのかと言われると、そうだと言い切れる自信がなかった。
私はバスの流れを知っているため、それにしがみついているだけ
この流れに乗っていけば良く知る世界を歩いていけるから。
知る世界という安全地帯に居ることを求めているだけで、
自分が生きていける世界を求めていない。求めようとすら思っていない。
知識を盾にしなければ自ら動き出しこともできない私が、この世界にどうして居場所を求められようか?
「...私の本当の居場所なんて、この世のどこにもありはしないでしょうね。」
私はそれだけをダンテに告げて、逃げるように先を行く囚人の列に並んだ。
後ろは振り返る気にならなかった。
此方を見つめているだろうダンテ、アヤ、ユーリの視線を見るのが...
怖かったから。
―――
進んでいった道の先、暗がりから一人の敗残兵の影が現れる。
くすんだ輝きを放つ過去の栄光の象徴をつけた彼は私たちの前にどっしりと身を構え、立ち塞がる。
「あんたの顔にはなんだか思い当たる節があるな。なんで見覚えがあるんだ?」
「...君の部長だった。」
「1人で逃げたのみならず、昔の戦友である、私の部下でもある奴らまで今や殺したか。」
かつてグレゴールの上司だっただろう彼は厳かな雰囲気で、
まるでここは戦場だと言わんばかりの気迫を放っている。
彼らの居場所は戦場だった。そこ以外に居場所はない。
だから、戦いは避けられなかった。
グレゴールを先頭にして5人の囚人が前に出る。
今回は私は含まれず、後ろで戦況を観戦するにとどまる。
正直に言うと、戦いに出て気を紛らわせたかったけど...始まってしまった以上仕方ないので
私はこれから先どの様にするべきかを必死に模索していた。
大筋は変わっていなくとも変化した物語をどう進めていくべきか、分からなかったから。
「アイリスさん。」
その時ユーリが私に話しかけてきた。
「私、アイリスさんを見てると...昔の自分を思い出すんです。」
「昔の?」
「はい。支部が埋没されて、何処にも居場所がなくなったときの私...」
ユーリがぽつぽつと自分の過去について私に話し始める。
それは物語では詳しく描写されなかった現在に至るまでの彼女の軌跡の一部だった。
「少しでも食い繋いでいくためにフィクサーになって、アヤさんのいる事務所と契約をして...。」
「...ユーリさんはすごいですね。」
「え?いいえ、私なんて」
「十分すごいことだよ。私に比べたら...十分やってる。」
ユーリは私の在りように親近感を覚えたのか、私に自分の事を話してくれたけど
そのどれもが私に比べれば十分頑張って手にしてきた結果であるため、彼女の厚意はかえって私の心を抉るだけだった。
最後まで
心の奥底にある感情を押し殺して、整然と彼女たちの死を受け入れてしまえたなら...
でも、そうはならなかった。
物語に従うなどと言っておきながら、自分が傷つくことを受け入れられないという理由で物語の道筋を書き換えてしまった、中途半端な私。
最後に残った旧G社部長とグレゴールが向き合い、半ば決闘のような形で互いの一撃がぶつかる。
その光景にすでに廃れた、だけど確かな信念を見た私は...
