「なんだよ、なんだよこれ!」
役員の仕事を終え、裏路地から戻ってきた
「なんでだよ、どうなって……変、だよな」
ひとしきり大声で叫んだことが功を成したのか、思考する分だけの冷静さがいま、帰ってきた。御影桐人は一度、深呼吸をしてから腕を組み、頂上部分にある尖塔の分秀仁学園より僅かに大きいその古城を見上げて考える。
……あの城がなにであるかはさておき、この異質さ、そして城ばかりに目を取られ気が付かなかったが、あの禍々しい赤い雲が覆う空……異常にも、程がある。現実離れした異常さ、だ……
あり得ないはず、そんなの起こるわけないはずだが……もしかしたらおれは、神隠しみたいな感じでこの空間、いや異世界というべき場所に飛ばされた……?
ほかにも何か現実離れしたものがあるのか否か、辺りを見回す。…………ない、あの古城と空以外には、気づける程度の不可解なモノはどこにもない。が、丁度古城の真反対、おれの真後ろには先程通ってきた裏路地がある。――そうだ!
御影は半ば反射的に古城に背を向け、全速力で走った。何か確信めいた動きだがこの行動は異常な状態を打開する機転の利いた策などではない。『あまりにも現実離れした空間にいる』恐怖、その衝動に身を任せた行動だった。あまりにも短慮だった――この空間の
「ッ……ったい……あー、痛い……」
痛みにあえぎながら起き上がり、自身の目に滲む涙を拭ってさっきぶつかった場所を手でなぞってみる……見えない壁だ。……どうして細い道路の半ばにそれあるか分からないが、見えない壁によって、この古城周辺、いや
この見えない壁がどう張り巡らされているのか、確認してみようかなと考えがよぎったその時だった。何かが爆ぜる、肝を冷やす音が……あの古城の辺りから、きこえた。
「……城の方で何、が」
その時だった。頭に鈍い痛みと共に走るものがあった。
「怖くても、あなたは」
…………ッ、ぐ……
…………………………今、のは
「怖くてもあなたは、進んでいきていかないといかない」
「これから恐ろしい思いをしても向き合わなければならないの」
………………痛、…痛、い
……向き合え…向き合えって、な、に……を
「その炎と、進んでいきている限り向き合って」
何かを打ち付けたような痛みは何かに引っ張られるような痛みに変わる。耐えられない痛みに引かれる桐人が頭を上げて見たのは、一度背を向けたあの古城だった。
不思議なことに、一歩一歩引きずって近づくうちに古城が朧気に揺らぐ。それはまさに、烈しく燃える炎が揺らめくようなもの。
「――んだよ、進んで…いきていくって!」
「向き合うって、炎と向き合うって教えてくれよ!なんでおれが向き合わなきゃならないんだよ!」
鈍い痛みはすれど、先程語り掛けてきた声?記憶?そのようなものは沈黙した。
ただその導きは止まることなく、とうとう桐人を古城の正門前にまで連れてきた。
「――ハァ――、ハァ――、はぁ……」
そして『それ』と同時に、都合よく痛みが消え去る。仰向きに地面へと倒れ込んだ桐人だったが、古城の正門はあまりにも仰々しく、ちっとも落ち着かない。
――痛みが引いたのはいいことだが、もう何が何だか全く分からなくなってしまった。また、この城から背を向ければ痛みはぶり返してしまうのか、なんだっけ……とにかく向き合わなければならないのか。どうすれば『向き合った』と扱われるのか。……はぁー、もう何なんだよ…本当は夢なのかな。ああそうだ、学校と城が入れ替わるはずがない。一面が均等に真っ赤な空なんて、どこに太陽あるんだよ。確か夕焼けなど空が赤いのは太陽が離れすぎて、なんやらかんやらで青い光をヒトの目では認識できなくなるから、だっけ。あの少しの間で太陽がめちゃくちゃ離れていったなんて、考えても考えられないぞ、ふつー。何光年飛んでったんだろうな。
ああ夢だ、考えるほどこれは夢だ。悪い夢なんだ。
だったら……もう、ここで寝てしまえ。
――向き合い方がわからないなら、僕がそれを示す手助けをしていいかな?
目が開かれる。
目覚めたばかりのおぼろげな視界では、自分が床に寝ていたこと、そしてここが室内であることしか読み取れない。
「………………なんで、おれが部屋に、」
夢は覚めたはず。あの時、古城の前で記憶が途切れた。夢の最中にある時、何かの拍子にそれが夢であると認知した瞬間、強いショックを感じ起きてしまう。そんなどこかで聞いた覚えのある事象がおれにも起きたと思う。
それならばなぜ、校門前でも路地裏でもない、この室内で意識がよみがえったのだろう………………いや、これは……校内じゃない、華やかな西洋風の壺、敷かれたカーペット、やけに立派な本棚、これ、これらは学校じゃない、学校にない
………………これは、まさか古城の中――
まずい、いやとんでもなく不味い!夢の中で頭に響いた声の通りならこの古城にて何かと『向き合わされる』!
それが嘘、思い過ごしであったとしても
意識を無理やり覚醒させた桐人はとっさに首を振り、即座にドアを見つけ出す。足はこれから走るだろうに冷たく、震えもあって力がほとんど入りそうにないが、込めれるだけの力を込めて走り出す。
ドアノブを回すと同時に体でドアを開ける。視界に入ってきたのは、前は行き止まり。そして右と左に通路が伸びている。
――どっち。どっちが、いい。
右を振り向く。広場につながっている。釣り下がる豪華なシャンデリア。あ、ダメ、まずい、
左に振り向く。一本道の先にドア。ドア、ドア、――いやそれ以外無い!
先ほどのようにドアノブをひねり体で押そうとしたが、白く塗られたドアは案外もろかった。勢い余って扉が壊れ、体は前に倒れこむ。――かなり痛むが、どこかすりむいているわけではないのが幸いだった。
「っ、早く何とかしなきゃ……」
上体を起こしていち早く周囲を確認する。素朴な長テーブルの上にある燭台と果物の盛り合わせ、――ダイニングルームだ。ここは。
他には………樽の上に、金色のバレーボール?それにピザでも焼くのか、箱形のかまどがある。よく見ても何の変哲もないが、かまどの中で燃える炎に気を取られる。
とにかく、得体の知れないものには触らないようにしよう。金ボールからは何かお金になりそうなものが入っている雰囲気がひしひしと漂っているが、それは無視しよう。無視したほうがいいと、思い込もう。
ダイニングルームをしばらく歩きまわってると、また白塗りの扉に出くわした。今度は音をたてないように最低限ドアノブを回し、わずかな力で扉を押す。目の前に広がるのは、一本道の廊下。――さっきとは異なり、妙に心が落ち着いてこの場所を受け入れてしまっている自覚がある。得体のしれない場所で転ぶという最大級のアクシデントを経験し、それでありながら未だ危険に出くわさないので油断しているのか、それとももうハプニングが当たり前になりすぎて見覚えのある場所なら特に心が揺らがないのか。………………『向き合う』覚悟が、できてるってことなのか。いや、それはなさそう。
取り合えずこの場所に慣れてきたなら、どうにか出口を探してみよう。気が付けば城外からここに移動していたので出口のアテなんてちっとも分からないけど、探す余裕があるから、まずは探すことに慣れてみよう。
――いや、アテはある。城の最初のドアを開けた先、右に豪華なシャンデリアが見えた。あれが、いやココが本来のお城と同じ作りになっていればの話だけど、エントランスホールであるならば外につながるんじゃないか。
ならば、見てくるだけなら――
桐人は期待を胸に秘めて、通ってきた道を振り返った。
――――そこには、出くわしてはならないモノが佇んでいた。
黒ずんだ重厚な鎧を着る恰幅の良い、青い仮面を被った人間……?いや、あ、それは、ダメだ、コレは、
「む…?侵入者は各々が派手な服装をしていると鴨志田様から伝えられていたのだが……制服姿とはな……さては脱走者か?」
――まずい、にげなきゃ、あ、足が、ぼうのように
「まあいい、それならば鴨志田様はきっと同じように処罰されるであろう」
逃げたとしても、いつか向き合わなきゃだめなの。
――やめてくれ、あし、をとめないで
さぁ、この理不尽に君はどうする?向き合う機会でもあるこの理不尽に……再度問おう。理不尽に対して君はどうする?