―――
彼らの戦争は終わった。
彼らは最後まで戦いに殉じた。
望んでか望まずしてかはもはや知る由もないが、
最後まで在り方を変えなかった彼らに敬意を抱くと同時に、そう在るしかなかったことに悲しみを覚える。
倒れ伏した彼らの遺体の横を通り抜ける際、私は少しだけ手を合わせて祈った。
先に進むと敗残兵のものではない、かなり時間のたった死体が幾つか転がっているのが目に入る。
ここL社支部の職員たちの死体だ。
彼らの死体はどれも鈍器で殴られた形跡が見られ、その惨状から争ったことが目に見える。
そんな光景を目の当たりにしていた時、腐臭とはまた違い臭いが室内に充満する。
「アヤさん。」
「あ~、ホプキンスが言ってたのはこれのことだったんだね。」
私がアヤに呼びかけると、臭いに気が付いた彼女は鞄から自分のものとホプキンスのものだったガスマスクを取り出し、片方をユーリに手渡す。
「ア、アヤさん。これは一体...。」
「ホプキンスがね~、ここの特定の階層から毒物検出率が高くなるって噂があるって言ってたんだ。」
ユーリの疑問にアヤがゆったりと答える。
「ホプキンスはガスマスクを2個しか用意してなかったから、もしかしてって思ってたけど~、やっぱり聞いてなかった?」
「はい...。」
ユーリの返答にアヤは「そっかぁ~」と気の抜けるような声を出す。
「私、さっきから耳から血が出てるんだけど~これ大丈夫なの?」
「これは、以前補給された幻想体制圧用の毒性ガス弾ですね。持続的に曝されることで出血を引き起こすとか...」
「どうやら死体の間で爆発でもしたみたいですね...。」
ロージャの疑問に対し、ユーリは今私たちを脅かしているガスの正体について話す。
「私たちにはああいうの無いの?」
「提供された補給品にはありませんでした。」
「つまりあの野郎は最初から知ってたってのか?...クソッ」
ロージャの言葉にファウストは事務的に無いと答える横で
ヒースクリフがすでに亡きホプキンスに対して怒りを露わにするも、
向ける矛先が無いためそこらの死体に八つ当たりをする。
「アヤさん...ケホッ...本当なら、こ、このあたりで撤退する手はずだったりしたんじゃないですか?」
「ホプキンスはそんなこと考えてたね~。私が良くないよって言ったらしないって言ったけど...」
「ユーリさんにさえもあらかじめ情報を伝えてなかった辺り、してたと思いますけど、ね...ゲホッ」
私がアヤに確認を取ってみると、ホプキンスはこのあたりで撤退するような話を持ち出していたらしい。
イシュメールが呟いたように身内にさえ情報共有を完璧にしなかった辺りから、
おそらく彼は初めから契約なんて守り切るつもりが無かったんだろう。
毒ガスを前に次々と囚人が倒れ始める。
「ホプキンスさんは...ゲホッ!、ユーリさんを助ける気はなかったんでしょうね。」
「.....。」
私の言葉にユーリは少し俯く。
「埋没される支部から偶然逃げ出せた...ゲホッ、一人の職員...」
「.....」
「...多くの同僚を見捨てて、ゲホッゲホッ...生き残った奴、なんて...信用ならない。」
「きっと期待も...ゲホッ、されてなかったでしょうね...」
「...そうです。私は、私は埋められていく同僚を見捨てました。でも、それはいけないんですか?」
「生き残るのが罪だって言うんですか?」
私の言葉にユーリが静かに、だけど確かに感情を震わせた声で叫ぶ。
その叫びに答えたのは...
「くっ...罪だ。ここでは。」
グレゴールだった。
本来ならホプキンスが揺さぶることで起きる彼女の生への慟哭。
それを引き起こすためにあえて傷口を抉るようなことを言ったけど...
うまく行ったようでよかった。
すでに壁にもたれ掛かり、意識を保つのもやっとだった私は、
グレゴールの言葉を聞き、やり遂げたことに少し安堵しながら死についた。
●●●
全ての囚人たちが毒ガスによって命を落とした。
最後に残ったのは毒ガスが効かなかった私と、ガスマスクを着用したアヤとユーリだけだった。
<あっ...そ、そんな心配しなくとも。さっきのあそこに行って生き返らせればいいから。>
二人にはチクタクという音しか聞こえないと知っているけど、
私はベストを尽くしてそう伝えようとした。
「わかってるよ~。それじゃあ、運ぼっか。」
「...はい。」
そんな光景を見てまずアヤがいつもと変わらぬ口調で肯定の意を返し、
続いてユーリがただ一言囁いた。
その後、私たちは何を話すこともなく、黙々と囚人たちを運び続けた。
その最中、ユーリを静かに見つめるアヤの存在に気付かずに...
思っていたよりも内容が思いつかなくて筆が進まなかったよ。
でもなんとか思いついたことを形にして書き切ることができて良かった。
余談になりますが、アイリスにロボトミー人格が来るとしたら多分くちばしじゃないかな?
なんて思ってます。
でもアイリスのことだからくちばし銃だけじゃなくて警棒も一緒に持ってそうな感じがしてます。
多分罪悪属性はスキル1から順に暴食、傲慢、憤怒で守備が憤怒反撃だと思います。
第1期アイリス恒常人格(投票数が多いものから順次登場させる予定)
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ツヴァイ協会
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シ協会
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センク協会
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リウ協会
-
セブン協会
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剣契殺手
-
黒雲会若衆
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W社整理要員
-
R社第4群