――しらない、わからない、にげたい。あでも、動かな……
「死ね」
手に握られていた両刃の直剣が振り下ろされる。
それは完膚なきまでに桐人の胴体を斬り裂き、地面に崩れ落とさせた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――あ、痛い、血が、血、止まらない、痛い苦しい、ああ
――なんでこんなことに
――ぬくもりが消えていく
――真っ暗になる
――氷に焼かれるような、寒さがあつさを――
黒い炎が目の前にある。
ごうごうと燃えるそれは、じりじりと広がり周りを飲み込んでいく。
しかし自分は、それを恐れなかった。飲み込まれることを恐れず、ただ立ち尽くしていた。
明るい。暖かい。すごい。うれしい。
気持ちが沸き立つ自分の後ろには、いつの間にか母が立っている。
うしろから自分を抱きしめ、母はこう言うのだ。
あなただけは、許して、あげて――と。
意識が混濁し、真っ暗になった視界に誰かが写る。丸っこい童顔、右足をわざと右斜め前に出すふてぶてしい仕草、デコを出し、かっこつける為に掻き上げた前髪。
おれが、いる。髪色が紫で、幼い声をしていているけれど、うり二つのおれが、いる。
それは母の願い。まごうことなき、真に切実な願望だった。
だから僕は応えた。その為に死を受け入れなければならないとしても、それが僕の運命。
そしてそれは君の願いでもあり、願望でもある。
「おれの、ねがい。」
頭にあの時の引かれるような痛みが走る。悪寒も追加されて押し寄せる。
だから僕は『御影桐人』に変わって、『御影桐人』は君になった。
――この間に、致命的なノイズを抱えてしまっているけど。
「おれは、君と、君も、おれと」
致命的なノイズ。『御影桐人』の器に収まっていた『御影桐人』である水は予期せぬ形であふれ出し、器と別れてしまった。
だから僕は既に『御影桐人』では無いといえよう。
「なんだよ、御影、みかげ、桐人、きりとって、さっきから……君は、おれは、みかげきりとは――誰なんだ」
だが溢れ出た水は器に属するものではないのか?器に新たな水が注がれたとして、そうであるならば僕は何者でもないのか?
答えは、否だ。
「否………………つまり、君は」
意思を持てなくなった『シャドウ』は誰の意思に応えるのかと問われれば、それは君だ。『御影桐人』。
それは僕に残された最後の縁であるために。
『御影桐人』はただ、放心していた。もう状況と情報が理解可能なキャパシティを超過していた。
さあ、だから聞かせてほしい。
君の意思を。
君の願望を。
君の希望を。
君の本心を。
君の、反逆を。
母に願われた事象を叶えてもいい。もしくはその事象から、一生離れる事を選択してもいい。
さあ、君の答えは。
――――なにも理解できないから、わかることが一つだけある。
こんな理不尽に終わりたくない。斬られて、死んでしまったのであれば、生き返りたい。やり直したい。
そして理不尽と一生離れたい。元の平穏に、かえりたい。
「おれは――おれが理不尽なんかと関わらないために――
意志。願望。希望。本心。そして、反逆。
何があれば成し遂げられる。権利?それとも?
――力が欲しい。」
その瞬間だった。真っ暗な空間から突如視界が切り替わる。
現実や城に戻ったわけではない。目の前に広がる景色は、炎。――これまで何度か、自分の思考によぎったあの大きな黒い炎――それを、囲むように切り株が椅子代わりに並べられており、おれはその内の一つに座っている。
ここは、これは見覚えがある――キャンプファイア、ではないだろうか。
それを認識した時だった。炎の向こう側、遮られ見えない場所で声がした。――自分のそれと、まったく同じ声色を纏った、
「ダメだダメだダメだ……!死にたくない、そんなちゃちな理由で『ペルソナ』を覚醒されるなんて……つまんないし、格好良くないだろぅ?なぁ?」
……傲慢不遜な声だった。